第91話 商隊護衛、後半
先週は更新出来ず申し訳ありませんでした!
今回の話は後半、かなり駆け足気味なので乱れていますが、良ければ是非!
次に目を覚ました時は朝だった。
馬車は揺れていないので、まだ出発はしていないだろう。
JPC2.0に括り付けて置いた腕時計を見るに、時刻は7:34。エリスはもう隣に居ないので、外で何かしているのだろうか。
「んッ……!」
伸びをすると、背骨がパキパキと鳴る。
脱力して大きく息を吐き、再び吸い込むと、何だか香ばしい香りを一緒に吸い込んだ。
気になって軽く身支度を整え、馬車の外に出てみる。
すると、既に皆が朝食を用意しているところで、フライパンの上で何かが焼ける良い音がよく聞こえる。
「おはよう、ヒロト」
後ろから声をかけて来たのはエリスだ、両手に持っているカップには紅茶が入っていて、片方を俺に差し出す。恐らくエイミーが淹れてくれたのだろう。
俺はエリスからカップを受け取り、紅茶を飲む。
口の中に紅茶の香りと、コーヒーとは違った苦味が広がる。
うん、いつも通り美味い。
「ところで、朝食はどうすれば良い?」
「ああ、今エイミーが作ってる。ナグロスさんが食事を使い切っちゃおうってさ」
エリスが指した方を見ると、エイミーが恐らく借りたのであろうフライパンで目玉焼きを焼いていた。
他の隊員は食パンにそれを乗せて食べているようだ。
あー……某天空の城で出て来たパンだ……これ美味そうなんだよなあ……
「エイミー」
「あ、おはようございますヒロトさん。ヒロトさんもお一つどうですか?」
「ああ、貰うよ。ありがとう」
「いえいえ」
エイミーはそれを聞くと、火の入った即席の竃に掛けられたフライパンでベーコンを炒め、卵を割って落とす。
卵は殻が黒いから、恐らく黒鶏の卵だろう。
卵を割ると普通に黄身と白身だが、殻だけが黒いのが特徴のこの卵だ。
ベーコンから出た油でいい感じに焼け、白身が固まり黄身にも熱が通った半熟の所でフライパンを火から上げてベーコンと目玉焼きを食パンに乗せて軽く胡椒をかける。
「はい、ヒロトさんの分です」
「サンキュー」
ステンレス製の皿に乗せたパンを受け取り、端から齧り付く。
たまに食べたくなるこれは、やはりなんとも言えない美味さがある。
何と言ったら良いのだろうか……レストランや基地の食堂、エリスが作る料理とは、また違ったベクトルの美味さがある。
例えばレストランで出るステーキとファストフード店のハンバーガー、どちらも美味いが、表現の方向性が違う、といった感じ……だろうか?
ベーコンの塩味が良い具合に卵とパンに絡まり、美味い。
「んっ……」
おっと、黄身まで辿り着いたら黄身が溢れてきた、半熟だ。俺の好きな焼き方だ。
溢れた黄身がパンに染み込み、ベーコンの塩味を和らげ、まろやかにする。
あっという間に食パン1枚分を食べきってしまった。
「どうでしたか?」
「ああ、美味かったよ、ご馳走様」
「いえ、お粗末様でした」
エイミーはそう言うと微笑み、食器を片付け始める。
皆はそろそろかと出発準備に入った様だ。俺も出発準備をしようと、自分に当てられた馬車に戻った。
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再び馬車の隊列が動き出す、馬車の揺れ方や速度と言うのは結構独特だ。
車輌に慣れ親しんだ俺は結構変な感じはするが、仲間達は馬車に慣れてるのでそうでもないようだ。
振り向くと、ヒューバートも揺れに驚いているような表情を浮かべていた。
そうだ、ヒューバートも馬車の揺れには慣れていない"召喚者"だった。
俺に召喚される前も馬に乗って長距離を行軍すると言う経験は無いのだろう。
多分、狙撃分隊のカイリーとマーカスも、同じ事を思っているだろう。
その日の行程は一度も魔物に襲われる事も無く、日が暮れた後くらいに目的の街に到着した。
