DACT
VANISHED、戦術統制官のコールはカナリスの耳にも届いていた。
既にエーリヒ達の戦闘空中哨戒チームは全滅、エアカバーが無い状態で敵野砲陣地を爆撃しなければならない。
爆撃チームを率いるカナリスの脳内に天秤が浮かぶ、ミッションの中止か、それとも続行か。
『Classroom Leaf2 flight, Request PECTURE』
それを決めるにはまず、戦術統制官に情報を問い合わせる必要がある。
『Leaf2 flight, Single Group 2ship, BRAA 170/35 40000, HOT』
「……ん?」
チェックインの時、Leaf1フライトの通信を聞いていたが、その時は2グループだった筈だ。
『Classroom Leaf2 flight, Single Group Only?』
『Leaf2 flight, Classroom. Affirm.』
不思議に思いTAC-C2に確認すると、返ってきた答えは肯定。
もう1グループはどこかに隠れているのか、それとも引き返したのか。
だとしても、このチームは与えられた任務を全うしなければならない。
『リーフ2-1と2-2が護衛に移る、2-3と2-4は進路を維持し、目標を爆撃しろ』
考えている間にも、40000ftの高高度を飛ぶ敵機グループは近づいてくる。持ち得る選択肢の中から限られた時間で、最適の決断を下さなければならないのは編隊長の役目だ。
『3 Roger』
『4』
編隊を2分割し、片方を護衛、もう片方を爆撃に充てる。現在携行している爆弾は3連ラックにMk.82 500ポンド通常爆弾、3連ラックで1機が6発を装備している為、2機の爆撃でも陣地は十分破壊出来ると踏んだ。
『2-1と2-2は高度35000まで上昇し、敵機を迎え撃つ。報告では2機だが、4機いるものとして行動するぞ』
『2』
合図を出し、カナリスは減速しないようにスロットルを開きながら、操縦桿を引いてピッチ角20度程で上昇する。視界には空が広がり、地面は急速に離れて行く。
『2-1、こちら2-2。爆弾は投棄しますか?』
『まだだ、もし2-3達が爆撃に失敗したら、俺達がやらなきゃならない。……回避機動かドッグファイトになったら投棄する』
ミサイル回避やドッグファイト等、急旋回が必要になるシチュエーションでは、機体を軽くして機体の速度や旋回性を維持する為に外装を投棄する必要がある。それまでは攻撃隊の攻撃失敗に備えて爆弾は持っておくつもりだ。
高度35000まで到達、スロットルをアフターバーナー手前に入れ速度を稼ぐ、中距離ミサイルの撃ち合いになるなら速度が重要だ。
マスターアームオン、A-Aマスターモード、右多機能表示装置でAMRAAMを選択。HUDの表示がミサイル発射の為の表示になる。
レーダーの捜査幅を60度から30度の狭い範囲に切り替え、敵機のより詳細な情報を得る。
『2-1, COMMIT Right』
『2-2, COMMIT Left』
『Flight Going GATE』
スロットルを押し込み、ミサイルに速度を乗せる為に加速する。
スロットルのカーソルスイッチを親指で動かし、レーダー画面上で敵機の反応と重ねてTMSスイッチの上を押し目標を選択。もう1度TMSスイッチ上を押して目標をSTTロックした。
相手のレーダー警報受信機にも今頃、警報が流れているだろう。
距離30マイル、レーダー警報受信機は連続した音を発しており、敵のレーダーはこちらを追跡中である事を知らせて来る。
『Leaf2-1,SPIKE.』
まだ発射されていない、RWRが鳴っているなら敵も中距離AAMを持っている筈。HUDのASEサークルも徐々に大きくなり、インジケータの中へ下がっていく。
高度36000m、速度860ノット、距離26マイル、操縦桿の赤いボタンを押した。
『2-1 FOX3,BULLSEYE180/10 40000.』
