第75話 麻薬カルテル強襲
定例会議から2日後の夜。
俺達はフル装備でヘリに乗っていた。
CRYE PRECISION JPC2.0に、いつものコンバットシャツとコンバットパンツ。
ポーチはいつもの配置なのは言うまでも無く、ジップオンパネルに入っている手榴弾がMK3A2からM84スタングレネードになっている。
擲弾手のグライムズやアイリーン、分隊支援火器手のエイミーとヒューバートもいつもの装備だ。
エイミーとヒューバートのM249MINIMI PIPは、短いバレルに換装されてはいるが。
違う点と言えば、全員がマリタイムヘルメットにGPNVG-18複眼型暗視装置が取り付けられている事くらいか。
"屋敷エリス派救出戦"の折に使用した"四つ目ゴーグル"という奴だ。
夜空に、衝突防止灯を灯したナイトストーカーズのMH-60Mブラックホークが4機、MH-6Mリトルバードが4機、それとAH-6Mキラーエッグ2機が隊列を組んで飛行していた。
更に上空には、それらを管制するMH-60Mブラックホークが1機飛んでいる。
定例会議の時に頼まれた、麻薬カルテルの襲撃作戦だ。
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時と場所を移して、その日の午後。
場所はガーディアンのブリーフィングルーム。
「作戦の概要を説明する」
定例会議の次の日に出した偵察の結果をまとめ、それを元に孝道が作戦を立案した。
「偵察の結果、麻薬カルテルの脅威レベルはAと判断。拠点は山中にあり、木々で囲まれている為、ヘリボーンでの襲撃が最も効果的と判断した。よって明け0300、ヘリボーンによる作戦を決行する」
人と無人機を使った偵察によって得られた情報からホワイトボードに地図を描き、孝道が壇上に立つ。
驚異レベルAは、敵に魔術師や魔術を使う敵が居ると言う事を指す。
「奴らの拠点はかなりデカい、複数の組織を纏め上げてちょっとした村落レベルになっている。降下地点は、第1分隊は北側の出入り口に降下し、兵士の待機場所を襲撃しろ。第2、第3分隊はそれぞれ西と東側に降下、第2分隊は宿舎、第3分隊は工房を強襲。第4分隊は南側の武器備蓄施設を抑えろ」
孝道はホワイトボードに描かれた図にマグネットを置いていきながら説明を続ける。
「ブラックホークの各隊は分隊降下後、ミニガンによる上空からの支援に入れ。狙撃分隊はリトルバードに分乗、キラーエッグと共にヘリからの援護だ」
"MH-6"と書かれたマグネットを施設に見立てた地図の周りに配置し、分隊を降下させたブラックホークに見立てたマグネットを施設の枠の外に出す。
マグネットには"MH-60"と書かれていた。
「8人の分隊は4人の班に分かれ、それぞれ建物を攻略、麻薬カルテルのボスを見つけ捕縛しろ。残りの敵は幹部はなるべく捕獲、抵抗する戦力は射殺していい。ただし、夜間の混乱に乗じての作戦になる。昼間にも言える事だが、味方を撃たないように細心の注意を払え」
孝道は壇上の机に手を突く、誤射で死ぬのはゴメンなので、念を押す。
「敵には魔術師がいる、早急に排除する必要があるだろう。弓やクロスボウ、バリスタ、もしくは魔術による対空砲火には十分注意しろ」
そう言うと一息おき、再び口を開く。
「奴らは麻薬をキメてラリってるとはいえ、伯爵が攻めあぐねるほど強力な戦力を持つ、相手の力を侮るなよ!準備に掛かれ!」
同時に、隊員達が動き出す。
ロッカールームに入った隊員達は自分のロッカーの鍵を開け、準備を始める。もちろん俺も例外では無い。
いつもの下着や靴下も戦闘用の物に変え、エルボーパッドの仕込まれたコンバットシャツとニーパッドの仕込まれたコンバットパンツを身に纏う。
プレートキャリアはいつも通りのセットアップでJPC2.0、俺達がメインで使うプレートキャリアの1つである。
M4に載せてあるTorijicon ACOG TA31ECOS RMRを取り外し、EOTech M553ホロサイトをマウントする。
レバー2本を倒して機関部上部にしっかりと固定すると、ロッカーの中の棚の上に30連クリップで留められた弾薬とレンジャープレート付きのP-MAGを出し、P-MAGを2〜3本ポーチに入れて、M4を持って地下へと向かう。
