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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第一章
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第3話 来るものを拒まず、去るものは許さず

リア様のターン、一旦ターンエンド。短いですが。

 判例図書館の談話室でジョセフと対峙する。

「では、訴訟物をお教えください」

「ハイケーンとノースによる十五年戦争を知っているな」

リア様はもう三度目になる、ハイケーンの主張を説明した。ここまでたらい回しにされては、もはや羊皮紙を読まずともスラスラ説明ができる。

「それは、無理な話ですね」

  一国を背負っての願い入れがばっさりと切り捨てられる。

「貴様、私を誰と思って、ぬけぬけと!」

「ツインズ城、城主ウィリアム・ハイケーン様のご子息リア・ハイケーン殿でしょう。先程名乗り合ったばかりではありませんか」

 メモ紙を盾のように顔の前に掲げ自身を庇いながら、ジョセフは呆れた顔をした。

「いいんですか、ここは法の神のお膝元ですよ、あまり無体なことをすると罰せられますよ」 

 先日のことを思い出し、リア様は椅子に腰を戻す。

「一度に争える事柄には限りがございます。リア殿の請求は複雑ですから、二つの訴訟に分ける必要があるかと」

 ジョセフの言葉に、私は顔を引攣らせる。

「リア様、訴訟を分けることになればまた金貨が必要なのでは」

「どうにかならんのか」

 ジョセフは首を横に振った。

「まずもって、そちらの主張には些か飛躍があるのです、客観的に見ると」

「これは、民を救うための最後の手段なのだぞ。我が国の事務官をアホだと言うのか」

 直接的、つまり暴力的解決手段を封じられて、リア様は爆発する感情をなんとか抑える。飛びかかりはしないが、そのこめかみにはくっきりと青筋が浮かんでいる。

「主観的に見ると、飛躍はないのかもしれません」

 リア様と目線を合わせるために、ジョセフは前屈みになった。

「裁判官は、今までノースが和議をどのように断ったのかを知りません。ですから、あなた方には次の申し入れも断られることが分かりきっていても、裁判官たちはアド・リティームの名に置いて申し入れをすれば、次は結果が違うかもしれないと思うわけです。兵を使わず戦を治める、その可能性がある限り、裁判所は出兵要請を出しません。争いを減らすために彼らはいるのです。安易に争いを激化させるわけにはいかないのです」

「では、どうするのですか。我が国は滅びろと」

 グレイが不貞腐れた感情をそのままに、ふんぞり返って自虐的な笑みを漏らした。ジョセフは首を横に振る。

「彼らは、不当な扱いを受ける正義ある者を守るためにも存在しますから」

 ジョセフは三人の瞳を順に見つめてから切り出した。

「私は何も、あなた方の要求が叶えられないと断言しているわけでないでしょう。訴訟を二つに分ける必要があると言ったまでです。まず、最初にノースにこの戦争をやめさせる必要があるかを審議する必要があります。必要ありと判断されればアド・リティームが間に入り停戦協定を結ぶこととなるでしょう。それをノースが拒否しなければ出兵要請はありません」

 リア様とグレイの表情にジョセフは目ざとく気がつく。

「停戦協定では、不満ですか。確実に出兵要請がなされないと不満ですか。あなたたちは、この戦争をやめたいのではないのですか。皆殺しにするまで許さないと、そう思っていますね」

 ジョセフは我々の目の淀みを見抜いていた。

「法は、争いを治めるためにあります。復讐心を宥めるためではありません。理解なさい、あなたたちにだけ義があり、ノースが一方的に悪ということはありません。ノースに義があり、あなたたちが悪とされるかもしれません。それでもあなたたちはこの訴訟を提起しますか」


 再び訪れた中央裁判所はやはり冷たい場所であった。それまでの人が生きている街の匂いが消えるのだ。

 しかし、ジョセフは勝手知ったる様子で中に入る。

「私の争いについて訴状を提出いたします」

 左側に座る老人にジョセフは訴状を提出した。一枚一枚に彼は目を通した。目線の動き方や、速度、全てに注視する自分がいる。手に汗がじわりと滲む。以前来た時より音に敏感になっていた。三人のうち誰かが唾を飲むのが聞こえる。

