おしおき
少女が我が城から旅立って行った日の夜、私は馬鹿息子四人を呼び出した。
私の私室へと入ってきた四人は、全員やや青ざめた顔をしている。
ふむ、どうやらこの馬鹿共は、それでもまだ心底愚者となったわけではなさそうだ。
昨日からの私の様子に加え、今日あの少女の姿を一度も見ない事から、全容は知れずとも、まずい事態となった事は想像がついているらしい。
……それを理解するのが遅すぎるが、な。
「……その顔色を見るに、呼び出された理由に見当はついているように思えるが……一応は聞こうか。何故呼び出されたと思う? イオージス?」
「っ、は……。……け、今朝から姿の見えない花嫁候補の事について、何かお話があるものと……」
「……何か、か。そうだな。では、その何かとは何だと思う? ツォニージス?」
「はっ、はい……。……お、恐らくは、彼女の、待遇について、かと……」
「ふむ……待遇、か。では、聞こう。お前達は、彼女にどう接していた? サージス?」
「……っ。……い、いえ、その、私が花嫁にと望むのは、彼女とは別の少女でして……。……ですから……その……」
「うむ。お前が執心しておるのは可憐な少女であると聞いておる。……お前もそうであるらしいな? フォーイジス?」
「は、はっ……! その通りです……! なので、私も、その」
「だが。その可憐な少女は一人だけ。となれば、その相手となるのも一人だけだ。……サージス、フォーイジス。お前達は、可憐な少女に選ばれなかった場合、どうするつもりでいた?」
「は、はい……その、選ばれないなど、考えたくはありませんが……その時は、残りのその少女と、婚姻をと……」
「わ、私もです。万一選ばれなかった時は、致し方ないと……」
「……ふむ、そうか。では、何故、かの少女とも交流を持とうとしなかった? 婚姻を結ぶ可能性があるのであれば、良好な関係を築くよう務めるべきではないのか?」
「っ! そ……それは……!」
「……もっ、申し訳ありません、父上! 明日からは必ず、そのように致します!」
「……ほう? 明日からか? フォーイジス?」
「はい!」
「そうか。ならば、ただちに城を出て、彼女を探しに行くと良い」
「はい! …………はい? ち、父上? 今、何と?」
「城を出て、彼女を探しに行くと良い、と言った。かの少女は、今朝早く城を出て何処かへ旅立って行ったのでな」
「!?」
「なっ……!?」
「ま、誠でございますか父上!?」
「そんな……!? 何故そんなっ!!」
「……何故? ほう、何故、とは、面白い事を申すな?」
「「「「 っ!! 」」」」
私が言葉を紡ぐ度、ぴくりと体を揺らし視線をさ迷わせながら返答を返していた四人は、少女が城を出たと聞くと、遂に目に見えて狼狽え始めた。
しかし、今更狼狽えたところで、既に遅いのだ。
その様を見、胸に苦々しいものが沸き上がった私は、フォーイジスが放った言葉を聞くと、スッと目を細め、更に冷ややかな声を出し、四人を威圧した。
その声色に、四人は息を飲み、動きを止める。
「……異世界の花嫁を望んだのは我々であって彼女達ではない。なのにかの少女はそれに応えようと努力した。……だというに、お前達はかの少女を冷遇し、挙げ句邪魔だとまで申したそうだな? のうフォーイジス?」
「!! ……い、いえ、あれは、その、つい……!!」
「今更言い訳は良い。かの少女にしてみれば結婚相手はお前達でなくとも良いのに、心無い事を言われて尚、応える為の努力を続けると思うか? どうだ、サージス、フォーイジス?」
「「 ……………… 」」
「イオージス、ツォニージス。かの少女を冷遇するサージスとフォーイジスを兄として諌める事もせず放置したお前達も同罪だ。お前達も似たような態度であったようだし、連帯責任として四人揃って暫く我が弟の領地へ行ってその仕事を手伝って参れ。既に話はつけてある。何かしらの功績を上げ、それをあれに認められるまで帰ってくるな」
