第78話 ドラゴン、前哨戦
第三者視点
3発の25mmAPDSが、異世界には無い速さで飛翔する。
ドラゴンの頭に真っ直ぐ飛んで行った砲弾は______硬質な音を立てて硬い鱗に弾かれた。
その様子は降車したアンナ達はスコープや双眼鏡で、ニコル達はペリスコープを通じて見えていた。
「嘘だろ……」
砲手のマイキーが絶望した様にそう呟く。
「チッ、効かねえか。ジェイル!移動だ!奴を町から引き剥がす」
「了解」
「マイキー!絶望してる暇があったら兎に角撃て!」
「り、了解!」
ディーゼルエンジンを唸らせ、LAV-25A2が山道を走り出す。
プライドの高いドラゴンは、自らを傷付けたLAV-25A2を獲物と認め、飛んで追いかけて来る。
ニコルはハッチから顔を出して周囲を伺う。
後方からは、50mはあろうかと言う巨大なドラゴンが空を飛びながら追いかけて来る。
「クソ、ヤバいなこりゃ」
そう言うなり、ハッチの中に体を引っ込める、ハッチを閉じてロックをかける。
「マイキー!砲塔旋回!APDS!効きそうな場所に撃て!」
「了解!」
砲塔を旋回させ、機関砲を後ろへと向ける。
ダン!ダン!ダン!
3点バーストで発射されたAPDSの太い薬莢が排出され、重めの金属音を立てる。
APDSはドラゴンの鱗に命中するが、効いた様子を見せない。
「25mmAPDSも豆鉄砲か……!」
「どこへ行きます⁉︎」
ジェイルが問いかけて来る、しかしドラゴンに追いかけられているこの状況で、行けるところは限られている。
「何処でもいいから兎に角町から遠ざかれ!奴は俺達を追ってる、このまま遠ざかれば町から引き剥がせる!」
「了解!」
ジェイルはそれを聞いて更にアクセルを踏み込む。
この世界の馬車などでは到底たどり着けない速度で山道を12.8tの巨体が駆け抜ける。
そこで、ペリスコープを覗いていたニコルは何かに気付く。
こちらを追って飛んで居るドラゴンの口から、赤い光と火の粉が漏れ始めた。
「ヤバい……!彼奴、火ィ吹くぞ!」
「避けろ!」
「避けろったってどうやって⁉︎」
避けろと叫ぶマイキー、涙声で返すジェイル。
ニコルは頭をフル回転させ、対応策を考える。
彼奴の鱗はとにかく硬すぎる、APDSでは抜けない程に硬い。ではどうすべきか……鱗に覆われていない部分……腹部……はダメだ、あそこも鱗だ。口……は閉じられてる……目……そうか、眼球だ!
「マイキー!眼を狙って撃て!」
「目⁉︎眼球ですか⁉︎」
「やれるか?」
「やって……みます!」
ダン!ダン!ダン!
3発の砲声、APDSが真っ直ぐ飛翔する。
山道を飛ばしている振動のせいか、眼球に突き刺さる事は無かったが、ドラゴンはブレスを中断し、蝿を追い払うような仕草をした後、先程までLAVが居た地点に炎を吹き付けた。
間一髪で炎からLAVが逃れる、その様子を見て、アンナは山の草木を紛れながら呟いた。
「……まさかあそこまで硬いとはね……」
「APDSなら抜けると思ったよ……」
どうやら彼女達も、現代兵器を過大評価して居たらしい。
「観測地点を変えよう、ドラゴンが火を吹いて山火事が起こる以上、ここに居るのは炎に巻かれる危険がある」
「了解」
「了解」
アンナがそう言って分隊の少女達と共に移動し、観測地点を変えようとしたその時。
聞き慣れた音が山の向こうから聞こえて来た。
そして、それに気付いたのはアンナ達だけでは無かった。
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健吾視点
『降下1分前!着陸します!』
ベネディクトがコックピットからそうキャビンに呼びかける。
既に後部ランプドアはヘザーの手によって解放されており、ドアからは勢いよく景色が後方へと流れるのが見える。
MV-22Bオスプレイの機内は思って居たよりも広くはないが、それでも完全武装の2個分隊16人が問題無く搭乗出来るスペースがある。
