山岳部隊の初陣
この国、この街に来てから2度目の春が来た。
昨年秋の大洪水によって壊滅的被害を受けたベルム街の大改造計画が始まり、ラスカ河北岸に街を移す作業が進んでいる。
既に再建が始まっているベルム街新市街は城壁内に浄水場や下水処理施設も存在し、近代的な都市が底に生まれようとしている、このまま行けば、この世界で初めて“水道水が飲める都市”になる。
街の中心になるギルド組合や教会、町役場や裁判所、公会堂を含めた行政区が限定的ではあるが回復した事により、街の行政サービスが復活。
宿屋街の復活も早かった、元々ベルム街は“ワッドサンズ街道”上に位置する街、交通の要衝でもあり、ベルム街へ立ち寄る冒険者や行商人からの要望も多く、こちらも優先された形だ。
そしてそれに付随する様に冒険者や行商人向けの道具屋を中心とした商店街も復活を目指している、宿屋街に訪れる客の消費があるからだ。
また計画には、美術館や劇場、映画館、ボウリング場に打ちっぱなしのゴルフ場、テニスコート等を含む複合スポーツ施設や飲食店が立ち並ぶ“飯屋横丁”。ガラスや陶器、鍛冶、織機に木工といった工業系のギルドの工房が連なる工業区も含まれている。
当然、伯爵の要請に対し協力的で有効的だった優良な風俗店も、新規に計画した風俗街として、今度はキチンと管理下に置かれてベルム街の同じ城壁の中に収められる事になる。
「都市計画ってのは大変だな」
北から流れて東へ折れるラスカ河の北岸に、河に沿う半円を描く様に広がる“ベルム新市街”の地図を前に、街の為政者というのはこの規模の街を抱えて統治しているのか、と独り言ちる。統治するレムラス伯爵の街の為の努力というのは本当に計り知れない。
「それに1枚噛んでるんだ、光栄な事だ」
テスクの向こう側でエリスがそう言う。
正にその通りで、土木や映画館や複合スポーツ施設、土木ギルドや建築ギルドへの技術指導に、建設機械の貸出等、ガーディアンが関わっている事も多くある。そのお陰かどうかは分からないが、北岸の街は都市計画に沿ってかなりハイペースで再建が進んでいた。
「確かにな……だが“団長”としての仕事ばかりだと身体が鈍る」
「ガーディアンも大きな組織になったんだ、今後ヒロトは前線から遠ざかる事も多くなる」
実際、組織に運営を中心に書類仕事と各部隊や他組織との調整が多くなり、銃を手に取って戦う機会が減っている。最近は依頼も第1小隊ではなく、忙しくて他部隊に任せているのが現状だ。
「とは言っても明日からまた私達の部隊も長期の訓練だし、ヒロトも作戦参加資格も戻ったんだ」
「引退はまだ遠そうだな」
「引退したいのか?」
「まさか」
現場から退くのはまだ先になりそうだ、少なくとも俺の身体が動く内は、まだ前線で動くつもりでいる。
「そろそろ休憩にしよう、お茶でも……」
エリスのその言葉に被せる様に、デスクの上の内線電話が鳴った。
「すまん」
「あぁ」
一言謝って受話器を取る。
「こちら団長執務室、団長ヒロトです」
『こちら中央作戦センター、デリック大尉です。北部方面隊、山岳大隊から緊急通信、公国軍に動きがあったようです。至急、作戦室へお願いします』
俺は報告の内容を聞いて心臓が跳ね、視界が狭まる。北部方面隊は三頭熊の騒動の折に新設した、山岳民兵と新たに召喚したガーディアンで構成された対公国軍山岳戦線の最前線となる部隊だ。
雪が解け、山岳地域で公国軍が活動出来るようになれば、魔石鉱山を巡って公国軍が軍事行動に出るだろうと予想していたが、ついにその時が来たようだ。
「北部か……分かった、すぐ向かう」
俺は受話器を置き、エリスに向き直る。
「すまんが、休憩の時間をずらす」
「そうみたいだな、北部って言ってたが、山岳部隊か?」
「あぁ、そうらしい」
俺は戦術端末として使っているタブレットを持ち出し、エリスと共に地下にある中央作戦センターへと降りる。ここは常に照明が弱く、1年を通して機器を維持する為に空調が効いている。
IDパスでドアを開け、担当士官___デリック大尉に声を掛ける。
「状況を」
「は、山岳地の公国側陣地に動きがあり、12時間程前から人と物資の動きが活発になっています」
メインモニターに映し出されているのは、偵察衛星とRQ-4Bグローバルホーク無人偵察機による赤外線画像だ。公国側から国境付近の公国陣地へと部隊が集結し、展開する為の準備をしているのを、衛星やグローバルホークはその熱が見える目でしっかりと捉えていた。
「部隊規模は?」
「歩兵が予備部隊含めて8000以上、竜騎兵が20騎以上、それから……これです」
大尉が映像を拡大する、鎧を着た兵士にも見えるが、近くに居る人間の数倍は大きい。
その答えはエリスが出した。
「トロールだな、トロールに鎧を着せている」