「受理いたしました。詳細については追って連絡をします」

「よしっ」

 リア様が拳を握り嬉しそうに笑った。


「訴訟が始まってすらいないんですよ」

 すっかり祝勝ムードの私たちに、ジョセフは口を尖らす。彼女だけ歩幅が狭いので、数秒に一度、ブーツのヒールが小走りをする音を刻む。しかし、それに気がつくリア様ではないし、機嫌のいいリア様に口を挟める私ではない。

 

途中報告をしに、手紙屋に手紙を預けに行く道中だ。

「アンナマリアにも書いたのだ。あの娘は私と違って、城から出ることもままならん」

「奥様ですか」

 ジョセフの的外れな問いにリア様が声をあげて笑った。なんという、機嫌の良さ。

「妹だ、妹。この世で1番の美女なのだ」

 手紙屋のドアを開けた。


「店主、ハイケーンに手紙を送りたいのだが」

「かしこまりました」

書いて来た手紙を店主に預け支払いをすませる。

ふと、他の客の声が耳に入った。

「ノースの軍勢が大河を渡ったらしいぞ、ツインズ城に進んでいるとの噂だ」

 私とグレイ、何よりリア様は顔つきが変わった。商人らしい男たちが手紙を広げている。リア様が動くのが一番早かった。

「どういうことだ」

 商人の胸倉を掴みあげる。手元が神威でビリビリと弾けたがリア様の手が離れることはない。

「わ、私の店が大河の近くにあるのです」

「失礼」

 グレイにリア様を引き離させ、私は行商の手にある手紙を優しく奪い取る。

「夜襲をかけるようです。一刻も早く王にお知らせしなくては。ご主人、鳩はいますか」

 店の主人は怯え斬った様子で口を開く。

「この街の手紙は確実性が求められるので、いなくなる可能性がある鳩は飼っていないのです。他の街からの鳩は、鳩馬車が回収してしまいます」

「回収していない鳩は」

 私の顔から形だけの笑みが消えた。

「今朝街を出ました」

 店主の声にリア様が目を剥いた。すぐさま、私とグレイを振り返る。

「今は、兵の多くが戦場に出てら城を開けています。今攻められてはなりません。下手をすれば城が落ちます」

 グレイは声を上げた。大河の上流に今グレイの父が率いる兵がいる。そこに主力が注がれているのだ。

 リア様が、舌打ちをした。

「馬車より単騎で飛ばした方が早い。訴訟は辞めだ、今すぐ馬でツインズに向かうぞ」

 リア様が店を出ようとした途端、ジョセフが扉の前に割って入った。

「お待ちください」

「貴様、なんのつもりだ、切り捨てるぞ」

「訴状が受理された瞬間この街の法では、訴訟期間に入ります。当事者は門を出ることを許されません。神の意思に焼かれて死んでしまいます」

 リア様から殺気が滲み、神威に焼かれ始める。

 このままではリア様が神に殺されてしまう。音が爆ぜるものに変わって人肉の焼ける匂いがし始めた。それでも勢いよく柄から刃を抜く。

「従者の二人はまだ街の外にでれます、お二人を信頼しているならば、あなたが死んで被害を被るのは国民ではありませぬか!」

 ジョセフが説得しようと叫ぶ。

 リア様が剣を振りかぶった。リア様を止めようにも神威で近づけない。

「俺を城に行かせろ!!」

「死なせるわけにいきません!!」

 リア様の剣がジョセフの肩をとらえた軌道で、降ろされる。


 ガツンッ!!


 人を切る音ではない。違う音が鳴った。

 店の柱に剣が食い込んでいる。

「くそ、今度俺の前に立ち憚れば斬って捨てるからな」

 リア様はジョセフに吐き捨てた。

「クラーク、グレイ」

 戦場で聞き慣れた号令に反射的に膝をついた。

「「はっ!!」」

「貴様ら、今すぐ馬を駆りツインズに向かえ」

「「はっ!!」」

 私とグレイは転がるようにして店を出た。厩から奪うように馬を借り、故郷までの道を一心不乱に駆け抜けた。

財布はクラークが持ったままです。一文無しのリア様www

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