この街の商隊キャンプで1泊し、翌日にまた出発する事になっている。
商隊キャンプは運送業者の物流センターのすぐ近くにあり、ここから更に大陸の奥地や港へと物資を輸送する荷馬車の御者や、商隊護衛の傭兵や冒険者の休憩及び宿泊場所となっている。
言ってみれば、駅前のホテルと言う感覚に近い。
「ここまでありがとう、私達は明朝早くにここを出発して更に西を目指すよ。短い間だったが世話になったな」
「いえ、我々に頼って頂き感謝しております。また機会がありましたらよろしくお願いします」
「ああ、その時はこちらから指名させて貰うよ」
俺はナグロスさんと握手を交わす。
俺達の任務はここまで。ナグロスさん達は、ここから更に西を目指し物資を送る為、別の傭兵と合流して明朝早くに出発する予定らしい。
なので、彼とはここでお別れとなる。今の内に挨拶を済ませておいた。
「クルセイダーズの団員達も、大変助かった。君達は良い剣士達になるだろうな、これからの君達が楽しみだ」
「ありがとうございますナグロスさん、お元気で」
キルアもナグロスさんと握手を交わし、礼を言ってナグロスさんはこの街にあるターミナルに戻って行った。
俺とクルセイダーズの面々は商隊キャンプに今回の商隊護衛のタグを渡し、中に入る。ホテルのチェックインの様なものだ。
商隊キャンプの中はテントと言う程簡素では無いものの、コテージほど豪華でも無いログハウス……バンガローが林立していた。
キャンプ村の様な物なのだろうか、冒険者や傭兵達が肉を焼いたり調理をしたりする様な簡易調理場もある。
「ベルム街には無かったな……」
「いや、ベルム街にもあるぞ。ターミナルとキャンプが少し離れているからな……しかもヒロトが警邏に入るときは、キャンプは警邏コースから外れてたし……」
ベルム街で見ないと思っていたら、そう言う事だったのか……あの街はもう少し見て回る必要がありそうだ。
俺達が当てられたのは4番と5番のバンガローだ。ドアに白いペンキで"4" "5"と書かれたバンガローを開けると、中はかなり綺麗だった。
リネン類は清潔に洗って整えられ、部屋も綺麗に掃除されている。
本当に泊まるだけでそれ以外は考えられていない小屋だ。
雑魚寝でバンガロー1つに7人、今回の護衛チーム14人が2棟のバンガローに収まる計算になるので、男女に分かれて泊まる事にした。
バンガローの中は土足で上がるらしく、靴紐を解く為にしゃがみかけたがそのまま立ち上がった。
弾薬箱やバックパックを部屋の隅に積み、装備を解いてライフルを立てかけて置く。
簡単にマットを敷いてシーツを掛け、角を合わせて整える。
商隊キャンプ内では交戦の可能性は無いので、夜間哨戒は無い。
就寝準備が整った後は自由行動だ、明日は朝9時には出発する事になっている。
荷物をなるべく軽くする為、夕飯は戦闘糧食にする。
ソーセージカレーと炭火焼チキン、そして白米のパックが2つ、これを化学ヒーターで温めて食べる。
最初の方こそ隊員達も「火を使わずにどうやって……?」と驚いていたが、流石に慣れたのか流れる様に手順を踏んで温かいパック飯を食べている。
戦闘糧食Ⅱ型はやはり戦闘地域での食事を目的としているので、汗を掻く兵士の塩分補給を考えて味は濃い目に作られており、更に一食分で必要なカロリーが摂取出来る様になっている。
その代わり……こればかり食べていると太るらしいので、注意が必要だ。
食べ終わったものは基地に持ち帰るゴミの中に入れる、なるべくここには置いて行かない。
異世界でこれを焼却処分するだけの技術力が無いからと言うのと、あのマスコミに目を付けられない為だ。
奴の事ならこれをゴミ袋から盗んで散らかし「ゴミも片付けられないガーディアン」という見出しを付けて新聞を出すに違いない。……憶測だけど。
道中もしっかり休みはしたがやはり疲れているのが、船を漕ぎ始める隊員も見受けられた。
「ふぁぁ……」
