第69話 事業の結果
伯爵が定例会議に出席し、戻ってきた次の週。立ち上げたタイヤ事業も初期のバタバタを通り過ぎ、落ち着いて来た頃だった。
「……ナンダコレハ」
執務室の机の上に、思わず片言になってしまう程の手紙の山。
隣のエリスは引き攣った表情でその手紙の山を見ている。
定例会議に伯爵が乗って行った馬車がたちまち話題となり、ワーギュランス公領のあらゆる貴族から手紙が届いたのだ。
今日の仕事は手紙の内容を確認すると言うので殆どが潰れそうだ。
取り敢えず、工房のメンバーと相談した結果、1日に組み上げられる足回りは40組、馬車に取り付けるのは30組が限度と言う事になった。
工房の4人を2人1組、"足場組み立て"班と"馬車取り付け"班に分担して作業する。
そうする事で、組み立てと取り付けを効率良く行う事が出来るとの事だ。
俺は目の前の手紙の山に一つ溜息を吐き、執務机の椅子に座る。
「エリス、取り敢えず手紙をチェックしよう。発注の手紙はこっち、それ以外の手紙はこっちだ」
「ああ、分かった。2人でやれば時間も短縮出来るしな」
エリスはそう言うと手紙の山を半分程ソファーのテーブルへ持っていく。
俺もその半分程をソファーのテーブルに置いておく、テーブルを挟んで俺とエリスが向き合う感じだ。
書類整理用のトレーを幾つか置き、2人で作業を開始した。
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朝9時頃から始めた作業、途中でコーヒーブレイクと昼食を挟み、全部終わったのが午後2時頃だ。
「ん〜……!終わったぁ……」
「お疲れ、ヒロト」
「ああ、エリスもありがとうな」
手を組んで伸びをすると、固まった筋肉がほぐされて背中や肩がパキパキと鳴る。
仕分けた結果、ガーディアンへのタイヤの注文が約140件、ギルドや企業、貴族から売れる事を見越して業務提携を持ちかける旨の手紙が84件。
注文は貴族からだけでなく、噂を聞いたギルドや商人、運送業者、果ては農業組合等様々なところから来た。
それに、1通で1台では無く、複数台の注文である。
多分、明日から会計科と工房はてんてこ舞いだ。
俺はソファーの背もたれにそのまま体重を預ける。
「まさかここまで注文が多いとは思わなかったな……」
「私もだよ……それ程好評だったって事だな。良かったじゃないか」
「ガーディアンの通常業務に支障が出なければ良いけどな。そうならない様にするけど」
エリスが横に座る。
俺は何と無くエリスの柔らかい金髪を撫でる。
エリスの髪はいつもツヤがあって綺麗な金髪で、撫でていて心地が良い。
こてんと俺の肩に頭を預けると、俺は頭を撫でる。
エリスは気持ち良さそうな表情を浮かべ、リラックスして目を細める。
「……後で2人で街に遊びに行こうか」
「本当か⁉︎ふふふっ、それは楽しみだな……」
最近は忙しかったから、エリスと一緒に出掛ける、と言うのは出来て居ない。
そろそろベルム街を知る為にも、街に出て遊ぶのも良いだろう。
一頻り休憩した後、俺はパソコンを立ち上げる。
エクセルでアルファベット順に名簿を作り、注文数と請求額のリストを打ち込む。
ワーギュランス公爵まで注文してくれたのはとても有難い。
どうやらレムラス伯爵は公爵にも宣伝をしてくれたみたいだ。
名簿を作ってよく見てみると飯喰いの親分の名前もある、どうやらこっちは物資の運搬用の様だ。
名簿を全部作って会計科に持って行く。
会計科の主任で、俺がジーナと一緒に召喚したアーロン・クラッドソンも、この多さには驚いていた。
彼はその場で電卓を弾いて計算したところ、金貨1200枚以上の利益が出ると言っていた。
日本円で約1200万円に相当する、との事だ。
ようやく小遣いレベルの隊員への賃金から、バイト代レベルくらいにはなった感じだ。
まだ事業もスタートして間も無いので、取らぬ狸の皮算用になってしまうかもしれないが……
俺は会計科に書類を持って行き、執務室に戻って再びパソコンに向かった。
注文の返事と、業務提携を丁重にお断りする手紙だ。
業務提携は今の所、やった所でメリットがあるとは言い難い。
ガーディアンの通常業務に支障を来す恐れもあるので、今回はお断りさせて頂いた。
俺はパソコンでそれらを打ち込み、プリントアウトして一枚一枚丁寧に封筒に入れる。
味気ない手紙だとか思われないだろうか……
そんな不安も抱きつつ、郵便局に手紙を持って行った。
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爆発的人気、と言うのはこう言う事だろう。
パニックにならなかったのは幸いである。
『ヒロト殿』
「ああ、どうもお久しぶりです。この度はお買い上げありがとうございます」
