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第95話 ラプトルの森へ

幅5m程の川に勢いよく突っ込む90式戦車。深さは1mも無く、自走のまま余裕で渡る事が出来た。


その後方を89式装甲戦闘車が続く、優秀なサスペンションとFCSのお陰で、砲塔に取り付けられている35mm機関砲KDEは前方や側方の一方向を向いたままだ。


が、車内は結構大きな揺れに見舞われていた。


ゴッ!


「いてっ!」


隣に置いておいた無反動砲が揺れて結構な勢いでヘルメットに当たる、痛くは無いが、つい声を出してしまう。


戦車に随行出来る性能を持つとは言え、戦車と同じ機動をするのは流石に乗り心地が悪い……

既に何人か酔いそうな表情を浮かべている、大丈夫か?


しかし、その川を越えてしまえば街道沿いにずっと走り、基本的にはなだらかで走りやすい道ではあった。

30分ほど走り歩兵用ペリスコープを覗くと、大きな外壁が見えて来た。


「外壁か……でかいな……」


「あの中にラプトルの森が……」


高さ10m、建物4階分はあろうかと言う巨大な壁だ。

これがラプトルの森をぐるりと2/3ほどを覆っている。

残りの1/3は山岳地帯で崖が天然の壁となっており、ラプトルの森は壁と崖に囲まれた"籠"の様になっている。


戦車を先頭に楔形に展開し、その内側にIFVを入れると言う典型的な機甲隊列を組んだ2個小隊が、ラプトルの森の門手前で一旦停止する。


「全員降車、周囲の安全を確保する」


「了解!」


観音開きのハッチを開けて降車、ライフルのチャージングハンドルを引いて離し、初弾装填。

周辺を警戒しつつ、門に近づいて行く。

歩兵の速度に合わせ、いつでも援護可能な様に90式戦車と89式装甲戦闘車もキュルキュルと履帯の音を立ててゆっくりと門に近づいて来る。


「総員全周警戒、部隊長は集合してくれ」


『了解』


『了解』


無線に呼び掛けると、IFV小隊の荻野大尉、戦車小隊の坂梨中佐、そして第2分隊のガレント少尉が俺の元へ集まる。


「これから門を通って壁の向こうへ移動する。異論がある者は居るか?」


俺がそう言うと、沈黙を以って肯定する。異論は無い様だ。


「よし、それじゃあ第1分隊が偵察に出る、機甲部隊は安全確認が済み次第、門に突入してくれ」


「了解」


「ガレント、第2分隊は機甲部隊のカバーに入って死角を守ってくれ、戦車は走攻守が揃っている分目が悪い。お前達が機甲部隊の"目"になってくれ」


「分かりましたヒロトさん、お任せ下さい」


ガレントはSAI GRYライフルを手に頼もしく笑って答える。

彼は屋敷でも騎士団の1期生、そしてエリスの下の指揮官だった上に、ガーディアンで訓練を受けた優秀な戦闘員であり、指揮官だ。

技術も士気も高く、任せても問題は全く無い。


偵察は第1分隊が出る、必要な弾薬は既にポーチの中だ。

加えてクレイがAT-4CSを2本、特異魔術のマフラーを使って巻き付け、担ぐ。


「……クレイ、マフラーは暑くないのか?」


気温も高くなり、そろそろ夏が近づいてきた頃だ。

そんな季節に真っ赤なマフラーを首元に巻いているとなれば、尚更暑いだろう。


「いえ?これ、防寒具と言うよりは魔術道具に近いものみたいですし、結構通気性も良くって暑いとは感じないですね」


「そうなのか?」


確かに、暑そうには見えるがクレイがマフラーの影響で汗をかいている様には見えない。

自由自在に動かせる彼女の魔術道具であるマフラーは、2本のAT-4CSを軽々と持ち上げる。


クレイはこの特異魔術を使い、対戦車歩兵としての役割を担っている。

お気に入りはAT-4CSとパンツァーファウスト3らしい、理由は使い捨てられるので、撃った後に動き易くなるからと、撃った後の残りの筒が打撃武器に使えるからだとか。


「よし、第1分隊は集合、偵察に出るので準備せよ」


『了解』


『了解』



Safariland(サファリランド)6004SLSホルスターのレバーを親指で解除してからM45A1を抜き、弾倉が入っている事を確認してスライドを引き、初弾を薬室に叩き込む。


