第26話 狙撃兄妹の誕生
※視点変更注意
エリス視点
同じ頃、屋敷の外。
「数だけは多いな!このッ!」
エリスは銃座のM2の押し金を押し込みながら、突撃して来るオークを狙う。
ドドドドドドドドドドドドドドッ!
頑丈なオークやトロールでも、12.7mmNATO弾を喰らえば被弾箇所が吹き飛び、数発も受けるとほぼ原型を留めない威力がある。
そんな弾丸が撃ち出せる機関銃が2挺もあるのだ、全くヒロトの武器は想像もつかない程強力で、出逢ってから驚かされてばかりだ。
もちろん何度も訓練をしているので、既に慣れてはいるが。
押し金を押し続けると、そろそろ機関銃の弾切れが近づいてくる。
リロードをするのが一番だが、魔物が迫っている中で余裕がない。
残弾0まで撃ち切った、今度はこっちの出番だ。
置いてあるM4A1カービンを取り、EOTech M553ホロサイトで狙いをつけて発砲する。
ダン!ダン!ダン!ダン!
ヒロトから教わった様に、セレクターをセミオートに合わせて1発ずつ正確に魔物を撃ち抜いていく。
「よしっ、もう1匹!」
ホロサイトのレティクルをコボルトの頭に合わせて引き金を引こうとした瞬間。
ドシュッ!
ホロサイトの向こうのコボルトの眉間に矢が刺さる。
「なっ……⁉︎」
驚いて振り向く。
すると、どこから拾ってきたのか、ロングボウを手にしたランディと、クロスボウを手にしたクリスタがHMMWVから降り、狙撃を開始していた。
放たれた矢は正確に魔物の頭を貫き、仕留めていく。
驚きはしたが、射撃の手を止めると魔物が襲いかかってくる。
私はランディとクリスタの援護に頼もしさを感じながら、近い魔物への射撃を再開した。
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ランディ視点
ゆっくり眠れたが、流石に目が覚めた。
グライムズが連れてきたヒロトと名乗る者の車という自分で動く荷台が、襲われた俺達の村へ向かっているらしい。
それに、ヒロト達の仲間は皆見慣れない武器を持っていた。
黒いクロスボウに似た、だが違う武器だ。
アイリーンは凄いと言っていたが、それを目の当たりにしたのは村に入ってからだ。
ドン!
という、爆裂魔法を使用したときの様な轟音が聞こえた。
その音が聞こえて数秒後、車は急発進し、村へと入っていく。
爆音でクリスタが驚き、目を覚ます。
「に、兄さん。今の音は……?」
「わからん、ヒロトさん達が何かしたらしいって事しか」
車が跳ね、俺達が中で飛び跳ねそうになる。
「ふぎゃっ⁉︎」
クリスタは小さな体が跳ね飛ばされ無い様にしていたが、一瞬宙に浮き、床に落ちる。
「痛ぁ〜〜……」
「大丈……⁉︎」
グォォオオォォオ!
グォォオオォォォォォォオ!
「ぴゃぁぁあぁあ⁉︎」
「今度は何だ⁉︎」
クリスタが今度は耳を押さえる。
車の開いた天井から轟音が響き、続いて車内に何かが落ちてくる様な金属音が連続で聞こえる。
「驚いた?これが私達の使う武器よ!」
助手席のエイミーさんが律儀に返事をしてくる。
幌の隙間から外を伺うと、光の筋が村を荒らしていたゴブリンやオーク、素早く肉薄してきたコボルトを薙ぎ払っていく。
どうやら、車の上に積んである武器が音の原因らしい。
その音を鳴らす事数分。
村中を駆け巡った車はジュノーの家の3軒隣の屋敷の前に止まった。
村を襲った盗賊が根城にしている屋敷だ。
ヒロトが仲間を数人引き連れ、中に入っていく。
外からは、天井のあの音より間隔の短い破裂音が連続で聴こえていた。
そっと外を伺うと、あの武器をクロスボウの様に撃って、魔物を殺傷している様だ。
矢は見えないが、どうやらそういう事らしい。
エイミーさんの持つ武器は皆の物より一回り程大きく、断続的な連射が出来る様だ。
その時感じたのは、無力感だった。
自分達は保護されている身ではあるが、グライムズやアイリーンが戦っているのに自分は何も出来ないという情けなさを感じた。
昔から、何をするのも4人一緒だったじゃないか……!
しかし、加勢したいが、自分達に武器は無い。
エイミーさんやヒューバートさんは車外に出て行ったし、グリッドさんは銃座についてさっきからあの武器で攻撃している。
周りを見ても、射殺したゴブリンやコボルトしか……
待て、ゴブリンは何を持っている?
