第84話 公都観光
先週は更新出来ず申し訳ありませんでした……!
何分こうした日常編を書くのが苦手で……修行が足りないな……
公都バルランス
約8万人が暮らしているワーギュランス公領で最大の都市だ。
広さは直径約10kmの歪な形の円を描いており、ちょっとした地方都市レベルの街だ。
日本で言えば県庁所在地に当たる街で、公爵閣下の騎士団や兵士によって警備されている為、治安は他の街や街の外に比べれば良い方だ。
建物の様式はファンタジーでお馴染み中世ヨーロッパの様な街並みで、服装もそれに準じていると言っても良い、逆にこの街やベルム街では俺達の制服の方が見慣れない服だ。
「こうして街を見て回るのは久し振りだな……」
「あぁ、こっちに来る前にリンカーに行った以来かな?」
俺の隣をエリスが微笑みながら歩く、ガーディアンの女性用の制服は、紺を基調に外側に黒のラインの入ったタイトスカートとブレザー、白いベルト、そして赤いネクタイだ。
男性用制服のデザインはスカートがパンツに変わった位のものだ。
俺はベルトの右腰にはP226が収まったSafariLand 6395ALSホルスターが取り付けられ、強奪防止用のランヤードがP226と繋がっている。
ホルスターの後ろのポーチにはポリスマグナムF605催涙スプレーと手錠が入っているし、左腰には拳銃用の予備マガジンが収められたポーチが2本取り付けられている。
エリスは更にP90を肩からスリングで下げており、左腰にP90の予備マガジンを入れられるポーチが追加されている。
ノエルの件があってから、俺は外出の際の銃器携行を義務付けた。
勿論自衛の為だ、あの時も銃器を携行していれば、絡まれた時に撃退出来たかもしれない。
かえって相手を刺激し怒らせる結果になるかもしれないが、ああして何もせずに殺されるよりはマシだとは思う。
それに、あの時に比べて俺達は練度も上がっているのだ、そう簡単に捕らえられるヘマはしない。
「観光とは言ったものの、何をすればいいかってのがよく分からんな……」
「そうだな……一先ず、腹拵えといかないか?時間もそろそろだろうし……」
と、エリスがそう言った時、きゅるる……と可愛らしい音が聞こえた。
発生源はエリスのお腹である。
「は、はしたないかと思われるかもしれないけど、私は少しお腹が空いてしまった……」
顔を赤らめるエリスを見て、俺は微笑みながら言った。
「あぁ、じゃあそこのレストランでいいか?」
「ヒロトと一緒なら、何処へだって」
そう言って俺に微笑み返したエリスは、いつにも増して可愛らしく見えた。
レストランに入る、中はファミレスの様な雰囲気で悪くない。
席へ案内されると、メニューを開く。
チキンのソテーやサラダ、ピラフやドリアの様な見慣れたメニューが並ぶ、ベルム街のレストランでも見られるメニューだ。
「私はこれにしようかな……」
メニューを見ながらエリスが指差したのは山の幸とチキンのパエリアだ。冷凍技術があまり発達していないこの世界ではこの辺りは海から遠いので、魚介系のメニューが少ないのか。
山の幸のパエリアってのもまた珍しい。
俺は少々悩んでいる、エリスの頼んだパエリアも美味しそうだし、ケバブも良い。
が、やはりここはここでしか食べられないものにしようと思う。
「エリス、向こうで"黒牛のサーロインステーキ"って聞いた事あるか?」
「いや……どれどれ……」
エリスも一緒にメニューを覗き込む。
黒牛って何だろう……黒毛和牛みたいなものかな……?
