第73話 公都へ
契約が成立し、4人と共に基地に帰る。
基地の門を通る時、守衛担当をしていたフートに再び呼び止められた。
「ヒロトさん、また手紙です」
「またァ⁉︎今度は何だよ……」
俺は運転席で手紙を貰い、一旦ランドローバーを車輌格納庫へ戻す。
今度こそ何かあるんじゃないかと思ったが、封筒にはレムラス伯爵のサインがある。伯爵からだ。
一旦ベルトに取り付けられている装備を外し、執務室へ戻ってその手紙を開封する。
手紙にはこう綴られていた。
"ヒロト殿、季節の変わり目、いかがお過ごしだろうか?体調を崩したりはしていないだろうか?違法風俗店の摘発見事であった、そして他の貴族からの馬車の評判も良い。
ところで、次回の公領定例会議に、是非出席してはくれないだろうか?突然の事で驚くだろうが、公爵閣下がヒロト殿と会って話がしたいと言う。良い返事を期待しているよ"
その後には、次回の公領定例会議の日程が記されていた。
見ると、その日付は10日後のものだった。
封筒には、ワーギュランス公爵からの正式な招待状が同封されていた。
「あぁ……タイミングの悪い」
俺は執務室で1人そう呟き、館内放送のスイッチを入れる。
「各部隊隊長へ伝達、本日1600より会議を開くので、時間までに会議室に集合。繰り返す、本日1600より会議を開くので、各部隊隊長は時間までに会議室に集合する事、以上」
スイッチを切った後、スマホでどのくらいまでレベルが上がったかを確認する。
【レベルが上がりました!】
Lv37
【戦車】M60
【戦車】74式戦車
【歩兵戦闘車】M2A3ブラッドレー
【歩兵戦闘車】89式装甲戦闘車
【歩兵戦闘車】BMP-2
大量に魔物を仕留めたお陰か、レベルも大分上がり、第2世代主力戦車までの兵器が召喚可能になった。
だがもし召喚するのであれば、第3世代主力戦車がいいな……
俺はそんな事を考えながら、席を立つ。
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会議室で資金源を決めた時と同じ様に座っている各隊の隊長。
俺はその場で一通り、ドラゴン討伐の仕事を引き受けた事を伝える。
異世界出身のエリスやガレント、ストルッカ、スティールは驚きの声を上げるが、転生者と召喚者は特に驚く事は無い。
「と言う訳で、ドラゴン討伐は作戦を立て次第、新たな兵器を用いて決行する。質問は?」
特に隊員達から手は挙がらない。
そこで、俺はもう1つ切り出した。
「それから……レムラス伯爵から手紙が来た、何でも、次の公領定例会議に出席して欲しいそうだ」
一同がざわつく。
何しろ公領定例会議だ、出席するのは貴族、そこに貴族でも無い人物が呼ばれるのは、余程の武勲をあげたか、余程の何かをやらかしたかどちらかだと言う。
「しかし、ガーディアンの通常業務を止める訳にもいかん、現にさっき言った通りの仕事を1つ引き受けているからな。だから公領へは第1分隊から選抜したメンバーと、2個狙撃分隊を連れて行こうと思う。行くのは9日後だ、10日後には定例会議があるらしいからな。何か質問はあるか?」
手を挙げたのは、俺が指名した狙撃部隊の指揮官であるカーンズだ。
発言を許可すると、カーンズは起立して質問を投げる。
「狙撃分隊を2個、連れて行く理由をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」
「あぁ、俺が公爵の館にいる時の監視を頼みたいからだ。戦闘をしに行く訳では無いが、万が一戦闘になった場合の支援が欲しい。本当なら小隊を動員したいが、流石にそこまでの大人数になると泊まる場所を見つけるのも難しいし移動に手間がかかる。その人数で建物を監視下に置くとなれば2個分隊が妥当だ」
カーンズの質問に答えると、カーンズは「なるほど、了解しました」と納得した表情で着席する。
「俺が留守の間に、ドラゴンの偵察を頼みたい。健吾、その辺りは任せる」
「了解」
「孝道、俺の留守中に部隊をまとめてくれ。ナツ、ドラゴンについての情報を収集。頼めるか?」
「あぁ、分かった」
「任せろ」
これで一通り、事は決まった。
後は俺が出掛けている間の仕事の引き継ぎを行うだけだ。
会議は以上で解散となった。
会議室を出て廊下を歩いていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれる。