『いやいや、私達の農業組合も、大分軌道に乗って来たからね。ここいらで荷車を新しくしたかったんだ。試乗させて貰ったが、これはなかなか良いな』
そう、引き渡しの際は、1度馬車の試乗を行っている。
乗り心地や、馬が何事もなく引けるかを試す為だ。
もちろんそこで馬が引けなかったり、乗り心地が悪くお気に召さなかった場合は、代金を頂かずに馬車や荷車をお返しする。
今の所そういうのは無いが、念の為に隊員に周知しておいた。
今日は訓練の間に飯喰いの親分が納車(?)に来るというので、少しばかり顔を出した所だ。
「親分お待たせしました!組みあがりました!」
ジョンが工房から声をかけ、車両修理工場の様な所になっている方へと呼ぶ。
そちらに行ってみると、少し使い込まれた荷台に真新しいタイヤが取り付けられている。
この異世界には無い、黒いタイヤと鉄製の車軸、そしてサスペンションの組み込まれた荷台が並んでいた。
しかもこれは馬が引くのでは無く飯喰いが直接引く為、持ち手の部分にブレーキが付いているタイプで、リアカーに近い。
飯喰いの数人がその持ち手を掴み、出発準備を行う。
『ではヒロト殿、代金を……』
「あ、代金でしたらあちらで」
その工房の端に会計を預かるカウンターがある。
会計科のジーナ准尉が飯喰いの親分から代金を貰う。
貨物用を3セット、合計で金貨9枚だ。
しっかり代金を受け取り、取り扱い説明書と共に領収書を発行する。
取り扱い説明書は図解が付いた分かりやすい物で、これも好評だ。
『ではヒロト殿、今後ともよろしく』
「こちらこそ、お買い上げありがとうございました」
親分はそう言うと、新たな荷台を引く子分を引き連れて工房を後にした。
親分には主に食糧の面でお世話になっているから、これで少しは彼らの役に立てる事が出来ただろう。
そう思っている内にも次の馬車が工房に入ってくる。
まだまだ忙しくなりそうだ、俺が居ては邪魔になるだろう。
「ジョン、お疲れさん。また後でな」
そう声をかけて、俺も訓練に戻る為工房を後にした。
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販売を初めてから1ヶ月。
その後も注文は相次ぎ、毎日80件以上の発注の手紙が届いた。
これを全て俺が処理していると、俺自身ガーディアンの通常業務に支障が出てしまうと考え、新たに人員を召喚した。
会計科に4人、工房員に10人を追加して合計で20人がタイヤの販売を担う事になった。
会計科は事務室で手紙の整理を行う部門と、金銭の管理を行う部門に分けられて運用される。
会計科長のアーロン・グラッドソン少尉が最終的に計算したところ、金貨4000枚、日本円にして4000万円以上の利益を上げる事が出来た。
これで少しはガーディアンも金銭的に潤う。
俺は給与の計算を会計科と共に行い、数字の跳ね上がりに会計科と一緒に喜んだ。
しかし、すぐに隊員達に給与を支払える訳ではない。
事業が安定するとも限らないし、また給与を支払えなくなるかもしれない。
俺はある程度事業が安定したら、隊員達に給料を払う事にした。
転生してから、半年が経とうとしていた。
季節は春、暖かくなって来て、西の山からの雪解け水で川が澄んだ色になって来る頃だった。
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今日も今日とて陽気である。
そんな中、地下の射撃場で銃声が響く。
俺のM4が火を吹いている音だ。
いくらガーディアンの隊長、最高責任者だとしても、歩兵小隊第1分隊の戦闘員である事に変わりは無い。
腕が鈍っては困るので、こうして2日に1度は必ず射撃訓練をしている。
因みにもちろんJPC2.0にロープロファイルベルト、FASTマリタイムヘルメットというフル装備で、だ。
今日は確か第3分隊がギルド組合からの依頼を受けて、ダンジョンの探索に行っているはずだ。帰りは夕方辺りだろう。
そろそろ隊員達にも安定した給与が支払える位には、タイヤ販売も進んでいる。
情報部の隊長のナツが言う所によると、貴族や運送業者などにもかなりの人気を博している様だ。
射撃訓練中は______そういった考えすら"余計な考え"となる。
ただ銃を安全に取り扱い、引き金を引いて目標に確実に当てる事だけを考える。
右手でグリップを握り、左手で前方のフォアグリップを握ってM4を支え、脇を締めて安定させる。
若干の前傾姿勢をとり、銃床に頬を乗せる。
照準の際は、両目をしっかり見開き目標を最後まで見る。
機関部上部のレールシステムにマウントされているTorijicon ACOGTA31ECOSスコープの中心に浮かぶレティクルを350m先にある人型の目標に合わせ、引き金を徐々に絞る。
ダンッ!
