第99話 Raptor Recons
翌日、昼過ぎ。
昨日基地へ帰って来て、村長達にはこちらが部屋を用意した。
基地に来てからも驚きの連続だったらしく、蛇口を捻れば出てくる飲料水や火より明るい照明、身体を清める為のお湯、水洗トイレなどなど色んな事について質問された。
ガーディアンの基地内及び隊員達は、現代とほぼ同じ水準の生活をしている。
尤も、訓練では基地の外、つまり俺からしてみれば異世界の生活とほぼ変わらない水準な為、彼らは抵抗を持たない。
俺からして見れば、サニタリー関係_____所謂トイレ等だ_____は外でするのは抵抗があったが、こちらは訓練を重ねる事で慣れ始めた。
ここだけの話、俺は流石に葉っぱで拭くのは流石に抵抗があるので、携帯用トイレットペーパーを野営訓練の時に携行しているのは内緒である。
話を戻す。
翌日朝早くに朝食を済ませ、伯爵との会談を行った。
アポを取っていないので驚かれたが、伯爵は所用を済ませていたらしく、すんなり応じてくれたのは助かった。
会談は約1時間、俺も同席させて貰った。結果は"ラプトルの森に入り込んだ障害物の排除とその支援"という事でギルド組合に正式に依頼、それをガーディアンが受ける形で決定された。
会談を終えると伯爵から「真面目な好青年だと思っていたが、君もなかなか食えない男だ」と苦笑しながら言われ、俺は申し訳無くなって謝ったが、これは伯爵なりの俺への評価だと言う。
「ラプトルの森に生息する翼竜は私も注目していた、私にもメリットがある。なので今回はその話に乗せられるとしよう」と言った伯爵の表情は爽やかな笑顔だった。
これで伯爵からの正式な依頼という事で、ギルド組合から報酬が出る事になった。
村長には涙を流して感謝された、正直こそばゆい。
そして現在基地に戻り、装備を再び整えてメインローターを回しながら待機しているヘリへと乗り込む所だ。
そして今回は狙撃小隊から小隊本部6人、第3狙撃分隊4人が援護チームとして参加した。
彼らは狙撃銃にバレットM82A3を装備し、カノーネン・レックスの頭をカチ割る事が出来る様に装備を整えた。
それに加え、第3狙撃分隊は実戦経験が浅く、第1及び第2狙撃分隊に比べて練度が低いと言わざるを得ない。
忘れられがちだが、第3狙撃分隊の全員は"召喚者"。俺が召喚した前世地球の兵士であり、魔物との戦闘経験が浅いのは致し方無い事だ。
本当は1日で終える任務の筈だったが長引いてしまった為、それを見越して携行糧食や予備の水、弾薬などを多めに積んだ。
「ありがとう……ありがとう……!」
「も、もう大丈夫ですから……」
ヘリのキャビンに座った村長は未だ頭を下げて感謝の言葉を述べている。
「いや、もうこれは何度礼を言っても足りない……!」
「そうですね……じゃあ、こうしましょう」
「何だ?何でも言ってくれ、奴を排除する為なら私はなんだってしよう!」
「では______」
俺はそこでもう1つ、条件を提示した。
Ch-47Fが1機、エスコートする様にAH-64Dアパッチ・ロングボウ2機とOH-1ニンジャ1機、空中から指示を出すMH-60Mが1機、ガーディアンの基地から離陸した。
目標は50km東、ラプトルの森である。
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この異世界に無い音を立てて、ヘリが城門を超える。
第2分隊が竜人族の村の広場にLZを確保し、近くにテントと野戦司令部を構築している。
『見えました、降りる準備を』
コックピットで操縦桿を握る機長のヘンリーからの通信がヘッドセットから聞こえる。
「総員降下準備!忘れ物しても戻れないぞ!」
M4のチャージングハンドルを引いて離し、初弾装填、安全装置を掛ける。
それをスリングを調整して身体に寄せると、手で持たなくても銃が安定するので両手がフリーになる。
バックパックを背負い、AT-4CSを肩に掛けて弾薬箱を2つ持つ。
狙撃小隊長のカーンズと、第3狙撃分隊のハンスはM4A1と共にM82A3を持ち、もう片手にはその弾薬がみっちり詰まった弾薬箱を持っていた。
ヘリがゆっくりと降下、ロードマスターのアンネがハッチを開ける。
足下から浮遊感が失せ、着陸脚が地面を捉える。
