第66話 引き渡し、報酬、そして思案
1週間遅れましてすみません……
翌日、第3分隊員の運転で、73式大型トラック2輌とM998HMMWVが再び基地から発進した。
トラックの1輌は摘発した店の経営陣ら捕虜を載せて、もう1輌には保護した女性達が乗せられて伯爵の屋敷に向かっている。
俺達第1分隊は捕虜を載せたトラックに乗り、伯爵に捕虜を引き渡す仕事を引き受けた。
ギルド組合の方には第2分隊の1班が向かっており、M998HMMWVには金貨と殺処分したインキュバスから切り取った角が漏れなく積まれている。
伯爵の屋敷までの仕事で戦闘にはならない為、装備はベルト周りの1stラインに固めてある。
左腰のCRYE PRECISIONの5.56/7.62/MBITRポーチには5.56mmのP-MAGが2本、その後ろのFASTマグポーチにもP-MAGが1本。
右腰にはSafariLand6395ホルスターが下げられ、中にはSIG P226が入っている。
俺は油断なくM4A1を捕虜に向け、見張っている。
トラックの中にはエリスとヒューバートとエイミー。
2台目にはグライムズとアイリーン、ブラックバーンとクレイが荷台に乗っている。
屋敷に近付き、門の前でトラックが停車する。
門の衛兵が俺達を警戒するが、あちらが俺を確認すると1人が屋敷へと走って行った。
恐らく伯爵を呼びに行ったのだろう、その間に俺達達は捕虜と女性達をトラックから下ろす。
「座れ!手を頭の後ろで組んで座るんだ!」
腹から威圧的な声を出し、手枷の掛けられている経営者達捕虜を地面に膝をつかせる。
魔術を使って暴れない様に、相手から魔力を奪う首輪を付けている。
魔術師相手の拘束には必須のアイテムだ。
そうしているうちに、屋敷の主、レムラス伯爵が驚いた様な表情を浮かべ、外に出てきた。
「驚いたな……まさかこんなに捕らえてきてくれるとは……流石はヒロト殿だ」
「伯爵からのご依頼でしたので、頑張りました」
経営者達は伯爵の私兵が連れて行く、その後聞いた話によれば、この後彼らは伯爵も出席する裁判に掛けられ、それ相応の裁きが下るらしい。
「……ところで、彼女達は?」
グライムズ達が保護する様に囲んでいる女性達を一瞥し、伯爵は俺に問いかける。
「……あの街のあの店で、インキュバスの違法な繁殖が行われていました。彼女達はその苗床になっていて、救助しました」
俺は女性達には聞こえない声量で伯爵にそう答えると、伯爵は再び驚いた様な表情を浮かべた。
あの檻の中で何人がああいう目にあって惨めに死んでいったのかと考えると、物凄く胸糞悪い。
「……わかった、彼女達も私が保護しよう。社会復帰まで任せてくれたまえ」
「ありがとうございます、では彼女達もお任せ致します。何か力になれる事があったら、また何なりと」
「そうだな、頼りにしてるぞ。報酬はギルド組合を通して渡すよ、ご苦労だった」
伯爵はポンポンと俺の肩を叩き、労う。
「では伯爵、これにて」
「また頼む」
俺達は乗って来たトラックに乗り込み、屋敷を後にした。
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ガレント視点
昨日の戦闘から半日、俺達はクエスト達成の報告と没収したお金の引き渡し、インキュバスから切除した角の売却の為にギルド組合に来ていた。
第2分隊の仕事として、ヒロトさんから任されたのだ。
大小様々な金貨銀貨の入った麻袋4つと、20本程のインキュバスの角が詰まった袋を持ち、組合の中に入る。
俺とサーラ・アークライトが中へ、リチャード・スティングとロバーツ・ラプターはM998HMMWVで待機だ。
整理券を貰い、番号が呼ばれるまで待合室のクエストの張り出された紙を見て待つ。
「12番の整理券をお持ちのお客様ー」
そうして少し時間を潰していると、整理券に書いてある番号で呼ばれる。
呼ばれたカウンターの席に座ると、受付嬢がカウンターを挟んで座っている。