初弾装填(アドミンロード)の際は、セカンダリ、つまり、拳銃などのサブウェポンから装填する癖を付けると良い。

メインであるライフルに先に装填してしまうと、そのままセカンダリである拳銃やPDWへの装填を忘れがちになるからだ。


装填が終わり、サムセーフティを掛けたM45A1をホルスターへ戻す。

M4の方は先程初弾装填を行った為、チャージングハンドルを少しだけ引いて弾薬を目視で確認、指でも触ってプレスチェックし、ハンドルを離してボルトを閉鎖する。


「準備出来たか?」


「OKです、行けます」


「こっちは大丈夫だ、いつでも行ける」


第1分隊8人、全員集合した。問題無いらしい。


「よし、皆行くぞ」


「了解!」


分隊の8人は、徒歩でトンネルに近付いて行く。

壁にぽっかりと空いた、幅10m、高さ4m程のアーチ状の大きな穴だ。

この奥にラプトルの森が広がっているのだ。

トンネルの奥をスコープで覗いて見ると、向こう側に森が広がっているのが見える。


トンネルの右側で待機していた俺率いる1班は、無線で左側で待機しているエリス率いる2班に告げる。


「トンネルに入る」


『了解、援護するぞ』


エリスがそう返答すると、ハンドサインで後続の隊員に進む事を告げる。

俺の後ろにはグライムズ、ヒューバート、ブラックバーンと続いていた。


俺は先頭を切って、トンネルに入る。グライムズ達がそれに続き、援護する様にエリス達2班がトンネルに突入した。


ライフルは前方に向けたまま、M4のトップレールにマウントしているACOGを覗いて構える。


しかし、少しずつ進むと入口からの光が届かなくなり、独特の暗さが第1分隊を包み込む。


「……視界が効かなくなって来たな……ライトを使え」


「了解」


俺はデュアルスイッチでInsight(インサイト) M3Xライトを点灯させ、ヘルメット側頭部のレールに取り付けてあるライトも点ける。

グライムズ、ヒューバート、ブラックバーンの3人もそれぞれ火器とヘルメットに取り付けられたライトを点け、トンネルの反対側を進むエリスもライトを点けて足下を照らす。


「ふぅわ……上すげぇ……」


そう声を上げたのは、天井にM249MINIMIを向けていたヒューバートだ。


声に釣られてライトを天井に向けて照らすと、天井には大きな絵が描かれていた。


「壁画……天井画か……」


黒を基調に、青や赤で彩られた大きな壁画だ。


「うわ凄いな……」


左の壁に沿って進んでいるエリス達も、同じ様に声を上げていた。

ライトを向けた天井には、カノーネン・レックスとみられる魔物と、それを取り囲む槍を持った人間らしき物も描かれていた。


どういう意味だろうか?考古学者では無いので、壁画の意味は分からない。

古代人は、どんな想いでこの壁画を描いたのか……


更に少し進み、25m程の地点、約半分に到着すると、トンネルの両側の壁に木で出来た扉があった。

訓練通り、扉にM4を向けて警戒、俺の後ろに居たグライムズが前に進み、クリアリングする。


この扉は何の為の扉だろうか、壁をメンテナンスする為、あるいは壁の上へと登る為のものか……?


