第92話 新部隊、新装備
商隊護衛の仕事から1週間後。
俺は今、待機室で待機している。
車輌格納庫と航空機格納庫の間にある待機室は、出動指令が下れば車輌とヘリのどちらでもすぐ乗り込めるようになっている。
車輌部隊搭乗員も待機し命令次第いつでも乗り込めるように準備中、所謂アラート待機で、命令と共にスクランブル発進するのが仕事だ。
今回は田口中尉を始めとした大型車輌輸送の為の特大型運搬車も用意されているし、新たに装備した工兵隊の車輛である"重レッカ"に加え、戦闘車両も新しく装備した。
既に当該車輌を搭載し、基地前の通路に待機中。すぐに出発出来ると言う。
待機、と言ってもぼーっとしている訳では無い。
身体を休めている隊員もいるが、俺はパソコンのモニターを見ていた。
モニターに映し出されているのは、ベルム街から半径80km程の地図。情報部のNAVSTAR衛星を介して
そしてその地図に赤い点が表示され、target Dragonと表示された。
「皆行くぞ!出動だ!」
俺はそう叫んで立ち上がると、反応した様に皆が立ち上がり、車輌運転手はヘルメットを被り外へ飛び出す。
俺達も同じ様にFASTマリタイムヘルメットを被り、立て掛けてあった01式軽対戦車誘導弾を取って外へ飛び出す。
俺達はドラゴン戦を機に装備を再び再編成した。
FGM-148ジャベリン携行対戦車ミサイルを、01式軽対戦車誘導弾に更新したのだ。
ドラゴン戦の際にジャベリンを使用した第2小隊及び小隊本部から、「バッテリーを起動してからシーカー冷却完了までの10秒が長く、即応性に欠ける」と指摘を受けたからだ。
01式軽対戦車誘導弾は、非冷却型画像赤外線センサーが採用されていることでシーカー冷却の必要が無くなり、即応性が大幅に向上、これは世界初の技術だ。
また、単純に重量17.5kgとジャベリンの22.5kgより5kgも軽い為、1人での運搬、運用が可能と言うのも魅力的な点だった。
そして、輸送隊だ。
通信科が軍隊の神経なら、輸送科は軍隊の血液、輸送科が無ければ兵員は戦場に辿り着く事すら出来ないのだ。
89式装甲戦闘車やM2A3ブラッドレーを装備したガーディアンに取って、今までの様に輸送隊が無いままと言うのは死活問題であった。
そこで、陸上自衛隊も装備する特大型運搬車を追加で6輌、それに伴い輸送科隊員も20人召喚した。
これで今まで装備していた73式大型トラックと、新たに召喚した特大型運搬車8輌は輸送科に移管される事となり、輸送科によって運用される。
そして、今回特大型運搬車の上に乗っているのが、最大の軍拡と言えるだろう。
装備を整えた俺達は01式軽対戦車誘導弾とM4A1を持ち、先頭のピラーニャⅢに乗り込む。
第1分隊全員が乗り込んだ事を確認すると、ハッチを閉め、全員の状況確認の通信を入れる。
「こちら第1分隊、準備よし」
『輸送隊各車、準備よし』
『こちらも良し』
「では出発するぞ!ヘイデン、出してくれ」
「了解」
ピラーニャⅢの操縦手、ヘイデン・ボーティッシュ少尉がピラーニャⅢを走らせる。
門を超えて左折し、5輌の特大型運搬車と2輌の重レッカがそれに続く。
ガーディアンの車列は一路西へと向かって行った。
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"グガァルァァァァァァァァ!!!!"