「接地よし、行くぞ!」
その言葉と同時にCH-47Fの後部ランプドアから飛び出し、ヘリから遠ざかる。
第2分隊は機首より前方に村人が入らない様に周辺で警戒していた。
「村長達はこちらへ!」
エイミーが村長達を連れ、野戦司令部の方へと向かって行く。流石の従者スキルだ。
第1分隊、狙撃小隊本部、第3狙撃分隊の18人が降車すると、ロードマスターに合図する。
アンネは親指を立てて了解をコックピットに伝えると、CH-47Fはハッチを閉じながら離陸、基地への帰還コースに入った。
重輸送ヘリの重いローター音が遠ざかって行く、それを聞きながら作業を開始する。
まずは野戦司令部に食料、戦闘部隊の使用する弾薬を積み上げ、戦闘準備を整える。すぐに出発だ。
村には1個小隊ずつ、出撃した編成の90式戦車と89式装甲戦闘車が集結していた。1個小隊は戦車やIFVの最小作戦行動単位だ。
幸いにも89式装甲戦闘車の3号車と4号車には誰も乗っておらず空いているので、狙撃小隊本部と第3狙撃分隊はそちらに乗ってもらう事になる。
それに加えて……
「キュウン」
「よしよし、良い子だ……」
5頭のラプトルが同行する事になった、村長に提示したもう1つの条件がこれである。
ゲオラプトルの嗅覚は人間よりも鋭く、犬よりも様々な匂いを嗅ぎ分ける事が出来ると村人達は言う。
そしてそのラプトルを操るトレーナーの2人を同行させるのだが、この2人がまた変わったものに乗っていた。
「それは?ラプトルとは違うのか?」
俺が声を掛けると、ゴードンと名乗ったトレーナーの青年が振り向く。
「ああ、此奴は"ネルトラプトル"って希少種でね、ラプトルの森では馬の変わりに人を載せたり、荷車を引いたりするのさ」
そう言って"ネルトラプトル"の肌を撫でるゴードン。
ネルトラプトルは体長2m近くあり、人間大のゲオラプトルよりふた回り以上大きい。
前傾姿勢の背中には鞍が付いており、そこに乗って馬の様に駆ける事が可能とか。
「それより、君達はその装備で大丈夫なのかい?」
槍を持っているゴードンが俺たちの装備に疑問を投げかける。ゴードンは他にも腰に剣を下げており、もう1人の青年はクロスボウを手に剣を下げていた。
ゴードンは異世界人、銃の威力や効果などもちろん知らない。
「陸竜狩りなら、槍を持った方が良いんじゃないか?クロスボウも確かに有効ではあるが……」
「こうすれば、此奴は槍にもなるんだ」
JPC2.0右側のカマーバンドに付けたカイデックス製の鞘からM9MPBSを抜き、M4の先端に取り付ける。
「なるほどな……それならクロスボウと槍を同時に持つ必要は無い……考えたな」
「俺の考えじゃ無いけどな」
俺はM4からM9MPBSを外し、再び鞘に仕舞う。
そして彼に片耳用のイヤホンとそれに繋がった無線機一式を渡した。
「これは?」
「俺達が遠距離で会話をする時に使う物だ、このボタンを押している間は喋れる、喋らない時はボタンを離すと向こうからの声が聞こえる。これをお前に預けるから、外の状況を知らせてくれ」
「……これか?」
「そうそれ、話すときはそこを押す。聞くときは離す。人が喋ってる時にそのボタンを押すと酷い音が出るぞ」
「分かった、助かるよ」
俺は89式装甲戦闘車の中に入ってしまう為、声でのコンタクトが取れなくなる。
そこで彼に無線を渡し、外の状況を知らせて貰うと言う算段だ。
無線を受け取ったゴードンにイヤホンとマイクの使い方を教えると、彼は頷いてネルトラプトルの背中の鞍に跨る。
そろそろ出発かと思い時刻を確認すると、背後から声を掛けられた。
「ヒロトさん」
「ハンスか」
第3狙撃分隊のハンスだ、彼は今回いつものM24A2では無く、カノーネン・レックスの頭蓋を貫ける様にM82A3を装備していた。
M82A3は小隊に3挺が配備されており、これはアメリカ海兵隊のスカウトスナイパー部隊を意識しての事だ。
「対戦車兵器はどの位あります?」
「89式装甲戦闘車の中に色々揃ってる。AT-4CSを中心にパンツァーファウスト3、01式軽対戦車誘導弾、カールグスタフM3だな。種類が多い分1種類辺りの数は少なくなってるから気を付けろ」
「01式軽対戦車誘導弾の弾数は?」