「機甲部隊、こちら1-1、25m地点に到着。機甲部隊は進発準備を」


『……』


俺は無線で呼び掛けるが、トンネルの中と言う条件下だからなのか無線が外まで届かず、サーッというノイズを流すだけだ。


「機甲部隊、機甲部隊、こちら1-1、聞こえるか?」


『……』


「くそ、無線が通じない……エリス!どうだ?」


「こっちもダメだ、外まで通信が届かない」


「トンネルに電波が遮られてるのか……畜生、このまま行くしか無いか……」


「外に出たら、壁の外の部隊と通信が出来る。呼ぶのは抜けてからにしよう」


「だな、先に進むか……」


半ば通信を諦め、再び出口を目指して進む。

次のポイントマンはグライムズ、俺はブラックバーンと交代し、殿を務める。


2班の方もエリスが殿に回り、アイリーンが先頭に。

殿は背後を守りながら、前方と上方を警戒している分隊と共に進む。


更に25mを進み、トンネルの出口に辿り着く。

明点し目が眩むが、馴れてくると外の景色が見えて来た。

ライフルとヘルメットのライトを消し、外をクリアリングする。


門を抜けた外、つまり壁の内側は、シダ植物を中心とした森が広がっていた。

勿論シダ系だけで無く、普通の広葉樹なども自生しており、ラプトルの"森"と言われるだけある。


壁とほぼ同じ材質で出来た石像や石柱と見られるものの残骸が転がっているのが少し気になる、後でしっかりと調査した方が良いかもしれない。


「Right side clear」


「Left side clear」


「All clear」


見える範囲では、ゲオラプトルもカノーネン・ディノザオリアも居ない。

無線を点け、機甲部隊を門の内側に呼び込もうとして気付く。トンネルの中で無線が通じなかったのだから、壁の内側から外側へも通信は遮られるのでは?


