第65話 帰還
後方で凄まじい銃声と爆発音、そして軽めのヘリの羽音。
AH-6Mキラーエッグが、ミニガンと2.75インチロケットで追っ手を始末している音だ。
無事に市街地を脱出し、基地まで帰る車輌。
分断されていた俺達は無事全員が合流出来、狙撃小隊で捕虜に取られていたクリスタも救出出来た。
そして何より当初の目的であるぼったくり店の摘発と、ついでに不法繁殖しているインキュバスの殺処分と、苗床になっていた女性たちの救出が出来た。
クリスタを捕虜に取られていたとはいえ、無事救出した狙撃小隊の活躍は賞賛に値するし、出撃前には少しバラけ気味だった狙撃小隊の結束力を高める事が出来ただろう。
しかし、今回の市街地での戦闘は「試合に勝って勝負に負けた」感が否めない。
分断された際の指揮系統の混乱、そして狙撃分隊の脆弱性も露見した。
当初は1時間以内で終わると思っていた作戦も、気付けば23時を終えようとしている時間までズレ込んでいた。
「こりゃ、再編成も必要あるかねぇ……」
追っ手の蹂躙が完了したAH-6Mキラーエッグがコンボイの後方に着くのを見つつ、俺はそう呟いた。
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基地の営門を潜る。
C2を通じて食堂で無線や映像が流れていたらしく、砲兵中隊、重迫分隊、ヘリパイロット等の留守番を任せていたメンバー達が敬礼で迎えてくれる。
「お疲れ様でした!」
「良く生きて戻って来て下さった!」
「お疲れ様です!」
様々な声に出迎えられる。
俺達は答礼をし、車輌格納庫前にコンボイを停めた。
航空機格納庫の方では、AH-6Mキラーエッグが着陸し、整備士達の歓迎を受けている。
停止したトラックから全員降り、拉致されていた女性達を誘導する。
「座れ!手を頭の後ろで組め!座れ!」
前方の73式大型トラックでは、捕虜にした風俗店の経営陣が下されていた。
「エリス、2班を率いて彼女達をロビーへ。俺は部屋の鍵を取ってくる」
「わかった」
エリス達に女性達を任せて、俺は事務室へ。
空き部屋の鍵を取り、再びエリス達の元へ戻る。
女性達に鍵を渡し、部屋を自由に使ってもいいと言った後は捕虜にした風俗店の経営陣の対応だ。
取り敢えず1人ずつに分け、地下の独房にブチ込んで置いた。
見張りは取り敢えず留守にしていた重迫撃砲分隊に任せてある。
勿論交代制で見張りをつけ、明日の朝にはレムラス伯爵に引き渡す。
没収した金貨等は明日、レポートと共にギルド組合に提出する事になっている。
金貨は砲兵達の手によって俺の仕事場である執務室へと運び込まれた。
各隊が車輌を格納庫に入れ、格納庫前に集合する。
「皆お疲れ様、狙撃小隊、限られた人数で素早く救出作戦を実行した手腕は見事だった、賞賛に値する。今後ともより一層結束を固め、協力して欲しい」
俺がそう褒めると、小隊長のカーンズが敬礼して礼を言う。
「次に分断された1号車2号車、無事に生きて帰ってくれて何よりだ。パニックに陥りそうな状況下、素早く部隊を動かしたルイズ以下8名、良くやった」
同じように敬礼で謝意を示す1号車と2号車に乗っていたメンバー。
「では各自装備を解いて休んでくれ、しっかり身体を休める事。身体のマッサージは怠るなよ、明日筋肉痛で辛くなるぞ」
そう言うと笑い声が上がる、本当に俺は仲間に恵まれたと実感した。
「では、各自解散」
俺はそう言い敬礼をすると、全員がピシリと敬礼を返し、解散して行く。
格納庫から司令部2階に繋がる階段の手前に、複数の斜めに差し込んだ極太の塩ビ管が並んでいる。
その中には柔らかい砂が入れてあり、各員はマガジンと薬室から弾薬を抜き、その中に向かって空撃ちして行く。
カツンカツンとハンマーが落ちていく音が車輌格納庫に響いた。
