初めての魔法
街の中では誰かに見られる可能性がある。
だからやるのは街の外、さっきの森でと、焦る気持ちを抑えながら、振り返り振り返り歩く。
ロベルクを担いではいるものの、一応健康体らしいシギラムはなんとか私に遅れる事なくついてくるけれど、他の三人はそうはいかなかった。
歩みがとても遅いのだ。
ヨロヨロフラフラとしていて、今にも倒れそうで、見ていると気が気じゃない。
だけどこれ以上シギラムに担いで貰うのは無理だし、私にはそんな力はない。
結局三人のペースに合わせるしかなく、その様子を見てはハラハラして、森に着くまで、私は大層気を揉んだのだった。
「さて、この辺でいいかな」
森の中で、ぐるりと周囲が見渡せる程開けた場所に来た私は、そこの中央付近まで進み、ぽつりとそう呟いた。
その言葉を聞いたメルシェル達三人は顔をより一層青ざめさせ、ロベルクはうっすら開けていた目を閉じ、シギラムは辛そうな表情を浮かべている。
この五人は、これから試し切りをする側とされる側になると思っているのだろうから、当然の反応だと言える。
だけど。
「シギラム、ロベルクをおろして、そこの木を支えに座らせて。メルシェル、セシード、リゼッタ。ロベルクの隣に順に座って」
私がそう言うと、シギラムは苦痛に満ちた顔をしながら、他の四人はプルプルと震えたり、目にじわりと涙を浮かべながらも従順に言葉通りに動き出す。
今更だけど……真名の効力って、凄いんだな。
そして、とても怖い。
「ごめんね、皆。これが終わったら、すぐに真名を呼ばないように仮の名前を考えるから、もうちょっとだけ我慢して。とりあえず、シギラム。魔物でも人でも、近づく者がいないか見張ってて。もしいたらすぐに知らせて。移動するから」
「? ……はい」
「お願いね」
「はい」
怪訝な顔をしながらも、シギラムが私に背を向け、周囲を見回し始めたのを確認すると、私はロベルクのすぐ側に膝をついた。
「ロベルク、大丈夫? すぐに治すからね、もう少し頑張って。……回復魔法よ、彼を治して! 回復っ!!」
私はロベルクの体に向かって両手を突き出し、回復魔法を唱えた。
いや、唱えたと言っても、文言がこれで合っているのかは定かじゃない。
何しろ回復魔法を使うのはこれが初めてである。
だけど、こういうのは強く思い念じる事が大切なのだ。
……………………と、思いたい。
イマイチ自信のない私だったが、文言が合っていたのか、はたまた念じたのが効いたのか、すぐに手のひらがじんわりと温かくなり、柔らかなオレンジ色の光に包まれた。
そしてその光は手のひらから次々に分裂し、まるでシャボン玉のようにふわふわと漂いながらロベルクの体へと移動してくっつき、その体をオレンジの光で包んでいく。
やがてそのオレンジの光が吸い込まれるようにロベルクの体内に消えると、彼はゆっくりと目を開け、数度瞬いた。
「……こ、これは一体……? 痛み、が……?」
ロベルクはぼんやりと呟き、僅かに両手を持ち上げると、じっとそれを見つめる。
その頬にはうっすらと赤みがさし始めていた。
そんなロベルクの様子を見て取って、私は心底ホッとして、深い安堵の息を吐く。
「ああ、良かった! 成功だね……!! よし、それじゃあ次はメルシェルだよ! 回復魔法よ、彼女を治して! 回復っ!!」
ロベルクを治せた事で自信を得た私は、にこにこと笑みを浮かべながら、しゃがんだままで隣にいるメルシェルの前へと移動し、再び両手を突き出して回復魔法をかける。
そしてメルシェルが治るとセシードへかけ、最後にリゼッタにもかけて全員を治した。
すると四人は勿論、見張りをお願いしたシギラムまでもがちらちらとこちらを振り返り、信じられないものを見るような目で私を見てくる。
「え、えっと、これで完了だけど……どうかな、皆? まだどこか、痛いところとか、苦しい感じがしたり、する? もしあったら、言ってね。もう一度、かける、から!」
その視線に居心地の悪さを感じながらも、やっぱりうっすらとだけど赤みがさした四人の顔を見回すと、ほのかな達成感が湧いてくる。
高揚した気持ちのまままた言葉を紡ぎ、最後に笑顔で胸の前で両手で拳を作って握った。
回復魔法をかける前と違って、なんだかやけに体がだるく、呼吸がちょっと荒くなったせいか声が途切れ途切れに出た気がするけど、四人の顔の赤みとこの高揚感に比べたら大した事じゃあない。
ないったらない。
「……あ、貴女は……っ」
「うん? ……どう、皆? どこも、なんとも、ないかな?」
「…………っ」
「う、うぇ……っ」
「えっ!?」
ふいに、私に向かって何かを言いかけ、けれどすぐに黙ったロベルクに首を傾げたあと、再び四人を見回して再度確認する。
すると何故か四人の目が潤み、メルシェルやリゼッタに至っては泣き出してしまった。
な、何で??
「え、えっと、泣かないでよ、メル……っと、真名を呼んだらまた、強制になっちゃう、ね。ごめん。仮の名前、早く考えなきゃ、ね? と、とりあえず、出発、しよっか! 私ね、東のほうの、土地に向かって、旅立つ所、で……っ?」
とりあえずこの状況をどうにかしようと、私は慌てて言葉を発し立ち上がった。
途端、クラリと目眩がして景色がぶれ、その場にたたらを踏んでしまう。
「あ、あ、れ……?」
目眩は続き、私は右手で頭を抑えたが、くらくらとする感覚に耐えられず、ついには意識を手放した。
崩れ落ちた末の、その最後に、誰かに抱きとめられたような、そんな気がした。