固定翼機モードで飛行していたエンジンナセルの角度は既に90度近くに持ち上がり、ヘリコプターモードになっている。
機外では、ランディング・ギアがもう出ている頃だろう。
地面が近付き、ヘリコプターの様に垂直に着陸した。
「小隊続け!」
後部ランプドアからキャビンを飛び出し、平原へ。
「アルバート!第2分隊へ通達!町人をここへ集めろ!ヘリに乗せる!」
「了解!」
ヒロトがこちらで仲間にし、今は小隊本部で無線手に選ばれたアルバート・オルグレンにそう叫ぶ。
ヘリが到着するまではまだ15分程かかる。
MV-22Bは速度が速い為、まともに飛ぶとヘリを追い越してしまうのだ。
なのでこうして先行し、着陸ポイントの確保を行う。
山の向こうから砲声が聞こえる、ドラゴンに対して攻撃を加えているLAV-25A2のものだろう。
町から平原まで人が出て来た頃位に、ヘリが到着した。
輸送の為に投入されたのは、CH-47Fが3機。
町の住人は200人弱だと聞いた、恐らくは全員乗り込める筈だ。
何しろCH-47は、フォークランド紛争において、すし詰め状態ではあったが75人や81人など、定員以上の兵士を乗せて飛行した事があるのだ。
元々航空機というのは、安全基準の2〜3倍を上回っても飛べるようには出来ている、安全基準は飽くまで目安だ。
俺はポーチからスモーク・グレネードを取り出し、ピンを抜いて投げる。
暫くすると、そのグレネードから赤い煙が勢いよく吹き出した。
「イエロー3、レッドスモークを確認しろ!」
『イエロー3-1、レッドスモークを確認、着陸する』
平原にCH-47Fが着陸、後部ランプドアを開け、第2分隊が町人を誘導する。
「慌てないで!狭いですが全員乗れるだけのスペースはあります!落ち着いて行動して下さい!」
ガレントが町人を率い、CH-47Fに近づく。
「機首より前方に近づかないで!」
そう、CH-47の機首より前方は危険範囲である。
前方のローターは、操縦桿が最大下げ位置にある場合、地上から130cmまで接近する為、危険範囲になる。
上半身を跳ね飛ばされたくなければ、機首より前方には決して近付いてはいけないのだ。
エンジンをアイドルさせた状態で、落ち着いて町人を誘導する。
天候は徐々に悪くなり、メインローターが生み出す吹き下ろしでは無い風が吹き始めた。
「マズイな……」
俺はそう呟くと、ヘリで避難民の誘導を行っていたガレントの肩を叩く。
「後どれくらいだ⁉︎」
「5分です!大尉!」
ヘリの爆音と強くなって来た風、そして山から反響してくる砲声で、上手く聞き取れない。
「何⁉︎」
「5分です!」
「5分もか⁉︎よし急げ!」
よく見れば、クロウや町の自警団の若い衆が避難誘導を手伝っている。
彼らは危険を冒しても、自分達が乗るのは最後だと思っているらしい。
今は圧倒的に人手が足りないので、とてもありがたい。
チヌークの機首より前方へと回らない様に注意し、ヘリの周辺での避難誘導をこちらがすれば良いからだ。
「よし!君達が最後だ!」
自警団に声を掛けたその時。
『緊急事態発生!ドラゴンがそちらに向かいます!ヘリのローター音に気付いたらしいです!』
監視している第2狙撃分隊からの通信が入った、それと同時に、山間からドラゴンが飛び、姿を現わす。
ドラゴンは町の建物を押し潰す様に着陸、身震いする様な咆哮を上げる。
グルルルルルルガァァァァァァァァ!
「逃げろっ!」
自警団をヘリの方へと追いやり、戦闘準備を整えていた全員を招集する。
「全員発砲を許可する!」
「了解!」
「了解!」
俺は構えていたAT-4CSの後部のピンを抜き、レバーを操作、フロントサイトとリアサイト、ストックを展開し肩に担ぎ、セーフティキャッチを押して発射スイッチに親指を掛ける。
AT-4CSではバックブラストでは無く、後方へと発射ガスの代わりに塩水を吹き出す為、室内などの閉鎖空間からも発射可能となったが、それでも真後ろは危険なので後方を振り向き、安全を確認。
「発射!」
ズドン!
