第77話 ドラゴンへの威力偵察
孫子曰く、"彼を知り、己を知れば、百戦危うからず"
と言う訳でドラゴンに対する威力偵察を実施する。
目的はドラゴンに対し、"現代兵器が何処まで通用するか"を調べる為だ。
場所は執務室、まずエリスから話を聞いた。
「ドラゴンは高速で空を飛び、装甲車より硬い鱗を持ち、口から炎を吐く。レベル4の魔術師ですら1人で倒すのは不可能、集団で掛かったとしても、倒す事は命懸けだ」
「なるほど……空飛ぶ戦車って訳だな……」
「センシャ?」
エリスを始め、異世界の仲間はまだ戦車を知らない、俺がまだ召喚していないから当然と言えば当然だが。
「タイヤじゃなくて履帯で地面を走り、装甲車より厚い装甲を持ち、強力な砲をもつ"走・攻・守"三拍子が揃った陸戦の王者だ、けどドラゴンは加えて空を飛ぶか……厄介だな……」
俺は偵察作戦の内容を考える。
「……となると、あいつらが適任、だな……」
そう呟いてパソコンにカタカタと編成を打ち込む。
「……よし」
編成が決まり、俺はエンターキーを押してプリントアウトした。
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翌日、午前9時。
車輌格納庫前
俺達の目の前には2輌の車輌がある。
アメリカ海兵隊の装輪歩兵戦闘車のLAV-25A2と、その元となった装甲兵員輸送車、ピラーニャⅢ。
LAV-25A2を操縦するのは、車長のニコル・スヴェンソン准尉と砲手のマイキー・ロッジ軍曹、操縦手のジェイル・マジックソン軍曹の3人。
そしてそのLAV-25A2の兵員室に乗り込むのは、第2狙撃分隊の異世界出身の少女4人。
.338Lapua Magを使うレミントンMSRを携えるアンナ・ドミニオン曹長。
アンナを支えるマークスマンとして、Mk12 SPRを装備するエル・リークス軍曹。
分隊の火力の要、M4A1カービンにFN Mk13EGLMを取り付けた擲弾手のローレル・ラフィルズ軍曹
他の隊員達と同じ様に使い易くカスタムされたM4A1カービンを持ち、通信手の役割も兼ねるライフルマンのシェリー・ガブリエル軍曹。
この4人が偵察活動のメインとなる分隊だ。
ピラーニャⅢの方は、護衛としてガレント・シュライク少尉率いる第2分隊が乗り込む。
操縦を行うのは、車長のラルフ・キッドマン曹長と、操縦手のデール・ターラント軍曹だ。
ピラーニャⅢの銃座には、鈍く光るブローニングM2重機関銃が備え付けられ、ドラゴンに対処出来るかは不明だが、車内の余ったスペースにはAT-4CSやパンツァーファウストⅢ、91式携行地対空誘導弾(SAM-2B)"ハンドアロー"と、FGM-148ジャベリン携行対戦車ミサイル等の対戦車火器がこれでもかと積まれている。
「お前も行くのか……?」
「あぁ、町の皆も心配だ、1度戻ってみる」
暫く行く当てが無く、ガーディアンに身を寄せていたクロウ・ラッツェルも、1度町に戻る為にピラーニャⅢに乗り込んだ。
「ではヒロトさん、行って参ります」
「ん、気を付けてな。俺達もQRFとして待機するから、必要なら呼んでくれ」
いつものコンバットパンツとコンバットシャツ、JPC2.0を身に纏い、ブーツはMERRELL ソートゥース、COMTAC M3ヘッドセットの上からOPS-CORE FASTバリスティック・マリタイムヘルメットを被ったガレント・シュライクが敬礼する。
彼の握るM4には、MAGPUL RVGフォアグリップとSUREFIRE M952V、AN/PEQ-16レーザーサイトが装備されている。
ガロロロ……、と、LAV-25A2とピラーニャⅢのディーゼルエンジンが吠える。
『これより"ドラゴン・ウォッチ"作戦を開始する!全車、前進!』
