第49話 犠牲者
ヒロト視点
絹を裂くような悲鳴は、外まで聞こえて来た。
それを聞いた瞬間、皆の動きがピタリと止まった。
な……何だ今の……
「ノエルの声か……」
隣に居たエリスがその悲鳴に反応する。
確かに今のはノエルの声だった。
展開しているガーディアンの部隊に沈黙が走る。
その沈黙を破ったのは、1つの無線だった。
『こちら狙撃01班、ベランダにボスが出てきます』
狙撃01、ランディとクリスタのペアだ。
報告を受けて、俺は急いで現場に戻る。
戻ると、"アーケロン"のボスがベランダに出て、不敵な笑みを浮かべている。
そしてベランダから、1人の人間を抱えて落とす。
ノエルだ。
「ノエルっ!……⁉︎」
俺は落ちたノエルの身体を下で受け止める。
そう、ノエルの"身体"を、だ。
どさり、と、もう一つの塊が足下に落下してくる。
涙と血でぐしゃぐしゃになり、絶望に表情を歪めたノエルの顔_____頭だ。
「…ぁ……な………」
ベランダから"アーケロン"のボスが叫ぶ。
「お前らが条件呑まねえし交渉が遅ぇからよぉ、そんなんになっちまったぞー。まぁ、ちっと楽しませて貰ったがな!へへへへっ」
ノエルの衣服は破れ、隠す場所も隠れていない。
足の間から、どろりとした"何か"が流れ出てくる。
「ノエルーーーーーッ!」
絶叫、振り向くと、エリスが駆け寄って来るところだった。
エリスはノエルの身体に縋り付き、泣きじゃくる。
と、視界の端で、クロスボウを構える兵士が見えた。
今から銃を構えて射殺_____間に合わない。
俺は発射された矢に背を向け、エリスに覆い被さる様に抱え込む。
ドスッ!という衝撃。
「ぐっ⁉︎」
「ひ、ヒロト……?」
「あぁ、大丈夫だ。防弾プレート入れてて良かった」
プレートキャリアに防弾プレートを入れて置いたのが良かった。
貫通もしていないし、俺もほぼ無傷だ。
「ヒロト!2射目が来る!」
エリスのその言葉に少しだけ視線をずらす。
クロスボウの2射目が俺の頭に吸い込まれ__________
る前に矢は明後日の方向へと砕け散る。
ランディが狙撃で撃ち落としたのだ。
同時にクリスタがR11 RSASSをダブルタップ、7.62×51mmNATO弾がクロスボウの弦を切って本体を破壊する。
銃声は減音器に抑えられているため、空気が抜ける音しかしない。
突然破壊されたクロスボウを手に戸惑う傭兵。
俺とエリスは、ノエルの亡骸を抱え、本部へと戻る。
「おい!ガーディアン!早く条件を呑まねえと残りの3人もこうなるぜ⁉︎交渉する気になったか⁉︎」
無視した。人質が危害を加えられたんだ。
たった今、俺がどれだけ平和ボケしていたかを自覚した。
俺はノエルを抱え、本部の沢村のところまで歩く。
「これより一切の交渉を禁ずる。第1分隊は全員来い。沢村、監視を交代してくれ。それから車を2台借りる」
「……"あの事件"と同じだな。行くのか」
「あぁ、同じ手口を使う。お前も来るか?」
「いや、俺はここに残る。頑張れ」
「おう」
俺は沢村と拳をぶつけ合う。
エリス達は戸惑いながらもついてくる。
情報と総隊本部は基地に戻っている筈だ。
全員が車に乗り込む事を確認すると、SOVは基地へと走る。
20分程で基地へと戻ってきた。
正門を開け、車を格納庫へ入れる。
装備を着けたまま、ブリーフィング・ルームへと向かう。
本部棟2階のブリーフィング・ルームでは、ナツと孝道が地図を広げて侵入経路の確認を行っていた。
「高岡?どうしたんだ?」
「……ノエルが、殺された」
部屋の空気が凍りつく。
「……嘘だろ」
「本当だ、"アーケロン"との交渉も打ち切った」
「何で打ち切るんだ?交渉を続ければ……」
「俺が話し合いで解決しようとしたのが間違いだった!」
人質事件の場合、1人でも危害を加えられた場合、交渉を打ち切る。
これ以上の交渉は、犯人に一方的に情報を与える事になるからだ。
「とっとと建物を強襲して、奪還すべきだったんだ……クソッ!」
ダンッ!
