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挫かれた出発の一歩と不快な商館

途中、不快な表現と言動があります。

ご注意下さい。

 翌朝早く、私はお城を後にした。

 まず向かったのは、城下町のイベント用広場。

 昨夜、迷惑料を持ってきてくれた宰相様と共に、あの初老の男性がいて、そのイベント用広場で現在(いま)"世界市"という市が開かれている事を教えてくれた。

 その市はその名の通り、世界中から物が集まるらしく、今の時期に毎年国単位で場所を変えて大々的に開かれるのだそうだ。

 初老の男性は、以前私が『お米が食べたい』と希望した事を覚えてくれていたらしく、その時は王都には流通していないからと断られたが、世界市になら、もしかしたら売りに出されているかもしれないと伝えに来てくれたのだ。

 大好きなお米が食べられるかもしれないとなれば、行かない手はない。

 あわよくば、この国でも流通している場所がある事を知れるかもしれないし。

 そう淡い期待を抱いて赴いた市で、私は念願叶ってお米に出会った。

 とある店の隅っこにポツンと小袋に入ったお米が売られていたのだ。

 当然即決でお買い上げ。

 5Kgで1980エルド。

 どうやら円がエルドに変わっただけで、価格は日本とそう変わらないようだ。

 これなら買い物時に混乱はしないだろう、良かった。

 そして幸運な事に、この国でもお米がある場所の情報をGETできた。

 かなり東のほうの土地らしい。

 これで大まかな目的地は決まった。

 私は東へ向かう。

 生きる為に欠かせない食生活において、好きな食材がある、これ大事。

 城下町の東門から出て、一路東へひた歩く。

 門を出た時から見えていた森にすぐに着き、更に歩く、歩く、そして止まる。


「ぜ、前方に未確認生物、発見……」


 およそ二メートルくらい先に、真っ黒な、大型犬程の大きさの生物がいた。

 額に立派な角が生えてさえいなければ、大型犬だと言えたであろう。

 未確認生物は真っ赤な目で私を見据え、グルルと唸り声を上げながら、口からはボタボタと涎を垂らしているように見える。

 ……こ、これは、もしかしたら、私を食材と勘違いしてますかね?

 そうだとしたら……生命の危機、ですね?

 それでは……。


「逃亡を、開始しますぅ!!」


 私がそう叫んで踵を返し走り出すのと同時に、あの未確認生物も地を蹴って駆け出したようだ。

 生死をかけた追いかけっこの始まりである。

 そういえば、この世界について学ぶ事になった初日に、魔物がいるって教わってた。

 宰相様やあの初老の男性はきっと、知っている筈の事を改めて言う必要はないと判断して何も言わずにいたんだろう。

 十分なお金もあるし、当然護衛を雇うと思っていたんだろうな……。

 あああもう、私の馬鹿!!

 何でこんな大事な事忘れてたのよ~~~!!



