第76話 再び公都へ
いつもよりは短めです
強襲作戦から一夜明けたその日の午後、俺達はまたブリーフィングルームに居た。
「えー、みんなお疲れ様。麻薬カルテルのボスは無事捕縛、尋問により奴の口から麻薬カルテルのボスである事は確認された、作戦は大成功と言ってもいい」
俺はそう話し出す。今日の朝方にあった戦闘についてだ。
「第3分隊が証拠も押さえてくれた、これで奴らも言い逃れが出来ない。貴族達からの評価も上がるだろうな」
戦闘の際に工房付近に降下した第3分隊が証拠の違法麻薬である禍々しい色の粉末を大量に確保、あの集団が間違いなくあの付近を脅かしていた麻薬カルテルである動かぬ証拠だ。
「明日、第1分隊と前回の狙撃分隊はヘリで公都へ向かう、証拠品と捕虜も一緒にだ、ノイマンとか言う貴族にもこれで力を見せつけられるだろう」
「もし、その場でノイマンが抵抗したり、認めなかったらどうするんだ?」
孝道がそう聞いてくる。
脳裏に駄々を捏ねるノイマンの姿が浮かべながら、俺は答えた。
「……その時は、武力行使も辞さない強行採決、かな?」
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そして2日後。
伯爵は昼過ぎ、だいたい午後2時くらいには定例会議に出ていた貴族を集めると言う。
幸い定例会議が終わって間も無いので、貴族達はレムラス伯爵含めまだ公都内に居た。
俺が今回の依頼を急いだのは、わざわざ貴族達が自らの領地に帰ってからまた公都に来るのでは手間がかかるので、貴族達が公都内に居る間に依頼を達成する為だ。
昼食を終えた者達から準備を始め、第1分隊と第1狙撃分隊、第3狙撃分隊、そして捕虜に取った6人を連れて飛行場へ。
機首には"Yellow 3-3"と黄色く縁取った字が書かれている。
パイロットはスラヴィア・グリーンランド、副パイロットはベン・ローレンスだ。
「全員乗りましたね⁉︎」
「あぁ!乗った!」
16人と6人の捕虜、計22人全員が乗った事をロードマスターのエイベル・ヘクターが確認すると、後部ランプドアを閉める。
それをコックピットのスラヴィアに伝えると、CH-47Fチヌークの機体がふわりと浮き上がった。
飛行するCH-47Fに乗りながらぼんやりと考える。
この人数を公都バルランスまで運ぶのなら、もう少し足の長さと足の速さが欲しい。
となると……ドラゴン討伐戦に向けて、また戦力強化をする必要があるかもしれない。
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公都バルランス
前回の平原ではなく、今回降りるのは公都を囲む城壁の門の付近だ。
ロードマスターのエイベルが後部ランプドアから身を乗り出して着陸地点確保を伝え、CH-47Fがゆっくりと降下する。
接地する衝撃が機内に伝わり、着陸したと実感する。
『着陸です、ベルトを外しても大丈夫ですよ』
パイロットのスラヴィアがそう言うと、俺達は一斉に立ち上がってシートベルトを外した。
エイベルが後部ランプドアを開けると、俺達はそのまま外に出た。
見覚えのある顔の兵士が、信じられないものでも見るかの様な目で着陸したCH-47Fを見ていた。
麻薬カルテル戦でM134の掃射を浴びる前に初めてヘリを見た兵士と同じ表情してるぞ……
「ガーディアンだ、公爵閣下に用があって来た、通して貰えるかな?」
「……あ、あぁ、ガーディアンだな?公爵閣下から聞いている、と、通っていいぞ」
余程呆気にとられていたのか、若干挙動不審になりながら俺達を公都に入れる。
第1分隊は2班、つまりエリス達4人をヘリの守りに付け、1班は公都内へ。
2つの狙撃分隊は、以前来た時と同じ様に公爵宮殿付近の建物に観測地点を設け、宮殿を監視、異常があればすぐに知らせられる状態を整える。
俺達は捕虜にした麻薬カルテルのボス含めた6人を全員パラコードで縛り、麻袋を被せて自由を奪う。
