第64話 合流
エリス視点。
ヒロトがトラックを降り、狙撃小隊の支援に向かった。
直後に届いた無線から、狙撃小隊は全員無事、捕虜になっていたクリスタも救出出来た様だった。
私は、このコンボイのトラックの護衛を引き受けた。
ヒロトなら、大丈夫。そう信じているから、私は行かなかった。
私が惚れた男だ、そう簡単にくたばる事は無いだろう。
コンボイは走り出し、再び市街地を目指す。
南東から市街地を離脱した私達は今、街を迂回して北西から街へと進入しようとしていた。
何しろ南東には家から外したドアや持ち出した家具等で様々なバリケードが築かれており、とても車輌が入れる様にはされていない。
下手に突っ込むとその場に擱座して、集中砲火を浴びて全滅なんてこともありうるし、擱座車輌に分断されて各個撃破、と言うのも考えられる。
敵の主力は恐らく、狙撃小隊と南東側にまだ集中している筈。
全く不安が無い訳じゃ無いが、いつも一緒にやってきた仲間が一緒だ、心配する必要は無い。
M1044HMMWV6輌と73式大型トラック2輌で構成されたコンボイは死闘の予想される市街地へと再び足を踏み入れた。
一度市街地へと入れば、こちらに向けて矢が放たれ、車体にぶつかって音を立てる。
「そぉれ!射って来た!射って来た!」
私はそう言うと、幌の隙間から銃口を覗かせる。
トラックの床に伏せ、銃を横向きに構えて照準するいわゆる"SBUプローン"の姿勢での射撃。
EOTech EXPS3ホロサイトで狙いを定めて引き金を引くと、反動を残して弾丸が飛び、命中した敵の体内組織を破壊する。
エイミーはM249MINIMI PIPを後部から敵の居る屋根に向かって射撃し、アイリーンはCQB-Rから偶にFN Mk13 EGLMに持ち替えて擲弾を発射し、クレイはライフルマンとして暗視装置越しの緑の世界へと弾丸を撃ち出していく。
トラックの荷台は銃声と空薬莢の落ちる音で満たされ、前方の車列からはM2重機関銃の重い銃声が轟く。
「1-1よりHQ!合流までどれ位だ⁉︎」
『エリスか⁉︎待て』
喉元に取り付けた咽頭マイクをつけ、車輌部隊の状況を聞く。
襲って来る敵に対しては反撃するが、いつまでもそれを受けている訳にもいかない。
小隊長のケンゴはC2へと通信を繋ぐ。
『C2、合流までどれ位だ?』
『現在ユニット1はそこから6ブロックのところまで来ている、もうすぐだ』
『了解、1-1へ、エリス。6ブロックだ』
「了解、もうすぐだな?ケンゴ!」
そう聞いた私はもう直ぐ合流出来ると知り、敵に向かって再び射撃を開始した。
========================
ルイズ視点。
『ユニット1、ルイズ!ユニット2のコンボイが6ブロックの所まで迎えに来ている』
「了解!もう直ぐ合流出来るぞ!踏ん張れ!」
俺達はC2からのその通信を聞いて、もう一踏ん張りだ、と思った。
既に様々な攻撃を受けて車輌はキズだらけになり、フロントガラスは蜘蛛の巣状のヒビが入り前が少し見辛い。
俺はドアの窓からM4A1 CQB-Rの銃口を覗かせ、射撃する。
Aimpoint COMP M2の光点を敵に重ね、引き金を絞る。
暗視装置の緑色の世界でマズルフラッシュが大きく光り、弾丸は音速の3倍程で銃口から射出される。
銃座にはマシューズが着き、ブローニングM2重機関銃を射撃し、屋上に隠れる敵を遮蔽物ごと撃ち抜いていく。
崩れたり穴が空いたりする遮蔽物の向こう側で、血飛沫や肉片が飛び散るのが暗視装置越しに見えるからわかる。
路地から出てくる敵にM4で5.56mm弾を叩き込み、後続にも撃ち込んで頭を下げさせる。