ガレントが無線を繋いでそう言うと、2輌がほぼ同時に走り出す。
門を出て、南へと向かう車列、俺はそれを敬礼で見送った。
ドラゴン討伐作戦の第1段階、"ドラゴン・ウォッチ"作戦の開始である。
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ガレント視点
ドラゴンに対処する先鋒として投入された俺達第2分隊、ヒロトさんの人選は間違いは無いと思う。
俺達はヒロトさん達とは違う、こちら側の人間だ。
ヒロトさん達転生者が"兵器"について最初から知っていて、俺達が知らないのと同じ様に、ドラゴンがどれ程の脅威であると言うことはヒロトさん達は知らず、俺達は最初から知っている。
ドラゴンと遭遇した時の対処法は、俺達の方が知っているのだ。
騎士団だった時、何度かドラゴンに遭遇した事があった。
1度目の時、戦った仲間が次々と食われたり焼かれたりした。
弓矢やクロスボウでも、鱗に突き刺さる事は無かった。
次は魔術を使った。10人の魔術師が氷魔術で手足を地面に固定し、4人の雷魔術師がドラゴンを痺れさせ、6人の土魔術師が生み出した土の矢で口の中から頭を貫通させて倒した。
それでも生還したのは俺を含めて4人、殆どはあの場で焼死体となるか、食われた。
その次からはドラゴンと遭遇しても、絶対に隠れるようにした。
犠牲を出さずに全員生きて帰るには、こうするのが1番だった。
……エリス様のケインとの婚約後は奴が指揮官になり、ケインの奴も手柄を立てたいのか部下にドラゴンを攻撃する様に命令していた。
俺達エリス派はそれを完全無視して隠れていた、指揮官は臆病者と罵ったが、突撃していったケイン派は例外無く食われるか焼かれるかだったが。
だが、今はヒロトさんが指揮官、分隊で言えば俺が指揮官だ。
ヒロトさん達の方針を受け継ぎ、命を無駄にする事は無い。
そして、ヒロトさん達の世界の"兵器"もある。前よりも優位に立てるだろう。
途中で休憩を挟み、車に揺られる事計3時間、クロウの町に到着。
クロウは歩いて5日と言っていたが、車で来るとあっという間だ。この辺りヒロトさん達の世界は凄いと実感させられる。
町の中までピラーニャⅢが入る、降車すると住民が怪訝な目で此方を見ていたが、クロウがLAV-25A2を降りると住民がクロウに群がった。
「く、クロウ!帰って来たのか⁉︎」
「無事で良かった!」
そんな声がクロウに投げかけられる。
「あぁ、待たせてすまなかった、俺は大丈夫だ」
「と、言う事は……」
「彼らがガーディアンだ、もうドラゴンに怯える事は無い」
「あんた達がガーディアンか!随分と変な格好をしているが、期待してるぞ!」
いろんな声が俺達にも掛けられた。
そして丁度昼時なのか、どこからか良い匂いがして来る。
「そうだ!ガーディアンさんよ、ウチの店に寄って行かないか?丁度昼だ、飯を食って行ってくれ!ウチの飯は美味いぞ!」
「ウチの飯も美味いぞ!ウチにも寄って行かないか⁉︎」
何故か勧誘が始まった。
皆は困った表情を浮かべているが、御相伴に預かる事にした。
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広場の様な場所には即席のテーブルや椅子が用意され、中央のカウンターの様に組まれたテーブルには様々な料理が並べられている。
パエリアやチキン、分厚いステーキ等、さながらパーティの様だった。
「……用意がいいな」
「別に用意してた訳じゃない、彼らは建築や土木を生業にしてるからね」
料理を作ってくれた人が指差すのは、如何にも建築土木が得意そうな服装の人達。屈強な男から綺麗な女まで様々な種族が居た。どうやら彼らが用意してくれた様だ。
この町では、建築土木が盛んで、街の半数はその界隈の仕事に就いているらしい。