軽く押される様な感覚と共に84mmの砲弾が飛翔、分隊の8人もそれぞれ持っていたAT-4CSを発射し、300m程先のドラゴンへと襲いかかる。
ドラゴンの頭部と心臓部に砲弾が集中、HEAT弾頭は問題無く作動した。
だが……
「嘘だろ……」
あれだけの勢いで砲弾がぶち当たったダメージだけで、HEAT弾頭が鱗を"化学的に貫通"した形跡は全く見られない。
「お、おい……マジか……!」
口元が赤く、火の粉が漏れ出す。
「炎が来る!避けろ!」
俺がそう叫ぶと、隊員達がバラバラに散り始める。
ドラゴンがブレスを地面に叩きつける様に吐く。ヘリの方に矛先が向かないだけマシだ。
「ジャベリンを!」
「了解!」
副官として俺に付くカレン・ブーゲンビル軍曹が、ヘルメットが伸びる編んだ赤毛を振って振り向く。
カレン軍曹は背負っていたFGM-148ジャベリンを俺に渡す。
アメリカ陸軍だけで無く、海兵隊も使用。他国にも輸出されている高性能な対戦車ミサイルだ。
バッテリー始動、シーカー冷却開始……10秒が長い……!
……10秒経った、シーカーオープン、発射モードをトップアタックモードに切り替え、赤外線画像により目標を捉える。
ブレスを吐いた直後で、捉えるのは容易だった。
「後方よし!」
カレン軍曹がそう言った直後、ジャベリンの発射スイッチを押した。
バシュッ!という音と共に、圧縮空気によってミサイルが飛び出す。
射手から数m離れると、ロケットモーターに点火してミサイルが突き進む。
命中直前にすっと上昇、戦車で言えば装甲の薄い上部である頭部を狙い、対戦車ミサイルが急降下する。
タンデムHEAT弾頭が直撃、爆炎に包まれる。
それを機に低伸弾道モードやトップアタックモードで分隊員が次々とジャベリン対戦車ミサイルを発射していく。
そして4発のミサイルが全て命中するも……ドラゴンの鱗を貫通する事は叶わなかった。
「⁉︎避けろ!」
反射的に声を上げてしまう。
ドラゴンは太い尻尾を鞭の様にしならせ、分隊員目掛けて振り下ろした。
ドッゴォン!
「リハルト!セレナ!」
観測手のリハルト・ゴルズと、衛生兵のエルフであるセレナ・ホークレーンが巻き上げられた土砂と共に吹き飛ばされる。
直撃では無く、至近距離に尻尾を振り下ろされた感じだ。もし直撃ならあの2人は今頃尻尾の下で潰れている事だろう。
「大丈夫か⁉︎」
「えぇ、大丈……つぅッ⁉︎」
2人に駆け寄るが、どう見ても大丈夫では無さそうだ。
リハルトは脇腹を、セレナは脚を押さえて苦痛に顔を歪めている。
他の隊員達はAT-4CSやパンツァーファウスト3、ジャベリンを撃ちまくるが、HEAT弾頭が鱗を貫通する様子は無い。
「撤退するぞ!」
「り、了解!」
俺はセレナを背負い、カレンはリハルトに肩を貸す。
オスプレイに向かって歩き出すが、その歩みは遅い。
ドラゴンの口に再び火の粉が舞い始める。
あぁ……大翔、皆、済まない……
数秒後に来るであろう熱さと苦しさ、そして命を落とす覚悟をしたものの、そういった結果にはならなかった。
バムバムバム!
砲声が思考を遮る。
LAV-25A2が戻ってきたのだ、機関砲を擡げ、ドラゴンに向けて射撃を行なっている。
APDSは効く様子は無く、それでも尚俺達から気をそらそうと撃ち続ける。
俺はそんなLAV-25A2の車長の心遣いを感じながら、オスプレイへと急いだ。
CH-47Fには自警団含め町人を全て収容、乗せた機から順次離陸してガーディアン本部基地へと飛び立っていく。
オスプレイに俺達が乗り込むと、ガレント達は乗ってきたピラーニャⅢへと走り、ピラーニャⅢも全速力で町から走り去った。
オスプレイが離陸した後、獲物を逃した腹いせか、ドラゴンは町を徹底的に燃やし尽くした。
クロウ達が過ごして来た町は、文字通り"壊滅"した。