第97話 最小射程
『カノーネン・レックスの撃破を確認』
『了解、周辺を警戒しつつ待機せよ』
歩兵を収容し、一旦後退していた89式装甲戦闘車。
機甲部隊と合流する為に進み始めたが、その瞬間車内に衝撃が走る。
ガァン!
轟音と共に大きく車内が揺れ、ヘルメットを被った頭を車内の色んなところにぶつける。
立て掛けて置いたパンツァーファウストⅢが倒れ、弾頭部がヘルメットに直撃した。
「いったぁあぶねぇぇぇぇぇぇ!?」
セーフティがかかって居る上に発射体勢も整ってないので暴発する事は無いだろうが、それでも主力戦車を簡単に撃破出来るレベルの大量の炸薬が詰まっている所が頭に当たったのだ、心臓に悪い。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だ!何だクソッ!」
慌てて歩兵用のペリスコープを覗く。砲塔内に居る荻野 博之大尉も車長用ペリスコープで周辺の様子を伺うと、後方にずんぐりむっくりした大きな影が蠢いていた。
明らかに高速移動に向いてないと思われるその体躯、鎧を着て居る様な背中で四足歩行の亜竜。
「カノーネン・アンキール……!」
カノーネン・アンキールがいつの間にか後方に現れたのだ。
カノーネン・アンキールは口を開けると、カノーネン・レックスの様にエネルギーを収束させ、砲弾の様な炎を吐き飛ばした。
火炎弾は真っ直ぐ飛翔し、A1の後ろにいたA2に直撃した。
『こちらA2被弾した!』
『大丈夫か?』
『走行、戦闘に問題無し!』
『こちら1-2、歩兵部隊も無事だ』
その通信が入ってホッとする、どうやらあの火炎弾はIFVの装甲を貫通する程の威力は無いようだ。
しかしあの威力ではHMMWVや73式大型トラックの様な軽装甲及び非装甲車輌は、一撃でスクラップだろう。
『衝撃来る!』
荻野大尉が無線にそう叫ぶと、兵員室の中の隊員が全員耐衝撃姿勢を取る。
その瞬間、車内を横殴りの衝撃が襲った。片方の履帯が地面から離れ、サスペンションがグラグラと揺れる程の衝撃だ。もしかしたら今の一撃で圧延防弾鋼板が凹んだかもしれない。
火炎弾を防いだ89式装甲戦闘車の装甲は予想外だったらしく、カノーネン・アンキールは尾部に付いたハンマーで殴って来た。
「後退する!」
操縦手の楽間 圭吾軍曹が89式装甲戦闘車を全速後退させる。
それを受けてA2も全速で後退、カノーネン・アンキールはカノーネン・レックスやゲオラプトル程の速さでは無いが、後退する俺達を追ってくる。
「村田!弾種APDS!撃て!」
「了解了解ぃ!」
砲手の村田 正隆軍曹が弾種を切り替えて照準を合わせる、狙いはカノーネン・アンキールの頭部、脳天だ。
「発射!」
そう叫び、引き金を引いた。
バンッ!バンッ!バンッ!