「どうした?エリス」
「公領定例会議って、大丈夫なのか……?」
どうやら俺の事を心配してくれている様だ。
「あぁ、大丈夫。でもやっぱり不安だ、一緒について来てくれるか?」
俺はそう言って、エリスの柔らかい髪を撫でる。
エリスは撫でられながら微笑んで頷いた。
「もちろん、例えヒロトとなら、地獄の底でもついて行くよ」
エリスの眩しい笑顔に、不安は払拭される。
俺にとってエリスは、背中を預けて戦える仲間であり、生涯を共に歩む伴侶であり、ガーディアンを運営するパートナーだ。
俺は人目も憚らず、愛しい彼女を抱き締めた。
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8日後、ガーディアン基地 飛行場
"エプロン"と呼ばれる駐機場で、CH-47F"チヌーク"の1機が離陸準備を行っていた。
OD色の機体の機首には黄色く縁取られた字で"Yellow3-1"と書かれている、あの3兄妹の機体だ。
これから公都に出向く為だ、既に伯爵には、公領定例会議に出席する旨の手紙を出してあるので、伯爵には伝わっているだろう。
CH-47Fはベンチシートを使えば55人、床に直接座らせれば100人以上の兵員を一挙に輸送する事が可能な大型輸送ヘリだ。
固定武装は無いが、自衛の為、ドアガンにGAU-19/Bを取り付けている。
第1分隊から選抜したメンバーと2個狙撃分隊は、ガーディアンの制服と、かなりの大荷物を抱えて駐機場に居た。
俺、エリス、エイミー、ブラックバーン、クレイの5人。
狙撃分隊はお馴染みヘイガート兄妹の分隊と、再編成の際に召喚したハンス兄弟の分隊だ。
この13人で公都バルランスに向かう。
EAGLE A-3 モールパックに予備の下着や弾薬、無線機、3日分の戦闘糧食、水、グローブ、G3コンバットシャツ・コンバットパンツにLBT-1961Gチェストリグとホルスターのついたベルトを入れている。
フロントジッパーのこのチェストリグは、これひとつで戦闘装備の殆どを携行出来る上、プレートキャリアとは違いコンパクトになるので、バックパックにも入れる事が出来る。
それからPELICAN1700と言う武器用ハードケースには、トップレシーバーを換装したM4A1CQB-RとセカンダリのP226、それの予備マガジンを定数とAN/PVS-31双眼型暗視装置を入れてある。
戦闘を行うとすれば間違いなく市街地戦になる、CQB-Rを選択したのはその為だ。
狙撃分隊はペリカン1750と言う、大型のケースを用いてスナイパーライフルを運搬している。
因みにボルトアクションライフルを使うランディとハンスは、あの中にMP7A1が一緒に入っている。
ヘルメットは今回は持って行かない、防御力が上がっても今回の様な仕事になると邪魔なだけだ。
ロードマスターのアンネが後部ハッチを開き、搭乗OKのサインを出す。
俺はPELICANケースとバックパック、そしてもう1つショルダーバッグを持ち、いつものブーツでチヌークに乗り込む。
乗り込んで奥に詰めて座ると、人数を確認。
「全員乗ったか?積み残しは無いか?」
「第1狙撃分隊、全員掌握!」
「第3狙撃分隊、全員掌握!」
俺も第1分隊から選抜した5人が乗っているのを確認した。
アンネにサムズアップを送ると、ハッチ近くのスイッチを操作してハッチを閉じる。
そのままゆっくりとCH-47Fチヌークはエンジンの出力を上げ、上昇して行った。
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今の内に、なぜ今回のフライトにCH-47Fチヌークを選んだかについて話しておこう。
最も重要だったのは、その搭載量だ。
MH-60Mブラックホークでは乗員は12人だが、CH-47Fチヌークは55人になる。
それにブラックホークでは、この大量に持ち込んだ荷物のせいで、乗員も少なくなる。
更に言えば戦闘行動半径はCH-47Fの方が長い。
こうした運用には、CH-47チヌークの方が向くのだ。
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公都バルランスまでは、直線距離で150km程、馬車だと3〜4日間程かかるが、ヘリで飛べば1時間程しか掛からない。
着陸前にヘリの中でチェストリグを身につけて弾薬を装填したマガジンをポーチに入れ、ホルスターを付けたベルトを装着。
