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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第一章
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第4話 コッカテイル

コッカテイルはオカメインコのことです。

 ツインズ城に辿りついた時、既にノースの軍勢が城に雪崩れ込んでいた。

「どうすれば」

 唖然とせざるを得なかった。見慣れた城が攻められている。

「姫の部屋にはリア様の付けた内鍵がある。もしかすれば」

 グレイは既に感情を切り替えていた。なんでお前は、悔しさが募る。

「あの、弓矢の矢を補給してるやつが見えるか。あの三人なら本陣から離れている。鎧を奪うぞ」

 篝火の元をグレイが指差した。確かに補給をして居ないときは隙がある。

「わかった、俺は右から行く。グレイ、お前は左から」

 城に向かっていた時には、月に雲がかかっていたにもかかわらず、今は月明かりが眩しい。城攻めに格好な夜だった。神はノースに味方するのか。自嘲の笑いが漏れた。腰の剣を音もなく引き抜く。


 弓部隊が矢を受け取り、また戦陣に戻って行く。

 人気がなくなった隙にグレイが右側にいる兵士を後ろから袈裟懸けに切りつけた。声をあげる前に命は途絶えている。異変に気付いた二人の兵士の足を、私が滑り込みながら薙いだ。膝をついた兵のうち、近い方の喉に切っ先を突き立てた。もう一人を見遣るとグレイの剣が喉から生えていた。

 死体を林まで引きずり落ち葉をかける。

「ノースで支給される兜、憧れてたんだよなあ」

 剥ぎ取った鎧を身につけ兜を着ける。ノースの上級兵士は其々の変わり兜や鎧を用意するが、それ以外の国兵は一律に王の指定したものを着けている。雄羊の頭を模しており角が生えている。最初は、見目のために造られたが、顎を引き頭突きすると非常に高い殺傷能力を発揮した。ノースの号令には「顎を引け」というのが有るのは、そのためだという逸話まである。

「今日を生き延び、姫を助けたら、褒美にリア様に部隊全員分、イカした兜を強請ろうぜ」

 グレイが口角を上げて、ツインズを見た。


 兜の効果は抜群だった。怪しまれることなく城に忍び込む。

「無事でいてくれ」

 アンナマリア様の部屋がある廊下に差し掛かる。女性の無残な死体が横たわっている。

「アマンダ、アンナマリア様の乳母だ」

 惨殺されていた、見知った顔。粉々になった木戸。

「間に合わなかったか」

「いや、今ならまだ」


「ギャァ、アアアーーーーーー放して!!!」

 姫だと思った。

 部屋に駆け入る。女の子が口を塞がれて二人の男に犯されていた。華奢な足が開かれ、揺すられる様は悲痛そのものであった。怒りで体が硬直する。

 グレイが、走り、勢いをそのままに一人を殴り飛ばした。足に剣を突き立て、短剣を首に突き立てる。

「なんだ、貴様。先に俺が盗ったもんだろ、順番くらい待てんのか」

 まるで、何もおかしなことをしていない口調だった。

 頭の後ろの方がスッと冴えた。行為を再開しようとしたもう一人を引き剥がし顎を砕く。へたり込んだその上に馬乗りになった。

 殴る。止めどなく湧き上がる冷たさをそのままに、俺は拳を下ろした。

 グレイが兜を脱ぎ捨てた。

「貴様の前にいるのは、ハイケーン領騎士団長オズワルド・グレイの長子、エドマン・グレイだ。領地内でこの土地の女に触れたらどうなるか、覚えておけ」

 顎から剣が入れられ、じわじわと頭まで手を進めた。

 廊下から鎧の音が複数聞こえる。

「残党か」

 二人では切り抜けられない人数が扉にひしめいている。

 それでも、俺たちは二人ともその全員を皆殺しにするつもりだった。この殺気は幾ら殺しても収まることはない。

 俺も兜を脱ぎ捨てる。グレイも剣を死体から抜き、隣に並んだ。この悪業を許すなら、騎士でない。

 剣を握り直したそのとき、小手の内側、手が露出した部分に冷んやりとしたものが触れた。この場に似つかわしくない柔らかさが手を握った。

「だめ」

 小さな鎹が俺とグレイの間にいた。

 涙の海の中で、瞳が揺れていた。


 今は、これを守らなければならない。


 後ろに割れた窓とそこに引っかかったフックのついたロープが見えた。ノースの兵が使ったものか。本能的にこれしかないと閃く。グレイも同じ窓を見ていた。グレイは咄嗟にシーツで女の子を包み、ロープを手に飛び降りた。

 俺は、襲いかかろうとするノースの兵に剣を投げる。机を蹴り上げ、部屋のより奥の窓に、ロープを掴んで飛んだ。

 

