第87話 評価試験
お待たせしましたぁぁぁっ!
なぜ先週更新出来なかったかと言いますと……執筆の駆け出しに重要な土日を先週のサバゲーに充てていた為です。
それに大学にバイトと実質執筆していた時間が大学との往復の電車内となっていた上にモチベ不足という悪条件が重なってしまい……申し訳ないです……
という事で、今回は長めになってます。
【評価試験隊】
そう書かれた基地の片隅の事務所のドアをノックする。
『どうぞー』
返答があってからドアノブを捻ると、中ではパソコンを弄る数人の兵士が居た。
「お疲れ」
「あ、お疲れ様です」
パソコンから目を離した彼は、フランツ・スタグロフ准尉。俺が召喚した"召喚者"で、ロシア人だ。
評価試験隊の目的は、異世界で見つけた素材の耐久試験や異世界特有の戦術に対応した訓練開発、仮想敵が主な仕事だ。
今の所は"召喚者"のみで構成されており、ロシア軍、ドイツ国防軍、自衛隊と様々な軍人が集まっている。
「魔術の存在する異世界で魔術師が居ないのは訓練開発に向かないのでは?」と思うが、新たに魔術師を配属させる資金がギリギリな為、現状は訓練開発の場合、歩兵部隊からオブザーバーとして参加する事になっている。
「進捗はどうだ?」
「工房と協力して鱗の加工を進めて居ます、加工にはダイヤモンド粉末を混ぜたウォーターカッターが使えました」
ウォーターカッターとはその名の通り、高圧水流によって物体を切断する加工機械の事だ。
小さな穴から水を音速の2〜3倍で射出し、物体を切断する。
加工の断面が綺麗になると言うのも特徴で、また混ぜる微粒子の種類によって加工出来る物質も変わる。
俺達はそこに目をつけ、ドラゴンの鱗を加工する事にしたのだ。
色々試した結果、ダイヤモンドの粉末を水に混ぜたものと磁性流体が、ドラゴンの鱗に対して同じくらいの切れ味がある事を確認した。
磁性流体とは、水中に磁気に反応する粒子がコロイド状に分散している。
そこへ磁石が近付くとコロイド粒子が水を引っ張って動く為、流体が動いている様に見える。
このコロイド粒子が、鱗を切断する際の研磨剤となっている様だ。
結果として生産と維持、メンテが容易なダイヤモンドの微粒子を含む水に軍配が上がったが、後に備えて磁性流体での切断も可能な様にしておく。
「出来たのは防弾プレートですね、1枚の鱗から6枚、600枚を生産予定です」
「見せてくれるか?」
「いいですよ、丁度これから試験ですし……木乃葉、アーモス。一緒に来い」
「はいっ」
「了解」
フランツは隊員の2人を呼ぶ。2人は日本人とドイツ人、木乃葉エリカと、アーモス・スタシェクだ。
フランツは鍵を取って地下へ、地下の鍵は厳重に管理されており、彼が鍵を開けて鉄のドアを開ける。
もう1つは鉄格子のドアだ、この鉄格子のドアは防弾加工されており、鍵がないと開ける事が出来ない。
次のドアは水密扉だ、ここはネームプレートのICカードをリーダーに通してからレバーを回してドアを開けると、部屋の中は武器庫になっていた。
何故ここまで厳重か?それはここは司令部庁舎の地下にある武器弾薬管理室の様に、常駐している隊員が居ないからだ。
資金不足の皺寄せは、こんな所にも波及している。
そして、この評価試験隊が装備する銃器も、他とは違った。
鍵の付いた分厚いポリカーボネートの中に見えるガンラックに立て掛けてあるのは、鉄と木で出来た凶悪な銃器。
現在はコピー品が大量に出回り年間数十万人と言う死傷者が出ている為"小さな大量破壊兵器"とまで言われているものの派生型。
イジェフスク造兵廠製のAKMと、AKS-74だ。
前者は7.62×39mmロシアンショート弾、後者は5.45×39mmクルツ弾を使用するロシア製の自動小銃で、評価試験隊が使用する銃器だ。
今回行うのは、「異世界物質に対する各種銃弾への耐久試験」。つまり、ドラゴンの鱗を加工した防弾プレートがどの程度の防弾性能を持っているかを調べる為の試験だ。
使用する銃器は、AKM、AKS-74、PKM、ドラグノフ、OSV-96、RPG-29……東側の兵器ばかりだ。
理由として、どれも西側には無い荒々しいまでのパワーを持ち合わせている為だ。
日本という資本主義民主主義の国で生まれ育った為か、AKと言うと「悪役が使う武器」と言うイメージがある。
それは昨今のテロ組織やゲリラ兵がAKを使っている事が多いが、では準備が整うまで何故彼らがAKを好んで使うかに目を向けてみよう。
まずAK-47が使う弾丸の威力だが、7.62×39mmロシアンショート弾である。