久し振りに聞く咆哮、赤黒い色の鱗。
山の向こうから、あの時討伐したのと同種のドラゴンが姿を現した。
その姿を岩陰に伏せて隠れながら確認した俺達は無線を繋ぐ。
「ドラゴンを確認、各自自由発砲を許可する」
『了解!』
俺がそう言うと、聞き慣れない音が地面を揺らす。
120mmという巨大な砲を持ち、それに耐えられる程分厚い装甲、それに伴う重量を支えられる上に高い機動力を誇る履帯。
現代戦闘に於ける、歩兵の頼もしい盾にも鉾にもなり、1輌が戦地に居るだけで選局がひっくり返る場合もある地上戦の王者。
砲塔には"士魂"という文字が入っている。
陸上自衛隊の戦車である、90式戦車だ。
俺は2個小隊となる8輌を召喚したが、今回の実戦テストを兼ねたドラゴン退治に投入しているのは4輌の90式戦車だけだ。
この異世界の土を初めて踏みしめた第3世代主力戦車が、地面に履帯の跡を刻みながら疾走する。
伏せた岩陰のすぐ近くを、50.2tの巨体が地面を揺らしながら通過、ドラゴンの前を横切る様に走っていく。
「でかい音がするぞ、気を付けろ」
ヘッドセットがノイズをカットする機能がある為、耳を塞がなくても良いが、総火演で経験した様に、戦車砲の音は最早"衝撃波"と言っても良い。
無線を拾ったヘッドセットが戦車間の通信を流す。
『こちら1号車、全車徹甲用意!』
『2号車了解』
『3号車、了解』
『4号車了解』
『小隊集中行進射、撃てっ!』
ズドンッ!
発砲、衝撃。
小隊長車輌が無線に叫んだ後、凄まじい空振が走る。
地面も揺れ、振動で砂埃が舞う。
「っ!」
エリス達は驚いたのか、振動に身体をビクリとさせて身を縮めた。
90式戦車の44口径120mm滑腔砲Rh120から発射された翼安定装弾筒付徹甲弾 JM33は秒速1650mで砲口を飛び出し、装弾筒を分離させて侵徹体だけが飛んでいく。
そして初速を殆ど失う事無く、ドラゴンの鱗に鈍い音を立てて突き刺さった。
普通であれば侵徹体が装甲を貫通し、内部で破片を撒き散らすのだが、ドラゴンの鱗は想像以上に硬く、4本の侵徹体は真ん中まで突き刺さって止まった。
なんて硬さだ……105mmのAPFSDSが抜けない事は確認していたが、120mmまでも抜けないとは……
しかし「まさか」と言う驚きより「やはり」と言う半ば諦めの方が大きい。
90式戦車の乗員もそれを理解しており、ブレスを冷静に舵を切って躱す。
左右に2輌ずつが分かれ、3、4号車が稜線にハルダウン、1、2号車がドラゴンの前を横切りながら走る。
戦車の中では自動装填装置が作動し、次弾を薬室に送り込む。
この"次弾"が違った。
ドドン!
再び90式戦車が発砲する。
前脚の付け根を狙って放たれたAPFSDSは先程と同じ様に飛翔し、今度は鱗を貫いた。
ただ貫通しただけでは無い、猛烈な運動エネルギーを持って鱗を貫き、反対側の鱗まで喰い破ったのだ。
ドラゴンが驚いた様に目を見開き、そして痛みに悶える様に苦しげな咆哮を上げた。
何しろあのドラゴンは今まで生きて来て、死ぬかもしれない痛みを味わった事が無いのだから。
そんな事はお構い無しに、90式戦車がAPFSDSをドンドン撃ち込んでいく。
何発目かの砲撃、4発のAPFSDSがドラゴンの頭部に集中する。
ドラゴンの鱗を貫通する程の威力を持ったAPFSDSは、ドラゴンの頭部の鱗を容易く貫いた。
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ドラゴンの頭部を鱗の隙間を縫って爆薬を仕掛け、爆破解体で切り落とす。
尻尾も同じ様に鱗の隙間に仕掛けた爆薬でいくつかのブロックに分けるように爆破解体する。
ドラゴンや大サソリの様な大型の魔物を討伐した時の手筈は決まっている。
"大火力で敵を圧倒し、素材をヘリや輸送車で持ち帰る"
俺達には、この異世界には無い現代兵器を保有している。