これは訓練だから、実際にミサイルが発射される事はない。レーダーのシミュレーション画面上でだけ、AIM-120Cが飛んでいく。
『2-2, FOX3 Same Group.』
左隣を飛行する2-2も1発発射、レーダー上では、敵が回避機動を始め、レーダー警報受信機の警報が消えた。
『2-2, CRANK Left』
『Copy』
レーダーの捜査幅を越えない様に旋回し、回避に備えつつ距離を詰める。
ミサイルとレーダーが発達した現代の空戦はフェンシングの様な物だ。
時折このミサイルの撃ち合いが「緊張感が無くなった」「つまらない」等と言われるが、運動エネルギーを管理して中距離ミサイルの撃ち合いと回避の駆け引きは、ドッグファイト同様に一瞬の判断と高度な技術が必要とされる。「つまらない」ものでは決してない。
間合いを図り、一撃を放つ、その緊張感の中で、カナリスは疑問を抱く。
何故だ、同じ射程のミサイル、こちらより速い速度と高度を取っていながら何あのグループは撃って来なかった。
『TARGET Group Maneuvering, TRACK South. Descending 37000.』
こちらが撃ったミサイルに対する回避機動を取り、離れて行く。戦術としては正しいが、あまりに不気味だ。
『2-2、こちら2-1。目標選択は継続中か?』
『2-2, Affirm.』
『目標がHOTになったら2発目を撃て』
『Copy』
HUDの“A”の隣のカウントダウンが0になり、“T09”に切り替わる。AMRAAMのシーカーが起動し、誘導がミサイル自身に切り替わった合図だ。
『2-1,PITBULL.』
『2-2, PITBULL.』
ミサイルは目標を追尾してはいるが、恐らくアレは当たらないだろう。
ミサイルの回避方法で最も効果的なのは、“ミサイルに背中を向けて逃げる事”、そして“大きく旋回を繰り返し、ミサイルの運動エネルギーを失わせる事”だ。
ミサイルの加速はいつまでも続くものではない、ロケットモーターが燃焼し切ってしまえば加速は終わり、後は空気抵抗で速度は落ちて行く。エネルギーを失ったミサイルというのは旋回性能も低下し、戦闘機に追いつく力も少なくなるが、戦闘機はその速度を維持、又は加速する事で運動エネルギーを回復出来る。
ミサイルとの距離を取る事で余計な距離を飛行させて運動エネルギーを奪う、その最も手っ取り早い方法が“背中を向けて逃げる”事だ。
Tカウントが0になったが、レーダーの表示はまだ残っている。
『TARGET Group TRASHED』
TAC-C2からもその旨の報告が入る、やはり敵の撃墜には至っていない様だ。
『TARGET Group Maneuvering, Turning HOT.BULLSEYE 180/25 36000』
目標がこちらに向いた、距離は30マイル、まだAMRAAMの射程内でSTTロックも継続中だ。
『2-1 FOX3, BULLSEYE180/25 36000.』
こちらに向かってきた目標にすかさず2発目のAMRAAMを発射、だがこれで持ってきていたAMRAAMを撃ち切ってしまった。
今度は右にクランク機動を取りつつAMRAAMを誘導、敵機が再び距離を取る___かと思われた。
『Single Group Maneuvering,TRACK South. Descending 30000.』
敵機はミサイルに対して横を向き、急降下。こちらのシーカーアクティブに合わせてチャフを撒く。ミサイルを振り回す様に大きく旋回と上昇を繰り返し、エネルギーを失ったミサイルは失速してしまった。
『TARGET Group TRASHED』
『マズいな……Leaf2-1, SKOSH』
カナリスの残りの空対空ミサイルは2発のAIM-9Xサイドワインダー、短距離空対空ミサイルだけだ。
『2-2 2-1 Report State.』
