閑話・追放者の村で
今週も無事に三話の更新ができました。
次回は月曜日になります。
ある晴れた日に、国外追放になった。
父は私塾で雇われ教師をしている。
祖父も教育者だったらしい。
祖母と母は産婆で、私もいつか産婆になると思っていた。
当たり前の日々が続いていたのに。
あれは王立女学院での騒ぎがあった年。
私は十二才だった。
突然家にお役人様がやってきて、家財道具をまとめて移住の支度をするようにと言われた。
移動の馬車は用意してくれるし、食事の心配もしなくていい。
だけど自宅にはもう戻れないから、大切な物は全て持っていくようにと。
「全部持っていっていいんだから、本でも鍋でも棚でも積み込むのよ」
「お産に使う物は全部持っていくよ。どこにいたって赤ん坊は生まれるんだからね」
移住先ではお金を使うことがないと言われたので、消耗品の文房具や裁縫道具、それに自分たちで作らなければ手に入らないと言われる物をどんどん買っていく。
ご丁寧に『移住のしおり』と言う冊子を渡され、そこに書いてある物も用意した。
のこぎりとか糸車とか大工道具に農業道具。
荷物は雇われた冒険者があっという間に運び出していく。
「でもなんで突然移住なのかしら。うち以外にも大勢いるんでしょう ? 確かに父さんの知識とおばあちゃんたちの技術は新しい村で必要になるとは思うけど」
「それがよくわからないのよ。父さんは何か知ってるらしいんだけど」
その父はと言うと「もう、おしまいだ・・・」とか「なぜバレたんだ・・・」とかブツブツ言って部屋にこもっている。
役に立たない父は放置して、私たちは粛々と移住の準備を進めた。
◎
王都郊外に集合したのは数百人。
どこかで見たことのある人もいるし、全然知らない人もいる。
私たちは大きな建物に入れられ、毛布や食事が配られた。
建物の一部には馬や犬、猫などが集められている。
夕食の後、なんだかとても眠くなって、目が覚めたら知らない土地にいた。
昨日まで私たちを囲むようにしていた騎士様はいない。
私たちだけが建物の中に残されていた。
『おはようございます、移民の皆さん』
屋内に若々しい女性の声が響いた。
それは上の方から聞こえてきて、肝心の女性の姿は見えない。
『移住、お疲れ様です。今日から皆さんはこの開拓地で生活していただきます。ある程度の広さは切り開いてありますし、用水路も巡らせてあります。製材も用意してありますし、石材も何ヵ所かに置いてありますから、頑張ってお家を建ててくださいね』
窓の外を見ると広々とした平地が見える。
建物は一つも見えない。
『家畜は柵の中に放牧しています。その建物の中には果物の苗木や色々な種子を用意しておきました。春までの食料もあります。上手に使って下さい』
キィッと音がして馬がいた扉が開く。
そこには連れてきた動物たちの代わりに、色々な物品が積み上げられていた。
『あなた方が移住した理由。それはヴァルル帝国に対する国家反逆罪と国家転覆罪です。ここは帝国領ではない。あなた方は二度と帝国に戻ることはない。この場所がこれからあなた方の故郷になります』
反逆罪って、私はそんなこと考えたこともしたこともない。
なんで、どうして ?!
『一部の人たちはわかっていますね ? この罪は百年近くに渡って帝国に仕掛けられたものです。よって一族郎党で償っていただきます。秀でた頭脳を持つあなた方なら生き抜くことができるでしょう』
そんな !
父は頭はいいけど力はない。
こんな何もないところで何ができるって言うの ?!
『ちなみに東には大河。北と西には山脈。南は海ですが断崖絶壁なので船を出すことはできません。大河に橋をかけることは可能でしょうが、完成した時点で破壊しますので無駄な労力は使わないほうがよろしいかと思います』
なんの魔法だろう。
空中に大きな地図が現れた。
川や海、山などが見えるがそれ以外は森しかない。
唯一開けているのが今私たちがいる場所らしい。
『ご覧のようにここは孤立した場所です。冒険者ギルドもありません。ご自分たちの手で生き抜いて下さい。健闘を祈ります。チャオ、 アリヴェデルチ ! 』
声が消えると同時に、パンや飲み物が現れた。
これが朝食なのだろうか。
モソモソとそれを食べ終えると、私たちは新しく故郷になる場所へと足を踏み出した。
◎
あの大きな建物は開拓村の役場になった。
物が詰まっていた場所は、知識を共有する図書館になった。
個人で書物を所有することは許されなかった。
だってもう新しい知識が入って来ることはないのだから。
私たちは必至で働き、学び、切り開いていった。
色々と用意されていた分、普通の開拓村よりは楽だったと思う。
それでも生活が落ち着くまで十年ほどかかった。
私も母の後を継いで産婆になり、結婚して子供を持った。
その子が成人し、孫が恋を覚えた頃、まだ切り開かれていない森の中に、突然白亜の建物が現れた。
「ようこそ、迷える子羊の末裔たち」
建物の中から現れたのは剃髪の老齢の女性神官だった。
私と同じような年頃だろうか。
穏やかな微笑みと佇まいは、確かに子供の頃に王都でみた神官を思い出させた。
「私は天地の王より神託を受けて参りました。これより皆様とともにこの地で神に祈ります。よろしくお願いいたしますね」
何故ご立派な神官様がこんな開拓村にいらしたのだろう。
私もまた罪人でしたと神官様は言った。
「神が命ぜられたのです。端女である私はそこがどのような場所であれ、神々の御心を伝え奉仕する義務があるのです」
神官様は大地の女王から新しい種子を、雲居の王からは医学の知識を届けるように命ぜられたと言った。
「創造神である神々は、いつでも私たちを見守ってくださいます。皆様が健やかに、穏やかに過ごすことをお望みです。私はそのお手伝いの任をいただいたのです」
だから村の為の教会ではなく正式な神殿を建てられたのですよと彼女は言った。
この神殿は神が私たちのためにお作りになった物なのだ。
人の手ではなく、神が、罪人の子孫である私たちのために。
集まった人たちに交じって、私も祭壇の前に額ずき手を合わせた。
天地の王から神託を受けたという神官様に、みんなはお姿を教えて欲しいと頼んだ。
御絵を描いて祈りを捧げたいと。
けれど神官様首を縦にはふらなかった。
「とても、とてもお美しい方々でした。特に大地の女王様は愛らしく慈愛に満ち、計り知れないお優しさに満ちておられました」
その神々しさはとても人の手で表すことは出来ない。
ではせめてその代わりにと、村人みんなで話し合って花の彫刻を飾ることにした。
神官様は天地の王の傍らには夫婦神が二組おられたと言う。
天地の王は二輪の薔薇で表現するとして、その横に何を置こうと話し合っていたら、机の上に二つの鉢植えが現れた。
一つは儚げな桃色の花の咲く小さな木。
もう一つは白い星の形をした花。
きっと神意であろうと、その二本をそれぞれ神殿の入口に植えた。
「人の世では許されなくても、神々はすでに皆様をお許しになっておられます。天地の王から賜ったこの花々を誇りに生きていきましょう」
いつか胸を張って神の御園に入ることができるよう。
私たちは新しい希望を見つけた。
後から私は思い出した。
子供の頃、一度だけ足を踏み入れた貴族街。
今では場所もわからないが、どこまでも続く桃色の花びらが降り注ぐ並木道を見たことを。
「左近の橘、右近の桜」
よし、これで後は末姫ちゃんで終わりだ。
気合いだ、気合いだっ、気合いだぁぁぁぁっ !
・・・。
お読みいただきありがとうございました。