魔物の討伐は、特殊なもので無い限りは火力で押し切る事がほぼ可能なのだ。
遠くからCH-47Fの羽音が聞こえて来る、現状ガーディアンでは、2機のCH-47Fを保有している。
元々は3機だったが、MH-47Gの導入に伴い、パイロットの再訓練を施してナイトストーカーズに編入させ、CH-47FとMH-47Gが2機ずつの体制にした。
低空でホバリングを開始した2機のCH-47Fは、既に尻尾と頭の吊り下げ輸送の為の作業に入った。
更に"重レッカ"であるが、ドラゴンや大サソリなどの大型の魔物の遺体または素材を車輛に載せるとき、人間の力だけでは持ち上がらない事が多々ある。
今回もそれを考慮して、2輌の重レッカが同行した、現に2輌が同時に尻尾と頭を落としたドラゴンの遺体を"合い吊り"で持ち上げ、特大型運搬車に載せようとしている。
装甲車や戦車などの正面装備とはまた違うが、無くてはならない後方支援車両なのだ。
「あのドラゴンがあんなにアッサリと……」
5輌目の特大型運搬車に乗せられるドラゴンの死骸を見ながらエリスが呆然として呟く、現代兵士の様に迷彩服を着てヘルメットを被り、プレートキャリアを身に付けた上に銃を持っていると忘れそうになるが、エリスは此方側の世界の住人だ。
此方側の世界の住人が、この異世界で間違いなく最強と恐れられている魔物が目の前で簡単に討伐されたら、どう思うだろうか?と言うのは聞くまでも無いだろう。
視界の端では、驚きの対象になっている90式戦車が戦闘を終え、再び特大型運搬車に搭載する作業が行われていた。
「タイヤの無い16式機動戦闘車か?あれは?」
「いや、逆だな。16式機動戦闘車が、タイヤのついた戦車なんだ」
似た様な車輌は地球の各地で開発されている、フランスのAMX-10CやECR-90だったり、イタリアのチェンタウロだったり、アメリカのM1128ストライカーMGSにLAV-600、南アフリカのルーイカットだったり……
「けど、16式機動戦闘車は戦車を完全に置き換えられる性能を有してはいないんだ。戦車とは全くの別物だ」
腕時計を見ながら、エリスにそう話す。
『こちら輸送隊、90式戦車全車、積載完了。ドラゴンの死体も搭載完了しました』
『こちらイエロー3-1、ドラゴン頭部の吊り下げ完了』
『イエロー3-2、同じく完了した』
どうやら特大型運搬車にドラゴンの死骸の積載作業が終わり、90式戦車も全車両が特大型運搬車に搭載されたらしい。
ヘリの方も吊り下げ輸送の準備が整った様だ。
「よし、撤収だ!」
俺達もピラーニャⅢに乗り込む、全員乗った事を確認すると、後部ハッチを閉めた。
「帰投します」
ガンナー席に座るネイト・マッケイ伍長が無線にそう言うと、操縦手のヘイデン・ボーティッシュ少尉がピラーニャⅢを走らせ、基地へと進路を取った。
せっかく持って来た01式軽対戦車誘導弾、使わなかったな……
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基地に帰ると装備を解き、制服に着替えてレポートに取り掛かる。
ギルド組合に提出する用のレポートだ。
ギルド組合の討伐クエストで、ドラゴン1体を倒すと金貨1000枚、日本円で1千万円だ。
当然分割払いにはなるが、この位になればかなりの報酬だ。
もちろん、今回もドラゴンの鱗は売却しない、肉と倒した証拠となる鱗を1枚だけ持って行く事になる。
1体のドラゴンの鱗から作り出せる防弾プレートはかなりの数になる、1体でほぼ歩兵全員のプレート数が揃ってしまう程だ。
また、そのままではRPGや対戦車地雷、即席爆破装置への耐性の低い装甲車の増加装甲や底面装甲などにも流用する事が出来るのは嬉しい点だ。
……まぁ、ドラゴンの鱗の防弾プレートは現状表には出していないが。