CQB-Rをハードケースから出し、ホロサイトの電源を入れる。
バルランス郊外の山の中にヘリが着陸し、アンネがスイッチを操作して俺達を降ろす。
「降下降下!」
最初に降りたハンスがMP7A1を持ち、弟のグリムがSR-25を構えて周辺を警戒、オリバーはMk13 EGLMを取り付けたM4を、オードリーが通常のCQB-Rを構えてそれに続く。
俺はエリスと共に最後にチヌークを降りる、忘れ物は無い。
全員の降下を確認すると、アンネにハンドサインで全員の降下を伝え、それを受けたアンネは機体後部のハッチを閉じ、間も無く離陸して再度上昇、基地へと進路を取った。
公領定例会議が終わったら、俺達を回収しに再び来る算段だ。
大きなバックパックを背負い、ハードケースを抱え、俺はもう1つショルダーバックを肩から提げている為両手がふさがり、銃を構える事が出来ない。
「ようし、全員聞いてくれ。魔物が出ても対処可能なように、ペアのうち誰かがケースを持ってやれ。もう1人は街へ入るまで周辺を警戒、街へ入ったら拳銃以外の装備は仕舞っておけ、俺達は戦闘に来たんじゃないからな」
「了解」
「Yes sir」
ここからバルランスに入る門まで、40分くらい歩くだろうか。だが厳しい訓練を受けた俺達からすれば余裕だ。
途中で小休止を取ったり、荷物の持ち手を交代したりしながら歩く事約40分、公都バルランスの門が見えてきた。
一旦近くで装備を外し、ライフルはケースの中へ、チェストリグはバックパックに仕舞う。
武装はベルト右側に取り付けられたホルスターにP226、左側に予備マガジンのポーチ2本が取り付けられているだけだ。
その状態で、俺達はバルランスの門に近づく。
「何者か?」
門の護りに付いている槍や剣を持った兵士が誰何をする。
「ガーディアンだ、公領定例会議でワーギュランス公爵閣下に呼ばれて来た。これが証拠だ」
俺は持って来ていた招待状を兵士に差し出す。
兵士はそれを受け取り、偽物では無いかを確かめ、俺達に向き直って招待状を俺に返す。
「確かに本物だな、バルランスへようこそガーディアン、歓迎しよう」
兵士が合図をすると、ギギギと音を立ててバルランスの門が開いていく。
どうやら公領定例会議の期間中は警備を強化しているらしい。
13人全員が公都に入ると、後ろで門が閉められる。
暫く街の中を歩くと、様々な店が目に飛び込んでくる。
ベルム街にもある店はもちろん、見た事も無い店もある。
「雑貨、書店、楽器、青果、鮮魚、衣服、武器……凄いな、流石は公都だ……」
エリスが街を見渡しながらそう呟く。
街の中心部あたりで、1度解散する。宿を取る為だ。
「よし、じゃあここからは分隊行動に移れ、宿を取ったら自由行動で良いが、必ず武器を携行し、2人以上で行動する事。それから1度は公爵の宮殿で狙撃ポイントを確認する事。では解散」
「了解」
俺は隊員達にそう向き直って言うと、狙撃分隊は宿を探しに歩き始める。
「さて……俺達も行くか」
「あぁ」
俺達も宿探しに向かう事にした。
バルランスの中心街には、公爵の宮殿がある。
第1分隊の俺達はその宮殿から程近い、西側で散策しながら宿を探す。
宿は案外すぐに見つかった、その宿で2部屋を取る。
俺とブラックバーンの男子組、エリス、エイミー、クレイの女子組の部屋だ。
「じゃ、ちょっと出て来る。ブラックバーン、ここは頼んだ」
「了解です」
俺は部屋に荷物を置くと、荷物の見張りをブラックバーンに任せてエリス達の部屋に向かった。
エリス達の部屋は隣、俺は隣の部屋のドアをノックしてエリスを呼んだ。
エリスは直ぐに出てきた、制服では無く、先程散策している時にその辺りの服屋で買った白いワンピースの私服だ。
市街地で活動する際、こうして目立たない格好をするのが良い。
俺は上にシャツ、まだ半袖には早く、肌寒い季節なので、上にジャケットを着る。
「ど、どう、かな?」
やばい、正直言葉に出来ないくらい似合ってる。
「……すげぇ似合ってるよ、可愛い」
「そ、そうか……ありがと、ヒロトもそれ、似合ってる」
「ありがとう」
顔を赤くして俯くエリス、可愛い。
そして気が付いた、エイミーが部屋の中からこちらを見てニヤニヤしている事に。
それに苦笑いで返すと、エイミーは手を振って言った。
「ヒロトさん、エリス様、いってらっしゃいませ。留守の間はお任せを」
「あぁ、エイミー、頼む」