猛スピードで街を突っ走る2輌のHMMWVに向けられるのは興味と敵意、そして実際の弓矢やクロスボウ、そして攻撃魔術。
武器を向けて来る奴には確実に倒し、攻撃魔術を差し向けてくる奴は発動前に撃ち抜く。
『次の曲がり角を左折しろ』
「了解!左折だ!」
運転席のトミーがハンドルを切り、左折する。
が、正面には木の板で作られたバリケードが張られていた。
しかも、道の幅に壁から壁へと、恐らく釘か何かで打ち付けられているらしく、設置型バリケードと違い跳ね飛ばす事は出来ない。
パンツァーファウストⅢも使い切った。
『C2よりユニット1、バリケードを破れるか?』
「出来無いと合流出来無いんだろ⁉︎やってやるさ!マシューズ!前方のバリケードを撃て!ボロボロにしてやれ!」
「了解!」
『破ったら右折しろ、その道にユニット2がいる』
あのバリケードの向こうにはユニット2がいる、となるとやはりバリケードを突き破るしかない。
側面に向いていたM2の銃口が正面に向けられ、高威力の12.7mm弾が重い音を立てて撃ち出される。
木製のバリケードに次々と穴を穿ち、ボロボロにしていく。
トミーはアクセルを踏み込む、オートマのHMMWVは加速が楽だ。
速度メーターの針が跳ね上がり、エンジンが唸る。
「マシューズ!頭引っ込めろ!」
撃ち続けていたマシューズに頭を下げさせる。
「行け!」
「っ!」
トミーは衝突する寸前、ブレーキを踏んでハンドルを右に切る。
後輪が横滑りさせ、ハンドルを逆に切る。
横滑りしたら逆に切ると、ドリフト時に安定した走りが出来るのだ。
ガン!という大きな衝撃。
バリケードの木材は折れて吹っ飛ばされ、2号車も後を追う様にドリフト気味に右折する。
『後方よりユニット2接近、無事に合流出来たみたいだな』
背後を振り返ると、分断されていた後ろのコンボイがこちらに向かって来ているのが見えた。
「ふぅ……」
安心からか大きく溜息を吐く。
この辺りが第3分隊が第3分隊たる所以だ。主に小隊の車輌運転を担当する第3分隊では、車輌運転のテクニックを高める為に日々訓練を重ねている。
『ルイズ、大丈夫か⁉︎』
分隊長のストルッカさんから通信が入る。
呼吸を整え、マイクのスイッチを押した。
「ええ、全員無事です。指揮権を分隊長に戻します」
『了解した、無事で何よりだ』
向こうの車列から見たら、突如バリケードを突き破ってこの2輌の傷だらけのHMMWVがドリフトしてきた様に見えるだろう。
ともあれ無事に合流出来たのだ、後は狙撃小隊を拾って、基地に帰るだけだ。
===========================
ランディ視点。
合流地点Bは、交差点から少し離れた1本道の傍らにある廃屋だった。
1本道とは言っても、道幅はかなり広く、狙撃銃の出番もありそうだ。
建物の中に追い立てる様に攻撃を受ける。
「全員大丈夫か⁉︎」
小隊長のカーンズが全員にそう声をかける。
「大丈夫!」
「こっちもだ」
全員がそう答えると、各自が窓や崩れた壁の隙間などに射点を確保、狙いを定める。
俺はポーチから新たなマガジンを取り出し、背負っていたM24SWSに装填する。
窓や隙間から銃口を出す様な狙撃手は狙撃手失格だ、狙撃小隊の全員は窓から少し入った場所に射撃点を確保している。
俺も窓から少し入ったところに射点を確保、スコープを覗き込む。
まずは向かいの建物の屋上でこちらに弓矢を向けているインキュバスが1人。
スコープに浮かぶ十字のレティクルを合わせて呼吸を整え、引き金を絞る。
ダァン!