俺が先頭を歩き、グライムズ、ブラックバーン、ヒューバートの3人がM4やM249を携えて6人の捕虜を監視・警戒しながら真っ直ぐに宮殿へと向かう。
宮殿の入り口の兵に声を掛けると、先日より上ずった声の兵が出迎えてくれた、俺以外の3人がフル装備だったので驚いたのだろうか?……まぁ、無理もないか。
そして、エントランスで出迎えてくれたのは引き攣った笑顔を浮かべた兵士だけでは無かった。
「ヒロト殿、こんなに早く依頼をこなしてくれるとは思わなかったよ」
ワーギュランス公爵閣下直々にお迎えに上がってくれたのだ。
「いえ、これが我々ガーディアンの仕事ですから」
「もう皆集まっているよ……彼らは?」
ワーギュランス公爵の言う"彼ら"とは、グライムズ達の事だろう。
グライムズ達は顔が割れるのを防ぐ為、ARC'TERIX LEAFのアサルト・バラクラバを被っているからだ。
「彼らはガーディアンの優秀な戦闘員です、私の護衛及び、捕虜の警戒監視をここまで頼んでいます」
「そうか、君達もありがとう」
ワーギュランス公爵はそう言うと、前回の会議室に案内するために歩き始める。俺達はその後を黙ってついて行った。
「公爵閣下、手紙で伝えた通り……」
「あぁ、会議室内までの武器の携行を許可しよう。君が突然貴族を殺傷しようとする様な人ではないと言うのは、レムラス君から聞いているからね。君達を信じるよ」
俺は歩きながら手紙に書いてある事を公爵に尋ねた。
俺が"会議室内まで武器の携行を許して欲しい"と行った理由は、勿論自衛の為だ。
捕虜に取った麻薬カルテルのボス達が突然暴れる可能性がある為、そしてノイマン伯爵等、俺に危害を加えようとする貴族を迎撃する為だ。
流石に会議室内でドンパチをやる事は無いとは思うが、飽くまで念の為、公爵に許可を得たかった。
前回と同じ会議室内の扉の前に到着、俺はグライムズ達に向き直る。
「もし捕虜を中に証拠として連れて行く場合は連絡するから、そのまま中に入っても良い……ですよね?公爵」
「あぁ、構わんよ。捕虜という明確な証拠があるのだから、出さない訳にも行くまい」
グライムズとブラックバーン、ヒューバートは無言で頷く。
公爵もそれに同意すると、会議室のドアを開けた。
会議室の中は、前回と同じ配置で貴族達が座っていた。
公爵も定位置となっている席に座る。
「さて、ヒロト殿。今回ここに皆を集めた理由を」
公爵がそう切り出し、会議が始まった。
貴族達の視線が俺に向けられる。
俺は立ち上がって、口を開いた。
「先日、ノイマン伯爵に依頼された、麻薬カルテルの拠点襲撃。それが成功したので、報告に参った次第です」
俺は手にしていた鞄から戦闘レポートとこちらの被害、相手の損害を報告する。
「以上、総作戦時間は2時間47分、我々が使用した"光の矢"の総数は4957本、麻薬カルテルの死者は574人、負傷者は6人。こちらの負傷者、死者は共にゼロでした」
他の貴族からは「おぉ……」というどよめきが上がる。
どうやらガーディアンが挙げた戦闘報告、特に時間は予想外だったらしい。
「それで満足かね?ヒロト殿?」
報告の直後にそう言い放ったのは、予想通りノイマン伯爵だった。
「我々が数ヶ月間かかっても攻め落とせなかった麻薬カルテルを、たったの3時間で?そんな虚言を吐いてまで金を毟り取りたいのかね?」
「伯爵、これは契約に則った"仕事"です。その様な嘘は契約違反になりますので、我々に嘘を吐くメリットが無い」
「ふん、どうだかな?公爵閣下、この様な若造の虚言には付き合ってられませぬ、私はドラゴン討伐の為に兵を集めねばならない、至急領地に戻りたいのですが?」
ノイマン……てめぇあんまりふざけた事抜かしてるとその頭ブチ抜くぞ?
そもそも、前提として麻薬カルテル襲撃に必要なスキルと、ドラゴン討伐に必要なスキルは根っこから違うと言うのをこのバカは分かっているのだろうか?
