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ウォルバーと私  作者: 一ノ瀬きなこ(吉菜小)
第一章
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第2話 王子リア・ハイケーン

なんで、コッカテイルはクラークとグレイと旅をすることになったのか。


今話と次話でわかるようになります。長くなったから二つに分けます。


金貨一枚=五万円くらい

「もー、ほんと、信じらんない」

 コッカテイルがまさに鳥のような声で、ピーピー鳴いた。下着を洗う手を止めて、川原を振り返る。

「クラーク!グレイが一人一個しか残ってないパン、おやつに二個食べた」

 グレイを見遣ると、いつものように涼しい顔をしている。

「腹減ってんだよ、いいだろ少しぐらい」

 彼女が傍まで走ってくる、その間に洗濯を再開させた。

「今日は残りの一つをコッカテイルにあげるよ」

「クラークの食べる分がなくなるのは嫌。私が我慢する」

 今日も赤い頰を不満げに膨らませている。

「じゃあ、半分こだ」

 洗ったものを絞りながら、グレイをもう一度振り返った。明日には街に着く。物資の調達ができることをわかった上で、あれはわざとやっている。彼女はグレイにとって格好のおもちゃだ。

 嫌われるようなことをするなよ、と内心苦笑した。気に入ってるなら気に入っていると、態度で示せばこの子がすぐ懐くのが明白なのに。いや、本気で嫌われないと分かっているから、玩んでいるのか。

 俺よりグレイの方が色々な意味で余裕がある。俺といえば接したことのない年頃の子どもに嫌われまいと必死なのに。

 水気をきった下着を広げた。

 息を飲む声が聞こえる。隣でコッカテイルがより真っ赤になっていた。

 パッと手で目元を覆って走っていくのを見て、そんな歳かと今更把握した。女の子は男と勝手が違いすぎる。リア様の時は楽だった。歳も近い上に、同じ男だったから。

 今、どうなさっているのだろうか。考え始めると、心配性な自分が顔を出す。あの時もグレイの方が冷静だった。いつも自分は小さいのだ。


 それは、ツインズ城が落とされるより、およそ三ヶ月前のことだった。


「もはや、我々に戦を続ける力はない」

 ツインズ城の主、ウィリアム・ハイケーンが執政の間で原稿を読み上げる。聞いているのは、原稿を書いた事務官、ウィリアム様の息子であるリア様と俺とグレイの四人だけだ。それでも、自分の言葉で指示をお出しにはならない。

「よって、お前たち三人には法の都、アド・リティームに行ってもらう。度重なる和議申し入れの拒否、またその他の卑劣な行いを訴えてこい。ノースの戦が“神の法”に反していることが認められれば、アド・リティームによる各国への出兵要請がなされると聞いた。我々にはそれが最後の希望と言える」

 王に跪くリア様の拳がきつく握られるのが見えた。


「父上に王としての矜持はないのだろうか」

「私たち以外に聞かれてはことですよ」

 グレイが、嗜める。

 リア様が初陣を飾ったのは十五の時。最初は後方の安全な持ち場に配置されたが、すぐに戦の才を魅せた。そして指揮を執るようになり、ご自身も前線に出て目覚ましい活躍を見せるようになった。戦場に出てはや四年、今や“軍神マルスの化身”と言われ、実際、彼が指揮を執った戦は負け無しであった。

「例え我らの国力が尽きたとしても、我らの手で最後まで戦い、命が尽きるまで戦場にいるべきだ」

 王ウィリアム様に戦の才がないことは、否めない。それにしても、多すぎる成功体験はリア様の自尊心を無制限に膨らませていた。

「王の命令ですよ」

 私はなるべく優しく語りかけた。


 ツインズからの道のりを経て、アド・リティームに着いた。

アド・リティームはどの王にも属さない。中立を保っている都市である。砂丘の真ん中に、突如として現れる。街の周りには高い壁が張り巡らされている。街に入ることは簡単に認められた。


 街の造りは綺麗な円形である。そしてその中心には巨大な裁判所が建っており、そこから放射線状に道が広がる。

「この様子であれば、案外すぐに戦場に戻れるかもしれんな。早く民を直接守りたい」

白い石畳で舗装された綺麗すぎる道を進みながら、リア様がおっしゃった。

 中央裁判所の扉を開ける。途端、喧騒が遠のいた。外と比べ空気が随分と冷たい。白い大理石の壁と床。

 巨大な男の像が暗いホールに聳え立つ。その足元に、黒い大理石の長机。机には三人の男性がそれぞれ書き物をしていた。手を止めようとしない彼らにリア様がずかずかと歩み寄る。

「東南の城、ツインズからきた。城主ウィリアム・ブラウン・ハイケーンの息子リア・アルフレッド・ハイケーンである。この度は北西の一族ノースとの十五年戦争について裁いて欲しい」