俺も眠くなって来て、あくびが出て来たので、その日はさっさと寝る事にした。
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翌日
午前9時少し前、俺達は既に商隊キャンプを後にし、護衛予定の商隊と合流していた。
「ガーディアン、帰りもよろしく頼むよ」
声をかけて来たのは傭兵団"クルセイダーズ"のキルアだ、ベルム街に帰る商隊を護衛するのは、またベルム街に帰る戦闘ギルドの事が多いらしい。
「ああ、こちらこそよろしく」
1日目出発と同じ様に荷物を積み込み、帰りの馬車が定刻でターミナルを出発する。
ベルム街へと帰る馬車を再び護衛しつつ、街を出てからまた退屈な時間が過ぎる。
的撃ちでもしようかと思ったが、戦闘に使う貴重な弾薬をそんな事で浪費する訳にも行かない。
魔物や盗賊も、俺としては出ない方が良い、その方が平和だからだ。
往路は魔物の襲撃はあの1回だけだった。復路はどうだろうか……
先頭は目の良いクリスタがいるから発見は大丈夫だろう。
後方も銃の扱いに長けた俺達がいる、遠距離でも近距離でも、この世界には無い"銃"と言う兵器を用いて一方的に殲滅出来る筈だ。
次はどう戦うか、そんな事を考えながら時間は過ぎていき、日は高く登った頃、平原の真ん中で先頭の馬車から信号弾が上がった。
『敵襲、右側方、距離350m、前回と同じくゴブリンの群れ、数は20から40』
「了解!射撃用意だ!」
前方の馬車からの通信を聞き、全員が射撃準備、セーフティを解除し、チャージングハンドルを引いて離す。
と、往路の様に商隊が停止する。
停止した途端、馬車からキルア始めクルセイダーズの面々が飛び出して来た。
「おい何してる!」
俺はキルアに向かってそう叫ぶと、振り返って向こうも叫び返す。
「魔物達と戦います!ガーディアンは援護を!貴方達だけに戦果を取られては、顔が立ちませんからね!」
彼はそう叫んでニカッと笑う。
そうか、そういうことか。察した俺は、無線をオープンにする。
「全員、制圧射撃から援護に切り替え!何が何でもクルセイダーズをやらせるな!背後を守るんだ!」
『了解』
『了解』
俺はM4のストックの根本のチャージングハンドルを引いて離し、しっかり肩に当てて頬付けしてACOG越しにキルアの姿を追う。
まず始まったのは弓とクロスボウによる矢の一斉射撃だ。
4人の弓使いと10人が持つクロスボウが一斉に矢を放ち、矢は放物線を描いて魔物達に降り注ぐ。
銃弾の初速よりもかなり遅いが、銃弾とは比較にならない質量を持って矢の群れが牙を剥いた。
矢の着弾点付近に視線を移すと、肩や頭、胸に矢が突き刺さったゴブリン共がバタバタと倒れ臥す。
しかし、やはり命中精度は良く無い。
弓兵の弓は元々精密狙撃では無く、一斉射撃によって効果を発揮するものだ。
見た所魔物に対する命中精度は20%と言ったところか。
しかし、ここでキルアが本領を発揮する。
「我が炎の精よ、一面の敵を焼き尽くし給え!ファイア・ストーム!」
手を広げて前に突き出しながら詠唱すると、魔法陣が広がる。
その魔法陣の中に小さな魔法陣がいくつも発生し、その全てがやがてフレア・ジャベリンとなる。
"ファイア・ストーム"、魔術師が発動出来る「面で敵を攻撃する」炎魔術だ。
派生タイプに草系の"リーフ・ストーム"、氷系の"アイシクル・ストーム"、土系の"ロック・ストーム"などがあるが、どうやらキルアが得意とするのは炎系の様だ。
それにこの魔術は潜在的な魔力が大きい程、攻撃は広範囲に渡る。
キルアの魔力はかなり大きいらしく、今の魔術攻撃で敵の3分の1が炎の槍に貫かれ、炎に包まれた。
軍事的に言えば、30%の部隊の損失は"全滅"を意味するのだが、ゴブリンはそれを知らず、まっすぐ突っ込んでくる。
「うぉぉぉぉ!」
キルアと複数の剣士が、雄叫びを上げながら自らの得物を振るい、ゴブリンに立ち向かう。
ザン!
