第50話 材料と能力
「ボス!ガーディアンから小包が!」
「小包だァ?」
まだ食事が搬入される時間では無い。
その時間に小包とは不自然だ。
しかも、ガーディアン側は今現在全ての交渉を打ち切っている。
今更何なのだ……?
ガーディアンは"ダンボール"という紙箱を使う。
水や食料もこの紙箱で送られてきた。
今回送られてきた紙箱を開けると_____人間の手首が入っていた。
「ひっ……⁉︎」
指の方向からして右手の手首、しかもその指には見覚えのあるデザインの指輪がはめられていた。
ブレイムが弟に送った指輪だという事に気付くのにはそう時間はかからなかった。
「な、何で弟の指輪が……」
指輪だけでは無い、訓練でついた傷のつきかたすら、全てが記憶と一致する。
見間違える筈が無い。正真正銘、弟の手首だった。
「ば……バカな……!」
何故ここに弟の手首が……
その答えはすぐに出た。
『おいバカタレ、出てこい』
ブレイムは外からスピーカーで呼び出される。
外へ出ると、フルパワーの拡声器でヒロトが呼びかけていた。
『あぁ、お前だバカタレ。その青ざめた顔を見る限り荷物は届いた様だな』
「ぐ……き、貴様……‼︎」
『俺としては弟を連れて来たんだ、感謝してほしい位だ。おい』
ヒロトが指示すると、ブラックバーンがライフルを突きつけた状態で弟のクレムが姿を現した。
クレムの右手には手首から先が無く、巻かれた包帯には血が滲んでいる。
『3人を返すならこいつを返してやってもいい。分かっていると思うがこれは取引だ、お前らが3人を5分以内に解放しなければ、俺達はお前らを皆殺しにしてこいつも必ず殺す。お前らが3人に手を掛けても殺す』
5分以内、と言う制限、攻撃予告と目の前で次々と退路を断たれる。
その時、ガーディアンの恐ろしさを改めて感じた。
クレムは強力な戦闘員だ、それ簡単に捉えてしまう戦闘能力の高さ。
リーダーを割り出し、その弟を特定して拉致してくる情報力。
そして何より、手首を切り落として交渉材料にする残忍さ。
背中を冷や汗が一筋流れる。
『俺達には今すぐにでも、お前らを皆殺しにする用意が出来ている』
「ボス、今ここで副長を失うと、アーケロン全体の士気と戦闘力が……」
「今の彼の傷ならまだ、治癒魔術で治せます」
「う、うむ…………ガーディアンへ通達!クレムを解放しろ!こちらも3人を解放する!」
ガーディアンの恐ろしさに、アーケロンがあっさり折れた。解放するしかない様だ。
血を分けた兄弟だ、見捨てる事は出来ない。
建物1階のドアから代表者含め10名近いアーケロンのメンバーが出てきた。
ヒロトは監視部隊に合図を送る。
「ではクレムを解放しろ、我々が撤退した後で、3人を回収するといい」
ヒロトはコクリと頷き、クレムを突き放す。
クレムはブレイムに駆け寄る。
「兄上!」
駆け寄ってブレイムがクレムの手を取る寸前_____
ビシャッ!とクレムの頭が弾ける。
「……は?」
何が起こったかわからず、混乱するアーケロン。
彼らは知らない、ランディのM24 SWSカスタムから放たれた8.58×71mm
.338Lapua Mag弾がクレムの頭を吹き飛ばした事を。
ブレイムの表情が更に青ざめる。
「ボス!中に_____」
「撃てェ!」
タタタタタタタタタタタタタタッ!
その瞬間、M249軽機関銃とM240E6汎用機関銃が火を噴いた。
逃げ遅れた6人に次々と風穴が空いていき、血が吹き出す。
「うわぁぁああぁあぁああぁあ!」
慌てて逃げ出す。
傭兵の2人が正面を諦め、裏口から逃げようとするが。
バシッ!
ダチュッ!