機関銃より間隔が長く、そして弾ける様な重い砲声。
エリコン35mmKDE機関砲から、3発のAPDSが発射された。
距離400m、撃角60°で70mmの圧延防弾鋼板を貫通可能なこの砲弾は、装弾筒を分離させて高初速でカノーネン・アンキールに食らいついた。
そして命中した砲弾は、カノーネン・アンキールの頭で火花を立て弾かれる。
「おいおいおい!?」
どうやらカノーネン・アンキールの鎧は想像以上に硬いらしい、下手したらドラゴン並みだ。
「チッ……ミサイルを使え!停止!」
荻野大尉が叫ぶ、楽間軍曹は後退する車体を停止させ、村田軍曹はそれに応えてミサイル誘導用のファインダーを覗く。
79式対舟艇対戦車誘導弾の発射の際、命中まで敵をレーザー照射しなければいけないので、TOWの様に一旦停止する必要がある。
シーカーオープン、ミサイルが目を覚ます。が、直後に舌打ちをした。
「ダメです!ミサイルの最小射程を割ってる!」
ファインダーには「最小射程不足」の文字が浮かび上がる。
対戦車ミサイルと言うのは必ず最小射程というものが存在し、順に照準・発射・加速と誘導・命中というプロセスを踏む必要がある。
最小射程を割り込まれてしまえば、敵にミサイルを当てる事もままならない。
「くそっ!退がれ!どのみちミサイルが使えないなら仕方ない……!」
操縦手が再び89式装甲戦闘車を操り超信地旋回させ、カノーネン・アンキールから遠ざかる。
砲塔だけを後ろに向け、牽制の35mmAPDS弾を撃ちまくる。
しかし先程の防御力、直撃弾は出るものの貫通はせず、弾かれて跳弾となり周囲の木に砲弾が突き刺さる。
89式装甲戦闘車の最高速度は70km/h、登場時に当時主力であった74式戦車より速いので気にくわないとまで言われた速度だが、森の中で立木や倒木を避けながらと言う条件下で出せる速度は限られている。大体早くて40km/h程か。
対して、カノーネン・アンキールの走る速さはそれに到底及ばないものの、この森を知り尽くしたかの様に木を避け、迂回した倒木を潜る・飛ぶ・粉砕するなどショートカットを繰り返して距離を詰めて来る。
「まずいぜ、取り付かれる」
そう思った刹那、車長のヘッドセットがノイズを発した。
他の通信と繋がった時の僅かなノイズの後、聞き慣れた声が聞こえる。
『こちら90、側面から接近する』
坂梨中佐だ、カノーネン・レックスを仕留めた90式戦車がこちらの支援に向かって来た。
しかしまだ姿は見えない、こちらからは視認出来ない距離と方角に居るが、間違いなく向かっている。
『タロン2-1、航空支援を行う』
上空のローター音、AH-64Dアパッチ・ロングボウだ。
30mm機関砲で動きを止め、ガナーのサニードがレーダーでカノーネン・アンキールを捉える。
「発射!」
攻撃ヘリの両側の武装を取り付ける小翼であるスタブ・ウィングから、2発のAGM-114Lヘルファイアが躍り出た。
無煙化されたミサイルのロケットブースターから炎を吹きながら飛翔し、命中コースに乗る。
が、命中寸前でカノーネン・アンキールは尾を振り回す。
ミサイルは横っ面を弾き飛ばされてあらぬ方向へと飛んでいき、地表に激突して爆発した。
「クソッ、彼奴!なんて反射神経だ……」
コックピットの中でサニードが悔しげな声を上げた。
『90、射程に入った』
『了解、そちらに任せる』
90式戦車が援護範囲に入ったらしい、それを受けてアパッチはこれ以上無駄にミサイルを消費するのを避ける為に低空での監視に移った。
鬱蒼と茂った木々で昼間でも若干暗い中、大きな発砲炎が生まれる。
そしてその直後数瞬もしないうちに、タングステンのダーツがマッハ4ですっ飛んで来た。
カノーネン・アンキールはそれに反応する時間など無く、横っ腹を貫かれる。
脇腹に風穴を開けられたカノーネン・アンキールは苦しげな咆哮を上げたが、それも終わり。
「徹甲命中!続いて撃て!」
90式戦車が森の木々をすり抜ける様に走りながら、自動装填装置が薬室に送り込んだ次弾を発射する。
砲身を飛び出した直後、装弾筒を脱ぎ捨てたタングステンのダーツ______JM33翼安定装弾筒付徹甲弾は、今度は側頭部を貫いた。
