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第86話 新部隊と調理法

「ナツ」


「おう」


俺はナツの元を訪ねていた。

公都から帰って1週間、ギルド組合から公爵閣下から受けた報酬に匹敵する報酬を得た。


金貨1250枚……これも金庫行きだな、事務科のジーナ准尉に頼んで金庫に仕舞い、今後の隊員の給料になる。


ジーナ准尉は事務方のトップとして、財政や施設内インフラの整備と裏でガーディアンを支える縁の下の力持ち、組織に無くてはならない存在だ。


そろそろ事務隊も拡大するか……と考え始めるが、予算的にまだ厳しいかもしれない。


彼等もまた1人の人間としての生活もある、きちんと賃金を支払わなければならない。

ガーディアンで働くのはボランティアでは無いのだ。


タイヤ事業も伸びているし、このまま1個中隊程は増やしても大丈夫かとは思うが、様子を見ているところだ。


話を戻す。

ナツの所へ顔を出したのは、新人の訓練を見に来た為だ。

現在第2小隊と合同でガーディアンの新兵となる人員の教育を行っているところで、戦力化するとなれば、彼等は歩兵第2小隊となる。


飛行場の傍にある芝生の上では、ガレント始めとした8人の第1小隊第2分隊と、ナツの9人が教官として着き、68人の新隊員が腕立て伏せをしている。


「13!14!15!」


カウントはまだまだ始めの方だが、既にかなりハードなメニューを終えており、皆キツそうな表情で汗を垂らしながら腕立て伏せをしていた。


5月の雲ひとつない快晴の陽気は、直射日光として彼等の身体に容赦無く降り注ぎ、水分と体力を奪っていく。


「適度に休憩は取らせてるな?」


「もちろんだ、元教師志望を舐めんなよ」


隊員達には聞こえないように小声でそう言う、聞こえてしまえば彼らの士気に関わるからだ。


「裏方を任せっきりで悪いな、情報部の方はどうなってる?」


「そっちの方はローナ主導でやって貰ってるよ」


ナツは現在、教育隊と情報部を兼ねている。

新しい仲間となったローナ・ウィルコックスと共に情報部を率いている。

更に最近、情報部に新しい装備とシステムが導入された事により、人員を30人程増やした。


「了解、そっちも顔を出してみる」


「おう。……リゼット!膝曲がってるぞ!」


「さ、サー・イエス・サーッ!」


ナツが少女の新兵に檄を飛ばす。ドラゴン討伐の際、「一緒に行きたい」と言い出した少女は、ガーディアンに志願し、一緒に戦える兵士になろうとしている。


俺は前途洋々たる新兵達に心の中でエールを送り、その場を後にした。


===========================


司令部庁舎、地下1階。

司令部の地下1階には、様々な設備がある。

それはブリーフィングルームだったり、霊安室だったり、武器弾薬管理室だったり、総指揮室だったり、司令部庁舎の1階に直結する地下トンネルだったりする。


その一角に存在する部屋には"情報部"と書かれているプレートの貼られたドアが存在する。


ガーディアンの諜報、防諜を司る部署で、殆どの情報はここから他の部隊に送られる。


現在ナツが新設第2小隊の訓練で不在の為、その部屋の責任者はローナとなっている。


「ローナ、どうだ?」


「順調です、観測の結果も出ました、やはり転生者さん達の仰る通り、この世界は球体の"惑星"でしたね」


ローナはそう言うと、写真付きの報告書を取り出す。

その写真には、地球に似た惑星が写っていた。

蒼い海に浮かぶ大陸、そして白い雲。


しかし、俺達の見慣れた地球では無く、アメリカ大陸もユーラシア大陸も、日本列島も見当たらない。


「調べた結果ですが、自転周期は約86400秒、公転周期は約365日……これで地動説が確立されましたね、凄いなぁ……天文学がひっくり返りますよ!」


この世界……転生者の俺達からしてみれば異世界であるこちらでは、天文学では未だ天動説が主流だ。


俺達が持ち込んだ現代技術のお陰で、それが覆りつつある。

今回俺が持ち込んだものは、"人工衛星"だ。

そのうち重要な役割を果たすのがNAVSTAR(ナブスター)と呼ばれる衛星と、通信用の衛星だ。


前者はGPSの根幹を成す衛星で、6つの軌道上に計24個の実動衛星と7基の予備衛星を浮かべて常に6つの衛星が上空に存在する様になり、自らの位置を割り出す言わば"宇宙に浮かぶ灯台"だ。


後者は通信において重要な役割を果たす。

通信用の電波は直線にしか飛ばない為、水平線より向こうの相手とは通信が出来ない。


周波数帯によっては山に電波を反射させたり、電離層の反射を用いたりして遠くの相手と交信する事は可能だが、現状最も遠くまで確実に電波を届けるのは、通信衛星を使う事になる。


