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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第一章
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第7話 川辺の陽気

ちょっと、ほのぼの。人間らしい生活をしようね。

「結構、遠くまで来ちゃったね」

 後ろを歩くウォルバーに呟く。今日は誰かの後を歩いていない。一人と一匹。


「クラーク様とグレイ様は人相書きが出回っておりますが、あなた様はまだここらでは顔が割れていないので」

 ボルイからフリューメン総合商店の制服を手渡される。

 今までは、長いローブですっぽり体を覆い、フードを深くかぶっていたので、外見を怪しまれることも特になかった。しかし、店の周りをうろつくのに旅装束の黒いローブを着た子供は目立つ。

 フリューメン総合商店の制服なら、この辺りで知らない人間はいないし、従業員も多いので、見知らぬ顔が混じったところで一々怪しむものもいない。

「ありがとうございます」

 もらった端から、広げる。まずもって、揃いの制服を作れるだけでも、驚きの資力だが、生地がしっかりしていて、さらに驚いた。

 若草色のワンピースと白い前掛け。ワンピースの裾とパフスリーブの袖には揃いの花柄が、刺繍がされている。今まで私が着ていたドレスはどれも、手首まで袖があった上に、靴も見えないほどに裾が長かった。アンナマリア様と一緒に過ごすからにはレディらしく、露出を抑えたものをと母がアンナマリア様のドレスに似せて作ったからだ。

 しかし、これは動きやすさや汚れ仕事のことが考えられ、袖は腕が出る作りになっている上に、裾もすねの中程までしかない。町の女の子のようで、可愛く見える。早く着てみたいという気持ちが頰を染めた。

「それでは、失礼するので、着替えてくださいね」

 ボルイは礼をして辞そうとした。

「あ、ウォルバーに水やりをさせてやりたいんですが。桶か何か借りられますか。今まで川に沿って旅をしていたので、困らなかったんですが」

「ふむ、厩で水を撒くのはあまり好ましくないですね。道を教えますから、浅くなっている河原に足を運んでいただいてもよろしいですか」

「それでは、そうします」


 大河は基本的に岸からすぐ水深が深くなるようで、浅瀬までは少し歩かなくては行けなかった。帰りは、街に入るまでウォルバーに乗って帰ることにする。

誰かの後ろをついて行かないのは、久々だった。

 洗い物や、洗濯、水汲みをしている人よりも、川下にウォルバーを引っ張る。

 革靴と靴下を脱ぎ河原を踏んだ。片手で裾をたくし上げ、ウォルバーよりも先に川の水に足をつける。冷たさに、洗濯をする下働きの話し声が、遠のいた気がした。

 向かい合ったまま、後ろに進むように川に入っていく。ウォルバーもひたひたと水に入る。今までとは違う対岸の見えない川に最初は怯えていたが、次第に慣れたような素振りを見せた。腰の引けがなくなったところで、手綱を外す。

 ウォルバーを残したまま、河原に座った。昼間の陽気が心地よい。盛大に水を浴びた飛沫が顔にかかって涼しかった。

 こちらに寄って来て、誘うように嘴を鳴らすが私は首を横に振る。

「この服、借り物だもん。派手に濡らせないよ。気持ちいいだろうけど、一人で遊んで」

 伸びて来た頭の耳の後ろを掻いてやると、グルグルと喉を鳴らした。

「首が長いと、こういうとき便利だね」

 適当なことを言っていると、急に鳴き方が変わった。緊張感のある音色に、身構えながら、ウォルバーの視線を追う。

 他と何も変わらない、背の高い草の壁が風で揺れているだけ。

 神経質なところあるよな、と背の高い鳥を振り返った。

「なんも、ないよ。大丈夫、大丈夫」

 頭を撫でているうちに、また、気持ち良さそうに、喉を鳴らし始めた。


 水浴びからの帰り、店に戻ってもやることは特にないので、市を冷やかすことにした。賑やかな市場は、どこかしこから美味しそうな匂いがするし、並べられた装飾品で、色であふれている。

 この辺りの物を見ていると思う。ツインズ城は決して裕福ではなかったのだと。食べ物、服、食器、建物。機能よりも、絢爛さがこの辺りでは重視されている。流通が盛んな地域だからなのか、ツインズから離れているからなのかは定かではない。

「そこの、フリューメンの女の子。おやつに果物はどうだい」

 色とりどりの果実が山積みにされた屋台から、中年の店主が腕を伸ばしていた。手にはテリのある真っ赤な、まんまるの果物。

 お店を出るときにもらった、お小遣いの入った巾着を見る。旅の道中、財布を預けられたことはなかったため、実は初めての買い物である。

「いくらですか」

「銅貨一枚」

「二つください」

 巾着の中の半銀貨を差し出し、お釣りをもらう。

「ナイフ持ってるかい」

「いいえ」

「じゃあ、切ってやろう」

 ツルツルしているのに、割ると白い棉のような身と黒いタネが見えた。手渡された実をかじると棉のような実はジュワッと口の中で溶ける。トロッとした甘味と香りが鼻に充満する。タネの周りは独特の酸味で、後味はさっぱりとしている。

「すごく美味しいです」

「そらぁ、良かった」

 一つは、割らずに受け取り、ウォルバーに齧らせる。

 鼻歌をこぼしながら、進んでいると、見慣れた長身があった。声をかける前に、向こうがこちらに、気がついてくれる。

 グレイは深く被っていた笠をあげた。

「なんだ、可愛いの着てるな」

「そうかな」

 珍しく褒めるものだから、返事がぎこちなくなる。

「明るい色の服が似合う」

 店までの道を、並んで歩く。

「いつ、船に乗るの」

「二日後の夜だ。向こうには長居できない。川を渡ればノース領だ。ここより検問がキツい。ノースの軍が渡るほんの少し前に向こうに行き、すぐにこっちに戻ってくる。それができなきゃ、もうツインズ城は拝めないだろうな」

「そっか」

 会話が途切れそうに、なって、私は無理に口を開いた。

「ねえ、グレイ。オッズって何。昨日ボルイさんが言ってたの。今私たちはオッズが高いんだって、だからフリューメンの人たちは私たちを助けてくれるんだって」

 グレイは、苦い顔をした。

「そういうことだったか」

 グレイは困った顔に、笑みを滲ませて、私を見下ろした。

「オッズが何か知りたいか」

「うん」

「そしたら、明日の夜教えてやる。クラークがいるとうるさいから、あいつには内緒で、部屋出てこい」

 グレイの大きな手がグリグリと雑に私の髪を撫でた。

悪い遊びを教えてくれる、お兄ちゃん。明日は秘密のお出かけです。

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