懸念されている資金面の問題も、ドラゴンの肉を食用転用する技術と一緒にドラゴンの肉を市場に売却する事によって、タイヤ販売とほぼ同じくらいの利益を得る事が出来、隊員達に適切な給与とボーナスまで出せる様になった。以前とは大きく進化した点だ。
レポートを書き終えるとクリアファイルに入れておき、引き出しからスマートフォンを取り出した。
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【レベルが上がりました!】
Lv42
【戦車:10式戦車がアンロックされました】
【戦車:M1A2エイブラムスがアンロックされました】
【砲:M109A6パラディンがアンロックされました】
【砲:99式自走155mm榴弾砲がアンロックされました】
【誘導弾:NASAMS地対空ミサイルがアンロックされました】
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自走砲がようやくアンロックされたか……砲兵を充実させるのが先か、対空ミサイルを装備するのが先か……。
砲兵を装備するとすれば、また自走砲を運搬するのに特大型運搬車を増やさねばならない事になるが、M777A2しか装備していないガーディアン砲兵隊には、素早く展開・陣地転換が可能な自走砲は是非とも欲しいところ。
地対空ミサイルも、現実的な脅威では無いものの、ドラゴンナイツや野生の翼竜の襲撃が予想される。……が、こちらはまた違うミサイルでも良いだろうと結論付ける。
スマートフォンを弄びながら椅子に深く腰をかける。
砲兵隊なら1個中隊……最低6門は無いと効果的な射撃は望めない、その為にかかる人件費を見積もって貰わないと……防空部隊についても、俺達の少ない戦力で回していけるだろうかと考えながら椅子に深く腰掛ける。
ギシ、と抗議する様に椅子が鳴き声を上げる。
「あ……そうだ、工房行かなきゃ」
俺は残っていた仕事を思い出し、椅子から立ち上がる。編成を考えるのは後でも良いだろう。
序でに戦車部隊のようすもみてこようと、スマートフォンを持って執務室を出た。
階段を下り1階へ、外へ出ると、いつもの宿舎までの野外通路がある。
施設を移動して評価試験隊事務所に併設された工房の事務所へと向かう。
評価試験隊と工房を併設する事により、異世界の新素材の研究開発をスムーズに行える様にしている。
「よう、フランツ、アーロン」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
2人が振り向き敬礼をする、格納庫の中では、つい先程討伐して来たドラゴンの死骸から鱗を剥がす作業が行われていた。
「ギルド組合提出用に1枚鱗を貰いたい、良いだろうか?」
「そう言うと思ってもう準備してますよ、どうぞ」
手際が良いな、と思いながら、アーロンから鱗を受け取る。
厚さ4cm程、大体50cm四方の鱗の重さは500g程度。プレートキャリアに挿入出来るサイズに切り出せば、更に軽量になる。
因みにこれも極秘であるが、既に鱗同士を繋げる技術も確立している。
ゆっくりと熱を加えながら圧縮していけば良いのだ。
ドラゴンの鱗は瞬間的な力には強いが、非常にゆっくりとした力には反応する。
切断も結合も、その技術を活用しているのだ。
「じゃ、これを1枚貰うよ」
「ええ、こちらもこれをプレートにしてしまいますね。後で試験も見て貰いたいので、足を運んでいただければ……」
「ああ、了解、頼んだ」
俺は鱗を受け取った後、一旦執務室に戻って鱗を忘れない様に置き、次に向かったのは特殊車輌格納庫である。
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特殊車輌格納庫。
司令部庁舎から直接アクセス可能な車輌格納庫は、HMMWVやランドローバーSOV、ピラーニャⅢなどの装輪式で比較的直ぐに使う事が要求される車輌が置かれているが、特殊車輌格納庫には装軌式や装輪式の"戦闘車輌"が置かれている。