ハンスを始め、俺が召喚した海外の兵士は01式軽対戦車誘導弾の事を何故かゼロワンジャベリンと呼ぶ。まぁ間違ってはいないし、日本版のジャベリンみたいなもんだけどな……
「ミサイルは4発、発射器は2基。カールグスタフは各車に1門だから考えて使ってくれ」
「了解です」
それを聞くとハンスは分隊を率い、89式装甲戦闘車に乗り込んでいった。
俺はそれを見て、俺の分隊に声を掛ける。
「そろそろ出発する!積み込みが終わり次第全員搭乗だ!」
「了解!」
今回の戦闘で必要になる燃料弾薬、通信機器を全て積み込む。
90式戦車もヘリが輸送して来た先の戦闘で消費した砲弾を積み込み、89式装甲戦闘車も35mm機関砲弾を車内に積み込んでいた。
「よし、砲弾これでラスト」
「了解、点検作業急げ」
「FV1号車、A1、進発準備完了」
「了解、FV3号車A3、FCS最終チェック中」
「第1分隊搭乗!」
「了解!」
俺は分隊を率い、FV1号車、A1に乗り込む。
座席に座ると、各部隊から通信が入って来た。
『こちら90、進発準備完了』
『ポーラスター01、指示目標を請う』
『こちらゴードン、指示を』
「……了解、ゴードンは出発、ラプトルを案内させてくれ。ポーラスター01、ラプトルを追え。全機甲部隊、ゴードン達を追え、踏み潰すなよ!出発!」
『応!』
『了解』
『了解』
外でゴードン達の命令を受けた5頭のラプトルがひと吠え、直後に走り出した。
ゴードンともう1人のラプトルの使い手が、ネルトラプトルの背中に跨ってそれを追う。
伯爵の騎士団が使っている馬などよりも速い、恐らく、コボルトなどよりもずっと速く走れるだろう。
それを追って、8輌の機甲部隊は森へと入る。追いつかなくなりそうな程速い。
こうして見ると、前世の恐竜映画を思い出す。
「……本当に恐竜だな……」
「ヒロトの世界にも、ああ言う陸竜が?」
走る89式装甲戦闘車の兵員室にあるペリスコープで外を覗いていると、隣に座っているエリスが声を掛けてきた。
「ああ、居たぞ。もっとも俺が生まれる6800万年前くらい昔だけど……な」
「そ、そんなに昔に……!?うわっ!」
「っと、おいおい大丈夫か?」
兵員室が揺れ、エリスがバランスを崩す。俺はそれを抱きとめた。
「あ、あぁ、すまない」
「平気だ」
会話は短く終わる、何しろキャビンの中はディーゼルエンジンと地面を履帯が踏み締める騒音に加え、最高速度に近いような速度で走っているのだ、まともに会話出来る状態では無い。
と言うか、この森の中をよくこの速度で走れるものだ……
暫く走り、森を抜ける。
開けた草原地帯に出るが、未だ5頭のゲオラプトルと2頭のネルトラプトルのスタミナが切れる事は無い。
ペリスコープで周りを見ると、他の草食恐竜のような陸竜が草を食んでいる。
アレはアパトサウルスにパラサウロロフス……やっぱり居るのかトリケラトプス。
外観が似て居る陸竜を、俺が居た世界の恐竜の姿に当てはめていく。
トリケラトプスの様な亜竜など、普通のトリケラトプスよりツノが鋭くノコギリ状になっていたりでかなり攻撃的な印象を受けた。
そんな亜竜達は、89式装甲戦闘車や90式戦車が草原を走り出した途端に慌てて逃げ出した。
そりゃそうだ、30tとか50tの鉄の塊が轟音立てて60km/hなんて速度で走ってたらビビるにきまってる、俺だってビビるわこんなもん。
再び森へと入るラプトル達、俺達の90式戦車や89式装甲戦闘車も追って入るが、森は障害物が多く思った通りに進めない。
『ポーラスター、地上部隊の進行速度が落ちている。見失わない様に追跡を続行せよ』
『ポーラスター01、了解』
『タロン2、ポーラスター01がロストした時の援護に入れ』
『タロン21、了解』
『タロン22、了解』
上空ではC2ヘリの指揮の下、OH-1を先頭にヘリが編隊を組む。
ヘリの最高速度は100km/hを優に超える、ラプトルですら置き去りにする速度だ。
AH-64Dは機首のアローヘッドシステムによりラプトルを追跡、TV画像センサーが多目的ディスプレイにラプトルの姿をはっきりと映し出す。
OH-1は赤外線センサ、可視光線カラーテレビ、レーザー測距装置が一体化した光学サイトにてラプトルを上空から追跡する。