発射された8.58×71mm .338Lapua Magは寸分の狂いも無くインキュバスの頭を貫く。
ボルトハンドルを操作、ピンチメソッドと言われる操作方法だ。
ボルトハンドルを親指、人差し指、中指でしっかり握り、腕の力でボルトを回す。
ハンドルを引き、排莢、押し込んで次弾を装填し、ハンドルを回して固定する。
次はこちらに向かって炎系中級攻撃魔術"フレア・ジャベリン"を放とうと詠唱中の魔術師だ。
スコープのレティクルを頭に合わせ、呼吸を整えて引き金を絞る。
M24の銃口から2発目の弾丸。
弾丸は眉間の真ん中を貫き、詠唱途中だった"フレア・ジャベリン"があらぬ方向へと放たれて建物の壁が崩れる。
次弾を装填、ボルトを回す。
……が、ハンドルが回らない。
ヒロトさんから聞いた話だ。
「大口径弾やマグナム装弾は、ハイプレッシャーがかかる為ボルトが回りにくくなる事がある」と言う。
そんな時の解決法、銃床を脇に挟み、ボルトハンドルを掌底でかち上げる。
そしてぐっと力を入れてハンドルを引いて排莢させる。
掌を返し、ボルトを押し込みハンドルを下げる。
呼吸を整え、照準、3発目の射撃。
こちらに弓矢を向けている兵士の矢ごと、喉を撃ち抜く。
隣で射撃しているクリスタは、屋上から狙う敵に7.62mmのダブルタップを食らわせ、近づく敵にも精確な射撃で弾丸を送り込んでいた。
ロフトの様な場所に登っているカーンズは、一撃必殺の12.7mm弾で敵を2人程纏めて首から上を飛ばしているし、バズはその隣で補佐をしている。
Mk12 SPRから5.56×45mmでも重い弾芯のMk262弾を次々叩き込んで行き、敵を射殺する。
アンナは俺に次ぐ精密さで敵に8.58×71mm .338Lapua Magを敵に送り込む。
最新のライフルであるレミントンMSRは、アンナに操られて次々と精密狙撃を叩き出す。
その横でアンナの補佐に付き、射撃するエル。
シェリーはH&K MSG-90A2のカーレスヘリオスA6スコープのレティクルを敵に合わせ、引き金を引いていく。
「ローディング!」
「カバー!」
シェリーはそう言うとコッキングハンドルを回して固定、空のマガジンを外す。
リロードをカバーするのはローレルだ。
彼女はM14SEクレイジーホースを手に、7.62mm弾でマークスマンとして敵を次々と射殺する。
その間にシェリーのMSG-90A2の再装填が完了、コッキングハンドルを叩いて戻す。
H&K社のライフルやSMGで見られる独特の再装填方法を"HKスラップ"と言う。
狙撃小隊は一つになって、合流までここを守ろうと射撃を繰り返す。
「フレア・ジャベリンだ!」
誰かが叫んだ。次の瞬間、建物にフレア・ジャベリンが突き刺さる。
建物が大きな音を立て、壁に大穴が開く。
狙撃しようとしたが、立て続けにファイア・ボールを放たれて顔を上げられない。
ドガン!
カーンズがM82A3を射撃、数人の魔術師が居るようだ。
対物ライフルの狙撃により、魔術師数人は頭が無くなったり上半身と下半身が千切れたりと酷い骸を晒し、少しずつファイア・ボールの弾幕が薄くなって行くが、なかなか攻撃が止まない。
カーンズの対物ライフルの弾薬が切れる、バズは背負っていたバックパックから取り出していた予備マガジンをカーンズに渡し、再装填。
再びカーンズが射撃しようとした時、フレア・ジャベリンやファイア・ボールを放っていた魔術師が全員、突如倒れた。
===========================
ヒロト視点。
敵との交戦を避け、ここまで来れた。
おかげで1発も発砲していない、恐らく奴らにも居場所はバレていないだろう。
暗視装置越しの緑の世界で、敵が炎の槍や球を打ち出している。
俺は片目側のPVS-31を跳ね上げ、ゆっくりと近づいて行く。
相手からは恐らく、俺達は暗闇に紛れ込んでいてわからない。
3人にハンドサイン、『一斉射撃用意』
それを見た3人は、静かに頷き、それぞれの銃を構える。