カノーネン・アンキールの持つ強靭な鎧も、圧延防弾鋼板換算460mmを貫通するAPFSDSには耐えられず、力尽きて大地に横たわった。
追撃を受けていた89式装甲戦闘車が停止、周辺を警戒しつつ90式戦車と合流する。
「取り敢えず、一安心だな……」
兵員室の中でそう呟く。
一応カノーネン・レックス、カノーネン・アンキール、ゲオラプトルと、騎士団を襲ったと思われる亜竜とは一通り交戦したものの、まさかラプトルの森にアレだけしか生息していないと言う訳でもあるまい。
これだけ広いラプトルの森だ、他のラプトルが棲息していたり、カノーネン・ディノザオリアが居るのは当然だろう。
取り敢えず倒れて来るパンツァーファウスト3には気を付けよう……
外の安全を確認し、89式装甲戦闘車のハッチを開けて降車。警戒し周囲の安全を確保すると、今しがた倒したばかりのカノーネン・アンキールに近付いた。
獣臭さと血生臭さはあるが、息もしていなければ俺達が目の前に来ても反応はない。
それもそうだ、何しろ第3世代MBTのAPFSDSの直撃を頭に受けたのだから。
貫かれた側頭部を見ると、貫通痕が両側頭部にあり、弾が抜けた方からは生命活動に必要不可欠な血だけではなく脳のカケラまで飛び出ている。
「何とか……三種の亜竜を倒す事が出来たな……」
「ああ、得たものも大きいぞ。この機甲部隊がラプトルの森で十分通用すると言うのが証明出来た」
今回の戦闘で、ラプトルには銃弾が、カノーネン・ディノザオリアにはそれぞれHEAT-MPとAPFSDSが有効だと言うのが確認出来た。これは大きな収穫である。
「さて、これからどうするか……」
「どうするって……騎士団の遺品も回収出来たから、帰還するんだろ?」
「そうだな、帰還し……」
そう言いかけた時、再び茂みの向こうからガサガサと葉擦れの音。
反射でライフルを向ける、これももう慣れた反応だ。
「後退しろ、後退だ」
静かに声を交わしながら89式装甲戦闘車と90式戦車の後ろまで後退し、89式装甲戦闘車と90式戦車はモーター音を小さく鳴らしながら砲塔をそちらに向ける。
エリス達は履帯の隙間からそっと茂みを伺い、グライムズ達は後方を警戒する。
葉擦れの音は少しずつ大きくなり、目の前の茂みが割れた。
頭を出したのは、青みがかったラプトルだった。
全員が殺気とライフルの銃口を集中させる。
そうしている間にも、茂みからラプトルの頭がまるでモグラ叩きの様に出て来た。
ラプトルの頭は5頭分、彼らはその瞳で不思議そうに車輛を見つめると、茂みからゆっくりと歩み出て来た。
「何をするつもりだ……!?」
全員が安全装置を解除する小さな音がいくつも聞こえる、俺も引き金に指を入れた。
しかし、いつまで経ってもラプトル達が襲い掛かって来る様子は無い。
それどころか首を傾げ、鳴き声を上げている。
威嚇する様な声では無く、仲間を呼んだりコミュニケーションを取る時の"キュウン、キュウン"と言う声だ。
襲い掛かって来るだろうと思っていたが、俺達には目もくれず、戦車の傍を通って走っていく。
「何なんだ……?」
ライフルを下ろし様子を伺うと、ラプトル達は立ち止まって振り向き、再び鳴き声を上げる。
まるで「付いて来い」と言っているみたいだ。
「どうする?」
エリスが振り向いて問い掛ける、見渡すと、全員が俺の指示を待つ様にこちらを見ていた。
この場の指揮権の最上位は、団長である俺だ。決定権は俺にある。
仲間を危険に晒してもあのラプトルの意図を解こうとするか、意図を分からないままにし、仲間の身の安全を優先するか。
「良いか?」
全員に問い掛ける様に言う。見渡して目を合わせると、全員が首を縦に振った。
俺は仲間の全員が納得した上で、自分と仲間の身を危険に晒し、ラプトルの意図を解く方を選んだ。
「C2、これよりラプトルの追跡を行う」
『了解、ヘリの燃料限界が近付きつつある。燃料ビンゴになり次第帰投させるが構わんか?』
「ああ、大丈夫だ」
上空からはヘリの援護が外れるが、こちらには戦車がいる。