例えば指揮車輌のLAV-C2、迫撃砲小隊のLAV-M、対機甲機動中隊のLAV-ATや16式機動戦闘車、M2A3ブラッドレーに、89式装甲戦闘車、そして今回召喚した90式戦車である。
「調子はどうだ?」
「大翔さんお疲れ様です。特にこれといって目立った問題はありません、弾薬を消費した程度です」
そう答えたのは岡本隼人、90式戦車と一緒に召喚した機甲部隊の"小隊長"だ。
出身は第11戦車大隊、その為戦車の装甲には白い文字で"士魂"という字が書かれている。
第11戦車大隊、北海道の第11旅団隷下の戦車大隊だが、旧日本軍の占守島の戦いで奮戦した戦車第11連隊の伝統を引き継ぎ、"士魂"と言う相性が付いている。
ガーディアン初の機甲部隊が、その精鋭部隊である。
「中隊長はどこだ?」
「向こうの戦車です」
「そうか、サンキュー」
現在ガーディアンの戦車は90式戦車8輌、4輌は第11戦車大隊の所属だが、残りの4輌は違う。
砲塔に描かれているのは流星のマーク______富士教導団戦車教導隊だ。
富士教導団と言うのは、富士駐屯地富士学校直轄の教育支援部隊であり、また陸上自衛隊の中でも精鋭部隊として知られる部隊である。
その練度は毎年開催される"富士総合火力演習"でも見て取れる様に、諸兵科連合部隊としては陸上自衛隊最高の練度を持つ。
その流星マークの戦車の1輌に、ガーディアンの採用迷彩となっているマルチカム迷彩の施された戦闘服に身を包んだ日本人が座っていた。
「お疲れ様です、大翔さん」
「お疲れ様、坂梨中佐」
坂梨 一馬中佐、富士教導団戦車教導隊の隊長として召喚した隊員だ。
「"90式改修計画"はどうなってる?」
「今の所は順調です、新型砲弾も、岡本大尉の小隊で問題無く通用すると報告を受けてます」
そう、先程のドラゴンの戦闘は、"戦車がドラゴンに対してどこまで有効か"を試す目的もあった。
結果、「Rh120滑腔砲から発射されるJM33 APFSDSは弾かれはしないが貫通はしない」という結果に至った。
では、何故2発目以降のAPFSDSはドラゴンの鱗を容易く貫通させる事が出来たか?
工房と評価試験隊が協力して作った"JM33D"という新型砲弾のお陰だ。
後ろのDは"Dragon"のD、つまり、ドラゴンの角や牙を削り出して作った砲弾で、RHA換算・距離2000m・撃角0で780mmの装甲板を貫通するという試験結果が出ている。
現状、ドラゴンの鱗にまともに通用する砲弾は、これと粘着榴弾だけである。
実際、JM33の元になっているドイツのDM33 APFSDSは既に旧式の部類に入っており、T-90はおろか現行モデルのT-72やT-80にも対抗出来ないとまで言われている。
相対的に旧式化して来た90式戦車の火力不足を補うのが、この砲弾である。
改修計画の目的はこの火力の強化と、C4I能力の付与にある。
90式戦車も一応C4Iシステムを搭載してはいるものの、流石に10式戦車には劣る。
そこで、内部のプログラムは更新の為に書き換え、必要な機材を乗せる。
諸外国の同世代主力戦車と比べてコンパクトな作りになっているのが裏目に出て、拡張性が低い事から新規搭載のC4Iシステムには限界がある。
その分は、なるべくFCSの書き換えでカバーする事にはなっている。
一通りのシミュレーションの結果、"10式戦車同様、後退間射撃やスラローム射撃が可能になる"という結果を得た。
「俺はガーディアンの正面戦力として、この機甲部隊に期待してる。プレッシャーを掛けたくは無いが、頼んだぞ」
「ええ、了解しました。必ずや期待に応えましょう」
坂梨中佐はそう言うと、かかとを揃えた綺麗な敬礼をした。
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地下射撃訓練場