試しに無線を点けてみる。


「機甲部隊、機甲部隊、こちら1-1、聞こえるか?」


『……な……が……』


「機甲部隊、機甲部隊、こちら1-1、感明送れ』


『……ちら……1……隊…………明……くな……』


「ダメか……」


「どうする?伝令を出すって手もあるが……」


確かに、伝令を出すならば確実だろう。しかし伝令を出している間に敵襲があれば、戦力の低下に繋がる。


頭を悩ませていると、頭上にローター音が聞こえてきた。

音に反応して見上げると、2機のAH-64Dアパッチ・ロングボウに護衛されるような形でMH-60Mが1機、かなり上空を旋回している。


『こちらC2、壁の外と中の通信を中継するぞ』


この声は……孝道の声だ。

恐らく、指揮通信を行うのにMH-60Mに乗っているのだろう。

と言う事は、あのMH-60Mは"スーパー63(シックス・スリー)だろう。


「ああ見えた、孝道か。済まないな、通信のリレーを頼みたい」


『了解、リレーする』


作戦用のブラックホークの数が充分な場合のスーパー63(シックス・スリー)の役割は、地上部隊と航空部隊を統制する事。つまり、管制機的な役割を担っているのだ。


約150m(500フィート)から約230m(750フィート)の所を旋回し、観測機や無人偵察機から得た情報を中継、各部隊へ指示を出す。


「機甲部隊、こちら1-1。壁の所為で通信が聞こえにくかった、済まない」


『こちら機甲部隊、良く聞こえてます。大丈夫ですか?』


「壁のこちら側はクリアした、突入してよろし。突入後、トンネル内25m付近のドアに注意せよ、俺達を轢くなよ」


『了解、これより突入します!』


無線の向こうで、90式戦車のエンジンが唸りを上げる。薄っすらとトンネルの向こうからも聞こえて来た。


「機甲部隊が来る、トンネルの左右へ」


「了解」


エリスにそう言うと、2班は機甲部隊の進路を塞がない様にトンネルの脇に待機、周辺を警戒する。


履帯が地面を踏み締める音と、キュルキュルと言う金属音がトンネルの中から響いて来る。

その音が徐々に大きくなっていき、50.2tの巨体がトンネルから姿を現した。


90式戦車はトンネルから抜けた後、ヘリンボーン展開して散開、壁のトンネルを背に半円を描く様に展開して全周警戒に入る。


後続の89式装甲戦闘車がその間に1輌ずつ入り、円陣防御が完成した。

上空ではOH-1が観測及び偵察、AH-64Dアパッチ・ロングボウが偵察と攻撃を兼ねて旋回している。


「トンネルを確保、これより奥地へと向かう。機甲部隊の89式(FV)と90式は2輌ずつ付いて来てくれ。第2分隊は2輌目の89式装甲戦闘車へ」


「了解!」


「了解」


「了解!」


正式なコールサインが未決定の為、便宜上A(アルファ)1と呼ばれる89式装甲戦闘車に乗り込む。


ここから更に奥地へと乗り入れ、騎士団を捜索する。

もちろん、騎士団の行動予定範囲が記されている地図も伯爵から預かっている為、450平方kmもの広大な面積を持つラプトルの森を闇雲に探す訳では無いのだ。


全隊、進発準備は整った様だ。俺も89式装甲戦闘車の後部ハッチから兵員室(キャビン)に乗り込む。


伯爵の騎士団はラプトルの森で定期的に翼竜(ワイバーン)の調査を行っていた為、幾つかの観測地点が設けられている。


その内今回使用した観測地点は4つ、便宜上A(アルファ)B(ブラボー)C(チャーリー)D(デルタ)と呼称するポイントだそうだ。


「まずは……A(アルファ)からだな」


地図を出しつつ位置や距離を確認する、ここからだと最も近いのはA(アルファ)だ。

近い順にD(デルタ)C(チャーリー)B(ブラボー)と廻って行く手筈になっている。


「出発!」


俺が無線でそう言うと、90式戦車を先頭に縦隊になって森の奥へと進んで行った。


===========================


先頭と最後尾に90式戦車、中の2輌が89式装甲戦闘車だ。

正面で接敵した場合の火力が低下してしまうが、全周警戒に優れた陣形である縦隊は、行軍には向いている。


また、車輛同士の間隔は45mほど開けており、先程から車輛部隊の間で、連携を取る通信が飛び交っている。相互援護は欠かさない。


俺はペリスコープを覗きながら、外の様子を伺っていた。

周辺に怪しい動きが無いかチェックし、騎士団の生存者が居れば、それを探す。


「……何も無いな、ただ森だ」


今進んでいるのは、ただの森、木と木の間の背の低いシダやブッシュを、90式戦車や89式装甲戦闘車が踏み潰し、履帯の跡を大地に刻み込んでゆく。

今進んでいるのは、およそ20〜30km/h程だろう。


観測地点A(アルファ)までは、それからすぐに到着した。

90式戦車と89式装甲戦闘車が全周警戒、円陣防御を築き、周辺を警戒。

俺はペリスコープを覗き、周辺に異常が無いか確認する。


「周辺よし……ハッチ開けよう」


『了解、周辺よし』