ベトナム戦争の際、アメリカは30-06スプリングフィールド弾を改良した7.62×51mmNATO弾を使用していた。これはフルサイズのライフル弾で、弾倉の関係上携行数は少なかった。
しかしAK-47はクルツパトローネ弾、弾倉に30発が装填可能で、携行数が増えた事でアメリカや南ベトナムの兵士より多くの弾丸を発射する事が出来た。
そして威力、アメリカは弾薬の携行数を増やす為に5.56×45mmNATO弾を採用したが、威力不足が目立ったという。
7.62×39mmロシアンショート弾は大口径故のパワーによって、敵に対して大きなダメージを与える事が出来る。
実際、5.56×45mmNATO弾で撃たれた兵士が撃ち返して来たという報告もある。
そして、AK-47の作動信頼性だ。
よく比較対象にされるM16と比較すると、M16はガス直噴方式、所謂リュングマン方式と言う方式を採用している。
これはガスをボルトキャリアに直接取り込んで動作させる為動く部品が少なく、反動が小さく命中精度が高くなるのが特徴だ。
だがそれだと火薬が燃焼した際の発射ガスが機関部内に入ってしまい、中が汚れて動作不良の原因になってしまう。
更にガスチューブの中を高温の発射ガスが通る為、下手をすればハンドガードが過熱、発火する恐れもあり、銃身過熱も起こりやすく命中精度がガタ落ちするし、銃身寿命も短くなる。
対して、AK-47はロングストローク・ガスピストン方式を採用しており、これはガスをガスポートから取り入れ、ボルトキャリアに直結されたピストンをガスの力で動かすと言うもので、部品が大きく動く為命中精度は下がるが、作動信頼性はとても高い。
砂塵の舞うイラクや山の多いアフガニスタン、何だかよく分からないアフリカでAKが多用されているのはその為だ。
AKMはそんな7.62×39mm弾を使うAK-47の近代化改修型だ。
「よし、行こう」
「了解」
フランツも準備が出来たらしく、AKMとRPG-29、それと弾薬を持ち、地上を出る。
評価試験隊は本隊とは別に、車輌用の格納庫を有している。
もちろん、評価試験と本体の訓練の際に行う仮想敵任務の為だ。
今回フランツが選んだのはロシア製のBTR-90装甲兵員輸送車、装甲化された8×8の車体に、30mm機関砲2A42の装備された砲塔を有する装甲車だ。
基地の外、北側の壁の向こうには、900m×100mの広さの射撃場がある。自動小銃より射程の長い狙撃銃がスコープの調整を行う際に地下の射撃場では狭すぎる為、こちらにも射撃場を作ったのだ。
今回の試験場となるのはここだ。
車体前面下部に"評試"の識別票が書かれたBTR-90に乗り込み、正門を出て基地の裏手に回る。
BTR-90から降りて置いてある台へ武器と弾薬を準備し、安全確認をする。
「現状テストをしたところ、9×19mm、.45ACP、44マグナム、5.56×45mmNATO弾までの防弾性能がある事は分かってます」
言いながらフランツが取り出したのは、ドラゴンの鱗を加工して作った防弾板だ。
暑さは1cm程度、プレートキャリアに挿入出来る大きさにカットされたそれは、持ってみると非常に軽い。
大体70〜100g程度だろうか?
この大きさでこの軽さだから密度が小さく、防弾性能は落ちるのだろうとは思ったが、そんな事は無い。
ドラゴンの鱗の内部は見た事も無い分子で構成されていて、分子同士には隙間がある。
しかし硬いものが命中すると瞬間的にその分子がギュッと結晶構造を作り、堅牢化する。
これは"ダイラタンシー現象"と呼ばれるもので、瞬間的に大きな力が掛かると分子構造が変化し、硬化する。
化学の某じろう先生の「片栗粉溶液の水槽の上を走る」と言う実験で馴染みがある人もいるだろう。
地球でもこの構造を取り入れた防弾チョッキの研究がなされていたが、どうやらドラゴンの鱗の方が一足早かったようだ。
「じゃあ今回はそれ以上の大口径って事だな、どれからやる?」
「AKMからで」
フランツはプレートを持って30m程先のテーブルの脚に立てかける。
俺は台の上からAKMを取り、クイックローダーを使って弾倉に7.62×39mmロシアンショート弾を30発詰め込む。
幾つかそれを繰り返しフランツに弾倉を渡すと、彼は安全装置を解除してセミオートへ。
弾倉を前を引っ掛けるように差し込み、コッキングレバーを引いて離し、初弾を薬室に叩き込む。
ガシャッ!とM4とは全く質の違う音、俺はヘッドセットを付けた。
「撃ちます」
「良いぞ」
フランツがAKMを構え、引き金を引く。
バンッ!