ゴブリンの死体の近くを見ると、ロングボウとクロスボウが1つずつ、矢が数本落ちている。
そうだ、俺は弓が得意なんだ。
不可能と思われた長距離射撃もやり遂げた事がある。
ふと、クリスタを見ると、目があった。
「兄さん、見てるだけなんて無理。手伝おう」
……どうやら、考えている事は同じだったらしい。
「おう、やろうか!」
車の荷台を飛び降り、俺はロングボウを拾う。
クリスタは得意なクロスボウを拾っていた。
矢を弦に番えて、放つ。
車両の後ろ、約100mから接近してくるゴブリンの眉間に正確に矢が刺さり、倒れる。
クリスタも、クロスボウでエリスさんの援護を始めた。
俺達は手当たり次第に魔物に矢を放ち、近づく奴らを射抜いていく。
俺達に出来る事があった、それだけで嬉しかった。
屋敷の中から轟音が轟いたのは、その後だった。
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ヒロト視点
「ゲホッ、ゲホッ」
「何だッ……クソッ」
全員が咳き込みながら、隠れた机の陰から起き上がる。
「……畜生、逃がしちまったか……」
ゴリマッチョが座っていた椅子の後ろの壁には大穴が空いており、部屋の中に居た幹部や側近も見当たらない。
自爆か……と思ったが、奴の肉片や骨片が1つもない。
あれは恐らく自爆では無く、目眩ましの魔術だと思う。俺たちを目眩ましした後、魔術で空けたあの穴から全員脱出したのだろう。
「どうしますか?ヒロトさん」
「追いますか?」
「いや、追跡はしない。逃げたって事は近いうちにまた出てくるはずだ。それを叩けばいい」
孫子の兵法の1つ、窮鼠は追うなかれだ。
それよりも……と部屋を見回す。
ゴブリンやコボルトに無惨に食い荒らされた遺体が6体。
どれもこれも腕が無かったり、上半身が無かったり、頭が無かったりと酷く欠損している。
俺は静かに遺体に手を合わる。
グライムズやヒューバート、ブラックバーンもそれに倣って遺体に跪く。
こちらでは遺体に跪くのがスタンダードらしいが、俺は敢えて手を合わせた。
暫く黙祷を捧げ、遺体を担ぎ上げる。
勿論埋葬してやる為だ。
SOVやHMMWVにはスコップが積んである。
皆も遺体を担ぎ上げ、外へと向かった。
「うっ……眩しい」
外に出ると、暗い室内に目が慣れていたせいか、眩しい日射しに目を細める。
奴らが逃げてから、魔物達も急激にその数を減らし、今は見える範囲には居ない。
奴らと共に撤退していった様だ。
「大丈夫か?……どうした、その遺体」
車両部隊と合流すると、真っ先にエリスが駆け寄ってきた。
俺が担いでいる遺体を見て聞いてくる。
「中で魔物に食い荒らされてた。出来ればこの村の犠牲者を埋葬してやろうと思って……」
「そうか……わかった」
全員集合!とエリスが集合をかける。
「皆初戦闘だったが、お疲れ様。この村の犠牲者を埋葬する為、遺体を回収してきて欲しい」
「「「了解!」」」
エリスがテキパキと指示を出している間に、俺はSOVからスコップを取り出し、屋敷の庭に穴を掘る。
掘っている途中に、地面に誰かが影を落とした。
グライムズだ。
「代わります」
「あ…あぁ、わかった」
グライムズにスコップを渡し、墓穴掘りを代わる。
グライムズとアイリーン、ランディとクリスタも、自らスコップを持ち村人の遺体を埋葬していた。
見つけた遺体の中に知り合いが居たのか、悔しそうな表情で涙を浮かべながら掘り続ける。
4人は襲撃当時、丸腰で何も出来なかったという。
その悔しさと悲しみは、今の俺達よりも強い筈だ。
と、少し気になった事がある。
ランディとクリスタがそれぞれ背中にロングボウとクロスボウを背負っているのが。
車に乗せたときには持ってなかったよな……?
「なぁ、エリス」
「どうした?」
「ランディとクリスタがロングボウとクロスボウを持ってるのは何で?」
「ああ、途中からあれで援護してくれてな。凄い精度で矢を当てていたよ」
なるほど、それでそこに転がっているコボルトの死体の眉間に矢が深々と刺さっているわけね……
そういえばグライムズもランディは弓が上手いって言っていたな……
しかし、高速移動するコボルトの眉間に正確に矢を当てるとは、只者では無い。
……こりゃ狙撃手の目もありか……?