「"公都付近の豊かな自然で育った黒牛のステーキ"か……」
「この辺りでしか食べられないのか?」
「この辺りの牧草は質が良いらしいから、黒牛の肉質も変わるんじゃないか?」
「じゃあそれにしよう」
すみません、と店員を呼ぶ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「私は山の幸とチキンのパエリアをサラダセットで」
「俺は黒牛のサーロインステーキをサラダセットで」
店員は俺達の注文をレシートの様な紙にボードを使って書いていく。
「ステーキの方はライスとパンをお選び頂けますがどちらになさいますか?」
「ライスでお願いします」
俺は場合にもよるが、基本的にパンより米派の人間なので躊躇う事はない。
「畏まりました、少々お待ち下さい」
そう言うと店員は厨房の方へと消える。
さて、料理が来るまで話す訳だが、話題はやはり自らの組織の事。
組織のトップに立つ俺と、それを補佐するエリスと一緒なんだから、話題が出て来ると言えばそれだ。
「これからどうするんだ?」
「これからねぇ……取り敢えず、部隊拡張かな……」
「また拡張か……予算が足りるのか?」
「んー……まぁそこそこ。そんなに一気に大きくする訳でも無いし」
恐らく大きくするとは言っても、航空部隊とあの部隊、それから今訓練中の歩兵部隊だろう。
「それに、多分今回のクエスト達成でギルドランクも上がる、組合から補助金も出る様になるぞ」
そう、すっかり忘れていたが、俺達のギルド"ガーディアン"は、色んな件が重なってギルドランクが上がっている。
最も低いランクEから始まり、D・C・B・Aと上がって行き、最高はSまである。
ガーディアンも最初はEだったが、リンカー付近の盗賊討伐やアーケロン戦、風俗街の違法店検挙、大サソリの退治に今回のドラゴン討伐、これだけの戦果を挙げて、ランクの上がらないギルドは無い。
ギルド組合の登録には、ガーディアンは現在ランクBとなっているが、ベルム街に帰ってから手続きを踏めばAに上がる事は約束されている。
因みに、ランクと言えば魔術師にもランクが存在する。
1〜5までの5段階評価で、体内の中で生成可能な魔力量や、その魔力を調整可能かどうかで決められるらしい。
ある程度なら鍛錬によって魔力量を増やしたり、調整したりする事は可能。
だが基本的に、素質の無いレベル1の魔術師がレベル5になる事は無いらしい。
エリスはレベル4の魔術師だ、得意とするのは分かっている物だと土系の魔術で、塹壕の構築の時にとても助かっている。
……俺は最初に得意な魔法属性を聞くまで炎系か氷系だと思っていたからかなり意外だったな……
「お先にセットのサラダでございます」
店員が小皿に盛ったサラダを先に運んで来る。
レタスやトマト、千切りキャベツにドレッシングがかかったフレッシュなサラダだ。
サラダにフォークを突き立てて口へと運ぶ、レタスも新鮮だし、絡んだドレッシングの独特な酸味もアクセントになって美味しい。
「後は俺達の練度向上だな」
サラダを食べながら先程の話の続きをする。
「まだ上げるのか?まぁ、上げるだけ上げれば、それだけこなせる作戦の幅も広がるし、負傷者や犠牲者を出さずに済むな」
エリスはそう言って苦笑し、肩を竦める。今の俺達の練度は、第75レンジャー連隊を超える程だ。
だが、俺はまだ足りないと思う。個人的には、SEALsやグリーンベレー並みの練度は欲しいところだ。
川辺に立つ敵の背後に忍び寄って、反対側から狙撃によって仕留めて倒れる相手が水面に落ちて音を立てる前に受け止め、ゆっくりと沈めていくなんて事もやってみたい。
「あ、そうだヒロト。商隊護衛の任務を定期的に受けるなんてどうだ?」
「あ、いいなそれ」
サラダをフォークで突き刺しながらエリスの提案に頷く。
この世界において、商隊護衛という仕事は傭兵や冒険者などの主な仕事となっている。
多くの魔物や盗賊がいるこの世界で、商隊を護衛すると言うのは物流を守る点で傭兵や冒険者の最も重要な任務の1つである。
もっとも、商隊護衛は護衛と名の付くだけ危険を伴う任務であり、練度や技術の足りない未熟な傭兵や冒険者がこの仕事を受けて命を落とすケースも決して少なく無い。
機動部隊から人員を割く事になれば即応展開能力は低くなるが、これは仕方ない事だろう。
「現状動かせる歩兵分隊は1個小隊、内訳は4個分隊と小隊本部か……」
俺達は基本的に戦力としての歩兵が少ない、なので通常ならば3個分隊+小隊本部で1個小隊のところを、4個分隊+小隊本部で1個小隊としている。
「歩兵部隊をローテーションで任務に当てよう、そうすれば戦力と即応性の低下は避けられる」
「そうだな、基地に帰ったらそうしよう」
「お待たせ致しましたー」
話している内に料理が来た、店員がワゴンに乗せて運んで来る。