「たっ……助けてぇぇぇぇぇ!!!」


 必死の思いで走って抜けた森の先に見えた城下町の門の下に、ちょうどそこから出てきたらしい鎧姿の人影を見つけた私は、声の限りに助けを求める叫び声を上げた。

 人影は、その叫びに気づいてくれたらしい。

 直ぐ様こちらに駆けてきて私を追い越すと、剣を抜き放ち、魔物を一刀両断にした。


「た、助かったぁぁ……! ありがとうございますぅぅ!!」


 倒される魔物を見た私はその場にへたり込み、心底ホッとした声でお礼を言った。

 その次の瞬間。

 鎧姿の人は私を振り返り、ずいっと右手を差し出して、こう言った。


「助け賃。命が助かったんだから、それなりに弾んでくれよな?」


 …………世の中って厳しい。


☆  ★  ☆  ★  ☆


 出発して早々城下町に出戻った私は、中央広場の噴水の前で頭を抱えていた。

 冒険者を長期間護衛に雇うには、護衛料は勿論、宿代や食事代、戦闘で使用する道具代や薬代なんかも雇い主が負担するらしい。

 定住地を見つけるまでどれくらいの日数がかかるのか見当もつかないし、見つけた後お店を開くなら、乱暴な客や強盗など、もしもの時の為の用心棒も必要だろう。

 女一人ではきっと危険だ。

 となればその給金も考えなければ。

 開店資金もかなりの額がいるだろうし、お金はなるべく使わず残しておきたい。

 そう考えて思い出したのがある日の授業内容、奴隷商館について、だ。

 奴隷なら護衛料はかからないし、用心棒を新たに雇って給金の交渉をする必要はないだろう。

 奴隷とはいえ人なのだから、給金を支払わない等という選択肢は考えてないが、そんなに高額を提示しなくてもすむとは思う。

 そうわかっていても頭を抱えているのは、その奴隷を、人を買うという行為について抵抗がある為だ。

 噴水のふちに座り、両手で頭を抱えてうんうん唸る私を、通り過ぎる人々が遠巻きに見て去って行く。

 冒険者を雇い、やがては用心棒も雇って少しずつお金を減らすか。

 奴隷を買って護衛兼用心棒にして少しでもお金を残すか。

 散々悩み、散々迷って、やがて。

 私は、奴隷商館の前に立っていた。

 真っ黒い建物が聳え立つそこは、奴隷を、人を売る店だという認識の為か、まるで悪魔の館のように見える。

 これからそこへ入って人を買おうというのだから、私はさしずめ悪魔に見魅られた愚者、というところだろうか。


「…………ええい、やめやめ! この期に及んで怖じ気づくな自分! 背に腹は変えられない! 私は何より私が大事! うん!!」


 パチンッ、と両手で頬を打つと、私はグッと顔を上げ、決意を込めて力強く一歩を踏み出した。

 そのまま勢いを殺さずに歩き、扉を開けて中へと進む。

 奴隷商館の中は内装が黒と焦げ茶色とダークレッドで統一され、少々暗い印象を受けた。

 決して楽しい場所ではないのだから、これでいいのかもしれないけれど。

 私は再度歩を進め、正面にあるカウンターへと近づいた。

 そこにいた中性的な男性は、私がすぐ側まで来るとにこりと微笑む。


「いらっしゃいませお嬢様。ようこそ奴隷商館へ。……寂しい肉体を慰める性奴隷をお求めでいらっしゃいますか?」

「なっ!? ど、どうしてそうなるのよ!? 私は護衛ができる戦闘奴隷が欲しいの! 戦・闘・奴・隷!!」


 男性から放たれた第一声に、私は声を大にして反論した。

 一目見てすぐに性奴隷を勧められるほど、私は男運がなさそうに見えるとでもいうんだろうか?

 全く失礼な男性である。


「ふふっ。冗談でございますよ。お嬢様がとても緊張なさっていらっしゃるように見えたので、ほぐして差し上げようと思いまして。……戦闘奴隷でございますと、価格はこのようになっております」


 男性は悪戯っぽく笑いながらそう言うと、長い指でスッと一枚の紙を差し出した。

 私は口をへの字に曲げて男性をひと睨みし、次いでそこに視線を落とす。


 戦闘奴隷価格表

  特級品 100000000エルド

  上級品  10000000エルド

  中級品   1000000エルド

  下級品    100000エルド

  廃棄間際     5000エルド


「は、廃棄間際……? こ、これは何……?」

「はい? そのままでございますよ? 戦闘奴隷をご所望のお客様の中には、すぐに奴隷の正確な腕前を知りたいと申される方がいらっしゃいますので、怪我や病気を理由に長く売れ残った廃棄予定の奴隷を試し切り用にお売りしているのです。これは下級品以上の奴隷をお買い上げされた方にのみお売りしておりますので、廃棄間際の物のみはご遠慮下さるようご理解の程を」

「っ……!! ……い、いいわ……なら、中級品を一人と……は、廃棄間際を四人、頂戴……。中級品の腕前を知る為なら、四人くらい必要でしょう……?」

「ふむ……かしこまりました。では中級品をひとつと、下級品だった廃棄間際を四つ、お売り致しましょう。中級品の容姿や性別等にご注文はございますか?」

「……ないわ」

「かしこまりました。では少々お待ち下さいませ」


 男性はそう言って頭を下げると、価格表をしまい、奥の部屋へと消えて行った。

 私は込み上げる不快感と嫌悪感を必死に抑え、その場に立ち尽くす。

 ……本当に、なんて場所なんだろう。

 私は何でこんな所に来てしまったんだろう。

 ………………いや、来て良かったんだ。

 少なくとも、ここに来た事で四人の人の命を救う事ができるんだから。

 試し切りなどする気は私には全くないんだし。

 だから、これで良かったんだと……そう、思おう。


「お待たせ致しました。お嬢様、勝手ではございますが、お売りする廃棄間際の品を少々変更させて戴きました。中級品だった物がひとつと、下級品だった物が三つになります。中級品だった物が、急に容態を悪化させまして……。本当に使い物にならなくなる前に使ってやって下さいませ」