M4とは違う、広く弾ける様な銃声。
コッキングレバーのついたエジェクションポートから、7.62×39mmの短い薬莢が飛び出て地面に落ちる。
竹槍ハイダーと呼ばれる斜めに欠けている様な銃口から発射された弾丸は、5.56×45mmNATO弾より大きな運動エネルギーを持ってプレートの端に直撃した。
吹き飛ばされたプレートは回転しながら宙を舞い、カランカランと音を立てながら地面に落ちた。
俺はフランツと顔を合わせると、フランツは「どうぞ」と言った風に微笑む。
プレートに歩み寄り、手にとって確認する。
弾丸は貫通しておらず、表面に痕が付いただけだった。
「……凄いな、105mmのAPFSDSがまともに通用しないだけはある……」
「もっと試してみますか?」
「ああ、その為に持って来たんだろ?」
「ええ、もちろん」
フランツとアーモスはプレートを30m先に固定、今度は飛んでいかない様にする。
次に試すのは、AKS-74とドラグノフによる同時射撃だ。
AKS-74には5.45×39mm弾が、ドラグノフには7.62×54mmR弾が弾倉に詰められ、AKMと同じ様に安全装置を外してからコッキングレバーを引いて装填される。
射撃するのは、各20発ずつだ。
アーモスがAKS-74を、フランツがドラグノフを構える。
2人が引き金を引く、ヘッドセット越しに東側特有の銃声が鳴り、同時に弾丸が銃口から、空薬莢がエジェクション・ポートから吐き出されていく。
セミオートで装填した分の弾丸、20発の5.45×39mと7.62×54mmR弾の計40発が撃ち込まれた。
結果……プレートは割れず、AKMで試した様に弾痕が付いただけだった。
「マジかよ」
「もう少しお試しになられますか?」
「あぁ、頼む」
今度はプレートを100m先に固定して動かない様にし、アーモスとフランツが撃っている間に木乃葉エリカが用意していたPKMを射撃する。
ベルトは100発、使用する弾薬はドラグノフと同じく7.62×54mmR弾だ。
木乃葉が汚れも気にせず地面に伏せ、地面にバイポッドを立てて射撃する。
ドドドドドドドッ!
重い銃声を立てて、右側から7.62×54mmR弾を繋げたベルトが吸い込まれ、空薬莢とベルトリンクは左側から吐き出されていく。
弾丸はプレートに次々と命中していき、ガンガンと鈍い音を立てる。
実験の為100発までで途切れているベルトリンクを、木乃葉はワントリガーで撃ち尽くした。
外した弾もあるものの、大半は命中していた。
木乃葉がフィードカバーを開けて薬室内部の安全を確かめている間に、俺はプレートに歩み寄った。
先程と同じ様に、弾丸が命中した痕跡こそあるものの、貫通はしていない。
「7.62×39mm弾の射撃、5.45×39mm弾と7.62×54mmR弾の混合射撃、7.62×54mmR弾のフルオート……まだ耐えるか……」
「では今度はこいつを……」
アーモスが持ち出したのは、OSV-96、12.7×108mm弾を使い、大口径・大威力を持つ対物ライフルだ。
「流石に厳しいんじゃ?弾丸の長さより薄いぞ?」
「まぁ……やってみるに越したことは無いですからね……」
そう言いながらアーモスが弾倉に12.7×108mm弾を装填する。弾倉を銃に装填し、コッキングレバーを引いて離す。
第2次大戦時の車輌とは言え、戦車であるT-34のフェンダーを1500mの距離から貫通させられるOSV-96と12.7×108mm弾の組み合わせに、果たして耐える事が出来るのだろうか……
「撃ちます……」
アーモスが引き金に指をかける、狙いは100m先のプレートだ。
ゆっくりと引き金を絞り……撃鉄が落ちた。
ドガンッ!
