ルーの討伐修行 その3 走り寄る恐怖
目の前で街への跳ね橋が上がってしまう。
城壁の上の警備兵さんが下に向かって何か叫んでいる。
街はまだかなり向こう。
何を言っているのかは聞こえない。
ピンクの塊はこちらに向かって一直線だ。
このままだと間違いなく串刺しの刑だ。
ここは街の西側。農耕地帯に続く道だ。
しかたがない。
かなりの距離があるが、南側の正門に向かおう。
その間に警備兵さんがあちらに連絡を入れてくれるはずだ。
いや、きっと入れてくれると信じたい。
私は進路を右に変え、川に沿って走り続けた。
◎
「馬鹿野郎っ ! なんで橋を上げたんだっ !」
「だ、だって、あんな桃色の集団が向かって来たんですよ。あれが街に入ったらって」
「その集団のかなり前を人が逃げてきてただろうがっ ! お前は人ひとり見殺しにしたんだぞ ! どう責任をとるつもりだ !」
その日この門を任された分隊長は、門を守っていた兵を怒鳴りつける。
新人の警備兵は恐怖に負けて、思わず橋の昇降機を動かしてしまった。
それはしかたがない。
ヒルデブランド生まれヒルデブランド育ちの坊やは、まともに魔物とやりあったことがない。
いや、街の中でだけ暮らしていれば、魔物を見る機会すらない。
「至急正門に連絡しろ。冒険者ギルドにもだ。非番の兵にも召集をかけろ。全員で迎え撃つぞ !」
「分隊長、ちょっといいですか」
「なんだ !」
部下に呼ばれて物見台に登る。
「あの、逃げてる奴ですが、早すぎませんか」
「ん ? 早い ?」
ピンクの塊は猛スピードで一人を追っている。
その人物と塊との差は先ほどからほとんど変わっていない。
つまり、追うものと追われるもののスピードが同じということだ。
「どういうことだ、あれは」
「魔法・・・でしょうか、あっ !」
「どうした」
「分隊長、あれ、疾風のルーですよ !」
「疾風の・・・おお、あれが !」
三週間でチュートリアルを終了。すでにその上のクラスへの昇格を確約されているという、前代未聞の新人。
本人とその周辺は知らないが、近隣の街や王都にまでその名を轟かせる少女。
疾風のルー、最速のルー。
「彼女なら、逃げ切れるかもしれん。しかし、討伐はまだ目ぼしい報告は上がっていないぞ」
「最低限のものは済ませているとのことですが、そちらの能力はまだわかってはいません。でも、分隊長、あの速さ、普通の魔法じゃありませんよ」
そう、ピンキーズから逃げる。走って逃げる。走る。走り去る。
そのようなイメージで走り続けた結果、本人も気づかぬうちに新しい魔法を取得していた。
著者はそれを『韋駄天』と名付けたよ。
◎
走った。
走り続けた。
川沿いの城壁の上からは声援が贈られる。
人の声が力になるのはさいしょのチュートリアルで知っている。
足が急に軽くなる。
川は少しづつ左にカーブしてくる。
このカーブが終われば正門だ。
門に飛び込んで橋を上げてもらえばおしまいだ。
おしまい ?
それでいいの ?
私は街の中に逃げて、それからどうなるの ?
橋の手前で足が止まった。
街に逃げ込めば私は間違いなく助かる。
だが、その後このピンクの魔物たちは何をするだろう。
当然、街を襲うに決まってる。
私は飼育係だった時のことを思い出す。
ウサギはねえ、泳げるんだよ。
泳ぎたくないみたいだけどね。
本当は泳げるんだ。
そうそう。そんなこと主事さんが言ってた。
そうだ、動画もあったっけ。
めちゃくちゃかわいいの。
橋が上がっても、あのピンキーズは川を渡ってこれるんじゃない ?
ウサギって穴も掘れるんだよね。
もしかして、城壁の下を掘ってきたりしない ?
そしたら街の中に入り込めるよね。
だめだ。
ここで阻止しなくちゃだめだ。
ここは私の大切な場所。
馬鹿にされ、蔑まれてきた私を受け入れてくれた街。
やさしくて明るくて、ちょっとお調子者の人たちの住むすてきな街。
それを脅かす存在は許さない。
たとえそれがモフモフのピンキーズだとしても。
橋を背にしてピンクの一角ウサギを迎え撃つ。
イメージする。
私は勝てる。
私は勝つ。
エイヴァン兄様も言ってたじゃない。
負けない気持ちで立ち向かえば魔物は敵じゃない。
門の向こうからたくさんの人が走ってくるのが聞こえる。
城壁の上からは街に入れと叫ぶ声がする。
イメージする。
一角ウサギの脅威は何 ?
あの鋭い角。
あの角を封じればいい。
ピンキーズたちが私の前で止まった。
集団の中から右目の潰れたボスが現れる。
なんかペッと唾を吐いたような気がした。
親指を下に向けてニヤッと笑った気がした。
そう、殺る気ね ?
いいわ。
来なさい。
私は、絶対、負けない !
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