 フックが縄の弛みで外れれば死。こんなことをする自分は、口で言うほど賭け事を嫌っていないかもしれない。

 グンッと、縄が突っ張り、体が壁に打ち付けられた。反動で手がロープから離れ、植え込みに落ちる。

 綺麗な夜空だった。一度、息をつき気合いで立ち上がる。

 半壊した厩とまだ残っている馬が見えた。振り返ると、立ち上がるグレイとシーツの塊も見える。まだ、いける。

 先に走り出し、厩の中にいたノース兵を斬る。大きな叫びをあげる兵の喉を潰し、手近な馬を二頭、連れ出した。厩から出る間際、兜の角が見切れた。もう来たか。

 グレイの元まで急いで馬を引き、先に乗ったグレイに女の子を押し上げる。

「急げ、こっちからも追っ手がもう来てる」

 告げるとグレイは頷き馬の腹を蹴った。自分も馬に飛び乗り、腹を蹴る。

「振り切るぞ、走れ」

 叫んだ瞬間、矢が頰を掠める。身を掲げ、もう一度馬の腹を蹴った。


 目に見える敵がいなくなったタイミングで、女の子をこちらの馬に乗せた。ぐったりとしていて、後ろに乗せては落馬が考えられたので、前に抱きかかえる。

 馬を飛ばしながら、女の子の様子を見る。涙の跡が方にくっきりと残っていることに同情が込み上げた。


しかし、夜が明ける頃、彼女の目が何かを追っていることに気がついた。その目に反射しているものを見ると、木漏れ日の陰影だった。陽に照らされ黒く影になった葉。その深緑と、真っ白な光を彼女はつぶさに見つめていた。あんなことがあった直後であるのに、木々の美しさをその目は確かに見ていた。追い詰められてなお、それを見つめる強さを感じた。へたってしまっている体でも、その目は木々に同じものは二度とないことを捉え、趣を感じていた。


「ひとまずは、撒いたな」

 周囲を探索して、ノースの兵が辺りにいないことを確認して来た私は、グレイと女の子がいるポイントに戻った。

 戻ると、グレイは少し離れた所で剣の手入れをしていた。

「一時的にだが、周りは誰もいない」

 声を掛けると、顔も上げずにグレイが返答する。

「あの子の様子見とけって言ったろ」

 少し咎めると、漸く顔を上げた。

「見てらんねぇよ」

 向かいに腰を下ろしながら続きを促す。グレイは女の子の様子を伺ってから、声を潜めた。

「ずっと堪えてんだよ、泣くの。涙がぐわっと湧いて来て、我慢しようとして息止めて。落ち着いたと思ったら、また涙がせり上がって。ずっと見ててみろ、無理だわ。直視できねぇ」

 肩に力が入ったままで俯くその様子は、脆い、そのものだった。

「まだ、子供だろうに」


 待っている間にグレイが矢で捕らえた雉を捌き焼く。

 焼いた肉の美味そうな匂いがした途端、アド・リティームから碌な食事をしていなかったことに気がつく。そして、碌に寝ていないことも。

 貪るように肉を平らげた。

「すまん、誰か来たら起こしてくれ」

 気付いた時には横になっていた。グレイが女の子に何か頼む、意識が沈む寸前その様子が聞こえた。


 息苦しくなって、飛び起きた。なぜか、落ち葉にほぼ埋められている。葉を払いつつ、同じように落ち葉で埋められたグレイを殴るように起こす。

 体が異様に重い。立てた膝に額をつける。今どこで何をしているのか思い出すのに、時間がかかった。

「あの子は」

 ハッとして、辺りを見回す。

「おい、グレイ起きろ。あの子がいない」

 起きないグレイを、なかなかの本気で殴った。

「馬鹿、起きろ」

「あ、んぁ、んだよ」

「あの女の子がいないつってんだろ」

 しばらく聞こえていない様子だったグレイも、流石に飛び起きる。

「まずい、相当寝てたぞ」

 グレイも相当体が重いようで、話しつつ頭を押さえた。

 立ち上がると、体の節々が痛い。その中でも、強い痛みがする場所を見る。太い枝が左の太ももに刺さっていた。傷は深くないようなので引き抜く。

馬がいなくなっていることに気がつく。

「先に水飲むぞ、これじゃまともに動けん」

 すぐ近くの川に二人して出ると、女の子が馬を水辺に連れ出し、水を飲ませていた。

「お、おはようございます」

 白い寝巻きのまま川に入っているせいで、肌に張り付き透けている。

 視線を思わず逸らす。グレイはマントを切り、被せた。


 水を飲み、女の子が摘んで来た木ノ実を腹に入れる。

「どれだけ寝てた」

 グレイが木苺を噛みながら声をかけた。一度、ビクついたが思ったよりしっかり話す。

「丸三日です。最初の日に結構近くに人が来てしまって。何をしても起きなかったので葉でかくしました。それで馬を川まで離したんです。馬はすごく目立つから。その後は誰かがくる様子はない、はずです」