 長机の真ん中に座る老人が目を上げた。

「公の争いについては右の者に、私的な争いについては左の男性に訴えを記した書類を提出してくださいませ」

 リア様の動揺した視線を受けて私は口を開いた。

「公の争いと、私の争い、とはなんだ」

「この街にいらっしゃって、それをご存じないのですか」

 ギリッと身構えるリア様をグレイが抑えた。

「訴状はお持ちですかな」

 言われて、リア様が事務官から預かってきた羊皮紙を取り出した。ノースのしてきた悪行の数々と、出兵請求の権利請求が書かれている。

 老人は受け取り目を通した。

「大変申し訳ありませが、これは訴状とは呼べません」

「何を」

 リア様が腰の件に手を掛けた。刃が外気に触れる。


 途端、白い光が石像から注がれリア様の体が後ろに飛んだ。


「何をした」

「私たちは何も。裁きの神が自力救済に怒りをお示しになったまでです」

 右側に座る老人が淡々と告げる。

「ヴィテトゥム・デ・セ・リベランドゥム、自力救済は争いを加速させる。きちんとした訴状をお持ちになれば、我々は平等に裁きを行います。どうぞ、今日はお引き取りください」


「何だったんだあれは!!」

 もう日が落ちていたので、適当な宿屋に部屋を取り併設の食堂で腹を膨らませる。

 リア様は完全にプライドを傷つけられご立腹だ。酒で大きくなった声で愚痴を漏らす。

「大体、父上もこの街のことを何も知らずにこのような任を」

 確かに、これはさすがに理不尽だと俺も思う。グレイも面白くないらしく、静かにそして早いピッチで杯を開けている。

「早く、裁きを受けて国に戻らなくちゃならないってのに、訴状さえ受け取らんとは」

 鼻息荒く、男三人飯と酒を流し込む。どんな気分でもあったとしても腹が減って仕方がないのは、若者の性だ。

「旦那、もしかして訴訟は初めてでいらっしゃいますか」

 背側から唐突に声が掛かる。私とグレイが先に振り返った。もちろん、腰の刀には手がかかっている。

「もしかして、武人でいらっしゃる。ここは商人が多い。王のお側にいる方々はご自身が法に成りたがりますから」

 図星を突かられ三人とも苦い顔をする。

「お前、何か知っているのか」

 リア様が男を振り返った。いかにも商人といった体で腰が低く、腹はだらしなく出ている。

「この街を使ったことがある者なら、誰でも知っていることですが」

 いやらしく手が差し出される。私は懐から財布を出し、銅貨を二枚握らせた。

「この街が下す裁きに、各領地が従うのは、王という一個人がひねり出した当てずっぽうでなく、神が示した法典による裁きだからです」

 ハイケーンやノースなど力がある領地では神を信じる者が少ない。その代わりに領主、王がその土地の法となる。

 面白くない顔をしているリア様も、先程のことで神の存在を知らしめられている。

「時に残酷な裁きも神は行います。また、この土地から離れれば離れるほど、神の直接的な力は薄れていく。それでも、どんなに離れた土地でもその正しさは薄れることはありません。だから従うのです」

リア様は吐き捨てる様に大声を上げる。

「そのような、物語は私も乳母に散々聞かされてきた。具体的にどうすればいいかを聞いているのだ。まったく、そのくらい分かれ」

いつもに増して、態度がふてぶてしい。

 おそらく、つい先日まで物語だったものが、現実になり、それに実際に、物理的に罰せられた事が彼には面白くない。絶対にこの土地の神に逆らえないと、力量を正しく測れるからこそ悟り、それも面白くないのだろう。賢い方なのに、事実を認めないのは、自分の無力さを久々に感じたからだ。

お若いと、血の気が多いですなぁ。商人は慣れているのか、話を続ける。

「法を理解するのは素人には無理な話です。神の齎らした法典はとてつもない量があり、また、その正しさ故に理解が難しい」

「何が言いたい」

 商人はまた手を差し出した。また銅貨を握らせる。

「端っから専門家に任せてしまえばいいのです」

 商人はエールで口を湿らせ続けた。

「ロイヤーをお探しなさい弁護士という仕事がある。公の裁きは街の東側に、私の裁きは街の西側に、それぞれ事務所がございます。自分で探すとハズレを引くこともございますが、中央裁判所の前にある訴訟補助機関の紹介に従ってくだされば不利益はないはずです」