トロールの5mはあろうかという巨躯を鎧が包み込んでいる、それはさながら戦車の様だ。
その周囲にはトロールを鎖で繋ぎ制御しているのだろう、調教師の様な人影が見える。
あのトロールか、懐かしい。あの巨大な魔物と対峙した時の記憶が蘇る、当時はまだ異世界に来てから日が浅かったから、あんなのと戦うのは無茶だと思ったが、今はアイツと戦う為の選択肢が無数にある。
「AMレーダーは届いているな?」
「ええ、投入可能な状態にあります」
新装備も届いており、現地部隊は編制を完結している。実戦への備えは既に出来ているなら、こちらがわざわざ出向くより現地の事をよく知る現地部隊に任せるのが最適か。
「山岳部隊に命令。カンサット公爵と協議の上、公爵からの要請があれば公国軍に対応せよ」
「了解」
「本部部隊は準戦闘待機状態に移行、部隊を集結させて山岳部隊の要請でいつでも出られる様に準備を整えるぞ」
連絡官が山岳部隊に命令を送る、今回の戦いの主役は俺達ではなく現地部隊になりそうだ。
そう思いながら、モニターに映し出される現地の地図を眺めた。
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カンサット公領、公都ガラニストの城壁外には、小さいがガーディアンの施設がある。
事務所に宿舎、駐機支援設備とCH-47が2機降りられるサイズのヘリパッド、駐留しているのは16人だけという小さな施設、ガラニスト連絡事務所だ。
山岳部隊とカンサット公爵の迅速な連絡を目的に立てた施設で、本部からの命令は山岳部隊司令部に伝わり、この事務所から山岳国境の状況がカンサット公爵に伝えられる。
ガーディアンの連絡官からの報告を受けた公爵は驚いた表情を浮かべた。
「これは……何日前だ?」
「12時間程度前です、現在もこの動きは進行中です」
「こんなにくっきりと……君達の竜騎兵の偵察は優秀だな」
情報収集能力と通信による連絡の早さはガーディアンの強みでもある、カンサット公爵と契約している以上、その能力を存分に発揮して伯爵の手助けをするのはガーディアンの仕事だ。
「公国軍が行動を開始すれば、我々はすぐにでも動ける体制が整っており、防衛戦の準備も出来ております。後は閣下の意思、ご決断次第です」
カンサット公領の事は公爵や領地の貴族の兵の仕事だが、銃という最新兵器を持ち、高度な戦術で攻めて来る公国軍に、剣や弓矢を装備した兵では対抗しきれないというのもまだ事実であった。
それが部隊再編中の兵隊であれば尚更だ。
「……わかった、正直2度もこんな事を頼むのは心苦しいのだが、それより手は無い様だな」
そう言うとカンサット公爵は立ち上がり、声を上げる。
「ガーディアンに、公国軍対応を正式に依頼する」
「閣下からのご依頼、確かに承りました」
公爵の意思が決まってからは早かった。
連絡官から事務所、そして山岳部隊と本部へそれが伝わり、国境防衛の為に各部隊が動き始める。
雪という封印が解けた山岳地帯で、公国軍は再び打って出た。
秋の攻勢で国境線を書き換える事こそ出来なかったものの、公爵と山岳民兵に対し銃を使って優位に戦い大打撃を与えた。山岳民兵は半分程に、カンサット公爵の兵力は再編成を余儀なくされる事となり、優位を保ったまま戦線の停滞となっていた。
「魔石鉱山は要塞の向こうだが、我々を阻む抵抗は最早無い!今こそあの鉱山を手中に収め、我が軍、我が国の発展の礎にするのだ!」
そしてまた、今度こそ国境線を書き換えるべく、公国軍は進軍を開始する。公国軍旗の下で進む兵士も将軍も、その表情には自信が満ち溢れていた。
8500の兵士に20騎の竜騎兵、そして分厚い鎧を着せたトロールに、それを操る鎖を繋いだ調教師が各50体。
重装トロールを前面に展開し、遭遇する敵を全て押し潰さんとするような陣形のまま、公国軍は進み続ける。残る全ての抵抗を沈黙させる、絶対的な強者として力を示す進軍だ。
圧倒的な戦力、ニルトン・シャッフリル銃という新兵器、前の戦役で収めた勝利。これこそが公国の自信の源だった。
その自信は彼らを勢いづかせると同時に、彼らの目を曇らせている事を、彼ら自身は気付いていなかった。
彼らは谷を進み山を越え、越境する。王国の領土に土足で踏み入った彼らを、複数の“目”が見ていた。
そしてそれは、彼らを深く、深く、抜け出せない穴へと誘い込んでいた。
「偵察からの報告です、この先、王国軍、山岳民兵の姿は無し。竜騎兵隊からも同様の報告が上がっています」
偵察隊長が将軍にそう報告する。越境からしばらく経ったが、未だ王国軍とも、山岳民兵とも接触はなく、滞りなく進軍する。
「先の戦闘で、警戒に回す戦力を使い切ったのか」
将軍はこれを好機と見た、一挙に魔石鉱山に攻め込み、鉱山を奪取する。鉱山までは僅か3日の距離だ。