俺も空撃ちし、ロッカールームに入ると、既に半分以上のメンバーが着替えを終えて宿舎に戻っていた。
ロッカーの鍵を開けて、装備したのとはほぼ逆の手順で装備を外していく。
ヘルメットの暗視装置も外し、ロッカーの中の引き出しに仕舞っておいた。
ライフルと拳銃の弾倉から使っていない弾薬を抜き取り、弾薬箱へと入れる。
ホロサイトから電池を抜き取り、所定の場所へ仕舞う。
いつも通りODの作業着に着替えると、ロッカーの鍵を掛けてロッカールームを出る。
いつの間にか日付が変わっていた。
俺が出てくると、丁度階段を挟んで反対側の女子用ロッカールームのドアが開く。
「エリス様、お疲れ様でしたー」
「ああ、お疲れ様ー」
綺麗な金髪、碧い目、エリスが丁度ロッカールームから出てくると所だった。
エリスは階段を下りていくクレイとアイリーンと別れ、エイミーが付き添っている。
「ヒロト、丁度良かった」
「エリスも今着替え終わりか、どうした?」
「ヒロト、どうせまた今日も遅くまで組合に提出するレポートを書こうとしてただろう?」
……バレてら。まぁエリスに隠す事でも無いし、いつもの事と言えばいつもの事だ。
「だから、私達も付き合おうと思ってな」
「ご一緒させて頂きます、ヒロトさん」
俺は2人が夜更かしで心配になる反面、そこまでして協力してくれる良い仲間を持ったな、と思った。
こういう事がある度、いつも思う。
「……そうか、ありがとう2人とも」
そう礼を述べるとエリスはニコリと笑い、エイミーもそれを見て微笑ましげに笑う。
結局2人が手伝って、レポートが終わったのは午前1時半だった。
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執務室の椅子にふんぞり返る。
指を組んで腕を前に伸ばし、続いて上へと伸びをすると、背骨がパキパキと鳴った。
「ん"〜〜……はぁ、終わった……」
椅子に体重を預けると、ギシ、と椅子が抗議する様に唸る。
「んっ……はぁ、終わったな」
「お疲れ様でした」
エリスも軽くストレッチをし、エイミーはしれっと飲んでいたコーヒーのマグカップを片付けている。
「おやすみになられる前に、良く眠れる様に暖かいココアをお入れ致しますね」
そんな事を聞く辺り、エイミーは優秀なメイドだ、と思う。
「おう、ありがとうな」
そう礼を言うと、エイミーは執務室に備え付けの給湯室でお湯を沸かし始める。
「付き合ってくれてありがとうな、エリス」
「大丈夫だ、今回の戦闘ではトラックでの移動がメインだったんだ。ヒロトは1度離れていたし、分からないところを補佐するのは私の仕事だ」
「……本当にありがとうな、エリス」
俺はそう言うと、エリスの柔らかい金髪を撫でた。
エリスは嬉しそうに表情を歪める。
「どうぞ」
「ありがとうエイミー」
「ありがとう、頂きます」
エリスがエイミーに礼を言い、俺も礼を言ってマグカップを受け取り一口飲む。
うん、美味い。
コーヒーを淹れるのはグライムズが1番だが、紅茶とココアはエイミーが1番上手い。
「それにしても……今回の戦闘で今後の改善課題が見えたな……」
「あぁ、確かにな……」
今回の市街地戦を経て、俺達が改善すべき点が幾つか浮上した。
まずは車輌が分断された際に指揮系統が混乱した事だ。
「指揮官クラスが全員こちら側にいたからな……ルイズが1号車に居なきゃどうなってたか……」
エリスもそんな事を言う。
ここから見えて来るのは、「階級」の必要性だ。
今回の様に指揮官を失った部隊で階級が無い部隊は、誰が指揮を取れば良いかでまずパニックに陥る。
指揮官との分断、指揮官の戦死でも同じ事だ。
階級があればその場で最も階級が高い者が指揮を執り、素早く行動に移れる。
「階級……つけるか」