照準器の調整の為に必要な弾薬を受領し、地下の射撃場へ。
ホロサイトの調整を終える頃には、既に本格準備開始の時間になっていた。
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『第160NS特殊戦飛行隊、無線を確認』
『こちらスーパー61感良し』
『62、こちらも良し』
『64、問題無し』
『スーパー65、こちらもだ』
『スター41、OKだ』
『スター42、感明良し』
『43、大丈夫だぜ』
『スター44、こちらもだ』
ガーディアンの特殊戦航空部隊として、第160特殊作戦航空連隊改め、第160NS特殊戦飛行隊の各員が、C2として上空より指揮を執るスーパー63に乗り込むナツの呼び掛けに返答する。
勿論部隊名に入っている"NS"とはナイトストーカーズの事だし、部隊の通称もそのままだ。
分隊の全員は目出し帽を被り、素顔を隠している。
これは敵に顔を覚えられなくし、麻薬カルテルの常套手段である"関係者に危害を加える"と言うのを避ける為だ。
キャビンドアに腰を掛け、脚を外に投げ出しているヒューバートとブラックバーン。
無線のチャンネルを切り替えて、音の大きなヘリのキャビンの中で話しているグライムズとアイリーン。
反対側のドアに座り、ヒューバート達と同じ様に脚を投げ出しているクレイとエリス。
キャビンのシートに座り、M249を撫でているエイミー。
そして俺。
この8人で第1分隊を編成、いつも一緒にやって来た、恐れる必要は無い。
それに、両舷のガナードアに据え付けられているM134ミニガンのシステムチェックを行っているジョシュとパトリック。彼らの援護もある、いつも通りだ。
『後2分!』
パイロットのウォルコットがキャビンにそう声を掛ける。
前方を見ると、ポツポツと魔術光が照らす光が見え、1つ2つとそれが徐々に増えていき、段々と暗闇に村落を作り出す。
それを見て、それぞれが準備を始める。
ホルスターからP226を抜き、スライドを引いて薬室に初弾を叩き込む。
M4の銃床根元にあるチャージングハンドルを引いて初弾装填。
セカンダリ・ウェポンから先に装填するのは、セカンダリに初弾装填するのを忘れがちだからだ。
また、M4に載せられているEOTech M553ホロサイトの電源を入れ、スイッチを押してNVモードへ。
そしてヘルメット後頭部のバッテリーボックスから電源コードを引っ張っているGPNVG-18複眼型暗視装置を下ろし、電源を入れる。
ヘリの騒音の中、暗視装置を起動させた"キュィィ……"という音が微かにだが聞こえた。
『後1分!』
降下用のグローブを手にはめ、全ての戦闘準備は整った。
ヘリコプターを使ったヘリボーン作戦の様な空中機動戦を含む特殊戦は、俺達の18番だ。
戦力増強の際、全員にスキル"レンジャー"を習得させた。スキルを獲得したからと言って、訓練を怠っている訳でもなく、寧ろ訓練の頻度は増えた。
恐らくだが、俺達は米陸軍の第75レンジャー連隊に匹敵する練度を持っていると言っても良い。
そして、陸上自衛隊の空挺レンジャーでも、ガーディアンなら全員が徽章を獲得出来るだろう。
戦力増強で、それだけの練度を身に付けたのだ。
『こちらS1-2、前方に魔術師、始末する』
先行するMH-6Mリトルバードに乗るアンナが、レミントンMSRをヘリの上から狙撃、魔術師を射殺する。
それを皮切りに、降下分隊が安全に降下可能な様にリトルバードに乗る狙撃手が魔術師の始末を開始した。
中でもカーンズの乗る小隊本部のMH-6Mは壮絶だ。
カーンズがバレットM82A3対物狙撃銃で魔術師の胴体が真っ二つに裂け、頭に当たれば12.7×99mmの運動エネルギーが頭部を消失させる。
SAW手のニール・ヘンダーソンがM249MINIMIで地上を掃射し、反対側のベンチシートに座るチェルシー・ネルソンがM4のアンダーバレルに取り付けたFN Mk13EGLMから40mm高性能炸薬弾を発射し、敵兵を纏めて吹き飛ばす。
ヘリが予定の場所に接近、各部隊の降下ポイントへ。
俺の場所からは、先程まで談笑していたのか、降下する地点の近くに槍や剣、クロスボウを持った兵士が狐につままれた様な表情で見上げているのがよく見える。