カナリスは2-2に現在の状況を問い合わせる、特に兵装の残弾と燃料の残量だ。
『ACTIVE0 HEAT2 Fuel state 5.7.』
2-2もAMRAAMを撃ち切ってしまった様だ、攻撃隊はまだ目標に辿り付けていない。敵機を近づけず、任務達成する為には_____敵機にドッグファイトを挑むしかない。
『Classroom, Leaf2-1 BANZAI』
『2』
ミサイルを躱した敵グループは既にこちらに向かって来つつあり、高度を揃えて加速してくる。敵もやる気だ、操縦桿を握る手にも力が入る。
『2-2, Go Left, Open formation.』
『WILCO』
交戦に備え、空中接触を避ける為に編隊の間隔を開ける。500~600m程左にリーフ2-2が間隔を開けた。
『TALLY TARGET!』
遠くの方に豆粒の様な目標が2機、お互いに機影を確認し、形が見えた時には既にすれ違っている。
『Leaf2-1,2-2,MARGED』
レーダー上で敵と味方のシンボルが重なる。
鏃の様な機影、双発エンジン。
『F-14!?』
『実戦部隊かよ!あぁ、クソ!』
ガーディアンでF-14を装備しているのは実任務に就いている第1戦術戦闘飛行隊だけ、この訓練に空中戦訓練名目で参加しているのだ。
『俺は右を!2-2は左だ!Fight’s on,Fight’s on,Fight’s on!』
カナリスのF-16が旋回を始めたタイミングで、既にF-14は旋回に入っている。一瞬だけ遅れたが、ここから更に巻き返せる。
左補助コンソールのEMER STORES JETTISONのボタンを押し、搭載している増槽とMk.82を投棄する。
『Emergency Jettison! Leaf2-1, ANCHORD HOSTILE!』
ガコンと僅かな振動と共に増槽と爆弾が捨て去られ、敵機と同じ方向へ旋回、旋回して円を描き、また交差する。典型的なワンサークル・ファイトだ。
『やぁ訓練生諸君!』
楽しそうな声が通信で割り込んでくる、向こう側で笑っているのが見える様だ。
『その声……!』
『こちらショーン・マクラウド少佐だ!TACネームは“マックス”!』
切り返して来たF-14がこちらに向かってくる、互いに半円を描き円が閉じる。F-14は旋回半径が小さく、F-16をコントロールゾーンに押し込もうとする。
『教官達では人手が足りんもんでな!俺達にも頼まれたんだ!さぁどう対処する!?』
再び交差する瞬間に機体を切り返す、ワンサークル・ファイトでは旋回半径に優れたF-14は有利だ。お互いに切り返し、フラット・シザーズに入る。
何とかツーサークル・ファイトに持ち込みたいが、相手もそれを理解している為ワンサークルに縛りつけようとフラットシザーズを繰り返す。旋回を繰り返せば速度は落ち、運動エネルギーは失われていく。
『こ……のぉお……!』
急激な旋回に座席に身体が押し付けられ、視界は外側から黒く濁るように狭まる。速度が240ktまで低下、F-14も主翼を広げて低速についてくる。カナリスはスロットルを押し込んで増速、なんとか運動エネルギーを回復しようとするが、旋回が大きく膨らんでしまう。
ほんの一瞬だが、マックスはその隙を見逃さなかった。旋回中に高度を上げ、カナリスも驚きながらそれに対応して高度を上げようとする。マックスはカナリスのF-16の上を取り、バレルロールの要領でくるりと反転してF-16をコントロールゾーンに押し込んだ。
『マズっ___』
『はい、キル!』
RWRが「お前はロックされたぞ」と音を立てる、恐らくAIM-9をレーダーボアサイトモードでロックしたのだろう。
ドッグファイトは終了、機体を水平に戻し、安定させる。
『Leaf2-1 VANISHED. RTB』
TAC-C2も撃墜の判定を下し、命令通り帰投する為高度を上げ、北へと進路を取った。
========================================