ゴブリンが振るった短剣を躱し、カウンターを入れる様にキルアのサーベルが入った。
魔術を操る剣士は、剣を魔術で強化して威力を増大させている者も多いという。
魔術で強化されればサーベル一本でも、両手剣の様な威力を持つのだ。
キルアのサーベルはゴブリンの脇腹に入り、そのままゴブリンを両断した。
そしてサーベルを振り抜き、手首を返して彼の左から接近して居たゴブリンの肩口を斬りつける。
鎖骨の隙間を狙い振り下ろされたサーベルはそのままゴブリンの右脇腹まで駆け抜け、その場に2体4つのゴブリンの死体が出来上がった。
その直後、背後からゴブリンが襲い掛かるも、振り向きもせず腹にサーベルを突き立てた。
更に遠くから矢でキルアを狙うゴブリンが2体。
彼が振り向いた瞬間矢が放たれ、まっすぐキルアに向かって行ったが、サーベルで弾く。
どんな動体視力してんだあいつ……
「フレア・ジャベリン!」
彼は再び魔法陣を展開し、炎の槍を射出する。
矢とほぼ同じ速度で射出された炎の槍がゴブリンに突き刺さり、燃え上がっていく。
もう1体にフレア・ジャベリンの魔法陣を展開したが、弓を構える方が早かったので、俺の出番だ。
安全装置を解除、距離はおよそ100m、ゴブリンに銃口を向けてACOGのレティクルを合わせ、引き金をゆっくり絞る。
減音器に抑えられた銃声と共に、|5.56mmNATO弾《SS109/M855》が飛び出した。
音速の3倍と言う異世界に存在しない速度で飛翔した弾丸は、100mの距離を一瞬で詰めてゴブリンの頭部を正確に貫いた。
後頭部から出血して、操り手の無くなった人形の様に倒れるゴブリン。
他のゴブリンが居ないか索敵する。
他の得物は見当たらない、クルセイダーズの隊員がサーベルを突き刺しているゴブリンが最後の様だ。
この戦いでガーディアンの出る幕は殆ど無かった物の、結果としてゴブリンの群れは殲滅。
分かった事は、クルセイダーズの団員達はとても優秀だと言う事だ。
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再び1度の野営を経て、ベルム街に帰って来た。ターミナルに荷物を送り届けた後、ギルド組合にクエスト達成の為の報告を行う。
ギルド組合からの依頼ではなくこうした企業からギルドだったり、ギルドからギルドだったりへの依頼の仲介を行うのも組合の仕事である。
そして、この場合は依頼主と受けた側の双方の報告が必要となる。
一応倒した魔物の部位も切り取って持ち帰ったので換金した。
「お疲れ様、いい仕事が出来て良かったよ」
「お互いにな」
報酬金を受け取った帰り際、クルセイダーズの団長キルアが声を掛けて来た。
「また機会があったら、一緒に仕事したいね」
「俺もだ、もし依頼があったらガーディアンの基地に来るといい。基地の場所は分かるな?」
「ああ、君達の基地は"ドラゴンナイツ"より大きいからね。僕達の基地は南東の端だ、こちらも何か依頼があれば来るといいよ」
"ドラゴンナイツ"
このベルム街のNo.1の戦闘ギルドだ。
竜騎兵を多くを有し、この街の兵力としては伯爵の私兵の次に大きく、戦闘ギルドとしてはこの街で最強である。
街の北側に要塞の様な拠点を構え、多数の翼竜を保有している。
恐らく、翼竜の保有数はケインのところ以上で、この街の防空を伯爵から委託されている。
「分かった、後で警邏コースで確認する。お疲れさん」
「ああ、ではまた」
俺とキルアはそう言って別れた。
迎えのトラックが来た頃には、既に日が暮れていた。
「お疲れ」
「エリスもな、長期間の任務は大変だったろう」
「なに、遠征でこれ以上の任務をして来たし、それ以上に辛かったガーディアンの訓練を受けたんだ、これくらいはなんとも無い」
「そっか……でも、身体が疲労しているのは確かだ、確り休む事も重要だぞ」
「それもそうだな……今日はもうゆっくりしよう」
だけど、と言ってエリスはこっちに向き直り、人差し指を俺に向ける。
「ヒロトもどうせこの後レポートと戦闘考察を終わらせようとしてるんだろ?明日手伝うから、今日は休んだほうがいい」
流石はエリス、何でもお見通しか……
「ああ、分かった。エリスの言う通り明日にしよう、今日は正直疲れた……」
「ん、よろしい」
俺は満足そうに頷くエリスの笑顔を見て、釣られて笑う。
丁度そのタイミングで、迎えの73式大型トラックが到着する。
弾薬箱とバックパック、忘れ物は無い。
「お疲れさん」
迎えに来たのは健吾だった、助手席には副官のカレン・ブーゲンビルが乗っている。
「ああ、サンキュ。さっさと基地に帰りてえよ」
俺はそう溢しながら、荷物を積み込み、乗り込む。
エリス、エイミー、ヒューバート、グライムズとアイリーン、クレイ、ブラックバーン、そして狙撃分隊全員が乗り込んだ。
「全員乗ったか?忘れ物は無いな?」
「大丈夫です」
「問題なし」
全員乗ったのを確認すると、俺は健吾に声を掛ける。
「よし、帰るぞ。健吾、出してくれー」
「あいよー」
73式大型トラックのエンジンを掛けると、ディーゼルエンジンの音が荷台に反響する。
「シャワー浴びてえな……」
俺の小さな呟きはディーゼルエンジンに掻き消され、73式大型トラックは基地に向かって走り出した。