ランディとクリスタの腕に期待した俺は遺体の埋葬に戻り、村人を広場に埋葬した。
確認出来た遺体は65体、他に確認出来なかった遺体は、恐らく魔物に食われてしまったのだろう。
埋葬終了までには、2時間がかかった。
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その日の午後。
俺達は基地へと戻る為、車を走らせていた。
HMMWV M998にはランディとクリスタが乗っている。
頼れるところが他に無い為、同意の下で連れて来た。
今は後部座席で眠っているだろう。
ランディとクリスタに限らず、各車の運転手以外は全員眠りについている。
助手席に座っているエリスもだ。
ここ2日間の疲れが出たのだろう。
確かにガーディアンを設立してから初めての戦闘だった、俺も少し疲れている。が、俺は基地に帰ってもまだまだやる事がある。
まず皆もそうだがこの泥と汗と魔物の血に塗れた服装と体をどうにかしないと……シャワー浴びたい。
あとこの偵察/戦闘レポートを書いて、ギルド組合に提出。確認が出来次第報酬金が貰えるシステムになっている。
それから新隊員の教導、基地に残してきた隊員に任せっきりなので、手伝わねばならない。
それに人員の分配。
第1分隊は編成が完了している為、ガレント指揮下の第2分隊に配備される事になる。
引っ越しまでにどれ程の装備が整うか、訓練が終わるか、心配にもなってきたが、俺達は俺達のベストを尽くすだけだ。
ガーディアンとしてやる事を改めて認識した俺はハンドルに力を入れ、基地を目指してアクセルを踏み続けた。
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3日後 後日談
ギルド組合へと提出したレポートの確認が取れ、報酬金が支払われた。
何と金貨120枚、日本円にして120万円だ。これでこの世界での活動も積極的に行う事が出来るし、メンバーへの給与として支払う事が出来る。
それにしても、120万かぁ……余程あの盗賊団は強かった様だ。
組合の受付嬢に「逃さなかったら200枚は行きます」と言われたから、仕留めておけば良かったと少し後悔。
第2分隊の訓練も仕上げに入り、グライムズとアイリーンによる村から連れ帰ったランディとクリスタの教導が始まった。
グライムズとアイリーンは入隊してまだ日が浅いが、射撃その他も問題なくこなせる様になっているのと、4人とも同じ村の出身、仲も良好なので任せても問題は無いだろうと思ったからだ。
「これが俺達の使っている武器だ、ライフル銃という武器らしい」
「らしいって何だよ、らしいって」
「俺も細かい事は知らないが、ヒロトさんの持っている武器だ。構え、狙い、クロスボウみたいに引き金を引けば的に当たる」
「ほォー」
裏の射撃場での教導の声は本部タープまで聞こえる。
その後、数回発砲音が聞こえ、問題なく訓練は進んでいるようだ。
俺は未だ書類整理や編成で頭を悩ませている。しかし、エリスは俺と一緒に編成を考えてくれているので、俺の負担は大分減った。
今も編成を一緒に手伝ってくれている。
と、裏からバタバタと走ってくる足音が聞こえたかと思うと、入り口のカーテンがバサッと開く。
カーテンを開けたのは、グライムズとアイリーンだった。
「ヒロトさん!」
「ん?どうした?」
2人とも少々青ざめた表情で俺に何かを訴えようとしてくる。
「ら、ランディとクリスタが!」
「あの2人がどうかしたのか⁉︎」
「落ち着け、何があった?」
「そ、それが……」
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裏の射撃場まで連れて来られた俺とエリスは、グライムズ達に指差された300m先の標的に目を凝らすが、300m先の的の詳しいところまでなんて見えない。
双眼鏡で確認する。
標的は人型、頭部は直径30cm。
レーンには4つの標的が並んでいる。
手前のランディ側の標的には、5点圏中心に6発、4点圏に1発。
奥のクリスタ側の標的には、5点圏中心に3発の弾痕が空いている。
「……何発撃った?」
「双方とも12発です」
「2人共中心に当てているな。ランディの方はそこそこだが、クリスタの方は……」
「いいえ」
俺の言葉をアイリーンが遮る。
「クリスタは全弾命中させていました」
「ランディもです」
……え?
「い、1度開けた穴にもう1度弾丸を通していました、確かです」
……マジか。
「ヒロトさん」
と、今度はランディが声を掛けてくる。
「な、何だ?」
「これ、内部でパーツが動くからブレる。パーツが動かない物は無いので?」
「あ、あぁ……あるにはあるぞ」
「それ、貸していただけますか?これじゃなく」
「あぁ、わかった……待っててくれ」
呆然としているエリスの肩を叩く。
「ひゃっ⁉︎」と声を上げたエリスの手を引いて、本部タープへ戻った。
……こいつぁトンデモない逸材を引いたな……
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1日の訓練が終わり、ランディとクリスタと話をした。
曰く、村では2人は名の知れた弓の名手で、300m先を飛ぶ鳥の頭を狙い正確には射抜いた事があるとか。
曰く、1度的に当てた矢を、次の矢で割る事が出来、その矢をまた更に次の矢で割る事が出来たとか。
そして2人のフルネームを聞いてまた納得した。
ランディ・ヘイガート
クリスタ・ヘイガート
……これは凄い狙撃兄妹になりそうだ。
取り敢えず、ランディとクリスタには通常の教導が終わり次第、狙撃銃を渡す事に決まった。
ランディは「内部でパーツが動かない、高精度なもの」
クリスタは「それなりの精度があり、速射が出来るもの」との注文を受けたので、それを準備するつもりだ。
「……これは予想以上だ……」
ランディとクリスタが退室し、1人になったタープの中で、俺はニヤけながら背もたれに体を預けた。
話の時系列がややこしくなりそうだが、更に後日、ランディがボルトアクションスナイパーライフルを受領し射撃訓練を行ったところ、全弾を標的に命中させ、標的の中心に1つの穴しか空かなかったと言う。