 話を聞き終わった私たちは、商人に補助機関までの地図を書かせ、例に銅貨を三枚追加で握らせた。

「ちなみに、お手持ちはどのくらいです」

「そんなこと口にするか、物盗り狙われたらどうする」

 席を立った商人に三者三様嫌な顔をした。

「いいえ、親切心で申し上げているのです。訴訟は金がかかりますよ」


「金貨一枚では、紹介できるロイヤーなどいませんよ」

「なんだとっ!」

 次の日、商人の言ったことの意味を知って、我々は絶句した。金貨一枚あれば一週間それなりに裕福な旅ができる。

「裁きが公か私か、判断するだけでしたら銀貨二枚で紹介できないわけではないですが」

 補助機関で女性が帳簿を手に眉を下げた。

「いや、訴訟を行なって権利を確定してもらわねばならないのだ」

「それは、難しいかと」

 リア様が、私を振り返った。

「金貨は何枚出せる」

 聞いたことがないくらい声が低められている。それはそうだ、王子であるのに口が裂けても金がないなどとは知られてはならない。

「今あるのは金貨七枚ですが、最低でも国に帰るのに金貨二枚必要です。ここに滞在する間一枚金貨を使うとすると、四枚がせいぜいかと」

 リア様は涼しい顔で振り返った。

「四枚出す」

 補助機関の女は気まずそうに進言した。

「訴訟をする手数料で金貨一枚はなくなるかと」

「くそぉ!!金貨三枚で雇えるロイヤーはいないのか」

 せっかく、声を低めていたのに、怒鳴ってしまって元も子もなくなる。

「金貨百枚出す方も珍しくはないのですよ」

 女性は嗜める声を出しながら帳簿のページをめくる。あるページで彼女は手を止めた。

「旦那様、旦那様のご予算では選択の余地がないことを考慮してお聞きくださいね」

 今から、失礼なことを言うが、怒鳴ってくれるなと表情が語っている。

「ご紹介できるのは、正式なロイヤーではありません。しかし、優秀さは保証しますので」

 リア様のエラが張った。歯を噛み締めていらっしゃる。

「いいですか、あくまでも訴訟は見た目ではありませんからね」

 補助機関の女性はジョセフ・フィッシャーマンと書かれた木札をリア様に手渡した。

「フィッシャーマン。漁師だと、漁師のどこが法の専門家なのだ」

「ですから、家柄も訴訟には関係ありません。正義こそが訴訟の結果を決めるのです。これをお持ちになって北の噴水広場に昼食の鐘後いらしてください」

 リア様の堪忍袋が爆発しそうなのは目に見えたが、長いことごねていたため、自分たちの後ろには列ができている。グレイが撤退の合図を出した。私とグレイで、半ば引きずる様にして訴訟補助期間を後にした。


 指定の時間が近づき、噴水広場に向かう。

 我々が何も言わずとも時間より早めに動くあたり、リア様は武人として躾けられていると言うべきか、育ちがいいと言うか。ただの素行が悪い跳ねっ返りではない。

「見た目がおかしいとは、どう言う意味だと思う」

「相当太っているとか、それとも背が低いとか」

 グレイが適当に悪口を並べる。

リア様は空気が抜けた様に、ため息を吐いた。

「苦労をかけてすまんな」

 唐突な労いに、二人でリア様を振り向く。

「こんなことと、わかっていれば、私一人で請け負ったと言うのに」

らしくない、丸まった背中は慣れないことの連続で少し精神的に疲れている証拠だ。長く見てきたから知っている。

 私は笑いを噛み殺した。可愛いお人だ。

「リア様一人では、お宿一つ取れないでしょうに」

ある意味、不遜ととれる言葉をダイレクトに口にする。

「まあ、それはその通りだな。やはり、お前たちには居て欲しい」

 必要と思えば素直に頭をさげるあたり、やはり私たちはこの人に仕えてよかったと思える。

「騎士学舎で忠誠を誓ってから、最後の日までご一緒すると心に決めておりますから」

 グレイが嬉しそうに、リア様に笑いかけた。


「リア・ハイケーン殿とお見受けする」

 男にしては高い声がかけられた。三人は揃って顔を向ける。

「私はジョセフ・フィッシャーマン。訴訟補助機関に言われて来ました」

 そこには、髪をシンプルに後ろに結った女が立っていた。他の者に比べすごく痩せている。真っ黒なロングワンピースを身にまとっていた。

 私も言葉を失う。ジョセフというから、てっきり男だと思って疑わなかった。

「男じゃ……ないのか」

 誰も口にできなかった疑問をグレイが切り出す。

「訴訟に性別は関係ありません。女だろうが、知識と公平性を身につければ男と変わりません」

そんな言葉、国によっては即刻手打ちになり得る。

「ここでは、そうかもしれないが」

 リア様は怒りを通り越して呆然としている。それに、年が私たちと変わらないと言うのも衝撃であった。普通の学者ですら三十路を過ぎねば一人前に見られないのに、理解が難しいという法の専門家にこの歳でなれるのだろうか。

「名前が紛らわしいのは、申し訳ありません。父が酔っている時に生まれたもので、男と勘違いして、名前をつけてしまったのです。後日付け直そうにも、ジョセフでみな呼び慣れたせいで結局この名前に」


「そういう話をしているわけではないっ!!」


女に殴りかかろうとしたのは、流石にリア様も初めてであった。

私たちの世界では法の神(正義の神だけど)は女神です。SMプレイみたいな目隠しをしています。テミスかユースティティアで検索すると出てくると思います。


この世界の法の神はファンタジーということで男神です。

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