一瞬で頭が弾け飛ぶ。
「このアンナ様の射線に入って逃げられる訳ないでしょ?」
「ここは通さないよ」
レミントンMSRを構え、銀の長い髪を纏めたアンナ・ドミニオンと、ショートで赤毛、Mk12SPRを構えた小柄なエル・リークスが裏口で見張っている。
彼らに地上の逃げ場などなかったのだ。
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クレイ視点
外からタタタタッと銃声が聞こえて来ました、連射の速さから、多分撃ってるのはエイミーさん達。
銃声と同時に、兵士達が飛び込んで来ました。
「クソッ!ガーディアンの奴らめ!」
「こうなりゃお前らも道連れだ!」
1人の兵士がサーベルを抜き、サーラちゃんに斬りかかろうとします。
「……大丈夫だよ、ヒロトさん達は、絶対に助けに来てくれるから」
私はそう呟きました。
サーラちゃんは、悲鳴を上げそうになりましたが、表情をキュッと引き締め、強く頷きます。
させない。
私はそう声に出さずに呟きました。
兵士の腕が、無くなります。
「……!あっ……」
「おい!こいつ!片目が!」
もう躊躇いはしません。最初から使えば良かったと後悔していますが、もう遅い。
だけど、2人を守る事なら、出来る。
だから私は、存分に能力を振るいました。
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ヒロト視点。
皆がノエルの仇打ちをするかの様に発砲していく。
アーケロンの代表者は中へと退避した様だが、掃射によって6人は確実に射殺した。
俺は今まで、"ヒト"を狙う時は意図的に肩か足を狙っていた。
理由は勿論、人を殺す事に抵抗があったからだ。
人に害悪を及ぼす魔物とは訳が違う、人殺しを躊躇うのは、そういった事とは無縁な環境で暮らして来た日本人として当然の感情だと思う。
でも、もう決めた。
必要があれば、殺すと。
それが、死んだノエルへの弔いになるのならば。
そして、殺す事で仲間が守れるのならば。
"人殺し"と呼ばれようと構わない、俺は"敵"を喜んで殺す。
「撃ち方やめ!第1分隊が突入する!」
俺は第1分隊を率いて中へと突入、ヒューバートとエイミーはM249で外から援護だ。
正面口に転がっている死体の頭に1発叩き込んで確実にトドメを刺し、中へ入る。
『ガーディアンだ!』
『迎撃を!』
盾を持つ傭兵2人、その後ろにクロスボウを持つ傭兵2人。
俺達はM4を訓練通り発砲。
4人を始末するのに0.5秒かからなかった。
皆もノエルの仇を取るべく、容赦はしない。
ハンドサインでエリスが前に出る。
廊下の角をクリアリング_____その瞬間、エリスのM4が何者かに蹴られる。
「⁉︎」
蹴った奴は剣を持つ、アイリーンがM4を構えるが、今発砲するとエリスに当たる。
蹴った傭兵は2人、両方とも剣を持った大男だ。
鎧を着ていないのが幸いだった。
「ふんっ!」
エリスは剣を持っている方の手を壁の角に打ち付けて剣を落とさせ、反対側から斬りつけようとした傭兵の手首をブーツの靴底で蹴って剣を落とす。
ガッ!
エリスの拳が相手の頬にめり込む。
オークリー社製のパイロットグローブのナックルガードはここでも威力を発揮した。
もう1人を蹴りで牽制しつつ右、左と殴りつけ、鳩尾に一発入れてから頭を掴んで鼻っ柱を膝蹴り。
ニーパッド入りのコンバットパンツが相手の鼻を破壊して沈めた。
ようやくもう1人に集中して相手出来る。
右足で脇腹に回し蹴り、うまく入ったが右足を掴まれる。
しかしエリスはその右足を軸に左足の回し蹴りをこめかみにヒットさせ、蹴られた傭兵がこめかみを抑えて身をかがめる。
もう1発こめかみに入れると相手が倒れ、ナニを本気で蹴り潰した。
「くぁwせdrftgyふじこlpzxcvbんm⁉︎」
傭兵が痛みに悲鳴をあげるが、エリスはホルスターからP226を抜いて側頭部にダブルタップを撃ち込む。
最初に倒した奴にも確実にトドメを刺した。
「エリス大丈夫か?」
「あぁ、怪我はない。ライフルにも……問題は無いな」
スリングで吊ってあったライフルの具合も確認するが、バレルが曲がっている様子もなく、照準器や内部機構にも問題は無さそうだ。
後で確認はするが……
「よし、行くぞ」
「あぁ」
バァン!