これも軌道上に配置し、常に上空に衛星が存在する様にした。

これでこの異世界の何処にいても救援を呼んだり、交信を行う事がが可能となった。


米軍の衛星通信システムを参考に、高抗堪性衛星通信、広帯域衛星通信、対移動局衛星通信と3種の通信に対応出来る様に通信衛星を複数宇宙に浮かべた。


情報部では、数人の隊員がモニターを見つつ、地図の作成と通信網の構築を急いでいた。


これで精確な地図を作成し、作戦行動可能範囲も広がる。


出来れば早期警戒衛星や偵察衛星なども、今度は増やしたいところだ。


「引き続き作業の方を頼みたい」


「了解です、お任せを」


頼んでいた作業をそのまま続けるように指示を出し、俺は情報部を後にする。


さて、では俺達が衛星をどうやって打ち上げたかについて触れておこう。


俺が現代兵器を召喚する際には、基本的に手元、もしくは自分の付近と言う制約があるが、唯一の例外がこの"衛星"だ。


本来衛星はロケットやスペースプレーンで宇宙へ上げられるものだが、レベル40という低いレベルでそれが実現してしまうと問題がある。


例えば、召喚したロケットにNBC兵器______早い話が化学兵器や核弾頭などの大量破壊兵器だ______を搭載し、管制システムをきちんと機能させれば、それだけで全世界を射程に収める大陸間弾道弾(ICBM)の出来上がりだ。