それに向けて、右弦のパトリックがドアガンのM134を撃った。
ホースによって水を撒く様にM134から放たれる7.62×51mmNATO弾の奔流、10発に1発の確率で混ぜられている曳光弾が、バス停くらいの兵士が集まっていた東屋ごと兵士を撃ち抜いた。
M134による無慈悲な銃撃が止み、ヘリがホバリングに移行、機体が安定する。
この機体を安定させる技術の高さも、ナイトストーカーズ達の練度の高さを実感する。
地上までは10m、3階建てくらいの高さだ。
「ロープ!」
俺が両側のドアを指し、太めのロープが地上へと垂らされる。
ヘリボーン作戦と言うのは、ヘリの出す騒音からこうして隠密作戦には向かないものの、離れた場所に一挙に兵を送り込むのにはうってつけの作戦だ。
「Go!Go!Go!Go!」
まずはドアに腰を掛けていたヒューバートとブラックバーン、クレイとエリス、そして続いてブラックバーンとアイリーンがロープを伝わって降下する。
"ファストロープ"と呼ばれるこの降下方法は、安全性はラペリングには劣るが、器具を外す手間が省ける為ラペリングより早く降下が可能。
しかも1本のロープに複数人がぶら下がる事が出来るので、その分もラペリングより迅速に降下する事が出来る。
今回の様に電撃的に敵を強襲する際には適した方法だ。
『こちらスーパー61、分隊降下!警戒に入る!』
『こちらスーパー64、分隊降下、援護する!』
『スーパー62、分隊降下、上空から施設を警戒する』
『スーパー65、分隊降下、援護する』
それぞれの分隊も、全員が無事に降下した様だ。
分隊を降ろしたブラックホークは離脱、上空からの援護に移る。
降下したらまずは降下用の手袋を捨て、OAKLEYのファクトリーパイロットグローブに付け替える。
これで戦える、俺はエリスを視界に入れる。
暗視装置越しの緑色の世界の中で、素顔が全く見えないエリスはそれに気付いたのかこちらを向いて頷く。
そちらを頼んだ、エリス。
任せろ、ヒロト。
俺は俺の仕事をする、兵士の待機場となっているのは右手の建物だ。
ドアの近い順に俺、グライムズ、ヒューバート、ブラックバーンと並び、それぞれがそれぞれの方向を警戒する。
「敵だ!」
そう言って飛び出して来た剣を携えた敵を、出待ちとばかりに頭を撃って射殺する。
頭が砕け散るのを見て、空洞効果だっけ……などとぼんやりと考える。
いかんいかん、今は作戦中だ。
俺は背中のポーチからM67破片手榴弾をグライムズに取って貰い、ピンを抜く。
開けっ放しのドアから、レバーの外れたリンゴ型グレネードを投げ込んだ。
ドン、という衝撃と音。中からは悲鳴が聞こえて来る。
それを合図に全員で突入、待機場は手榴弾を投げ込まれた事によって惨状と化していた。
破片に貫かれ、飛び散ったワイヤーが食い込んだ兵士を介錯するかの如く撃ち抜いていく。
勿論、弾薬の節約の為にセミオートでだが、それは大した問題ではない。
ヒューバートはM249MINIMIを装備している為フルオートだが、彼も指切りバーストで大体3〜4発ずつを撃ち込んで行く。
次の部屋へ移動ここでも槍や剣、弓矢を持つ兵士がいた。
突入の際にヒューバートが「お前それLMGの動きじゃねえぞ」って言いたくなる様な軽快な突入を見せたが、すぐに視線を前へ向ける。
暗視装置越しの緑の視界の中、点の集合体の様に見えるホロサイトの照準を敵に合わせ発砲。
「何だテメェら○□#☆※▽=◎⁉︎」
「ぶっ殺して$¥€〒〆△@♨︎♭♣︎⁉︎」
「くぁwせdrftgyふじこlpzxcvbんm!」
ヤクをキメているのか意味の分からない奇声を発しながらその場から逃げようとする奴と、剣を振り翳す奴。
両方に5.56×45mmNATO弾、M855弾を叩き込んで始末する。
ぶっ殺す?そりゃこっちのセリフだ。
ダダン、ダンダン。
セミオートでダブルタップ、痛覚が麻痺してるのか、胸に撃ち込んでも1発では死なない。
と言う事は、"相手が死ぬまで撃てばいい"のだ。
ダブルタップで死なない敵は、頭にもダブルタップを叩き込む。
首、頭、胸、と致命傷になる部位に何度も何度も撃ち込んで行く。