着陸後、すぐにデブリーフィングがある、空戦記録装置と模擬弾のセンサーを用いた空戦データを元にした反省会だ。
帰投しながら聞いた無線によれば、爆撃目標に接近した時に地形に隠れていた教官らのF-16の襲撃を受け、慌てて高度を上げようとしたところにF-14に被せられて全滅したらしい。
先行して航空優勢を確保しようとしていたリーフ1グループは手の届かない長距離からAIM-54フェニックスを撃ち込まれて編隊を崩され、回避中を教官チームに襲われたと言って不満タラタラだったものの、教官に諭された。
敵が常に自分より劣っていたり、同等の装備で向かってくるとは限らない。今回は相手がたまたまF-14とAIM-54の組み合わせで手が出せず全滅したが、これがもし本当に敵で、実際にミサイルが発射されて、それが実弾だったら___想像するだけで寒気がする。
そう言った敵に対する対処の研究も、この訓練の一環である。
戦闘機の機動が表示されるモニターを指しながら、教官がデブリーフィングを進める。先行するグループの兵装選択、飛行高度と速度、機動等の戦術に対して評価が行われた。
「F-16の利点は軽量である事による加速の良さ、それに機動力だ。BVR戦闘でもこれは強みになる、速度と高度を稼いでAMRAAMを撃て」
空戦の基本はやはり速度と高度を稼ぐ事、F-16は40000ft以上の高度からマッハ2でAMRAAMを撃てるのだ。それを頭に叩き込み、現場で実行出来るようにするのも訓練の1つである。
次は俺達、リーフ2グループの番だ。
「作戦上、後続グループの目的は野砲陣地の空爆であり、敵機の排除では無かった。そして実際、航空優勢を確保する先行グループの全滅を知った時点で、作戦を中止して帰投する判断も出来たが、攻撃を続行した理由を聞かせてくれ」
教官に指摘され、カナリスは当時の思考を振り返る。
「……野砲陣地の配置と規模はブリーフィングで確認し、2機が搭載した爆弾でも十分に破壊可能と判断しました。我々が護衛機を排除出来れば、2機の爆撃で任務を達成出来ると」
「なるほど……F-16は多用途戦闘機だから、そう言った事も可能だという事か」
悪くない、と教官は頷いて進める。
異なった2つの任務を同時にこなすのは領域横断任務能力と呼び、F-16は多彩な兵装を搭載する事が出来るが、兵装と燃料の搭載量の少なさでその能力は一歩劣る。
戦術において、戦い方と同じ位“退却の見極め”というのも鍛えなければならない。
「空戦になった時に増槽と爆弾を捨てたのはいい判断だった、だがこの時点でミッションキルが成立してしまった事も覚えておくと良い」
「ミッションキルですか」
「そうだ、爆弾を捨ててしまった時点で、“目標を爆撃する”という任務は失敗している。敵からしたら、敵の爆撃阻止という任務は達成されてしまってるんだ」
野砲陣地の防衛という任務を帯びていた迎撃側は、敵機を撃墜出来なくても爆撃を諦めさせれば、そこで任務は成功となってしまう。
「敵機に向かっていくのも良いが、自分の任務を忘れない事だ」
次、教官はそう言いながら指摘すべき点を指摘し、対するアドバイスを訓練生達に贈る。
「教官」
講評が終了した後の質疑応答で、カナリスは挙手した。“ルーラー”はカナリスを指名し、質問を投げ掛ける。
「ドッグファイトに持ち込んだ時、旋回率で優るF-16でもF-14に勝つことが出来ませんでした。何か特殊な改造をしているのですか?」
F-16とF-14、格闘戦ではF-16に優位がある筈なのに、カナリスは負けた。機体側の理由かと思った彼はそう言うが、教官は首を横に振った。
「F-16の性能を生かし切れていないんだ、記録データを見たが、お前の機体にかかっていたのは5.2Gが最高だった。Gを恐れて機体性能を引き出せていない」
最後に教官はこう言って講評を締めくくった。
「いいか、6GまではGじゃないから、7GからがGだ」