ヘッドセット越しにもかなり大きいと判る程の銃声を立て、角形マズルブレーキから派手にマズルフラッシュを吐く。
100m先のプレートは煙を上げていた。
アーモスがOSV-96から弾倉を外してコッキングレバーを引き、薬室から弾薬を抜いた事を確認してからヘッドセットを外す。
プレートに歩み寄って被弾痕を見ると、と表面が削れていただけで特に問題は無く、もう一度撃っても大丈夫な程だった。
「……ここまで頑丈だと……引くわ……」
「ですね……これは流石に……チタンプレートでもこうは行きませんよ……」
俺はプレートの様子を確かめた後、記録を取って射撃地点にまた戻る。
次に撃つのは、12.7×108mm弾だが、通常弾を5発撃った後にB-32装甲貫通弾を発射する。
再びヘッドセットを装着し、手元にあった双眼鏡でプレートを覗く。
「撃ちます……」
再び凄まじい銃声が響き、12.7×108mm弾が空中を滑走する。命中した凄まじい運動エネルギーがプレートの表面を砕き、煙を上げた。
更に2発、3発と立て続けに発射される、どれも命中してプレートに凹みを入れた。
「次、徹甲弾です」
5発の射撃は、どれもプレートを破壊する事は叶わず、表面を削って凹みを入れるだけだった。
次弾はB-32装甲貫通弾、果たして結果は……
ドガンッ!
先程と同じ様に、凄まじい銃声が響く。いつも思うが50口径ライフルの銃声は殆ど"砲"に近いものがあると思う。
12.7×108mmのB-32装甲貫通弾が音速の3倍で飛翔し、バガンッ!とタイルが割れる様な音を立てて命中した。
OSV-96のマガジンを外して薬室に弾が残っていないか確認して安全措置を取り、命中痕の確認を行う。
徹甲弾は形を変え、プレートの表面にめり込んでいた。
他にも表面には細かな亀裂が入っており、プレートの裏を見ると僅かに出っ張っている。
徹甲弾も貫通はしなかったものの、かなり大きなダメージが入ったに違いない。
そもそも防弾プレートと言うのはそう言うものだが……
「半分以下の薄さになって尚これだけの強度があるとは……」
「予想以上ですね……」
「プレートにこれ以上の防御力を持たせても今度はサイズと重量の関係で良くないから、防弾プレートはこれで頼む」
「了解です。……あとは、増加装甲ですかね……」
「ああ、装甲兵員輸送車に装備する様の増加装甲だが……」
「既に発注は出来ていますが、加工に手間が掛かっている様で……」
「まぁ、ここまで硬ければそうだろうな……頼むぞ」
「了解です」
俺は防弾プレートの発注を出し、耐久試験のテスト項目を確認して評価試験隊の面々と共に基地に戻った。
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執務室にて、俺は必要な書類を整理していた、午後からは商隊護衛の仕事が入っている。
大体4日間ほどの仕事で、他の傭兵と共に馬車10台ほどで構成された商隊を魔物や盗賊から護衛する。
この規模の商隊は基本的に最低30人以上の傭兵及び冒険者で護衛しなければならず、俺達は今回14人の隊員を投入する。
多いかと思われるが、組織的に戦闘を完結させる為に必要な最低限の人員だ。
出来た名簿に軽く目を通す。
===名簿(階級:担当)===
第1分隊
高岡大翔 (中尉:分隊長・ライフルマン)
エリス・クロイス(准尉:副長・ライフルマン)
グライムズ・ジューク(軍曹:擲弾手)
アイリーン・バレンツ(軍曹:擲弾手)
ヒューバート・ハドック(伍長:SAW手)
エイミー・ハング(曹長:SAW手)
ブラックバーン・マーズ(軍曹:ライフルマン)
クレイ・パルディア(軍曹:ライフルマン)
小隊本部より
セレナ・ホークレーン(曹長:衛生兵)
グリッド・エルストン(兵長:GPMG手)
狙撃分隊
ランディ・ヘイガート(曹長:狙撃手)
クリスタ・ヘイガート(軍曹:選抜射手)
マーカス・アクセルソン(伍長:擲弾手)
カイリー・ホーネット(軍曹:ライフルマン)
以上14名
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ドアがノックされる。
「どうぞー」
「失礼します!」
そう言ってドアを開けたのは、俺の恋人兼ガーディアンの副官、そして戦闘時のパートナーでもあるエリスだ。
エリスは執務机に歩み寄り、机に両手を突く。