中には強い薬を打った奴がいるのか本当に止まらない奴もいたが、ヒューバートがM249MINIMIをフルオートで数10発を撃ち込んでようやく地面に這い蹲る。
そこにグライムズが2発、頭に更に撃ち込み、少し離れてから40mm高性能炸薬弾を発射した。
1人の人間に対して撃ち込むのには完全にオーバーキルだが、流石に麻薬をキメている奴が止まらないのだ、仕方がないと言えば仕方がない。
俺達はここでくたばる訳にはいかないのだ。
建物の中の部屋を全て制圧、裏口を蹴破って通りに出る。
見れば、エリス達が突入していった建物に向かって、魔術師達がファイア・ボールやアイス・ランスによって攻撃をしていた。
俺達は素早く裏口から通りに飛び出し、グライムズとブラックバーンが通りの反対側へと渡る。
俺は壁に沿い、膝撃ちの姿勢を取る。
背後を警戒していたヒューバートは反転して俺の頭上でM249MINIMIを構える、通りの反対側に渡ったグライムズとブラックバーンも同じ姿勢でそれぞれの銃を構えた。
魔術師達との距離はおよそ90m、俺の発砲を皮切りに、全員が発砲を開始した。
セミオートのリズミカルな銃声に、フルオートの勢いある銃声が混ざり、5.56mm弾が魔術師達をあっという間に仕留めていく。
5人ほどいた魔術師達が全員自分の血の海に沈むのにそう時間はかからなかった。
魔術師達が攻撃していた建物からエリス達が出て来る、エリス達は次の建物に向かうと、エイミーがドアを蹴破って先頭のエリスから順に突入していく。
エイミーは最後まで後方のカバーに付き、最後に突入した。
俺達も負けては居られない。
制圧がまだ終わっていない建物のドアに取り付き、先頭に並ぶヒューバートの肩を叩くと彼がドアを蹴破り、突入。
俺が突入した瞬間に目に入って来たのはたった今槍を手にしたと思われる兵士2人と、剣を鞘から抜いたばかりの兵士3人。
俺は躊躇う事無く1人目に銃口を向ける、殺人への抵抗はもう無い。
異世界で生きていく為には、躊躇いを消さなければならない。
「野郎ぶっ殺してやr」
喋りかけた奴を遮るように頭にダブルタップを叩き込み射殺、射線を別の奴に移し、ホロサイトで首を狙い再びダブルタップ。
撃たれた兵は剣や槍を取り落とし、床に倒れる。
ブラックバーンとグライムズもそれぞれ突入直後に敵に弾丸を着払いで送り付け、兵士の命を天国に発送した。
「Right side clear!」
ブラックバーンが叫ぶ。
「Left side clear!」
続いて突入した際に左側を制圧した俺が叫んだ。
グライムズも同じく「Clear!」と叫ぶ。
「Room clear!Next door!」
分隊長だが、同時にポイントマンを務める俺はそこでタクティカルリロード。
左カマーバンドに取り付けられた5.56/7.62/MBTIRポーチのフラップを開け、レンジャープレートに指を引っ掛けてP-MAGを取り出す。
M4に装着されている弾倉にはまだ弾薬が残っていたが、次の突入で不意の弾切れを防ぎ、敵に弾数を読まれない為のリロードだ。
人差し指と中指でM4に付いている弾倉を掴み、マガジンキャッチを押して弾倉を外す。
90度ずらした状態で親指と人差し指で掴んでいる弾倉をM4に差し込み、外した方の弾倉はダンプポーチに入れておく。
グライムズが左手にある窓に向かってFN Mk13EGLMを発射、40mm高性能炸薬弾は狙い通り窓に吸い込まれ、隣の部屋のほぼ中心で炸裂した。
そのままドアから突入し、敵は全員殺す。
部屋から外へ出ると、2階建の建物が見える、次のターゲットだ。
エリスと合流し、指示を出す。
「1-1-2は1階を、1-1-1は2階をやる」
「了解」
それだけ言うと、エリスはエイミー、アイリーン、クレイを率いて1階の突入箇所を探し始める。
俺は3人と共に外階段から2階へ、M4をスリングで固定して手を離す。
ベルトの右腰に付けたSafariLand6395ホルスターからP226を抜き、撃鉄を起こす。
それに倣ってか、グライムズ、ヒューバート、ブラックバーンも拳銃を抜く。
グライムズはジップオンパネルからM84スタングレネードを取り、ピンを抜いて構える。
そしてヒューバートが先行してドアを開け、グライムズがスタングレネードを投げ込んだ。
バン!