「分かりました、では証拠をお見せしましょう」
沸騰しそうな思考を何とか冷まし、冷静になる。オーケイ、今の俺、超クール。
無線を点け、入れと指示。
扉を開けて、グライムズ達が小突きながら中に入って来たのは6人の麻袋を被った男。
俺は席を立ち、先頭の麻袋男の袋を取る。
麻薬カルテルのボスだ、彼を見た途端、ノイマンの表情は一変する。
「麻薬カルテルのボスを連行して参りました、何度も刃を交えた様ですから、知らない訳がありませんよね?」
出来れば俺はこの手で縊り殺してやりたかったが、今回の依頼内容は"ボスの捕縛"だから殺さないでおいた。
情報部の調べによれば、この麻薬カルテルによって虐殺された人、エルフ、獣人は約4000人に登り、他にも女を姦淫する、子供を新しい違法麻薬や魔術薬の実験台にするなど非人道的な行動を繰り返していた。
だから、俺は今ここで命令を受ければ、ホルスターに収められたP226で射殺す。
「そ、そいつが本当に麻薬カルテルのボスなのか?証拠は?」
こいつ……この上まだ言うか。
いいだろう、更に証拠を出してやろう。
俺はブラックバーンが背負っているバックパックから、証拠となっている禍々しい色の粉末の入ったビニールを取り出した。
これは俺達が押収した違法麻薬を、周りに見える様に梱包し直した物だ。
それを見るなり、麻薬カルテルのボスは眼をぎょろぎょろさせ、猿轡を噛ませた口から涎を床に垂らし、身体を痙攣させて唸り始める。
麻薬の禁断症状である。
「まだ何か証拠が要りますか?」
ノイマンは脱力した様にがっくりと椅子に腰掛け、俯いた。
"ぐうの音も出ない"と言うのはこの事だろうか。
これでも信用出来なかった場合は、伯爵の兵なり冒険者なりを調査に向かわせればいい。焼け野原になった麻薬カルテルの拠点を見付けるはずだ。
「さて、伯爵。まずはこの仕事に対する報酬を頂くのが筋だと思いますが?」
プライドをズタズタにされた影響か、ノイマン伯爵はぐったりとして応えない。
……多分、俺がこんなに早く依頼を達成するとは思って居なかったので、用意をして居なかったのだろう。
もしくは、まだ公都から出られて居なかったので、お金を用意できなかったか。恐らく後者かと推測、俺達の仕事が早すぎたのかな。
「……仕方ない、ヒロト殿、申し訳無いね。報酬は私が立て替え、後でノイマン伯爵に請求する様にしよう」
「ありがとうございます、こちらもお金を用意出来る余裕を持たせず申し訳無い」
死んだ訳では無いが動かなくなってしまったノイマン伯爵の代わりとして、ワーギュランス公爵が報酬を支払ってくれた。
かなり大きな麻袋が4つ分、中には金貨がぎっしり詰まっている。
「金貨800枚、それが報酬だったね?」
「契約通り、受け取りました、ありがとうございます」
公爵は一呼吸置き、再び口を開いた。
「では本題だ、ドラゴン退治を、頼みたい。異議のあるものは居るか?」
そう言って会議室内を見渡す公爵、ノイマン伯爵は未だぐったりとしており、他の貴族達は異議無し、と言った感じで座っている。
「……頼めるかね?」
「もちろんです、ガーディアンにお任せを」
そう言って俺はクリアファイルから契約書を取り出す。
公爵からのサインを貰い、俺もサインをして、契約成立となった。
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「ま、待ちたまえ!」
会議を終え、俺達が宮殿から出るとき、どうやら絶望から立ち直ったらしいノイマン伯爵が追いかけて来た。
「おや伯爵、どうしました?」
態とらしくそんな態度を取り、振り返る。
俺と伯爵の間にブラックバーンとグライムズが割り込み、壁を作る。お前らガードマンとしても優秀だな。
「き、貴殿はどうやって、あの拠点を……?」
「ただ強襲しただけです、それ以上でもそれ以下でもありません」
嘘は言っていない、綿密な作戦を練って、ヘリというこの世界ではあり得ない乗り物で強襲しただけだ。
特に特別な事はしていないが、伯爵が聞きたいのは銃の事だろう。
「どんな事をしたんだ……⁉︎」
「特別な事はしていません、俺達は俺達の武器と戦術を使っただけです」
ノイマン伯爵はそれ以上聞いても答えてはくれないと思ったのか、それ以上は聞かなかった。
「ただ1つ言えるのは……あまり、俺に喧嘩を売るような真似はしない方が良い、という事ですね」
俺はそれだけ言うと、宮殿を後にした。
「S1、S3、撤収だ」
『S1、了解』
『S3、了解』
こちらを監視していた狙撃部隊に通信を入れて撤収を指示、街を歩き、城門へと抜ける。ヘリが待機している場所だ。
狙撃部隊が城門を抜けて来たのは、俺たちが城門を通った2分後だった。
「お待たせしました、ヒロトさん」
「お疲れ、ありがとうな」
そう言ってCH-47Fに駆け寄るランディに俺はそう答える。
それに大して待って居ないしな。
城門を守る兵も、ランディやハンス達の狙撃部隊の持つ銃を不思議そうに眺めていた。
エリス達は俺達が戻って来るのを確認すると、大きく手を振って後部ランプドアの所に集合する。
彼女達が集合し、警戒しているランプドアから、先に狙撃手達が乗り込んで奥へと詰める。
その間にスラヴィアがCH-47Fのエンジンを始動させ、ゆっくりとタービンの回転数が上がって行く音を響かせる。
タービンの回転数が上がるとともに、ゆっくりと3枚1組、2組の大きなローターが頭上で回り始め、ダウンウォッシュも少しずつ大きくなっていく。
俺もランプドアから乗り込み、グライムズやエリス達も乗り込んだ。
全員乗り込んだのをロードマスターのエイベルが確認すると、ランプドアを閉め、中に入る光が徐々に絞られて行く。
足元から地面の感覚が消え、浮遊感を感じると、CH-47Fは高度を上げて基地を目指した。
城門の守備兵は、その後飛び去ったCH-47Fチヌークの事を"空飛ぶ箱舟"と呼んだという。
次回、いよいよドラゴンと相見えるか⁉︎