 素直に驚いた。賢い。

「ありがとう」

 礼を伝えると俯きがちに首を横に振る。

「名前は」

「クレア・リード。アマンダ・リードの娘です」

 そう名乗られた時に、扉の前で無惨に血を流していたアマンダを思い出した。

「それは」

「いいんです」

 謝る前に遮られた。少し笑いさえしている。

「私たちは、リア様の臣下だ。アンナマリア様について何かわかるか」

 グレイが覗き込む。クレアの顔がわずかに歪んだ。泣きかけている。リードの娘ということは、アンナマリア様と姉妹同然に育ったはずだ。

「ノースの兵士に連れて行かれました」

 グレイはいつもと変わらない様子で俺を振り向いた。

「どう思う」

「リア様と兵の多くがまだ生きているからな。ノースが馬鹿でなければ人質にするはずだ」

「俺もそう訓む、これからどうする」

 頭の中で状況を整理しながら、冷静に選択肢を出していく。

「手ぶらで帰るわけには行かない、アンナマリア様が生きているならなおさら。城に入るまでに助け出そう」

「それが妥当だろうな。アド・リティームに戻っても、訴訟が終わるまでどっちにしろ、あの街からリア様は出られない」

 言われてその要素に気がつく。

「そうだな」

「早めに動くか」

 グレイも相当に頭を回しているのがわかる。俺は頭にローズホイッスルまでの地理を思い浮かべる。

「いや、大河の向こうに先回りする。それまでは隊列が崩れないだろう」

 細かい話をしながら、クレアを盗み見た。大人しくこちらを伺っている。そして、最後にグレイは俺の耳元に行った。

「あの子は近くの町に置いていく。足手まといだし、何より、騎士団に追われながらの旅はあの子の為にならない」


 近くの町に寄る。グレイが偵察も兼ねて先に町に入り、人気のない場所で俺とクレアはグレイを待つ。

「顔が赤いな、熱でもあるのか」

 グローブを外して額に触れる。その間近でクレアの瞳が恐怖に揺れた。手を引く。

「わ、悪い」

「顔が赤いのは、いつもなんです」


ノースの兵がいないことを確認したグレイは服を持って帰ってきた。

「着替えろ、全員目立つ格好だ」


 飲み屋に潜り腹を膨らませている途中でクレアにこの町に止まるようにという話をする。

「わかりました」

 了承したクレアにグレイは満足げに頷いていた。物分かりのいい女は嫌いじゃないと、常々口にしている。

 近くの安宿で旅支度をしていた。グレイはリア様に伝書鳩を頼みに行っている。ちょうどグレイが帰ってきた頃、俺はとんでもない失敗に気がついた。

「しまった」

 思わず漏らした声にグレイが訝しげな顔をした。

「んだよ、うるせぇな」

 グレイに見えるように手の中のものを見せる。急にアド・リティームを飛び出したせいで、リア様に金貨を渡すのを忘れてしまっていた。

「まずいな」

「やってしまった」

 グレイが肩を叩いた。衝撃をそのままにベッドの上に倒れこむ。

「もう、褒美はもらえないな」

 グレイの人の不幸を喜ぶ笑い声が耳に痛かった。


 翌朝、宿の主人にクレアを働かせてもらうよう、頼んでいると、クレアが部屋から飛び出して来た。

「あの、私を連れて行ってはいただけないでしょうか」

 急な申し出に、耳を疑う。

「アンナマリア様を助けたいんです。もし、アンナマリア様が私と同じ目に合わせられていたら。居ても立っても入られません。足手まといなのはわかって居ます、でも、足手まといだと実際に思う瞬間まで待っていただけないですか。私はリードです。領主の乳母の家のものです。アンナマリア様の為に生きなくてはなりません。私は、そうしなければならないんです。足手まといだと思ったその瞬間、捨てていただいて構いません。お願いします」

 勢いよく頭を下げた頭はとっても低かった。

「おい、気をつけろ、外に聞こえてるぞ」

 外にいたグレイが戻って来た。店主に銀貨を握らせ、口を噤めというジェスチャーをした。

「すみません、でも」

 言い募るクレアの額をグレイが指で弾く。

「宿屋の主人に俺たちが何者かばれちまったしな、どうするクラーク」

「俺が決めるのか」

 クレアが眉を下げてこっちを見つめてくる。

「足手まといになったら切り捨てる前提でだ。面倒をみよう」

 グレイに問いかけると、クレアを小突きながら了承した。


町を出て少しした所で、馬上に抱えたクレアを見て、グレイは呟いた。

「お前、あれに似てる。王妃様が飼っていらっしゃったアホヅラした鳥」

 真っ赤な頰をグニグニいじる。

「あ、思い出した。コッカテイルだ。おい、アホ鳥。せいぜい、俺たちに嫌われないように頑張れよ」

 グレイが手を離した途端、クレアの方が風船のように、ぷーっと膨らんだ。


これで、本編に戻ります。序盤なのに過去回想やりすぎた感ある。


ウォルバー、お前生きてるか?

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