1. 再会
書けたので投稿します。
店を開いて一ヶ月程が経った。
言うまでもなく客足はそれほど良くはない。
それもそうだ。こんな都心から離れた小さな街にしかも小さなカフェときた。
わざわざこんな田舎のカフェにこなくても駅前の美味しい店にいく方が体力も時間も無駄にしなくても済む。
だけど僕のケーキとコーヒーは駅前のカフェなんかよりも絶対に美味しいという自信があった。
どこからその自信が湧いてくるかはわからないのだけれども。
それでも本場パリで4年間修行をした僕の作る物は駅前のチェーン店より遥かに美味しいと思う。いや、美味しいのだ。
それに親が離婚して引っ越しするまでの間、家の近くの喫茶店のおじさんからケーキの作り方や美味しいコーヒーの入れ方、作る際の心構えなどいろいろな事を教わった僕の作品が美味しくないわけなんてない。というかそれくらいの自信を持たないとおじさんやパリでお世話になった人たちに申し訳ないのだ。
だが僕は別に客足なんて伸びなくてもいいし人気なんて出なくていいと思っていた。
一番大切なのは、足を運んでくださったお客様に幸せなひとときを提供するという事だ。
それがこの店の信念で僕の理想だ。
「よし!今日も笑顔で頑張ろう。」
時刻は8時50分。
いつも通り、自分に気合いを入れたハルは今日もお客様に幸せのひとときを提供できるように気持ちを入れ直す。
時刻は9時になり店の扉に掛けてある札をOpenに裏返し、呑気に口笛を吹きながら店のチェックを始めた。
9時15分頃、外から話し声と足音が近づいてくる。
(お客さんかな?こんな早くからきてくれるなんて嬉しい限りだ。)
ウキウキ気分の僕は口笛を吹きながらリズム良くコーヒーカップを並べお客様の来店へ備える。
「あっ!美咲ここだここだ。新しいカフェ!」
「わぁ〜!なんかオシャレだね。お店の名前は…えっと…プティ ボヌール?フランス語かな?」
「そうそう!フランス語で(ささいな幸せ)って意味らしいよ!お店の人もキザな名前つけるよねぇ〜笑」
2人組の女性だろうか?高く澄んだ2つの声が店の外から店内にまで話している声が聞こえてくる。
(あの…全部聞こえてるんですけど…すごく恥ずかしいんですけど…というかオシャレでしょ?今風じゃない?フランス語だよ?必死に考えてつけた名前なんだけど!!!)
外から聞こえる2人組の女性の言葉に少しばかりショックを受けるハルは内心で赤面しながら叫んでいた。
「このお店、口コミの評判とかいいみたいだし。楽しみだなぁ〜」
「ケーキが特に美味しいらしいね。里奈、甘いもの好きだから先週から楽しみにしてたもんね。」
「そうなんだよぉ〜。でも、ごめんね。美咲甘いもの食べれないのに…」
「気にしないで!私、コーヒー好きだから!さぁ入っちゃお?」
ガチャ。と扉が開く音がし、チリンチリンと気持ちのいい音が店内に響き渡る。
ハルは外で話していた内容にショックを受けていたが気を取り直し、笑顔で挨拶をする。
「わぁ!お店の中もかなりオシャレだね!」
片方の女性がきれいな声で呟く。
声の通り、2人とも女性のお客様でかなりの美人だ。
お辞儀のせいで顔は見えないがその雰囲気とスタイルからして美人であることは容易に判断できた。
「いらっしゃいませ。カフェ プティ ボヌールへようこそ!」
元気な声で自分の中の最高の笑顔でお客様をおもてなす。
顔を少しづつ上げていき、2人のお客様の顔を見た。
「え…。」
店の中を見渡している片方の女性の顔を見た瞬間、ハルの時間が凍りついたように止まった。
電撃が体に走ったような衝撃を受けた。
電撃なんてもんじゃない、雷神様が必死に逃げる僕を追いかけ回してくるみたいな衝撃だ。
店を見渡している1人の美女の顔を凝視しながらハルは固まってしまっていた。
小さい頃からよく見ていた人を魅了するような目の下の泣き黒子。
あの頃より大人っぽくなっていて、化粧のせいなのか元がいいのかはわからないが肌がとても綺麗で、通りすがる男が誰しも振り返ってしまいそうな端整な顔つきをしている。
でも、見間違うはずがない。
この人は…
無惨に散った幼馴染の初恋の相手で
ハルの夢の原点でもあり、お菓子作りを始めたきっかけでもあるこの女性こそが…
あの河合美咲なのだと。
次の話も今週中に投稿したいと思います。