それに料理も美味い、やはりこうした職人や力仕事の人達の胃袋を支えているからだろうか。
パエリアはお米に良く味が絡み、ステーキは香草の香りが良く、スパイシーな感じでとても美味かった。
食事をとり、仲間にも食事を摂らせながら街の人たちにドラゴンについて話を聞いた。
聞いてみれば、ドラゴンが最初に出没したのは1ヶ月前だったらしい。
対抗するのにこの町が管轄である貴族が兵を差し向けたが、殆どが喰われるか焼かれ、ドラゴン討伐に赴いた貴族も喰われたと。
現在は町長が貴族の兵や町の自警団を集めて治安維持を行なっているが、近隣の同様の襲撃に遭った村からも難民が押し寄せ、100人程度の人口の町は飽和状態になっているらしい。
「そうか……」
「噂を聞く所によれば、あんた達、"アーケロン"を消しとばしたみたいじゃないか!ベルム街ナンバー2のギルドを相手に出来るなら、あんた達はドラゴン相手に優位に戦えるはずだ!どうか頼めないだろうか……」
「……頼まれたところで、俺達に決定権はない」
俺がそう答えると、街の住人やクロウは青ざめ、絶望したような表情をするが、俺が言いたいのはそうじゃない。
「俺達がやるのは、"ドラゴン討伐"を決めた隊長の命令を受け、ドラゴン討伐の前段階の作戦を行う事だ」
クロウ達の表情はそれを聞いて一変、脅かすなよと安心する者や、感謝の意を述べる者に囲まれた。
と、その時。
……ロロロ……グォロロロロ……!
遠くの方、何処からか獣の野太い唸り声が聞こえる。
耳を澄ましてみる、余計な音を排除______もう一度、確かに聞こえた。
声の聞こえた方向を振り返る、銃声を聞いただけで「どの方角から聞こえ、距離はとのくらい離れて居て、どの方向に向けて撃ったか」を聞き分ける訓練も積んでいる為、確かに聞き分ける事が出来た。
唸り声のする方向______町のすぐ東の山の向こう側だ。
「……ドラゴンだ……!」
群衆の誰かがそう呟く、それを皮切りに喧騒がドンドン大きくなり、やがてパニックになっていく。
「落ち着け!落ち着いて行動しろ!」
町人にそう呼びかけるも、パニックに陥った住人は耳を傾けない。
「第2分隊は戦闘用意!第2狙撃分隊とLAVは本来の目的である威力偵察を実施!町から出来る限り引き離せ!」
「了解!」
第2狙撃分隊の分隊長アンナ・ドミニオンがそう答えると、彼女は愛銃レミントンMSRを携えてLAV-25A2へと走る。
そしてそれをみたガレントがすぅ……っと息を吸い込み、腹から声を出した。
「……落ち着け!」
どんなパニックでも突き破り、山彦のように響く声は、如何やら全員の鼓膜に届いたらしい。
「ドラゴンはなるべく引き剥がす、その間に逃げるんだ」
「け、けど……逃げるったって如何やって……⁉︎」
「俺達には逃げ場が無いんだぞ!」
「ここに居れば、喰われて、焼かれて、死ぬだけだ!」
それを聞いた時、俺の頭の中にはある提案が浮かび上がる。
「……分かった、少し待って居てくれ」
俺はそれだけ言うと席を離れる、向かったのは第2分隊分隊副官、ユーレク・クライフスだ。
「ユーレク!無線機の周波数を合わせて本部に繋げ!」
「了解!」
ユーレクら自分の無線機を弄り出し、司令部との回線を確保した。
『こちら司令部、ドラゴンと遭遇したのか?オーバー』
「Noです、しかし町の住人が危ない、住人がドラゴンに襲われるかも。ガーディアン基地に移動する事は出来ますか?オーバー」
『……分かった、QRFが直ぐにそちらに向かう!それまで気を引いていてくれ、オーバー』
「了解!アウト」
俺は無線を切り、ヒロトさん達が早く到着する事を祈った。
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ヒュィィィィイイイイ……