机に拳を叩きつける。
「……ナツ、頼みがある」
「何だ、何でも言ってくれ」
「アーケロン代表者の身辺を徹底的に洗ってくれ」
「あぁ、わかった」
「……これからどうするんだ?」
エリスからの質問だ。
確かに突然戻らされてから説明していなかった。
俺はこの人質事件に良く似た、転生前の世界での事件を思い出す。
それは1985年9月、レバノンで起きた誘拐事件だった。
それを皆に聞かせる。
「今回の作戦は、この作戦をモチーフにする」
「わかった、いい作戦だ」
「そうだろ?」
説明が終わると、全員の目には復讐の炎が宿っていた。
俺は頭の回路が切れたのか、作戦名を考える余裕すら生まれてきた。
この作戦を「抑えきれない憤怒作戦」と呼ぼう。
米軍のグレナダ侵攻の時の作戦名だが、この作戦にはぴったりな名前じゃないか。
さぁ、抑えきれない憤怒を爆発させよう。
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『ご搭乗の皆様、私はウォルコット・クリストフ。本日の機長を務めます』
『私はエイル・コロイド、副機長です』
2時間後、第1分隊はスーパー61に乗っていた。
時刻は12:10分、基地を離陸したスーパー61は西へと向かう。
ナツから貰った情報によると、アーケロンのリーダーの名前は"ブレイム・アベルデイ"。
ベルム街から西へ20km程の場所に別荘を持ち、そこに弟が暮らしているという。
弟の名前は、"クレム・アベルデイ"、今回のターゲットは弟の方だ。
『では離陸します、大きく揺れる恐れがありますので、しっかりつかまって下さい』
いつもの様に、MH-60Mは空へと舞い上がった。
「いいか皆!後悔しない様に容赦はするな!武器を向けてきた奴らは全員敵だ!撃ち殺せ!」
「「「Hooah!」」」
ヒューバートとエイミーも今回は分隊支援火器のM249では無く、カスタムされたM4A1を所持している。
10分程でターゲットの住む屋敷に到着。ヘリは屋敷の中へロープを垂らす。
そのロープを伝って降下、M870MCSでドアを破壊し、屋敷の中へと侵入する。
廊下をクリアリングし、一室のドアを蹴破る。
バァン!
「動くな!」
屋敷のメイド達が悲鳴を上げて逃げ惑う。
その中心のソファーでくつろいでいるのが今回のターゲットだ。
「クレム・アベルデイだな?ガーディアンだ、同行してもらう」
「……ガーディアンだと?あぁ、兄上の言っていた暴力集団か、その暴力集団が私に何の用だ?」
と、側近が激昂してながら歩み寄る。
「貴様らァ!ここにおわすのが戦闘ギルド"アーケロン"の副長と知っての狼藉か⁉︎」
サーベルを抜く_____抜いた。
その瞬間、俺は素早くM4A1のセーフティを解除、セレクターはセミオートに合わせて銃口を額にピタリと押し当てる。
ダァン!
引き金を引く。
小指より小さな穴が額に空き、頭の反対側からは血飛沫と脳漿が飛び散る。
キィン……と空薬莢が床に落ちる音がヤケに響いた気がした。
銃声を聞いた数人の兵が室内へ飛び込んでくるが、皆が一斉に無力化する。
クレムは驚きで声が出ない。
「なっ……何という速さだ……」
「驚いてる場合じゃないんだよ、お前を拘束する」
「なんだと⁉︎このクレム……ゴフッ」
クレムが剣を抜くよりも早く鳩尾を思い切り殴り、続けて顎を殴って気絶させる。オークリー社製のパイロットグローブのナックルガードがここで効果を発揮した。
「グライムズ、ヒューバート。連れて行け」
「了解」
口枷を噛ませ、頭から麻袋を被せて手を後ろでハンドカフで拘束、完全に自由を奪う。
「アイリーン、エイミー。合流する」
『了解です』
ヘリの安全を確保する為に着陸地点に残したアイリーンとエイミーに無線を入れ、合流を合図。
屋敷の正面の開けた場所に着陸している筈だ。
拘束したクレムをグライムズとヒューバートが交代で担ぎ、エリス、ブラックバーン、俺で周囲を警戒しながら進む。
「後方から敵兵多数!」
ブラックバーンが敵を見つけ、叫ぶ。
セミオートで数発叩き込み、撃たれた者から血が跳ねる。
襲ってきた奴らに弾丸を叩き込みながら撤収、屋敷を出る。
屋敷のすぐ正面には、スーパー61が予定通り着陸していた。
担いでいたクレムをキャビンに放り込み、俺達とヘリに乗る。
皆感情のスイッチを切っていた。
後でウォルコットやエイルから聞いた話によれば、この時全員眼のハイライトが消えていたという。
誘拐作戦は3分で終了した。
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ここはどこだ……
暗くて何も見えない。
椅子に縛られている、という事しか今はわからない。
手は肘掛に縛り付けられ、足も椅子に固定されている。
首が上下左右に動くだけだ。
確かガーディアン達に襲撃されて……
「おう、お疲れ」
⁉︎
暗闇から声がした。
声の主は、正面に居るようだ。
「ブレイム・アベルデイの弟、クレム・アベルデイだな?」
「あ、あぁ。貴様、こんな事をしてただで済むと思っているのか⁉︎」
「思ってはいないがね、何しろお前の兄貴がやらかしたんだ。俺の仲間を1人殺した」
ゾッとする程、感情の消えた声で話しかける。
「だ、だから何だ⁉︎ここで俺を殺すのか?」
「いや、今は殺しはしない。お前には交渉材料になって貰う。それに_____」
_____そんな簡単に殺してしまったら、つまらないじゃないか_____
「ひっ⁉︎」
「俺のパートナーは優秀でな、レベル4の魔術師なんだ。氷魔術も得意だから、直ぐに終わるさ」
声の主の後ろのドアが開き、隙間から光が漏れる。
声の主は男だった。
そしてその後ろに付き添うように女が立っている。
その女がつかつかと歩み寄り、右手首に手をかざす。
すると女は無詠唱魔術の光を放ち、みるみるうちに右手首が青白く凍りついていく。
手首から先は白くなり、感覚が喪われる。
「止めろ!何をするつもりだ⁉︎」
奥の男が持つ物が僅かな光を反射してギラリと凶暴に光る。
良く薪割りなどに使われる斧だった。
「大丈夫だ。少し借りるだけだ」
「止めr」
バキン!