生のキオク
目が覚めたそこは何もない、ただ無機質で簡素な真っ白い部屋だった。
右も左も上も下も、ただただ真っ白で何もない部屋なのだ。
窓も扉も何もない、わずか六畳ほどの部屋の真ん中で、目が覚めた僕は思案するが頓挫する。
記憶がない。どう言った経緯でここにいて、今まで僕が誰であったのかという記憶がないのだ。
「学生服を着ている…ということは学生?そうだ学生証!」
ポケットというポケット全てに手を突っ込んで探すが何も見つからない。
自分の中の不安はその大きさを増し、やがてそれは焦燥と恐怖へと変わり、僕から冷静さを奪ってゆく。
出口のない部屋で、出口のない問答が自分の中で広がる。
悪寒が背中を刺し、冷や汗が額をつたう。
もうずっとこのままなのだろうか。不安が頭をもたげる。
壁を背に座り込み、俯くと涙で視界が歪む。
グズッと鼻をすすり、涙を拭って前を見ると。
「と、扉?」
そう、今まで何もないこの部屋の壁に、さっきまでなかったはずの扉があるのだ。
僕は立ち上がるとその扉に引き寄せられるように、虫たちが光に吸い寄せられるように歩き出し、ドアノブを捻る。
ガチャリ、と部屋中に音が響き、静かに扉を開ける。
眩しい光が僕の瞳を貫き、思わず目を瞑る。
やがて、目を開けたその先には。
「が、学校…?」
まるで意味がわからない。そこには至って普通な教室の風景が広がっていた。
振り返るがただの廊下。先ほどの部屋などなかったように感じられる。
賑やかな喧騒、時計は8時35分を回ったところを指している。
えもわからぬままに僕は空いている席に着く。
なんだったんだ今のは…?
「おー○○、おはよ〜」と声をかけてくる同級生。
僕の名前を呼んだのか?丁度名前の部分を聞き逃した。
「お、おはよ」
「どうしたんだよ?汗なんてかいて、遅刻でもしそうになったのか?」
ニヤニヤと笑いながら僕の肩を小突く名も知らぬ同級生。
「え、あ、うん、そう。昨日夜更かししちゃって」
「ははっ、珍しいな。テスト近いからって勉強とはさすがは優等生さんだな」
そんな折、教室の扉が開き、メガネをかけた壮年の男が入ってくる。
「おーう、HR始めるからほら、席につけ〜」
パンパンと柏手を打つと、教室内の連中は蜘蛛の子を散らすように各々の席に着く。
「そんじゃ出席を取るぞ〜、相川、井上……」
何の不思議もない普通の日常。さっきのは白昼夢だったのだろうか…
夢にしてはあまりにも現実味がありすぎた、そんな気がするが今となっては何とも言えない。