そしてその情報はC2ヘリとして指揮統制を行う上空のMH-60Mブラックホーク____コールサイン"スーパー63"____へと送られ、C2を中継し地上部隊へと送られる。
この4機のヘリが協力し合いながら、上空よりラプトルを追跡、その情報を機甲部隊へと送り続けた。
機甲部隊の車輌、戦車内のディスプレイにはヘリから受けた位置情報が映し出されている。
そしてそれは個人用情報端末にも送信され、各隊員達はそれを見て位置情報を把握していた。
『ポーラスター01、ラプトルを追跡中』
『タロン21、こちらでも捕捉している』
航空部隊では盛んに通信のやりとりが行われ、その無線が耳に届く。
そして今度は別のノイズが無線に割り込んで来た。
『ゴードンだ、ラプトル達に動きがある』
「了解、総員、ラプトルを停止に備えろ」
『了解』
『了解』
『了解』
それと同時に、OH-1からの通信も入ってくる。
『こちらポーラスター01、前方の岩壁に遺跡を発見。繰り返す、遺跡を発見』
「了解」
そう返して個人用情報端末を見ると、ちょうどラプトル達の動きが崖の手前で止まったのが分かる。
89式装甲戦闘車も減速を始め、少しずつ速度が落ちていくのが分かる。
『90小隊、遺跡の入り口300m手前で停止、援護位置に入れ。A小隊は突入陣形、遺跡の入り口で停止せよ』
『了解』
『タロン21、22、上空から機甲部隊を援護。ポーラスター01は周辺を警戒せよ』
『了解』
上空のスーパー63に搭乗している孝道が地上部隊を、ナツが航空部隊を管制し、次々と指示を出す。
4輌の90式戦車が停止して防衛線を構築し、89式装甲戦闘車はその内側に入って遺跡の方へと向かっていく。
ペリスコープを覗くと、目の前が少し開けて茂みの中に2頭のネルトラプトルとそのマスターであるゴードン達、そして5頭のゲオラプトルがおり、その向こうには岩壁の遺跡の入り口がぽっかりと口を開けていた。
『停車する、止まれーッ!』
少し急気味のブレーキをかけ、ラプトル達の手前で停止する。
ペリスコープを覗き、周辺の様子を見る。敵は居ない様だ。
「降車!」
最もハッチに近い所に座っていたグライムズとヒューバートがそれぞれハッチを開けて降車、左右に展開して警戒する。
「周辺クリア!」
2人がそう号令をかけると、続々と残りの6人が対戦車火器を持って降車する。
俺はAT-4CSを持って最後に降車、89式装甲戦闘車はハッチを閉めて後退し、援護位置に着く。
「これが噂の遺跡か……」
目の前には、聳え立つ切り立った崖。
そしてそこにポッカリと遺跡が口を開けていた。
「目測で高さ3m幅5mってとこか……」
「少し狭いな……」
ベルム街の路地よりも広いが、大通りよりは流石に狭い通路だ。
「この遺跡は竜人族の?」
「ああ、俺達の先祖が亜竜信仰の一環として作ったものらしい。今は亜竜信仰なんて廃れてるけどね」
ネルトラプトルの鞍から降りながらゴードンが答える、竜人族には竜人族の文化がある、その1つらしい。
「……狙撃分隊は後方で援護を、俺達は突入して内部を探る」
「了解」
「行くぞ」
M4の安全装置を解除、セミオートへ移す。
ゴードンともう1人のラプトルマスターは、5頭のゲオラプトルを引き連れて森へと入る。
俺達は洞窟遺跡の中へと足を踏み入れた。
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洞窟の中は、魔術ランタンの灯りによって照らされていた。
光の魔石を利用したこのランタンは、魔石の中の魔力を放出しきってしまうまでは光り続けるし、中の魔力の強さによって明るさも変わる。
俺達はその洞窟の左右の壁に展開し、ラプトルとマスターは通路の真ん中を歩く。
「ゴードン、壁によれ。真ん中を歩くな」
「り、了解」
ゴードンともう1人の青年は、緊張した面持ちで洞窟の通路を歩いている。
市街地戦やこう言った閉所での戦闘で、通路は壁に寄るのが基本だ。
ラプトルは1頭を先頭に楔形に展開し、通路を先へと歩いて行く。
「……天井にATを当てたら、崩れてきそうだ」
「そうだな……ATを使用する時は射線上に注意、洞窟を崩して生き埋めになんてなるなよ」
「了解」
天井は岩盤と、時折天井の石材がはめ込まれている場所がある。
