仮の名前と仁義なき戦い
パチパチと、焚き火の火が跳ねる。
シギラムとロベルクが獲ってきた獲物が大きかった為、急遽焚き火は二つに増えた。
獲物は頭から臀部までまっすぐに串を通され、串の両端をX字に組まれた太く長い木の枝に支えられて、焚き火の上にその身をさらし、丸焼きにされている。
それを極力見ないように視線を逸らしていると、視界の端に、何故か難しい顔をして獲物を見つめているロベルクが映り込んだ。
「ロ、あ、あの……どうかしたの?」
「っ、あ、いえ……何でもありません、主様」
「そう……?」
名を呼ぶ代わりに軽く前に身を乗り出して尋ねると、ロベルクは一瞬私を見たけれどすぐに逸らして、また獲物に視線を向けると、眉間に皺を寄せる。
その様子に私は首を傾げながらも、それ以上の追求はやめた。
私達は出会ってまだ半日程度だ、言いたくない事の一個や二個や百個や二百個、あるだろう。
私はまた焚き火の上の物体を見ないように視線を巡らせた。
すると今度は、にこやかに獲物を見つめるシギラムが目に入る。
私はそちらを向いて再び身を乗り出した。
「シ、っと、な、なんか機嫌が良さそうだね? もしかして、この獲物のお肉、好きなの?」
「あ、いえ。そういうわけじゃないんですが……ただ、大きい、いい獲物が獲れたなと思いまして。……イノシー、たくさんお食べになって下さいね、主様?」
「えっ? ……あ、ああ、うん……ありがとう。……で、でも私、イノシーのお肉はちょっとでいいかな……? それよりも、ニワニリーのお肉のほうが、食べたいかも、なんて……えへ」
「!!」
「えっ……!?」
「私、イノシーのお肉って食べた事なくて。どちらかと言うとニワニリーのお肉のほうが馴染みがあるし、好きなんだ」
「そ……そう、なん」
「そうでしたか!! そうですよねっ、いくら大きくとも、未知のものより、より好みのもののほうがいいに決まってます!! 主様っ、ニワニリーの肉、たくさんお食べになって下さい!!」
「えっ? う、うん……?」
「……っ」
シギラムと話していると、突然ロベルクがその言葉を遮り、会話に入ってきた。
いきなり横から発された声の勢いの良さと大きめの音量に驚いて、私はびくりと体を震わせたものの、ロベルクへと返事を返しながら再度そちらを見る。
するとロベルクは先程と違い、にこやかな顔をしていた。
あ、あれ?
なんかロベルク、急に元気になった……?
て、あれ?
今度はシギラムが難しい顔してる……?
な、何で??
あっ、イノシーのお肉についての発言が原因かな!?
「あ、あのっ、大丈夫だよ!? その、確かに私、イノシーのお肉は食べた事ないけど、でも、ちゃんと食べるし! 食べてみたら、もしかしたらニワニリーのお肉より好きになるかもだし!」
「! ニワニリーの肉より……!?」
「えっ?」
「そう、そうですよね! 食べた事がないだけですもんね! ニワニリーの肉より美味いかもしれませんよね!」
「えっ、う、うん……?」
「っ! ……ふん、そうでない可能性も大いにあるがな?」
「!」
え、あ、あれ……?
シギラムとロベルク、何で睨み合ってるの……?
う~ん……?
……話の流れから推察するに、シギラムはイノシーのお肉派、ロベルクはニワニリーのお肉派で、どちらがより美味しいかで対立してる、とか……?
えぇ……そんなの、"どっちも美味しい"でいいじゃない……それじゃ駄目なの……?
睨み合う二人を前に、私は呆れの混じった溜め息を吐いた。
「えっと……とりあえず。今とても不便だから、今夜のうちに皆の仮の名前を決めたいんだけど……。その前に、ひとつだけ。皆、もう一度だけ、許してね」
「「 え? 」」
「はい?」
「主様……?」
「許して、って、何を……?」
睨み合う二人の気を逸らす為に私は話題の転換を狙い、仮の名前の件を上げた。
そして、その前にやっておくべき事をやる為に口を開く。
「シギラム、ロベルク、セシード、メルシェル、リゼッタ。今後、お互いの真名を呼ぶ事を禁じます。絶対に呼ばないように」
「「「「「 ! 」」」」」
私がそれぞれの真名を呼んで告げると、五人は一瞬その動きを止め、私をじっと見つめてきた。
五人の視線を受けて、私は眉を下げ苦笑する。
「……ごめんね。貴方達はあの商館でお互いの真名を知ってしまったから。この先、意見の食い違いから喧嘩になって、頭に血が上ったまま、もし真名を口にして何か言ってしまったら、取り返しがつかないから。勿論、私も今後は決して貴方達の真名を口にはしないって誓うよ。これが最後。約束する」
「主様……!」
「と、いう事で。貴方達の仮の名前、決めようか! ちなみに私の仮の名前はね、ティズーシャ・マッキーノンっていうの! 主様より、ティズーシャって呼んでくれると嬉しいな」
「「「「「 は、はい。ティズーシャ様 」」」」」
「うん? ……えっと、様っていうのは、いらないんだけど……取れないかな?」
「「「 えっ!? 」」」
「い、いえ、それは……」
「ティズーシャ様は、俺達のご主人様ですから」
「……駄目、なんだね。……う~ん……じゃあ、せめて、もうちょっと親しげに……そうだな、ティズーシャの愛称で、ティズ様、で、どう? 私、皆と仲良くなりたいんだ」
「主様……! ……あ、いえ、ティズ様、ですね。かしこまりました」
「では、そのように呼ばせて戴きます」
「うん! じゃあ、次。皆の名前だけど、何がいい? 希望があれば、聞くよ?」
「……ティズーシャ様が、ティズ様なら、私は、メル、が、いいです」
「あ、なら、私も! リゼがいいです!」
「ああ、そういうの、簡単でいいな。じゃあ俺は……シード、かな」
「なら俺は、ベル……だと、メルと聞き間違いやすいか? ……ロベル、のほうがいいか」
「俺は、シギ、だな」
「そう。メルに、リゼに、シードに、ロベルに、シギだね。うん、覚えた。じゃあ、改めて。これからよろしくね! メル、リゼ、シード、ロベル、シギ!」
「「「「「 はい、ティズ様 」」」」」
「うん! じゃあ、無事に皆の名前も決まったし、そろそろ食べようか! 焼けたかな?」
そう言って、私は焚き火の上の物体の、端のほうを見た。
全体を視界に入れる勇気は、まだない。
「はい、焼けたようですよ! ではティズ様、イノシーの肉、食べてみて下さい! どうぞ!」
「いいえティズ様! まずはお好きなニワニリーの肉をお食べになって下さい! どうぞ!」
食事の開始を促すと、まるで待ってましたと言わんばかりに、シギとロベルは焚き火の上の物体から、食べやすい大きさに肉を切り取り、木製のお皿に乗せて私の前に差し出した。
そしてそのまま横目でお互いを睨み合う。
「……あ、ありがとう二人とも……」
どうやら、イノシーとニワニリーのお肉のどちらが上かを決める為の、この仁義なき戦いは、どうしても続くようだ。
私は苦笑しながら、差し出された二つのお皿を受け取ったのだった。
おめでとう! 主様お運び権利争奪戦をきっかけに、シギとロベルの二人は、千草が気を失っている間に立派なライバル関係へと進化した!!(笑)