ガーディアン司令部庁舎の地下2階、武器弾薬管理区画と同じフロアにあるこの施設は、400mの奥行きがあるシューティングレンジが存在する。
20mほど延長したシューティングレンジのかなり手前で、エリスが拳銃の射撃訓練をしていた。
「ようエリス」
「ん、ヒロトか。訓練か?」
「ああ、俺もな」
そう言うと、彼女はくすっと微笑んで再びレーンに向きなおる。
COMTAC M3ヘッドセット越しにP226が9mm弾を撃ち出す音が聞こえる。
俺もホルスターから拳銃を抜き、35mに設定した標的に向かって射撃を行う。
P226のグリップに弾倉を叩き込み、スライドを引いて離す。
フロントサイトとリアサイトが一直線になる様に狙いを付け、アイソセレス・スタンスで構えたまま、ゆっくりと引き金を絞った。
M4に比べると軽く、開けた銃声。
射撃の際に少しブレたのか、狙った場所より少し上に命中した。
ブレを加味して銃声、銃は射撃時、反動でブレてしまうので、完璧に精密な射撃と言うのは殆ど無理だからだ。
修正しながら何発か撃ち、中心に当たる様にして行く。
何度か射撃すると慣れてくるので、中心付近に当たる様になってくるのだ。
拳銃がホールドオープン、弾倉を抜いてダンプポーチに放り込み、ベルトの左腰に取り付けられているHSGI TACOポーチのピストルマグポーチ側からP226の予備弾倉を抜き、P226に差し込んでスライドを前進させて再装填、再び構える。
エリスはと言うと、コンバットリロードで妙な表情を浮かべていた。
納得いかない様な、困っている様な、そんな雰囲気だ。
「どうした?」
「いや……ポーチからマガジンを抜く時、ベルトが一緒に持ち上がっちゃって……」
エリスの腰は割と細めだ、なのでベルトに取り付けたポーチから弾倉を抜こうとすると、ポーチのテンションが弾倉を離さない為、弾倉がポーチから抜けずベルトが一緒に持ち上がってしまうと言う現象が起こる。
「あー……エリス細いもんな、仕方ないか」
「ほ、ほっとけ。それより、これどうにかならないかな……ベルトをこれ以上締めると腰が痛くなりそうだし、動きにくくなりそうだ」
「それならこれはどうだ?ベルトリテンショナー」
俺はそう言って自分のベルト左腰と左脚に取り付けたベルトを見せる。
GALAPANIA ベルトリテンショナー
ベルトと下の太腿に取り付ける事で、ポーチから弾倉を抜く際にベルトがずり上がってしまうのを防ぐ物だ。
「これならベルトもずり上がらないぞ」
「そうなのか……ちょっと試してみよう」
俺は自分のベルトリテンショナーを外してエリスに差し出す、エリスはそれを受け取って自分のベルトの左側に付け、レッグホルスターをつける様に左脚に巻いて、その場で具合を確かめるようにニーリングの姿勢になったり、足を上げたりしている。
「どうだ?動きにくかったりしないか?」
「ああ、問題ない。じゃあ……」
と言ってエリスは軽く脱力し、左側のポーチから弾倉を抜いてP226に差し込む。
「おぉ……これは良いな」
「だろ?勝手が良いから俺も使ってるんだ」
「これ1つくれないか?」
「ああ良いぞ、ブラック、グリーン、タンの3色ある」
「んー……じゃあグリーンが良いな」
「了解了解、執務室に戻ったら、エリスの分を召喚するよ。それまではそれを使ってると良い」
「ああ、ありがとうな」
エリスは満面の笑みで礼を述べる、その笑顔を見られるのは俺だけだと思うと、隊員に訳もなく優越感。
俺は喜んでいるエリスを横目に見ながら射撃訓練を再開、再びP226のグリップを握り、標的に照準を合わせて引き金を引いた。
今回で一区切り、次の話は考えてあるのですが、その順番や設定を詰める為に来週、長ければ再来週はお休みとさせて頂きます。
お待ちしている方には大変申し訳ありませんが、自分の納得出来る文を書きたいと思っておりますので、今しばらくお待ち下さい。