老朽化が激しく、石材はひび割れており、AT-4の攻撃が外れて天井に当たりでもしたら崩れそうだ。
しばらく歩くと、前方が開けて来た。
「……交差点か……」
今俺達が歩いている通路と、それより遥かに広く大きな通路との交差点に差し掛かる。
これは何の通路だ?答えはすぐに出た。
グルルルルルル……
喉を鳴らすような猛獣の声、ハッとした俺達はすぐに後退、通路の奥へと下がる。
「な、何だ?」
「シッ!静かに……!」
ゴードンが怯えた声を上げそうになるが、それを制する。
幸い下がった通路には身を隠す退避場所があり、そこに身を隠す。ラプトルもそこに入れた。
交差点、広い通路に姿を現したのは______カノーネン・レックスだ。
ズシン、ズシンと足音を響かせながら大きい方の通路を歩く。
「クレイ」
「了解」
エリスは無音声でクレイを呼び、クレイは特異魔術で背負っていたパンツァーファウスト3を構えてセーフティを解除大きく息を吸って止める。
カノーネン・レックスは狭い通路の前で一旦止まり、交差点からこちらを覗き込むが、奥まった所にいる俺達の事は見えていない。
その一瞬、カノーネン・レックスの呻き声だけが耳に届き、時間が止まったかのように感じた。
早く行ってくれ、その時ほどそう思った事も無いだろう。
やがてカノーネン・レックスはこちらが見えない事で興味を失ったのか、ひと吠えすると何処かへ歩いて去って行く。
その姿が完全に見えなくなるまで、俺達は動けなかった。
「……ふぅ……」
「何とか見つからずに済んだな……」
「ああ、気付くのが遅かったらやられてたな」
戦闘において最も効果的な事は敵を殲滅する事ではなく、不必要な戦闘を避ける事だ。ここでカノーネン・レックスと戦うのは愚かな選択だ。
と、後ろから肩を叩かれる。アレの直後で思わずビクッとしてしまった。
「ヒロト、ヒロト」
「あ、あぁゴードンが、何だ?」
肩を叩いたのはゴードンだった、先程怯えていたゴードンは嘘のように表情を変え、何かを見つけたような表情を浮かべている。
「カノーネン・レックス、目が赤くなってた……」
「何?」
「普通、亜竜の目って黒いんだよ。それが赤く……」
俺は少し考え、ラプトルの方を見る。
キュル、キュルと小さな鳴き声を上げているラプトルの目は確かに黒い。
「……もしそうだとしたら、その余所者とやらが亜竜を操っているヒントになるかもしれない……ゴードン、ラプトルを前に、通路を偵察させてくれ」
「ああ」
ゴードンは頷いてラプトルの2頭を指差し、前に行くように指示。ラプトルはキュルルと鳴き声を上げ、通路を飛び出す。
2頭のラプトルは通路の左右を確認し、キュルキュルと再び静かに鳴く。
「……OKみたいだ」
「了解、行くぞ」
角をクリアリングして大きな通路へ出る、クレイはパンツァーファウスト3を構えたまま進む。
パンツァーファウスト3ならカノーネン・ディノザオリアのどちらともを撃破出来る。初速は遅いが、AT-4CSよりこちらの方が今回は勝手が良い。
すぐに向かい側の狭い方の通路に入り、状況を確認する。
「狭い方は人用、広い方は亜竜用、って感じだな……」
「どこを進むか……ゴードン、内部構造は分かるか?」
「そうだな……石の質から見てこの遺跡は比較的新しいから……通路の奥に広間があるはず」
「了解、そこへ行こう」
俺達は更に奥へ相互支援を途切らせ無い様にし、ライトで前方を照らしながら進む。
次第に、通路の向こうに明かりの漏れる空間が近付いて来た。
ライトを消し、停止のハンドサインを送る。
"進む、静かに"
ハンドサインを送り、ヒューバートとエイミーが前へ、その後ろに俺とエリスが続く。
ゴードン達も足音を立てない様に進み、ラプトル達を鎮めていた。
俺はカッティング・パイの容量でヒューバートをカバーしつつ、向こう側を覗き込む。ヒューバートはユーティリティポーチから手鏡を取り出して確認していた。
広間の大きさは体育館ほど、バレーボールコート2面分ほどだろうか。
そしてその奥に通ずる通路がある。
魔術光に照らされたその空間に居たのは、1人の男。マントを羽織る後ろ姿の背丈は俺とほぼ同じくらいだろうか。
何より目を引くのは、その男の髪の色だ。
俺と同じ、黒髪だった。
「転生者……!?」
俺の声にならない呟きは、誰にも届かなかった。