ハッチ解放、開けたハッチは最も近い場所に座っているグライムズとアイリーンが銃を向け、順に降車しながら安全装置(セーフティ)を解除し、周辺を警戒する。


「この辺りが騎士団の観測地点か……」


「……ヒロト、水の音だ」


エリスがそう言い、耳を澄ますと、確かに流れる水の音が聞こえる。近くに川があるのだろうか。


「小隊、付いて来い。第2分隊は後方を、A(アルファ)1-1、援護を頼む」


「了解」


『了解』


ガレントと89式装甲戦闘車の車長にもそう言うと、16人と2輌はゆっくりと森の奥へと入って行く。


草を掻き分け、89式装甲戦闘車は木々の間を器用に縫うように進み、音のする方へと向かって普通に歩くよりも遅い速度で進む。


森の切れ目付近でハンドサイン、指をくるくると回してギュッと拳を握る。"全周警戒・停止"のシグナルだ。

全員が各方向にライフルを向けつつ膝撃ち(ニーリング)の姿勢になり、その場に留まる。


それに合わせて89式装甲戦闘車も停止した。


「各員、危険が迫ったら各自の判断で発砲を許可する」


『了解』


『了解』


「エリス、ヒューバート、アイリーン、来てくれ」


「ああ」


「了解」


「はいっ」


俺は3人を引き連れて森の切れ目からその外側……水の音がする方向へと更に進む。


森の切れ目には、川が流れていた。

透き通った水には魚が泳ぎ、清流は岩にぶつかり白く泡立ち、消える。

豊かな自然、時間がゆっくりと流れているようにも錯覚する程、穏やかな場所。


「……何か良い感じだな……」


「ああ、ラプトルの森にはこんな風景もあったのか……」


「綺麗な場所ですね……」


思わずそんな事を呟いてしまう、此処がいつ命を落とすか分からない危険な森だと言う事をつい忘れそうだ。


茂みに隠れながら暫し水場を眺める。すると突然、頭上を大きな影が横切る。

反射で見上げ、その影を追う。回転翼機ほどもあるその影は、大きく羽ばたきながら旋回し、対岸の川原へと降り立った。


「野生の翼竜(ワイバーン)だな、あれは」


影の正体は、野生の翼竜(ワイバーン)、どうやらこの辺りを水場にしているらしい。

1頭が降り立ったのを皮切りに、2頭、3頭と次々と翼竜(ワイバーン)が集まり、あっという間に2桁の野生の翼竜(ワイバーン)が集まった。


此処を騎士団が観測地点にしている理由が分かった気がする、翼竜(ワイバーン)の集まる水場だから観測に適しているのだ。


翼竜(アレ)に見つかったら、この武装じゃ歯が立ちませんよ」


M249にマウントしているELCAN(エルカン) SPECTOR(スペクター) DRを覗き込んで翼竜(ワイバーン)を見ていたヒューバートがそう言う。

その通りだ、翼竜(ワイバーン)の鱗はドラゴン程では無いがとても硬く、7.62×51mmNATO弾すら貫通しない。

まともにやり合うには50口径……12.7×99mmNATO弾が必要だ。


現状この4人にそんな火力は無い、匹敵するのはアイリーンのM4に取り付けられているMk13 EGLMくらいだが、いかんせん弾数が少ない。


偵察隊に戻れば90式戦車の120mm滑腔砲にブローニングM2重機関銃、89式装甲戦闘車の35mm機関砲、そして対戦車歩兵の持つパンツァーファウスト3やAT-4CSもあるが、対戦車兵器や戦車砲は対空砲火としては狙いが付けにくく当たりにくい。


35mm機関砲やM2重機関銃も対空射撃が可能と言えば可能だが、もともと対地攻撃に主眼を置いているため向き不向きで言えば不向きと言わざるを得ない。


もしこの場で翼竜(ワイバーン)に見つかり襲われたなら、速やかに偵察隊と合流して89式装甲戦闘車に引きこもり、ヘリの航空支援を呼ぶしかない。


一応、対空ミサイルが有効という結果は出ている為、観測と偵察で来ているOH-1とAH-64DのAAMと機関砲で対処してもらう事になりそうだ。


「それもそうだな、この辺りを捜索して速やかに撤収だ」


「了解」


隠れていた4人が動き出す。

この辺りに騎士団が居た痕跡がないか調べて、翼竜(ワイバーン)に見つかる前に撤収する。


だが、この周辺で騎士団の居た痕跡というのは見つからなかった。

3人皆に撤収の声を掛け、偵察隊と合流しようとした時、ヘルメットに取り付けているCOMTAC(コムタック) M3ヘッドセットから通信が入った。


『1-1、こちら2-1。妙なものがある、至急来て欲しい、オーバー』


俺はガレントからのその報告に違和感を覚えつつ、胸元のPTTスイッチを押した。

喉元に取り付けられているスロートマイクが音を拾い、信号に変える。


「1-1より2-1、妙なものとは何だ?オーバー」


『2-1より1-1、足跡です』


その報告を聞いた瞬間、騎士団の痕跡が見つかったかもしれないと思った。


「了解、1-1より2-1、全周警戒、その場で待て。危険があれば発砲を許可する。ただし北側を撃つなよ、俺達に当たる」


了解(ラジャー)