「そんな低いレベルでそんな事が可能になったら面白くない」とは、衛星を召喚する際に神から掛かってきた電話で言われた事だ。


あいつは俺の異世界生活を暇潰しか何かかと思ってる節があるな……


と言う事で人工衛星のみ"特殊召喚"を使う。

どうなるかと言うと、召喚したらそのまま軌道上に衛星が現れるのだ。


これなら打ち上げ用ロケットの兵器転用は避けられる。


最新兵器を使える喜びを噛み締めながら、俺は今度は地上へ上がる。

司令部庁舎から出て、基地の片隅へと向かう。


新設した格納庫の中に、俺が最後に視察する部隊がある。

ドアのプレートには"評価試験隊"と書かれていた。


===========================


食堂員視点 ファル


俺の名前はファル、訳あってガーディアンに身を寄せている1人だ。

と言っても、住んでいた町がドラゴンに襲われて無くなってしまったので、こちらに避難している。

向こうに帰ろうと思えば帰れるが、家も仕事も無くどうやって生きていくのか。


ガーディアンは俺達を救出、保護してくれた上に、こうして仕事まで与えてくれる。本当に命の恩人と言っても過言では無いだろう。


そんな俺は、ガーディアンの胃袋を支える食堂で仕事をしている。

俺達が来る前は隊員が交代で作っていたが、俺達を雇ってから、食堂は任されるようになった。


お陰で「当たり外れが無くなった」と喜ばれたが……当たりは兎も角、外れが誰だったか非常に気になるな……


まぁいい、仕事を貰えてお金を稼げるだけありがたい。


今日は少し試してみたい事がある。

俺達の町を壊滅させたドラゴンが、ヒロトさん達の手によって討伐された。


それによってガーディアンは討伐の報酬と、ドラゴンの鱗という素材を得た。

基本的にドラゴンの鱗はそのまま盾や建造物の柱として使われる、ドラゴンの鱗は硬すぎて加工出来ないからだ。


それと同時に手に入ったのは、ドラゴンの肉だ。

現在500kg程が冷凍庫の中で眠っており、残りは市場に流した。

ドラゴンの肉は包丁では切れるものの、硬く噛み切るのが難しい為、基本的に出汁を取るのに使われる。

俺も一度使った事があるが、とても香ばしく旨味のある出汁が取れて美味かった記憶がある。


ガーディアンの胃袋を支えるこの厨房の長として、なんとかこのドラゴンの肉の活用法を見い出さなければ……


取り敢えず、用意したのは複数種類の薬草と、ヒロトさんから貰ったミートハンマー。

面の部分は尖った山がいくつもあり、これで殴られたら痛そうだ。


既に試した方法は"薬草を揉み込んでみる"という事だが、この方法では肉は柔らかくならなかった。

取り敢えず試してみるのは、"肉を叩いてみる"事だ。

町で料理人をして居た頃、肉を柔らかくすると言えばナイフで切れ込みを入れる事だったが、今日はそれに肉を叩くと言うのを加えてみる。


ドラゴンの肉に切れ込みを入れ、ミートハンマーで肉をダンダンと叩いてみる。

細かい面で全体的に、力一杯では無く軽く、リズミカルに叩いていく。

表面にミートハンマーの跡がついたら裏返して、裏側も同じ様に叩く。

全体的に跡が残る様に細かい面で軽く叩いたら、ハンマーを裏返して粗い面で叩く。

今度は力を入れて、肉の中にある繊維を壊す様に叩いていく。

裏表を均等に、ミートハンマーを振り下ろすたびに調理台に置いてある調味料の瓶が跳ねて音を立てる。


満遍なく跡が残る様に叩いたら今度はひっくり返して裏をまた叩く。


肉の繊維が崩れて来たかな、と思うタイミングで叩くのを止める。

フライパンに薄く油を引く。

ドラゴンは筋肉質なので基本的に赤身の肉だ、油を引かないとくっ付いてしまう。


……ヒロトさんが言ってた「てふろん加工」が施されたフライパンはくっつく心配が無いというが……使ってみたい。


薄く引いた油を熱したら、肉をフライパンに投入する。

小さく切った肉がフライパンの中で音を立てて焼けていく。

良い感じに焼き色が付いたら完成だ。


肉汁がいい音を立てていて厨房には肉の焼けるいい匂いが広がっていた。


皿に移して、試食してみる。

……ナイフとフォークで切るけど、やはり中々切れない……

あれだけ肉叩きをしたのに、ここまで切れないのはやっぱり食用向きじゃ無いのかな……


何とか切って、その一切れを口の中に入れてみる。

ドラゴンは赤身肉なので、黒牛の様な味わいで噛めば噛む程味が出てくる。


が、やはり歯で噛み切って飲み込めない程硬く、何度かやった方法と同じ結果が出た。


行儀が悪いとは思うが飲み込めないのは仕方がない、一度肉の塊を口から吐き出して処分し、次の方法を試してみる。


今度は"グリーン・ペッパー"という薬草を取り出した。

香草の一種としても知られ、調味料としても販売されている。

乾燥地帯に生え、3枚の葉っぱに5つの緑色の小さな種が着いているのが特徴だ。

何度かやった方法で、薬草を擦り込んでみるという方法を試したが、今回はこれを肉に重ねて叩いてみようと思う。


粉を吹いているような葉と種を肉の上に乗せ、ミートハンマーでバンバン叩いていく。


「……ん?」


肉の表面が若干白っぽくなっている、葉っぱに付着していた粉か……

よく見ると種も砕けて粉末状になっており、全体的に小麦粉をまぶした様になっている。


「へぇ、こうなるのか……」


初めて試してみたが、この方法を試してから初めて手応えを感じた。


表面にグリーン・ペッパーの粉が満遍なく行き渡る様に時折手で伸ばし、先程と同じ様に肉を叩いていく。


細かい方で軽く、粗い面で力強く叩き、裏側も同じ様に叩く。

その後グリーン・ペッパーの葉と種を軽く取り除き、粉が中まで浸透する様に寝かせておく。

だいたい20分ほど冷蔵庫で寝かせたら、フライパンに油を引いて火にかけて焼いていく。

ジューっといい音がして肉に火が通っていき、焼き色が付いていく。


「……お、良い感じ……か……?」


両面を焼き、肉汁がフライパンに広がり始めた辺りでお皿に移す。

さて、試食試食……

ナイフとフォークを入れてみる。


「ぉお!?」


驚く程スムーズにナイフが入った、と言うか、驚いて変な声が出てしまった。


これ、本当にドラゴンの肉だよな……?


フォークを突き立て、口へ運ぶ。


「……!?」


う、うま……!

先程の筋っぽい肉が嘘のように柔らかく、しっかりとした歯応えはありつつちゃんと嚙み切れる硬さにまで柔らかくなっている。

肉の味はそのまま、加えるとすれば、グリーン・ペッパーがスパイスとなって居るので既に下味は付いている感じだ。


何度かそれを試して推測する。

もしかしたら、グリーン・ペッパーの種や葉に、ドラゴンの肉を柔らかくする成分が含まれているかもしれないと言う事だ。


「これは大発見かもしれねぇ……!」


先述の様に、ドラゴンの肉の調理法は現在、出汁を取る事くらいしか無い。

グリーン・ペッパーとの組み合わせは、もしかしたら世界初かも……


後でヒロトさんに料理における特許を出願する相談してみるか……そんな事を思いつつ、今日の昼飯のメニューを考える。


今日の昼は……丁度金曜日だから、カレーにしてみよう。

ドラゴンの肉を使ったドラゴンカレーなんてどうだろう。


そんな事を考えつつ、俺は早速下拵えに取り掛かった。


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