「えっ……!?」
「お、叔父上の、所に……!?」
「こ、功績を叔父上に認められるまで、帰れない……」
「あ、あの、叔父上に……」
私が弟の元での修行を言い渡すと、四人は絶望したような表情で立ち尽くした。
それはそうであろう。
弟は実直過ぎる程実直で、自分にも周りにも厳しい人物だ。
あれに認められるのは難しい。
だからこそ罰となり得るのだが。
「花嫁候補達の事は心配はいらん。城で丁重に扱う。週に一度、お前達の元へも通って戴こう。……だが、サージス、フォーイジス。覚えておくが良い。可憐な少女に選ばれなかったほうには、再び城を出てかの少女を追って貰う。そしてかの少女の心を手に入れるまで帰って来る事は許さん。王位継承権も一時預かる。万一かの少女の心が得られぬ時は、一生を平民として生きるがいい」
「なっ!? ち、父上!?」
「そんな! 世界のどこにいるのかもわからないのに……!!」
「この国からは出ないと約束を交わしてある。私が見た限り、かの少女は約束を違えるような人物ではない。国中を探せば見つかるであろう。……もっとも、それぞれの少女の仮の名と姓を共に考え決めるようになっていたにも関わらず、お前達はかの少女には誰も共に考える事はなかったようだから、名も知らず容姿だけで探すのは、骨が折れようがな。それに今頃はきっと、自分一人で名と姓を決めていよう。再会しても、お前達の知らぬ名を告げられ、人違いだと言われぬと良いな?」
「「 うっ……!! 」」
「ああ、姓まで決め名乗っておれば、それを手掛かりに探せるかもしれぬな。平民に姓はないのだから」
「あ……!」
「な、名乗って、いるでしょうか……?」
「さてな。少女達が学んでいるのは一般教養と、貴族の常識だ。平民のそれとは少し違う。名と姓を決めるように言われていた事もある故、可能性は高いが。……とにかく。これは決定だ、反論は許さん。話は以上だ。城の入り口で馬車がお前達を待っておる。行くがいい」
そう告げると、私は四人に背を向けた。
四人は少しの間言葉もなく立ち尽くしていたようだが、やがて静かに立ち去って行った。
「……馬鹿者共が。政略結婚だというに、我を忘れて好みに走りおって。……私に、このような決断を、させおって。……馬鹿者共が……」
四人にはああ言ったが、実際のところ姓まで名乗っている可能性はそう高くはないだろう。
今まで学んでいたのは貴族の常識でも、街に下り、平民の生活に触れればやがて平民の常識を知っていく。
平民に姓がない事を知れば、姓を名乗る事をやめるであろう。
更に、彼女が持つ固有スキルが、もし、己の外見を変える事ができるようなものだったなら、それを使用されれば、見つけ出すのはほぼ不可能だ。
少女が持っているやもしれぬそれらの可能性を上げていけば、キリがない。
……私はきっと、息子を一人、失うだろう。
「…………それが、四人を過度に信頼し、任せっきりにした私への罰なのかもしれぬな……。彼女が訴えるまで、状況に気づかなかった私への……」
己以外に誰もいなくなった部屋に落ちた呟きは、どこか物悲しく響いて、消えていった。
ほとんど会話のみとなってしまいました(;゜∀゜)
千草は初日に真名を名乗っているんだから、人違いだと言われたら真名を呼んで嘘をつくなと言えば解決しますが、千草に興味のないサージスとフォーイジスが、果たして千草が話した言葉を覚えているかは…………。
そして、今回も千草を少女と表記しておりますが、理由についてはこの先の話で語るので、これもやはりこのままでいかせて戴きます。
今後考えている展開に支障を出さない為、変更は致しません。
何卒ご了承下さいませ。