閑話・北の修道院にて 前編
エッセイ始めました。
タイトルは「戦え、陽性反応者 ! ・ コロナなんかには負けない」です。
そちらもどうぞご覧ください。
寒い。
暗い。
狭い。
私はどうしてこんなところにいるのだろう。
その日の朝食はいつもよりずっと豪華だった。
私の大好きな、祝い事の日にしか出されないようなものまで並べられていた。
とても美味しくていつもよりたくさん食べた。
とても幸せな気持ちでいるのに、両親と兄はあまり手を出していない。
「気を付けて行くのですよ」
「気をしっかり持つのだぞ」
「無事に帰ってくるのを待っているよ」
なんだろう。
単に登校するだけなのに、母は父の肩に顔をうずめているし、執事や侍女たちも目を逸らしたり涙ぐんでいたりする。
そしていつもついて来てくれる侍女もいない。
何かおかしいと思いながらも馬車に乗った。
馬車の中で教科書を開いて今日の授業の確認をする。
あれ、いつまでたっても馬車が止まらないわ。
窓の外を見ると、そこは野原。
王都にはない風景だ。
「休憩します。化粧直しに行かれるのでしたらどうぞ」
いつもの馭者ではない。
数名の騎馬の騎士がいる。
何があったのかわからない。
「このまま野営の予定ですので、休憩時間は大切に利用してください」
ちょっと待って。
私は女学院に登校するのよ ?
「説明はいたしません。こちらの指示に従っていただきます」
野営、と言っても馬車の中で寝て、朝から昼まで移動。
簡単な昼食の後は夕刻までまた移動。
時々休憩。
数日だったような気がする。
数週間だったかもしれない。
世話をする侍女もなく、着た切り雀の日々が続く。
時間の感覚が無くなった頃、私は一つの建物の前で下ろされた。
「ではお願いいたします」
「はい、責任を持ってお預かりいたします」
重い門の中から出てきたのは頭を剃った女性。
黒い僧服を身にまとっている。
ここは、神殿 ?
彼女に促されて中に入ると、そこには何人もの女性が立っていた。
よく見ると同級生や下級生、六年のお姉さま方。
そして数年前に卒業された方も見受けられる。
「ようこそ、迷える子羊たち」
やはり髪のない僧服の老女が現れた。
「なにも説明されず戸惑っていることでしょう。ここは神殿に併設された修道院です」
穏やかな笑顔の女性神官は私たちを見回すとフゥとため息をついた。
「あなた方にはこれから反省と贖罪、そして教育を受けていただきます。辛い道のりになるかもしれませんが、自分の内面とよく向き合って乗り越えて下さい」
数人が文句の声を上げるが無視され、それぞれベールを被った修道女に連れられて行く。
私もついてくるよう促され、一つの部屋に案内された。
ベッドと机。
窓はなく扉の向こうはお手洗いと洗面所。
椅子はなく机に向かう時はベッドに座るようだ。
「あなたがしたことは文書にされ机の上に置いてあります。良く読んで反省するように。そしてここは宿ではないので、食事の対価として働いてもらいます」
簡素な修道服に着替えされられると、彼女は家から着てきた服を持って出て行った。
久しぶりの洗濯された清潔な服に、少しだけ心が穏やかになる。
私は用意されている文書に手を伸ばした。
◎
まさかあの子がダルヴィマール侯爵令嬢だったなんて !
なら一緒にいたのは女侯爵のルチア姫 ?
ただの騎士爵の娘だと思ったのに !
知ってたらあんなことはしなかった。
貴族階級の中ではゴミと言われる騎士の娘が恥をかかせてと、腹が立ったから嘘の噂を流した。
それでこんなところに入れられたの ?
階段から突き落としたのは私じゃないわ。
彼女たちだって同じ修道院に入れられてる。
初日以来会ってないけれど。
部屋は外から施錠されていて、朝と夜に食事が届けられる。
その時に二日分の毛糸が渡されて、マフラーを編むように言われている。
毛糸編みなんてしたことがないけれど、丁寧な説明書がついているので初心者の私で編むことができる。
「編み目がバラバラですよ。やり直してください」
反省の心がないからそれがマフラーに現れるのだと叱られた。
この修道院は帝国の北にあるらしく、初夏だと言うのに肌寒い。
ベッドには薄い毛布が一枚。
食事は薄い具のないスープと黒いパンが半分だけ。
これは二学期になってから食堂で彼女に出されていたものと同じだそうだ。
二階の食堂では前菜とサラダ、メインにデザートまで出ていたというのに、なんでそんなことをされたんだろう。
「それがわからないようでは反省は遠いようですね」
渡された書類を何度も読み返す。
私がしたのは嘘の噂を流しただけだ。
それと彼女の境遇とどう関係があるんだろう。
私はただただマフラーを編む。
閑話が三話続きます。
ちゃんと終わらせるためには必要ですので頑張ります。
お読みいただきありがとうございました。