安全装置解除、セミオートマチックに合わせる。
銃床を伸ばして肩にしっかり当て、ホロサイトのレティクルをピタリと敵に合わせる。
指でカウントダウンする。
3……2……1……
一斉射撃に引き金を絞る。
5.56×45mmNATO弾が奏でる銃声に敵が気付く前に、全員が射殺される。
魔術師以外の奴らはこちらに気付き攻撃して来るが、暗闇の中ではそうそう当たらない。
合流地点Bまで射撃しながら走る。
俺がポイントマンになり、その後ろにグライムズとヒューバートが側方警戒、ブラックバーンが後方を警戒して追手を始末する。
「Sどこだ⁉︎こちら1-1!」
俺達は壁を背にし、全周警戒態勢を取り、無線を点ける。
『こちらS、合流地点Bです。ヒロトさんですね、ご無事で何よりです』
応えたのは小隊長のカーンズだった。
クリスタ救出作戦成功の報を聞いて一安心したが、無事合流地点Bに到達していた事にも安心した。
「そっちもな、これからそっちに向かう。援護射撃が必要だ」
『了解!西側から1-1が来る!援護射撃!誤射に気を付けろ!』
向こうも余程安心したのか、無線を付けっ放しでそう叫ぶ。
俺は狙撃小隊の援護射撃の下、無事に狙撃小隊と合流した。
「ヒューバート、火点確保しろ」
「了解」
この中で最も高い火力を有する分隊支援火器を装備するヒューバートが火点を確保、迫って来る敵に向かって掃射していく。
俺は再び無線を繋ぐ。
チャンネルはC2、そして小隊本部に繋がるチャンネルだ。
「1-1よりC2、Sと合流した。車輌部隊の到着予定時間は?オーバー」
『こちらC2、車輌部隊も合流した。そこへの到着予定時間は5分後だ。撤収の準備をしろ、オーバー』
安定したナツの声が返ってくる。
車輌部隊の方も、分断されたユニットと合流したらしい。
「了解!」
無線を切って狙撃小隊のメンバーに叫ぶ。
そこからは銃声と薬莢の落ちる金属音を奏でる演奏会だった。
9×19mm、5.56×45mm、7.62×51mm、8.58×71mm、12.7×99mm……5種類の口径の銃がそれぞれの銃声を発し、撃ち出した弾丸は敵を貫いていく。
「弾切れ!」
ローレルのM14SEクレイジーホースが弾切れを起こす。
それを見たシェリーが自分の弾倉を投げ渡した。
ローレルはそれを受け取り、弾倉から弾薬を抜き取って自分のマガジンに入れ、射撃を再開する。
弾倉が共有出来ないというのは、そう言ったところで不便だ。
「踏ん張れ!もう少しだ!」
俺も空になったマガジンをダンプポーチに放り込み、ベルトのFASTマガジンポーチから新たなP-MAGをM4に装填してボルトストップを押す。
フォアグリップを握り直し、セミオートで2発3発と発砲している内に、暗視装置の緑色の世界が段々と明るくなる。
窓から外を伺うと、HMMWVのヘッドライトが近づいてくる所だった。
「車輌部隊が来たぞ!」
「「「おおおおおおお!」」」
味方の士気が上がる。
車輌部隊は猛スピードで突進し、順に停車、ターレットに装備されているM2重機関銃と窓から突き出して射撃されるM4A1やM249MINIMI、M240E6の射撃が狙撃小隊と俺達の射撃を塗り替える。
素早く建物から離脱、俺は元いたトラックへと飛び乗る。
カーンズとバズ、ランディとクリスタは俺と同じトラックに。
アンナとエル、シェリーとローレルは前方のトラックに乗り込んだ。
「全員乗った!良いぞ出せ!」
エリスがトラックの運転席に近い壁を叩く。
全員乗り込んだのを確認すると、車輌部隊は走り出す。
今度は土壁が出現する事なく、北から街を抜ける。
「よっしゃぁ!」
「やったぜ!」
そんな声が聞こえてキャビンの中を振り返る。
ランディとカーンズがハイタッチしているのを、クリスタが微笑ましげに見ていた。
どうやら狙撃手同士の蟠りは解けたらしい。
街の明かりがゆっくりと遠ざかっていくのが、トラックから見えた。
滑り込み!あぶねぇ……