キノコや山菜、チキンの乗ったパエリアと、鉄板の上で音を立てるステーキ。どちらも美味そうだ。
店員がエリスの注文したパエリアと俺の注文したステーキとライス、そして2人分のカトラリーを置いて向き直る。
「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます、ではごゆっくりどうぞ」
そう言うと店員は伝票を置いて、厨房に戻っていった。
ガーディアンのグルメ……なんて言葉が頭をよぎったが、気にせずにフォークとナイフを取る。
「いただきます」
食前の挨拶をして、フォークを肉に突き立ててナイフを入れる。
切った感じは、普通のステーキだった、柔らか過ぎず硬過ぎず……
そしてフォークを突き立てたそのステーキを口に運ぶ。
鉄板の上でジュージュー言ってたので、少しだけふーっと息を吹きかけて、口の中に入れる。
あつっ、と一瞬なったが、あまり長くは続かない。
噛み締めてみる、うむ、しっかり肉だ。
肉に振り掛けられたスパイスが効いていて香りも良く、肉の味を邪魔していない。
寧ろ、噛めば噛む程肉本来の旨味が出て来るようにも感じる。
かとって硬くて噛み切れない訳でもなく、適度な柔らかさもあってすぐに噛み切る事が出来た。
「……うん、美味い」
すかさず2回目のナイフを入れる、先程と同じ様にステーキを切り、口へ運ぶ。
ずっしりとした肉、歯応えもあり、がっつりとした肉の味だ。
ライスの方もほかほかで、ステーキによく合う米の様だった。
「美味いか?」
正面に座るエリスがそう微笑みかける、エリスも自分の注文したパエリアを美味しそうに食べていた。
「うん、美味い。エリスはどうだ?」
「これも美味しいぞ、一口食べるか?」
「良いのか?じゃあ交換だな」
言いつつ、俺はエリスの皿と俺の皿を交換しようとしたが、エリスの交換方法は違ったらしい。
匙で掬ったパエリアを、こちらに差し出して来る。
これはあれだ、俗に言う"あーん"ってやつだ。
基地の食堂や部屋では何度かやったが……こういったところでやるのは初めてだ。
「あ、あーん……」
俺は周りの視線を気にしながらエリスの差し出したパエリアを匙ごと口に含んだ。
「……どうだ?」
「うん、美味い、しっかり香辛料が効いてて、チキンやキノコの旨味もしっかり出てる」
そして、食材一つ一つが見事に調和し、邪魔もせず独立もしていない。
料理を作る度に思うが、これが結構難しい。
周りの客や店員がニヤニヤしているが無視だ。
俺はお返しとばかりにフォークを食べやすい大きさに切ったステーキを刺し、ふーっと少し冷ますように息を吹きかけてから差し出す。
エリスはその肉を何の躊躇いもなくフォークごと頬張った。
「……うん、美味いな。ガッツリとした肉だ」
何度か咀嚼し、エリスがそう感想を述べ、微笑む。
どうやらエリスもこのステーキを気に入ったらしい。
このペースだと、すぐに食べ切ってしまいそうだ。
その予想は当たり、200gほどのステーキはあっという間に俺の胃に収まってしまった。
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「ふぅ……ご馳走様」
「ご馳走様……」
テーブルに置かれている皿には先程までパエリアとステーキが載っていた筈だが、今ではカラッと平らげられてしまっている。
もちろん、サラダの小鉢もだ。
「美味しかったな……」
「あぁ、また来てェな」
食後のお茶を飲みながらそんな事を話す、公都に来れる機会はあまり多くはないが、少なくともこの店の料理はめちゃくちゃ美味い事が分かったので、潰れるまで出来るだけ来ようとも思った。
「この後どうするか?」
「あ……私は小物屋さんを見たいんだが……ベルム街だと売ってないものとかもあるかも……」
「おう、俺はそれでも構わんぞ」
「じゃ、行こうか」
そう言うと、エリスはお茶を飲み干して伝票を持って立ち上がる。
「いや、ここは俺が」
「ううん、いつもの労いと、私に付き合ってくれてる感謝の気持ちだよ」
付き合ってくれてるも何も、俺は好きでエリスに付き合ってるんだけどなぁ……
それに感謝だとしたら、俺の方がしなきゃならない気がする。見た目も平凡だし、秀でた何かがある訳でも無い。強いて言うなら転生前の知識によって現代兵器を扱えるくらいだ。
「……じゃあ、割り勘はどうだ?エリスも行く小物屋で、買いたいのに買えないものがあったら困るだろ?」
「む……それは確かに……」
「エリスの気持ちも嬉しいけど、俺はエリスが楽しんでる顔も見たいから……」
「全く……良く恥ずかし気もなくそんな事を……」
エリスは照れ笑いながらそう言う、結局代金は割り勘で支払う事になった。
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そんな2人を、少し離れたところから見ている人影が2つあった。