「進捗はどうだ?」
「丁度終わり、午後から予定通り商隊護衛の仕事に入れるよ」
「長期の仕事も久し振りか……最近はドラゴン討伐だのカルテル討伐だの短期間の仕事が多かったからな……」
「ああ、こんな事言うのはアレだが、実は俺も若干楽しみだったんだ」
「ふふっ、そうか。それで、一緒にお昼を食べようと思ったんだけど、どう、かな?今日は金曜だから、カレーだぞ?」
断る理由が無い、昼休みにやる仕事も無いし、あっても多分エリスの誘いなら乗る。
「おお、そうだったそうだった。ファルはどんなカレーを作ってるんだろうか……」
俺はそう言って席を立つ、重要書類は鍵付きの引き出しの中に入れてロックをかけ、エリスと一緒に執務室を出る。
階段を降りて1階に700人収容可能な食堂がある、現在は半分程を使っていて、部隊拡張に伴い増設した方が良いのではと思い始めた。
階段を下ってきた辺りからカレーの良い匂いがして来ていたが、食堂に入ってそれはより一層強くなった。
鼻から入り込んで胃と食欲を刺激する特有のスパイスの香り、金曜はこれが恒例となっている。
トレーを持ってカウンターに並ぶ。
「あっ、ヒロトさん。お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
声を掛けてきたのは、厨房担当のファルだ。
彼はドラゴンに襲われた町から避難して来た人々の1人で、「共に働きたいがとてもついていける自信がない」と言った人の1人だ。
ガーディアンは慢性的な人手不足に陥っている、使えるのならば何でも使おうと言うことだ。
彼は料理が得意で、避難前にも第2分隊に料理を振る舞っていたらしい。
「今日は?」
「ドラゴンの肉を使った"ドラゴン・カレー"とでも言いましょうか?結構自信作ですよ」
そう言って笑うファルは、カレーライスを皿に盛り付けてサラダの小鉢と一緒にトレーに置く。
ドラゴンの肉はかなり硬くて食用には向かず、基本的に出汁を取る以外の用途では使われなかったと思ったんだけど……
「まぁ食べてみて下さいよ、美味しいですよ?」
「そうか……?じゃあありがたく」
カレーとサラダを受け取った俺はエリスと共に席に着く、先程も述べたように700人収容の食堂は半分しか使っておらずガラガラなので好きなところに座る事が出来る。
「さて……頂きます」
「いただきます」
匙を取って白いご飯と共にカレーを掬う、見た目はいつものビーフカレーと変わらないが、肉が大きめに切ってある。
やっぱり硬すぎてこれ以上切れなかったのか……?
そう思いながら一口、カレーを口に運んだ。
「……美味い」
「美味しい……!」
俺もエリスも驚いた。
いつものカレーより少し辛く、ご飯もカレーに合う様に少し固い。
ジャガイモやニンジン、タマネギも程よく煮込まれていて、ドラゴンの肉から出たと思われる旨味もしっかりついている。
何より驚いたのが、カレーに入っているドラゴンの肉だ。
普通はドラゴンの肉は煮込んでも硬質ゴムの様な硬さのままだが、このドラゴンの肉はしっかりとした歯ごたえを
残していたがとても柔らかく、カレーの味もしっかりと染みていた。
「美味いな……」
「ああ……美味しい……」
もうそれしか言葉が出ない。
美味さに驚き、米粒も残さずあっという間に完食してしまった。
「ふぅ……美味かった……」
「美味しかったな……」
美味さの余韻に浸りながら、トレーを片付ける為に席を立つ。食堂の端のスペースに食器返却口があり、食器はそこに返却する。
「ヒロトさん」
「ん?」
帰り際、ファルに呼び止められた。
「ファルか、今日のカレー美味かったぞ。ドラゴンの肉をあそこまで進化させるとは……」
「ありがとうございます……それで1つ提案なんですが……」
「何だ?」
「このドラゴンの肉料理……町にレシピを売れないでしょうか?ガーディアンの財源確保にもなると思いますが……」
俺は少し考える。
料理自体に特許は無い、料理は日常の中で工夫されるものだからだ。
「そうだな……分かった、有用だと思う提案を報告書に纏めてくれ。仕事から帰って来たら検討しよう」
「ありがとうございます!」
俺は彼に「頑張れよ」と声をかけ、食堂を後にする。
食後の眠くなってくる時間帯だが、少し食休みを挟んでから仕事だ。
俺は時間まで、宿舎の自分の部屋に戻っている事にした。