激しい音と閃光、閃光の瞬間は暗視装置のレンズは覆っておいたし、耳がイカれそうな音響はCOMTAC M3ヘッドセットのノイズキャンセリング機能でカットされる。
フラッシュバンの炸裂後、全員が部屋に雪崩れ込む。
肩、腹をメインに9×19mmパラベラム拳銃弾をダブルタップで撃ち込んで行くと、敵が悲鳴を上げて倒れる。
「ボスはどこだ!」
悲鳴を上げ続ける敵を組み伏せ、頭にP226を突き付けて叫ぶ。
「ボス……ボス!」
敵はそう喚くだけで、居場所を吐こうとはしない。
「ボスの居場所を吐かなければこの場で殺すぞ!」
腹の底から声を出し、相手を威圧すると、ようやく吐く気になったらしい。
「そ、そこの階段から馬舎に逃げた……!」
「そうか、全員行くぞ!」
俺はそう言うと、無線を繋ぎながら1階へと続く階段の入り口へと取り付く。
「C2聞こえるか?こちら1-1、1-1の降下したブロックの2階のある建物の2階に複数の負傷者が居る、至急衛生兵を寄越してくれ」
『こちらC2、了解、衛生兵を派遣する』
C2からそう通信が来ると、俺達は取り付いた階段の入り口をカッティング・パイで索敵する。
P226を構えたまま階段を下り、途中で折り返したところで前方、階段出口からの殺気を感じた。
敵が出て来て良いようにトリガーに指を掛けた。
次の瞬間、出口からこちらに向けられたのは銃口、そして見えたのは蜘蛛の複眼の様な視線だった。
俺は身構えたが、入って来た人物を見て安心する。
見慣れたヘルメット、マルチカム迷彩。そしてこのエリアに居る俺含め4人以外。
俺はP226のトリガーから指を外した。
「エリスか……?」
「……ヒロトか、危うく撃ち殺すところだった……」
エリスと確認した後ろには、エイミー達も続いている。
尤も、全員が目出し帽をしている状態では、バラクラバで隠しきれない髪の色や武器の種類、声で個人を判断する以外に出来ないが……
「ボスは居たか?」
エリスが問うと、俺は階段を下り、勝手口を指差して答える。
「その勝手口から馬舎に逃げたらしい」
「追うぞ!」
エリスに続いて俺達も走り出す。
勝手口を出て右手へ、そちらに馬舎がある。
牧場の様な独特な匂いが濃い馬舎に差し掛かった時、複数の馬の蹄が走る音。
くそッ!一足遅かったか!
角を曲がった時、既に隊列の最後の馬車が反対側の角を曲がるところだった。
俺達はそちらに射撃を集中させるが、人のダッシュ如きが馬の全力疾走に敵う訳が無い。
だが、それは人vs馬の話だ。
俺は無線を繋ぐ。
「C2、馬舎から騎馬の隊列が逃走中、恐らくボスの隊列だ。上から確認出来るか?オーバー」
返答はすぐに来た、C2で管制を行っているナツだ。
『RQ-11レイヴンも飛行中、騎馬の集団を捉えた。目視でも確認、オーバー』
「恐らく今から追っても追い付かない、1番近い狙撃ユニットを急行させてくれ、オーバー」
『了解、そちらに間も無く小隊本部が到達する。捕虜搬出の準備をしろ、オーバー』
「了解、アウト……さて、後は彼らに任せよう」
俺は無線を切って、分隊員に振り返る。
「ああ、だがまだ戦闘中、一瞬も気を抜くなよ!」
エリスは俺にそう言う、それは当然だ。
第1分隊は制圧した建物の生存者を捜しに、降下地点付近の探索をし始めた。
無論、全員が全方位を警戒したまま、だ。
同じ頃、狙撃小隊本部と第1狙撃分隊を乗せて周辺を警戒中だったMH-6Mリトルバード2機が、騎馬隊の逃げた方向へと向かっていった。
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暗闇の中、馬を走らせる。
この騎馬の集団を照らすのは、5つの魔術ランプのみ。
馬を走らせているのに松明を使うと、馬が火にビビってしまうからだ。
俺を含めて5騎の騎馬隊が基地から脱出した。
突然の出来事だった、麻薬をヤりながら屋上で焚き火を囲んで談笑していた時に聞こえて来た羽音。