いつもお世話になっている受付嬢だ。
「本日はどの様なご用件でしょうか?」
「レムラス伯爵からこう言ったクエストを受けておりして、完了したので報告に上がりました」
そう言うと俺は持って来ていたバッグから受けたクエスト内容の用紙と、ヒロトさんに任されたレポートをまず提出した。
受付嬢はそれに目を通し、スタンプを押す。
その用紙を回収してから、受付嬢は問い掛けてくる。
「その他に向こうで回収した物はございませんか?」
「ありますよ」
「でしたら、あちらのカウンターの方で対応致しますので、お手数ですがよろしくお願い致します」
そう言って受付嬢が手で示した方には、クエスト時に回収した物を預かったり、換金したりするカウンター。
例えば魔物討伐系のクエストを受けると、魔物を退治した証明として、魔物から換金出来る箇所を切り取って持っていく必要がある。
もちろん持って行った物は換金して貰えるので、冒険者達の活動資金となる。
討伐系クエストで無くても、換金は可能だ。
因みに今回のクエストでの没収金は俺達の物にはならず、ギルド組合に返す事になっている。
そのカウンターへ持っていくと、別の受付嬢が応対してくれた。
「本日のご用件は……」
「魔物の部位の換金と、没収金の返還です」
「はい、ありがとうございます。お預かり致しますね」
受付嬢に袋を渡すと、驚かれた。
何しろ、大人2〜5人分の力を持つインキュバスの角が20本だ。
普通だとインキュバス3人に対して、5〜10倍の戦力を投入しないと勝てない、と言われている程、インキュバスを仕留めるのは本来難しい事なのだ。
「え、えと……ギルド"ガーディアン"様。インキュバスの角20本でよろしいですか?」
俺は自信を持って答えた。
「はい、そうです」
「あ、え……し、少々お待ち下さい?」
そう言うと、受付嬢は引っ込んでしまった。
どうやら、インキュバスの角が20本と言うのは想定外だったらしい。
受付嬢が再びカウンターに姿を見せたのは、数分後だった。
どうやら本当にインキュバスの角なのか、本当にガーディアンのみでの成果なのか、裏を取っていたらしい。
「え、と……インキュバスの角が20本で、金貨35枚になります」
……大金である。
1人の人が、大体2ヶ月以上、贅沢な生活をしても、1ヶ月は生活出来る金額だ。
戸惑いながら受付嬢が金貨の入った袋と領収書を手渡してくる。
それらを受け取ると、今度は俺達が没収金の入った麻袋を預ける。
こちらは然程驚いていない、今までにも何度かあったようだ。
「はい、こちらですね?お預かり致します。伯爵からの報酬は2日後のお支払いになります。クエストお疲れ様でした!」
一通りの手続きが終わると、クエストは完全に終了となる。
「おい、あれガーディアンだぜ」
「本当だ、アーケロンを文字通り殲滅した奴らか……」
「アーケロンの奴らは相当荒い連中だったからな、奴らが居なくなって良かったぜ……」
他のギルドや冒険者、傭兵の、敬意と興味の混ざった視線を感じながら、組合の建物を出る。
「リチャード、ロバーツ。帰るぞ」
「幾らになりました?角」
「聞いて驚け、金貨35枚だ」
HMMWVの止めてある場所に戻り、俺は助手席に、サーラは後部座席に乗り込むと、リチャードがエンジンを掛けながら早速聞いてくる。
俺はずっしりと重い麻袋をジャラジャラと音を立てて示した。
「本当っすか⁉︎これは昇給ですかね⁉︎」
「残念ながら経費だな」
「えぇ〜⁉︎」
残念そうに声を上げるリチャードと、それを見て笑っているロバーツ。
帰るぞ、と一声かけると、ロバーツはHMMWVを基地まで走らせた。
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ヒロト視点
戦闘後の車輌や銃器のメンテナンスがほぼ完全に終わった2日後、レムラス伯爵から、ギルド組合を通じて報酬が支払われた。