「よし、全軍___」
その時、鋭い風切音が将軍の言葉を遮る。その音を追ってか、その場にいる将兵は空を見上げた。
次の瞬間、風切り音は鼓膜を破らんばかりに膨張し、凄まじい衝撃と金属片を含む爆風がその場を満たす。
「な、なっ……何だ!?」
「将軍!空からです!空から何かが!」
「亀甲隊形!亀甲隊形!」
歩兵隊の中の盾兵が矢に対する防御の様に盾を構えて密集するが、炸裂した光が放つ細かな破片はその盾を容易く貫通する。
更に複数の風切音、その場に咄嗟に伏せたがあまり効果は無く、鎧を紙の様に引き裂く音と共に公国兵達は破片に刻まれ、巻き上げられた土煙と混ざり合っていく。
「そ……総員!重装トロールの陰へ!」
重装トロールが未だ無事だった事に気が付いた将軍は、兵達にその陰へ入る様に指示、調教師が重装トロールを屈ませると、将兵たちは破片から逃れる為にそこへ入った。
「いつまで続くのだ、これは……!」
降り続く“砲弾”の雨に、彼等はその場で耐え忍ぶ事しか出来なかった。
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「装填よし!」
「照準補正よし!」
「撃て!」
指示と砲声が交互に飛び交う、発砲音と共に撃ち出される砲弾は、14㎞先の公国軍目掛けて飛んでいく。
閉鎖器を開放し、金属製の空薬莢を取り出してその辺に放る。薬室内が空な事を確認した陸自迷彩の装填手は、金属薬莢と一体になった砲弾を装填し、砲の尾栓を閉鎖する。
「装填よし!」
「撃て!」
指揮官の指示で、1個中隊6門のM119A3 105㎜榴弾砲が火を噴いた。
砲声を響かせて放たれたM1130 HE PFF BB砲弾は砲弾の底部から少量のガスを放出しながら飛翔、砲弾後部に発生する乱流打ち消して空気抵抗を減らす事で射程延伸を可能にした砲弾が公国軍の隊列上空で炸裂し、砲弾の破片が頭上に降り注いだ。
射撃し終えると、次弾の装填に移行する中隊。だがその時、中隊本部に通信が入る。
『Flash Flash Flash、南西より敵竜騎兵接近中。砲兵にあっては迅速に撤収作業を開始、その場から即時離脱せよ』
「敵が到達するまでの時間は?」
『10分だ』
10分か、訓練を積み、今日という日に備えた我々には十分な時間だ。
「了解、撤収作業に入る。……中隊各員、敵が迫っている、撤収作業開始」
「了解」
未使用の砲弾を収納し、輸送用のワイヤーを砲本体の各部に引っ掛ける。
準備完了のサインを送ると、やってきたのは6機のUH-60M汎用ヘリコプター。
UH-60Mは着陸して隊員を下ろすと、短時間で砲弾と砲兵を積み込み、下ろした隊員が離陸したUH-60Mの機体下部フックにワイヤーを引っ掛けて離陸、M119A3を吊り下げたUH-60Mは次々と飛び去り、次の砲撃地点へと向かっていった。
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おかしい、そう思ったのは公国軍の将軍に偵察を命じられた竜騎兵___翼竜に乗った騎兵だった。
彼らは3騎1組となって周辺を偵察、砲声を頼りに発射地点を特定し、攻撃するのが任務だった。
しかし経った今到着したその“発射地点”には、鈍い銅色に光る筒以外の何もない。
「敵はもう撤収したのか?」
「馬鹿な、こんな速さで?」
竜騎兵の離陸から、山を迂回して探し回ったとは言え、ここまで15分。そんな短時間であれだけの規模の攻撃が可能な部隊が撤収出来るとは、この竜騎兵には思えなかった。
「まだ近くに居る筈だ!探すぞ!」
竜騎兵の編隊長がそう声を上げた瞬間、シュッ、という音が横切った。
音の出所を探す暇もなく、隣を飛行していた翼竜が爆発する。
「何が起きた!?」
「分かりません!攻撃で……」
そう言いかけた竜騎兵も、爆発の餌食になって燃えながら空中に放り出され、地面に墜落していく。
「く……そぉ!」
あっという間に仲間がやられた、せめて一矢報いてやる。そう思って目を凝らし竜騎兵は地面を探す。
その視界の端、草むらの近くで何かが動いた。よく見えないが、何やら人影の様な物が動いている気がする。
その人影が筒の様なものをこちらに向けると、白い煙を曳いた“何か”がこちらに放たれる。
「マズい……!」
何だか分からないが、自分の直感が“アレを避けないと死ぬ”と全力で警報を鳴らしている。
翼竜を操って旋回、回避を試みたが、煙を吹いて迫る“ソレ”は、まるで目がついていて意識を持っているかのようについて来た。
公国軍の竜騎兵は、それが“91式携帯型地対空誘導弾”というガーディアンの兵器であるという事を知らないままミサイルに貫かれ、他の2騎と同じ運命を辿った。