鋭い反動が銃床を通じて肩を襲う。
その反動を噛み締める前に2発、3発と発砲していく。
無煙火薬が発火し、燃焼ガスが弾丸を銃口から押し出す銃声、5.56×45mmNATO弾のフランジブル弾の実弾がスチールターゲットに命中して砕ける金属音、発射ガスを捕えたピストンがボルトをキックし、空になった薬莢を排出、コンクリートの床に落ちて奏でる澄んだ金属音。
この3種類の音が地下の射撃場に反響する。
俺はセミオートで更に数発発砲、標的に確実に命中させる。
ショルダートランジションを行い、銃床の肩付け位置を右肩から左肩へ移す。
手も持ち替え、左手でグリップを、右手でフォアグリップを握り、左の頬を銃床に乗せる。
ACOGスコープを覗いていた目を右目から左目に。
同じ要領で再び引き金を引いた。
銃声、フランジブル弾が弾ける音、薬莢が落ちる音がまた2度、3度。
再びショルダートランジション、次は視線をACOGスコープの上に取り付けられているRMRマイクロダットサイトに向ける。
倍率の無いオープンタイプのレンズに、1つの赤い点が浮かび上がっている。
目標をそのサイトに合わせ、セミオートで数回発砲する。
変わらない銃声、フランジブル弾がまた命中して弾けた。
今度はまたスコープに目を移す。
親指を動かし、セレクターをフルオートマチック位置へ。
中心のレティクルにターゲットを捉え、引き金を絞る。
感覚的には数発ずつ撃って行く、"指切りバースト"でターゲットを射撃。
指切りバーストで数回射撃、ターゲットに着く着弾痕はセミオートと時よりもバラけ、場合によってはターゲットの後ろに積まれている砂山に当たって砂を舞いあげる。
セレクターを再びセミオートに切り替え、精密な射撃へと移行する。
フランジブル弾の着弾痕は、頭、胴体のバイタルパート、首に集中している。
また数回射撃すると、ボルトストップにボルトが引っかかり、ホールドオープンする。弾切れのサインだ。
俺はM4のマグウェルを目線の高さにあげ、素早く空になったマガジンを外してベルトに取り付けられているダンプポーチに放り込む。
JPC2.0の左カマーバンドに取り付けられたCRYE PRECISION 5.56/7.62/MBITRポーチに2本入れられたP-MAGを1本抜き、マグウェルに差し込んでボルトストップを叩くように押す。
バシャッと言う金属音に小さなチャキッと言う音が混じり、バッファチューブの中のリコイルスプリングがボルトを勢い前進させて新たに差し込んだマガジンから上がってきた初弾を薬室に送り込む。
再びM4を構えるが……集中力が途切れた。
キッカケは、パシャッと言う小さな音。
「……おい、ここに取材許可出した覚えは無いんだけど?」
俺は音を出した主に声を掛けた。
音の主は、この世界には無いはずのデジタル一眼のカメラを構えていた。
「いいじゃないか別に」
そいつはそう言って、ニヤリと不気味に笑った。
モチベーションと忙しさの関係で、もしかしたらこれが今年最後の更新になるかもしれません。
2016、中井修平と「ミリヲタ」をありがとうございました!
また来年も中井修平と、「ミリヲタ」をどうぞよろしくお願い致します!