最初はダイオウヤンマか何かかと思ったが、違った、もっとおぞましい何かだ。
風車のような羽が上で回転している、トンボのような大きな目を持つ"何か"、中には人が乗っており、外にも人が取り付いていた。
俺の部下である優秀な魔術師がそれに向けてファイア・ボールを放とうとしたが、外に取り付いた人が放った光の矢に貫かれた、即死だった。
その後はそれより大きな"空飛ぶ鉄の風車"が基地に飛来し、ロープを下ろして次々と人を吐き出していく。
一瞬で"逃げなければ死ぬ"と悟り、こうして逃げている、こんな惨めな思いをするのは初めてだ。
伯爵の兵と戦った時にも、力を誇示する為に村や街を襲い、男を殺し女を犯していた時には感じた事の無い感情。
「ぐっほ……!」
殿が呻き声を上げ、胸から血を流して落馬する。
もう追い付いたのか⁉︎馬を全力で走らせている上に暗闇だぞ……⁉︎
そして聞こえて来る、あの時と同じ羽音。
あっという間にその音は近付き、横に並んだように聞こえる。
ちらりと横を見ると、暗くてよく見えないが、横に人が乗って、こちらにクロスボウに似た武器を向けているのがぼんやりとわかる。
ダァン!
その武器の先端が輝き、激しい音を立てる。
音と同時に、部下の1人の頭が吹き飛んで落馬する。次の音でついでに馬までその場で転がった。
ダァン!
トンボとも風車とも付かないあの羽音を超えてもう1度あの音、また部下が1人落馬する。
あの地獄からここまで生き延びて分かった、あの武器から放たれる矢、もしくは礫は、途轍も無く速い。
何しろ暗闇とはいえ、全く見えないのだ。
また2度、3度と、部下の悲鳴と馬の嘶き、そして人や馬が地面を転がる音と、あの音。
逃げられない、と悟った瞬間、自身の持つ魔術ランプが砕け散った。
あのクロスボウに似た武器で射抜いたのだろう、何たる精度……いや、恐るべきなのはそれを操る射手だ。
もしあれの照準が、俺の頭に向いたら……本格的な死の恐怖に襲われる。
次の瞬間、前方の地面が炎魔術で引き起こされた爆発の様に捲れ上がる。
驚いた馬はその場で立ち止まってしまうが、次の瞬間一際大きな音と共に馬の頭がグッチャグチャになって吹き飛んだ。
動脈から溢れ飛び散った血が俺を赤く染める、身体中が血生臭い。
「う、うわっ!」
馬が倒れる、下敷きにならない様に飛び降りたが、移動手段が無くなってしまった。
周りであの羽音の様な音はまだしている。敵に完全に囲まれてしまった……
「く、くそッ!来やがれ!テメェらなんか……テメェらなんか怖くねぇ!」
腰の鞘からサーベルを抜き、構える。
その瞬間に、またあの音。サーベルは根元から折れた。
あの光の矢だ、サーベルに当たった衝撃で手がジンジンと痛み、サーベルのグリップを手放してしまった。いや、最早グリップしか残っていないサーベルに何が出来るか。
俺が最後に見たのは、恐怖の余り人間の姿に蜘蛛の複眼の様な目をした頭部の化け物という"幻覚"だった。
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基地に着陸したチヌークから捕虜が下される。
その中には捕縛した麻薬カルテルのボスも居た。
タイラップと合金の手錠、そして自殺防止用の猿轡と言った厳重警戒だ、何しろ麻薬をキメてどんな暴れ方をするかわからない。
取り敢えずこいつは地下牢にブチ込み、3日後にバルランスに連れて行く。
帰って来たその日に、作戦の成功を見込んで公爵に手紙を出していたのだ。
「皆お疲れ、武器や機体の整備は明日に回して良いから今日はもう休んでくれ。その代わり明日の整備は手を抜くなよ」
「了解」
「Yes sir」
俺達は着陸したブラックホークから降り、作戦後のいつもの手順をこなす。
装備を解いて着替え、未使用の弾薬の返納、戦闘レポートを書く。
全てが終わった時、既に日が昇っていた。