何と、組合からの補助金も合わせて金貨420枚、日本円で420万円である。
流石は伯爵、太っ腹だ。別に伯爵の腹が太い訳では無い。
それを元に給料の計算をするが……大した額にならない。
何しろ、今では合計で200人近い戦闘団だ、今までのクエストを受けていた資金を合わせても一人頭金貨4〜5枚程度、これでは隊員達も不満だろう。
ギルド組合からの仕事以外でも何かを考えないといけないだろう。
経済状況以外では、考えるべきは3つ。
まずは階級、これは以外とすんなり決まった。
まず、俺の階級は中尉。
階級をつけた目的は"戦闘での指揮系統の混乱を防ぐ為"であるから、基本的に平時は関係は無いし、俺がガーディアンを率いる総隊長なのは変わりは無い。
他の者はといえば、俺の副官と無線手を兼ねるエリスは准尉。
第2分隊の分隊長を務めるガレントは少尉。
小隊長である健吾は大尉。
戦闘時に総指揮官を務める孝道と、C2ヘリから指揮を執るナツは少佐となった。
繰り返しになるが、階級をつけた狙いは「戦闘での指揮系統の混乱を防ぐ為」だ。
俺は階級で差別するつもりも無いし、平時の上下関係を作るつもりも無い。
隊員達に説明した時に、平時に階級による差別はしないと誓ったし、皆にもしない様に念を押しておいた。
俺の制服の肩には、階級章が輝いている。
一本線の上に星が2つ、自衛隊の階級章を参考にした"中尉"の階級章だ。
話を戻す。
他の問題点と言うと、残りの2つは狙撃部隊についてだ。
まずは装備、マークスマンライフルの統一についてだ。
同じ7.62×51mmNATO弾を使っていても、弾倉が共有出来なければ効果は薄い。
そこで、共有する為のマークスマンライフルを選定しようと思うが、候補は3つ。
1つ、スプリングフィールド造兵廠製、M14SEクレイジーホース。
ローレルが愛用しているマークスマンライフルだ。
もう1つが、シェリーが愛用しているH&K社製、MSG-90A2だ。
最後に、ここまで誰も使ってはいなかったが、ナイツ・アーマメント社製のSR-25。
クリスタが使うRSASSは精度も作動信頼性も高いが、何処の正規軍も採用していない。
そして歩兵部隊の主力がM4である事を考えると、何となく違う気がする。
近いうちに、M14SEかMSG-90A2、SR-25の3つの内どれかを選定する試験を行う事になるだろう。
狙撃部隊の問題2つ目、編成についてだ。
交戦距離がどうしても短くなる市街地で、スナイパーとマークスマンで構成されるペア制の狙撃分隊の脆弱性が露見した。
近距離での交戦における分隊の火力不足である。
その影響か、米海兵隊でも現在はペア制は解消されている。
1チームは狙撃手×2、観測手×2、無線手の5人になっている様だ。
俺達もそれに倣いたいところだが……いかんせん人手が足りない。
いくら人員の"召喚"が可能と言っても、現在のレベルでの召喚には限度があるし、人を増やす事による資金不足も深刻である。
さぁ、どうしようか……椅子の背もたれに体重を預けてバリバリと頭を掻く。
少しリフレッシュしようと思い、席を立つ。
お湯を沸かし、自分で自分のコーヒーを淹れて飲む。
……悪くは無いが、やはりグライムズやエイミーが淹れた方が美味い。
これを飲み終わったら、トレーニング行くか。今日は午前中に筋トレ、午後は射撃訓練がある。
執務室の窓からは、宿舎と司令部庁舎を隔てる通路が見える。
車輛格納庫に直結する為、HMMWVが横に4輌くらい並んでもまだ余裕がある通路だ。
そこをギルド組合からクエストを貰いに行ったのか、1台のランドローバーSOVが通過して車輛格納庫に向かう。
今日のギルド担当は誰だ……あぁ、そうかアレックスとリールだ。
あの2人苗字が北欧神話に出てきそうなんだよな、そう言えば……
2人がそろそろ上がってくるか、依頼があった仕事は何だろうか?
使い捨てのコーヒーカップに入ってコーヒーを一口飲み、そんな事を思ったある日の午前中であった。