無線が切れる、ハンドサインを出して撤収を支持、森を掻き分けて偵察隊の元へと戻った。


2輌の89式装甲戦闘車は、エンジンを停止したまま砲塔を各方向へ向けていた。

もちろん補助動力装置(APU)のお陰で砲塔は動くし射撃も可能なので、完全に火を落としてしまった訳ではない。


その周りで全周警戒の体勢を取っている分隊だが、第2分隊の数人が何かを囲んでいる様に集まっていた。


「どうした?ガレント」


「ヒロトさん、これです」


ガレントが指差した所をみると、紅葉の形に似た直径60cm以上もありそうな足跡がくっきりと残されていた。


「これって……」


俺はガーディアンのワッペンの貼ってある腕のポーチから情報端末を取り出す。

耐衝撃、20気圧防水、画面は割れ防止の防弾ガラスのスマートフォン……個人用情報端末(モバイルガジェット)だ。


俺が装備品召喚用に使用しているのと同じタイプだが、この個人用情報端末(モバイルガジェット)には兵器召喚能力は無い。

余談だが、そのスマホは執務室の鍵のついた引き出しに固定されている金庫の中だ。


取り出した個人用情報端末(モバイルガジェット)からアプリケーションでギルド組合が発行している冒険者や傭兵向けの魔物図鑑を取り込んだものを呼び出した。


そしてカノーネン・レックスのページを表示し、足跡を拡大表示。

それを今、目の前にある足跡と照合してみる。


「……間違い無い……カノーネン・レックスだ……」


「とすると、近くに……?」


そう、この足跡があると言うことは、近くにカノーネン・レックスがいる可能性があると言う事だ。

準備も出来ていない状態で交戦し、思いもよらない被害が出る事がある。


「……いや、足跡が乾いてるから、恐らく少し時間は経っている物だな……」


しかしその足跡を見た限り、直前のものでは無く少し前のものだった。

俺は個人用情報端末(モバイルガジェット)をスリープモードにして腕のポーチに再び仕舞う。


「このまま偵察を続行、騎士団の観測地点D(デルタ)に向かうぞ」


「了解、総員搭乗!」


ガレントがそう声をかけると、周辺警戒を行っていた分隊が89式装甲戦闘車に駆け寄り、後部ハッチから次々と乗り込んで行く。


第1分隊も89式装甲戦闘車に全員乗り込み、搭乗が完了した事を車長に告げると、89式装甲戦闘車はディーゼルエンジンを始動させる。


偵察隊は90式戦車と合流、観測地点D(デルタ)に向けて走り出した。


===========================


ガレント視点


今俺は、89式装甲戦闘車の2号車に乗り込んでいる。

第2分隊を率いて、行方不明になった騎士団の捜索及びラプトルの森の偵察に出ているのだ。


それにしても、ヒロトさんの召喚したこの装甲車もまた凄い、今までのピラーニャⅢやHMMWV(ハンヴィー)とは比べ物にならない程厚い装甲にタイヤとは違った履帯による機動力、そして火力は比べ物にならない。


ドラゴン討伐戦の時もヒロトさん達はこれに乗っていたが、俺達もこれに乗った時から安心感が違う。


話が逸れた。

観測地点D(デルタ)と呼ばれる場所まで、そう時間はかから無い。

ものの数分で到着、俺は歩兵用のペリスコープを除いて周囲の様子を見る。


除いた限りでは、近くにゲオラプトルもカノーネン・ディノザオリアも居ない。


「ユーレク、そっちはどうだ?」


第2分隊の副官兼無線手のユーレクに声をかけると、ユーレクもペリスコープを除いて周囲を見回す。


「こっちはクリアです」


「了解、リチャード、ハミルトン、ハッチ開けろ」


Yes sir(了解)