諸兵科連合の要素が欠ける不安はあるが、相手の戦力的に現状力不足は無い。
「全員乗車、出発だ。中佐、ラプトルを追え」
『了解、ラプトル追跡始め』
無線で各車両に伝達すると、歩兵分隊は89式装甲戦闘車に乗り込んでハッチを閉める。
ディーゼルエンジンが唸りを上げて90式戦車を走らせ、歩兵が搭乗する89式装甲戦闘車もそれに続く。殿に90式戦車が付き、機甲部隊は移動を始めた。
===========================
「定時報告、偵察隊より門守備隊、現在ラプトルを追跡中。負傷者無し」
『了解、お気を付けて』
前方を走る5頭のラプトルに、90式戦車が追従する。
ラプトルは追い付けそうで追い付かない速度で獣道を走り、距離が離れると途中で止まってこちらを振り返り、まるで追い付くのを待っている様な仕草を見せる。
そして追い付きそうになればまた走り出す、90式戦車は獣道を押し潰し広げる様にラプトルの後を追っていた。
「……まるでトラップに引き寄せられているかのようだな……」
「だな……転生前の小説とかだと、ああ言う奴らの誘いに乗ってキルゾーンに叩き込まれて全滅、みたいなのがお決まりのパターンだけど……」
「ちょ、縁起でも無い事言わないで下さいよ……」
エリスに応える様に言うと、グライムズが小さく抗議する。
悪い悪い、と苦笑混じりに謝るが、恐らく大丈夫だと言う自信がある。
分厚い圧延防弾鋼板とドラゴンの鱗の複合装甲に守られた89式装甲戦闘車は、先程カノーネン・ディノザオリアの砲弾の様なブレスに耐え、カノーネン・アンキールの尻尾の一撃も耐えられる事が証明されたからだ。
随行している90式戦車は、その防御力をさらに上回る厚さと性能を持つ複合装甲に、強大な矛となる120mm滑腔砲を備えている。
最強の盾と最強の矛、その両方を併せ持った上に不整地でも難なく走り回る事が出来る履帯の足回り。それが戦車を戦車たらしめるものだ。
90式戦車も89式装甲戦闘車も、全速力で走ればラプトルに追い付く事など造作もないだろう。
しかし、それではラプトルを轢き潰してしまう可能性があり、追跡してラプトルの意図を解明しようとしている状況でそれは困る。
大人しくラプトルの速度に合わせて付いていくと、獣道が轍の様な物に変わる。
「轍……?」
「轍があるって事は、人間が生活しているって事か……?」
この世界の轍と言えば、馬車や牛車、荷車を引いた後だ。
つまり、これがあると言う事は、人間が生活していた形跡と言う事にも繋がる。
轍に沿って、ラプトルは走る。機甲部隊は更にそのラプトルを追った。
『全車、急減速に備えろ!』
戦闘を行く90式戦車の車長からの通信が全車両に届く、その直後、慣性の法則で飛ばされそうになる程の急ブレーキが掛けられた。
「うぉっっ……と!」
「きゃっ……!」
1番ハッチに近い所に座っていたクレイがブラックバーンに寄り掛かかる、ブラックバーンはそれを受け止めた。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがと」
クレイは照れ笑いしながら頬を掻き、礼を述べる。
俺はそんな微笑ましい雰囲気を横目に見ながら、ペリスコープを覗く。
ペリスコープには、獣道の両側に広がる草地だけが見えていた。
「……何もないな。荻野、前方に何かあるか?」
『こちらからは確認出来ません……90式1号車、何か確認したか?』
『……こちら90式1号車、人が住んでいた痕跡を発見。……前進する……』
坂梨中佐はそれだけ告げると、彼の90式戦車を前進させる。
キュルキュルと履帯を踏み鳴らしながら前進、すると、ラプトル達が道の傍で何かをじっと見ていた。
正確に言えば、道の左側。少し開けた所がある。
草が低くなっている所、そこをペリスコープで覗き驚いた。
燃え尽き、真っ白な灰と真っ黒な炭になった木造の家々が立ち並んでいた。
人が暮らしていた痕跡、恐らくあれは村落なのだろうか。
しかし既に遅かったか、村を構成していた家々は全て焼き払われ、人が居る様な雰囲気では無い。
そんな村落の跡地を、ラプトル達はどこか悲しげな瞳で見つめていた。