「!!」


 しばらくして、そう言いながら戻ってきた男性は、痩せていながらも筋肉だけはそれなりについていそうな、なんともアンバランスな少年を一人と、ヨロヨロと歩く青白い顔をした少年少女を四人連れて来た。

 うち一人は自力では歩く事も難しいらしく、他の三人に凭れ、支えられて歩いている。

 だ、大丈夫なのかな、あの人……。

 急に悪化したって言ってたけど……確かにこれは、急がなくちゃ。


「わかったわ。なら購入手続きを急いで。手遅れになる前にやってしまいたいから」

「かしこまりました。では、廃棄間際の品のも含め五つの真名をお教え致しますので、真名を呼び、服従命令をして下さいませ」

「え!? ま、真名を呼んで、服従命令……!?」

「はい。その上で代金を支払って戴ければ、手続きは終了となります」

「!!」


 て、手続きって、奴隷所有の証しとなる書類なんかを作成して署名するとかじゃないんだ……。

 真名を呼んで命令なんかしたら、逆らいたくても二度と逆らえないんじゃ……で、でも、それをしないと手続きが終わらないんだよね……。

 私は横目でちらりと隣に立つ少年にぐったりと凭れている少年を見た。

 ……躊躇している時間は、ない。


「わかったわ。早く、真名を教えて」

「はい。ではまず、正しく中級の品である物の真名ですが、シギラムと申します。次に廃棄間際の品は、左から、メルシェル、ロベルク、セシード、リゼッタとなります」

「そう。……シギラム、メルシェル、ロベルク、セシード、リゼッタ! 私が貴方達を買うわ。だから、私についてきなさい!」

「! ……ほう……この短い間に、よく上手い言葉を考えられましたね」

「何の事? それより早くして! これが代金よ!」

「ああ、はい、確認致します。ふむ、確かに戴きました。手続きは完了です」


 男性は代金を手にそう言うと、何を思ったのか、突然自分の左手の中指に口づけた。

 こっちは急いでいるのに何をしているのかとうろんな眼差しを向けると、その直後、男性の指が仄かに光り、次いで私の周囲も僅かに光り、明るくなったように感じた。


「え? 」


 驚いて光っている箇所を見れば、私の左腕に三つ、右腕に二つの腕輪が、そして奴隷の少年少女達の首に首輪が現れていた。

 理由を探るべく再び男性の指をよくよく見れば、そこには指輪が嵌まっている。

 恐らく、あの指輪が何らかの役割を果たしているのだろう。

 そこに口づける必要があるのかどうかは甚だ疑問だけれど、それを追及している暇は、今はない。


「その腕輪と首輪は対になっており、奴隷達が正しくお嬢様の所有物だという証しとなります。役人等に所有の権利を疑われる事がないように、腕輪と首輪を外す事は決してなさいませんように」

「……そう……そうね、気をつけるわ。それじゃあこれで失礼するわね」

「ああ、お嬢様。お待ち下さい」

「何よ、まだ何か!?」


 急いでるのに!

 言外にそう思いを込めて男性を睨むも、男性は穏やかな笑みを浮かべたまま、また口を開いた。


「申し訳ございません。最後にひとつ。我々は病や怪我を負った奴隷に金をかけて医者に見せる事は決してないし、どんな形でも売れればそれでいいと考えています。売れ残った廃棄間際の品が壊れ、片付けをする必要に迫られる前にいなくなる上に代金が入るのですから、その後その品がどうなろうと文句はありません。……ですから、お嬢様がそれらを今後どうしようと、こちらは一切関知致しないと、それだけお伝えしておきます」

「! ……何それ、どういう意味?」

「言葉通りの意味です。服従命令をと言われて同行命令をなさるようなお嬢様には、必要な言葉かと存じまして。……今後の為に」

「…………。……失礼するわ。シギラム、ロベルクを担いで運んでちょうだい」

「……はい」

「お買い上げ、ありがとうございました」


 にっこり笑って頭を下げる男性に背を向けると、私は少年少女達を連れて奴隷商館を後にした。

 扉が閉まる瞬間にもう一度だけちらりと怪訝な視線を男性に向けたけれど、男性は既に頭を上げていたものの、変わらずにっこりと笑っていた。

 何を考えているのかわからなくてちょっと怖い。

 それが私の、男性への最終的な印象だった。

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