飛行場は航空機のエンジン音で溢れかえる。
その中で異彩を放つ航空機が1機あった。
大きな主翼の端にプロペラを持つエンジンナセルを取り付けた"ティルトローター機"という比較的新しいジャンルの航空機。
MV-22B"オスプレイ"、海兵隊が次期主力輸送機として、CH-46シーナイトの後継として採用した輸送機だ。
それに乗り込んだのは、小隊本部と第4分隊の16人。
「急げ急げ!乗れ乗れ!」
対戦車火器をそれぞれ持ち、ベンチシートに座ると膝を突き合わせる様な状態になる。
小隊長の沢村健吾が全員乗った事を確認すると、騒音響くキャビンの中でパイロットと繋がる無線を開く。
「全員乗った、出していいぞ」
『了解、ジュピター01、離陸する』
パイロットのベネディクト・ウェイクマンがそう言って機体を浮き上がらせ、同時にロードマスターのヘザー・フェルトンがハッチを閉じる。
ヘリコプターモードで離陸し、ある程度の速度が出たらエンジンナセルの角度を変え、固定翼モードに移行した。
それを皮切りに、CH-47FチヌークやAH-64Dアパッチ・ロングボウも基地を離陸した。
町に到着するまで、オスプレイなら30分と少し、ヘリ部隊は1時間弱と言ったところだろうか。
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ニコル視点
異世界最強のドラゴンと呼ばれる魔物。硬い鱗を持ち、口からは高温の炎を吐き出し、翼で空を飛ぶ。
話を聞いた時は、遂にこの異世界でドラゴンと対峙する時が来たかと思った。
運用試験を兼ねた大蠍の討伐は武装偵察隊の隊長であるウォーレン少尉が行ったし、実質俺達の初めての実戦だ。
俺達は山の向こうへと回り、アンナ曹長を監視ポイント付近に降車させた。
俺達が手始めに攻撃し、それをアンナ曹長達第2狙撃分隊が観測すると言う、典型的な威力偵察である。
車長用のペリスコープには、体長50mを越えようかという巨大なドラゴンを捉えていた。
赤黒い鱗に覆われ、口からは鋭い牙、皮膜の様な羽。
イメージの中にあるドラゴンそのままだ。
「デケェ……マイキー、HEDP装填、奴を誘う」
「Yes sir」
ガコ、という大きめの音がして、ブッシュマスターM242機関砲に25mmHEDPが装填される。
『こちらS2、監視ポイントに到着、ドラゴンが良く見える』
アンナ曹長の声が無線を通じて聞こえる、準備は整った様だ。
現在、俺の乗るLAV-25A2は山の麓にアンブッシュしている。
まだドラゴンには気付かれては居ない様だ。
「了解、良く狙え……」
マイキーはドラゴンの頭に照準を合わせ、狙う。
「撃て!」
ダン!ダン!ダン!
ブッシュマスターM242機関砲の砲身が、25mmHEDPを発射した。
音速の3倍以上で飛び出した25mmHEDPは、ドラゴンの頭に真っ直ぐ飛んでいくと、小さな爆発を引き起こした。
グルルァァァァ!
咆哮を上げて頭を振るドラゴン。突然撃たれてパニックになったのか、まだこちらの居場所はバレて居ない。
「もう一丁!3点バースト!」
「了解!」
「撃て!」
再び3発の25mmHEDPを射撃、再びドラゴンの頭部に命中した。
ドラゴンはそれで気付いたらしく、こちらをじっと睨みつけた。
「弾種交換!APDS!」
「了解!」
ガシャン!と再び大きめの音とともに弾種が切り替えられ、25mmAPDSが装填される。
装甲車すら貫通するこのAPDSだ、命中したらどの様なダメージを受けるか……
「撃て!」
命令と共にマイキーが発砲する。
砲声、砲身を飛び出して分離する装弾筒、車体前部へと転がる137mmの空薬莢。
3発のAPDSがブッシュマスターM242機関砲から発射された。