ハッチから最も近い所に座っている擲弾手(グレネーダー)の2人に言うと、彼らはハッチを開けてFN Mk13を取り付けてあるM4を構える。


安全が確保出来たら降車、周囲に展開して全周警戒の体勢を取る。

俺も降車し、ヒロトさんから貰い受けたSAI GRYライフルを構えた。


周辺クリア、敵影無し。

俺は通信を入れ、指揮を執るヒロトさんに繋ぐ。

俺の分隊のコールサインは"2-1"だ。


「1-1、こちら2-1、今度はこちらから偵察を出します」


『2-1、了解、気を付けてな』


「了解」


進言はあっさりと受け入れられ、偵察に出るメンバーを呼ぶ。


「リチャード、ロバーツ、レーナ、一緒に来い。残りはここで待機だ、ユーレク、頼んだぞ」


「了解」


いつもの1班だ、残りをユーレクに任せ、俺は3人を率いて観測地点D(デルタ)まで歩く。

徒歩でも距離はさほど無い、40m程の地点にその観測ポイントはある。


SAI GRYライフルを構え、周辺を警戒しながら観測ポイントに近付くと、目の前が開けて大きな木が一本立っていた。


「観測ポイントはここか……」


支給された個人用情報端末(モバイルガジェット)で位置を確かめ、様子を伺う。

大きな木の太い枝には、何頭かの翼竜(ワイバーン)が止まっている。


なるほど、ここは翼竜(ワイバーン)の休憩場所な訳だ……


そんな事を思いながら、観測地点の周辺で手掛かりを探す。

草の間や木に何か引っかかっていないかなど、隈なく捜索した。


「……ここには何も無いか……」


そう思い帰ろうとすると、ブーツが何か硬いものを踏んづけた。

不思議に思って見てみると……そこにあったのはナイフの柄だ。


どうやら半分程埋まっているようで、引き抜いてみると全体が出てきた、

刃渡り20cm程、一般的な戦闘及び汎用ナイフで、鍔の部分にはエンブレムが刻印されている。


これは、ベルム街伯爵騎士団のエンブレムだ。

俺は胸の部分にあるPTTスイッチを押し、ヒロトさんと通信を繋ぐ。


「1-1、こちら2-1、騎士団のものと思われるナイフを発見した」


『本当か?了解、回収して偵察が終わり次第戻れ』


「了解、アウト」


無線を切ると、1班の隊員が集まってくる。


「ナイフですか?」


「ああ、エンブレムから見るに、恐らく伯爵の騎士団のものだろうな」


M249MINIMIを携えたロバーツにナイフを見せる。

ロバーツはナイフを観察すると、ああ、やっぱり、と言った風に呟いた。


「どう言う事だ?」


「さっきのカノーネン・レックスと同じものとみられる足跡が続いてました、多分、騎士団の匂いを追ってこっちまで来たんでしょう」


「なるほど……それも報告に上げておこう。全員撤収だ」


「了解」


レーナやリチャードにも声をかけ、偵察隊へと戻る。

戻ってヒロトさんに報告を上げると、難しそうな表情を浮かべた。


「なるほどな……」


「何か分かりましたか?」


「足跡が続いているとなれば、カノーネン・レックスが伯爵騎士団を追いかけている可能性が高い、追い付かれれば襲われるだろう。この辺りがカノーネン・レックスのテリトリーなら、奴はテリトリーを侵したものを排除しようとするはずだ」


もちろん、俺達もな、とヒロトさんは続けた。

それが本当なら、俺達もいつ襲撃を受けるか分からない。


「速やかにFVに搭乗、以降接敵した場合はパニックを起こさず指揮系統を乱すな。火力を集めて反撃する事。いいな?」


「了解」


ヒロトさんから接敵時の対応が伝達される。

俺は分隊員を集め、89式装甲戦闘車に三度乗り込んだ。

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