俺はそう呟く。
階級をつけるに伴って、階級章も作成するつもりだ。
そして次の思案内容は……狙撃部隊についてだ。
「狙撃部隊は長距離での交戦を想定した部隊だから、市街地のような近距離だと脆いな……」
エリスがそう漏らす様に呟いた。
そう、交戦距離がどうしても短くなってしまう市街地で露見した狙撃部隊の脆弱性。
今回の様な市街地に対応するには、CQBの訓練などでは足りず、装備面、編成面での見直しも必要という事だ。
「だからと言って歩兵分隊から人員をこれ以上割けないし……困ったもんだ……」
「エリス様、ヒロトさん。考えるのは後に致しましょう。もう夜も遅いですし、起きてから考えても遅くは無いのでは?」
エイミーにそう言われて気付く、もうそろそろ午前2時になりつつある時間だ。
「おぉ、そうだな。遅くまで付き合わせてすまない」
俺とエリスは残りのココアを飲み終える。
甘い香りが口一杯に広がり、もう少し堪能したいところだが、エイミーも付き合ってくれてる身だ、早く切り上げた方がいいだろう。
それに、まだ時間もたっぷりある。
考えるのは後でいいだろう。
仕上がったレポートをクリアファイルに入れ、仕舞っておく。
金貨の入っている袋を執務机の後ろ側に起き、改めて袋の数を確認。
その間にエイミーがマグカップを洗って、片付けた。
電気を消して執務室の鍵をかける。
他の部屋も戸締りして回る。
「ごちそうさまエイミー、美味しかったよ」
「エイミーは何でも出来るからな……屋敷に居た時も、今も、自慢の従者だよ」
「お褒めに預かり光栄です、ヒロトさん、エリス様」
他愛も無い話をしながら、司令部庁舎の地下へ。
司令部地下は、トンネルによって宿舎の1階へと繋がっている。
何故地下と1階が繋がっているかというと、高さを調整する為に宿舎側の土地は少し掘り下げてあるからだ。
つまり、地面と同じ高さのところにあるのは宿舎2階に当たる。
そしてこの寒さの中、司令部の外へ出て宿舎に戻る気にはなれない。
俺とエリス、エイミーの部屋は2階にあるので、階段を上って部屋へ。
「それではヒロトさん、エリス様、おやすみなさいませ、良い夢を」
「ありがとうなエイミー」
そう言うと俺達はエイミーと別れた。
俺の部屋は"A 2 10"という番号が振られている。
エリスの部屋は隣の"A 2 11"号室だが、エリスは一部の私物を俺の部屋に持ち込んで、殆ど俺の部屋に居る。
「エリス、今日はどうするんだ?一緒に寝るか?」
もう俺も慣れてしまったのか、恥ずかしげも無くそんな事を言えるようになった。
「あぁ、いつも通り、だ」
「そろそろ俺の部屋とエリスの部屋繋げるドアでも作るかねぇ」
「それは良いな。さ、もう遅いから、フロに入って寝よう」
部屋の鍵を開ける、いつもと変わらない部屋、戦闘から帰るといつも「無事に帰って来れて良かった」と思う。
そしてこれからも全員、無事に生きて帰って来ようと心に決める。
俺はその後エリスと一緒に風呂に入り、背中を流しあって温めあう。
外は寒かったので、ゆったりと湯船に浸かり、足や腕などのマッサージも行う。
風呂から上がり、寝巻きに着替えると、歯を磨いて電気を消し、エリスと共にベッドに入った。
エリスは俺よりは背は低いが、女性の中では長身の部類だ。
しかし彼女がそれをコンプレックスにしている様子は無い。
ベッドに入ると、俺の首の辺りにエリスの頭が来る。
いつも俺が腕枕で支えてやると、胸に顔を押し付けて甘えてくる。
皆から慕われているエリスは甘える相手が居なかったのだ。
ならば俺は喜んで、その役割を引き受けよう。
「おやすみ、エリス」
「ああ、おやすみ、ヒロト」
エイミーが入れてくれたホットココアのせいか、よく眠れる気がした。
俺はエリスを抱き締めて、睡魔に身を委ねた。