ズパァン!
「⁉︎」
進もうとした直後、近くの壁が丸く切り抜かれる。
切り抜かれた壁と一緒に何かが飛んできた。
近づいてみるとそれは、真っ二つに切断された人だった。
「……なんだこいつ?」
「……アーケロンの傭兵だな」
アーケロンの団旗である亀の甲羅のバッヂをつけているのですぐ分かった。
一体誰が……
「わぁぁぁ!」
切り抜かれた壁から誰かが飛び出てくる。
亀の甲羅のバッヂ_____アーケロンの傭兵だ。
そいつの頭に"帯"の様なものが巻きつき_____
バキュッ‼︎
握り潰した。
俺は咄嗟にその"帯"に銃を向けるが、その帯は握り潰した"カス"を捨てるとヒュッと引っ込む。
俺たちはその部屋に雪崩れ込んだ。
「動く…な……」
その部屋の中は、血の匂いに塗れていた。
アーケロンの死体だらけで、身体中を斬り刻まれている者や真っ二つに切断されている者、胴体が捻り潰されている者等様々な死に方をしていた。
部屋の中心にはクレイが佇んでおり、奇妙な事が起こっている。
クレイの綺麗な黒目の右目だけが緋く染まり、赤いマフラーは蛇の様に伸びている。
さっきの頭を握り潰した帯はこれか……
クレイのマフラーの先端は二股に分かれ、4本の帯が伸びている様にも見える。
その4本の帯は床の恐らく地下に伸びる穴にサッと飛び込む。
数秒後、穴から悲鳴と共に引き摺り出されて来たのは_____アーケロン代表に付き従っていた側近だ。
「やめろ……止めr」
側近のセリフは、シュルシュルと全身を覆う様に巻き付いた帯に遮られた。
帯にはグイグイと力が込められる。
「…ぁ……ぁ……ぁぁ……ぁっ…」
マフラーの隙間からは僅かな悲鳴と、バギボキと全身の骨が握り砕かれる音が聞こえてくる。
まるで雑巾を搾っている様だ。
そしてギュッと収縮すると、マフラーの隙間から、ぶしゅっと血が吹き出る。
吹き出た血の一部がクレイの頬に、ビッ、とかかった。
下からはボタボタと夥しい量の血が滝のように流れ出る。
クレイのマフラーはビシャッと搾りカスを捨てると、普通のマフラーに戻った。
汚れや傷一つ無い、いつものクレイのマフラーだ。
「クレイ……」
エリスが声をかける。
情けない事に、俺は驚きで声が出せなかった。
「ぁ……エリス様……皆……」
クレイは振り向き、俺達の存在に気づくと、脱力してへたり込む。
クレイが膝をつく寸前、ブラックバーンがクレイを抱きとめた。
「大丈夫か?」
「う、うん……。あり、が……」
クレイはわっと泣き出した。
俺は部屋を見回すと、部屋の隅でサーラとレーナが伏せていた。
ガーディアン以外に生きている者はいない。
「皆はサーラとレーナを外へ、本部から衛生兵と担架を呼ぶ」
グライムズ、アイリーンは頷くと、2人へ駆け寄る。
俺は無線で本部から衛生兵と担架を呼び、クレイに向き直る。
「……しかし凄いな……これ全部クレイがやったのか?」
クレイは泣きながら答える。
「はい……私の、特異魔術です。この力のせいで……皆、皆不幸にしてしま……っ!」
クレイはブラックバーンに肩を抱かれながら泣きじゃくる。
「とりあえず帰ろう。3日も拉致されてて疲れたろう」
「グスッ、ありがとうございます……」
そのタイミングで小隊本部の衛生兵が到着。
レーナとサーラを担架に乗せ、外へと出て行く。
クレイはブラックバーンに背負われていた。
発生から3日半、事件は一応解決した。