「行ってくる」
俺とエリスはそう言って宿を出る。
何をしに行くかと言うと、狙撃分隊が泊まっている宿の位置確認と、公爵の宮殿での援護位置を確認する為だ。
もしバルランスから出る時に戦闘になった場合、狙撃分隊と素早く合流して撤退する必要があるし、援護位置は把握しておけば狙撃分隊が適切な援護が出来る。
第1狙撃分隊は宮殿の北側、第3狙撃分隊は宮殿の北西、俺達と第1狙撃分隊の間辺りに宿を取っていて、ランディとハンスにそれぞれ確認を取った。
その後、ランディとハンスは援護位置を探しに街へと出る、もちろん拳銃で武装してだ。
俺はエリスとデートを装い、一緒に宮殿前に到着、ランディとハンスは既に援護位置を探しに別行動をしている。
「どうだ?ランディ」
俺は喉元に着けた咽頭マイクでランディと交信する、咽頭マイクは普通の無線機とは違い、声帯から骨に伝わる振動を拾って音声にする"骨伝導マイク"と呼ばれるタイプのもので、大きな声を出す必要は無く、俺達は特殊作戦で愛用している。
『バッチリです、ここからなら西側と宮殿入り口が完全に監視圏内です』
宮殿入り口は南側を向いている、ランディが見つけたのは宮殿西南西の背の高い建物らしい。
視線だけ動かし、そちらの建物を見ると、屋上に人影が見える。
「おい、お前達!何をしている?」
突然そう声をかけられる、見ると、槍を持った兵士がこちらに早足で向かって来る。
「いえ、ただ公爵の宮殿を見てみたくて……」
「今は定例会議期間中だ、宮殿内に入る事は出来ない。それに警備も強化されてる、街の守備兵に誤解されてしょっ引かれない様に」
恐らく公爵の兵士だろうと思われる兵がそう言う。
どうやら本当に定例会議期間中は警備が強化されるらしく、注意された。
「あ、はい、すみません」
俺達はそう言うと早めに宮殿前から立ち去るが、まだハンスの援護位置の確認が出来ていない。
宮殿の反対、北東に向かう。
「ハンス、聞こえるか?オーバー」
『聞こえてます、ヒロトさん。そちらの東北東の建物の中層階です、オーバー』
そちらを見ると、4階建の建物の2階、テナント募集しているフロアにハンスが見える。
「OKだ、帰るぞ」
『了解』
「全部確認終わったのか?」
「あぁ、確認終わり、宿に帰ろうか」
「ふふっ、あぁ、そうだな」
エリスはニコリと笑ってそう言う。
俺はエリスのこの笑顔を、一生隣で見ていたい。
春の陽が暮れる、夕焼けが街を染めていった。
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宿に戻り、連絡事項を終えると、既に夕飯時になる。
俺達は宿の食堂で夕飯を済ませる、資金面での余裕がある訳では無いので、泊まった宿も何方かと言えば庶民向けと言った方が良いのだろうか。
宿の食堂で出たのもコース料理のような物では無く、白身魚のフライとビーフシチューにパンというメニューだったが、中々美味かった。俺はコース料理よりこう言う料理の方が好きだ。
部屋に戻ったのは午後9時くらい、売店で幾つか飲み物を買って部屋に戻った。
「それじゃエリス、おやすみ」
「あぁ、おやすみヒロト」
俺とエリスは部屋が別なので、部屋の前で別れる。
同室のブラックバーンと一緒に部屋に戻り、売店で買った飲み物の瓶を開ける。
瓶の中身は果実水……言ってみればオレンジジュースだ。
俺は未成年、ブラックバーンも未成年なので、酒は飲めない。
異世界では飲酒に関しての法律は無いが、15歳以下に飲ませてはいけないとしている。
ブラックバーンは17だが、酒を飲まない主義を掲げているので酒は飲まない。
というより、ガーディアンは全体的に酒を飲まないメンバーの方が多いのでは無いか?と思う。
一応、基地の自販機にビールなどの自販機はあるが、食堂やロビーで隊員達が飲んでいるのは見た事が無い……特に禁止している訳でも無いのだが。
「そう言えばブラックバーンって何で酒飲まないの?」
そう聞いてみると、ブラックバーンはジュースの瓶から口を離し、答える。
「んー……飲めない訳じゃ無いんスけど、アルコールの味って好きじゃないんスよね……」
酒よりバナナジュースの方が美味いですよ。そう言ってブラックバーンは再びジュースの瓶に口を付ける。
俺もジュースを飲み、窓の外を眺める。
小さな灯りがポツポツと、それが集まって夜景になっていく。
俺達はその後瓶を1本開けると、翌日に備えて早めに寝る事にした。