合同葬儀
「クルセイダーズ、ミオン・アルプス」
「セイバードッグ、ウォッツ・エイマー」
レムラス伯爵が名前を呼んでいるのは、目の前に並んだ17の棺に入った者の名。
ラスカ河北岸に雑然と広がっていた風俗街は幾つかの建物を残して完全に更地となり、伯爵へ土地に引き渡しが完了した。
市街地移設計画の前段階に当たる風俗街における全ての行動が終了し、伯爵と傭兵で合同葬儀が行われている。
「ガーディアン、バイロン・セリグマン」
ガーディアンからも、戦死者が1人出てしまった。危険な任務で全員が納得尽くとは言え、死者を出した責任というのは命令を出した側……つまり俺にある。
自分のせいで人が、それも仲間が死んだ。部隊指揮官という立場で、今まで殺すことは山ほどあっても殺される事はこれで2度目。
味方の死というのは、身構えていても中々キツイものだ。恐らくガーディアンとして活動すれば、これからどんなに注意を払っても戦死者は出るだろう。
慣れてしまう訳では無い、もうこの世に居ない彼らの死を無駄にしない為に、俺達は立ち止まってはならない。
「弔銃用意!」
弔銃に関して、事前に打ち合わせをしてある。ガーディアンに隊法に則り、戦死した隊員に対して弔いの意を込めて空砲を空に放つと言うと、伯爵や傭兵達からは快く受け入れられた。
「射撃用意!」
憲兵隊 特別儀仗警護隊。ガーディアンの制服に身を包み、M16A2を手にした隊員が3人、空に向かって銃を構える。
「撃て!」
戦死者の為、3人の銃声が重なる。
もう苦しむ事は無い、ゆっくり休んでくれ。
傭兵達の半旗が風に靡く中、死者の魂を最敬礼で送った。
合同葬儀の後、傭兵の団長たちだけで会合が行われた。場所はガーディアン外部施設群の避難所村に避難したベルム街の店主が、避難所村の住人向けに開いている居酒屋だ。
会合と銘打ってはいるものの、その実態は小さな打ち上げだ。団長たちの会合でも使われる事の多い貴賓席に通され、酒と料理を注文した。
「では……改めて、このギルド組合長、エバンスが仕切らせて頂く」
酒の注がれたジョッキを持ち、エバンス組合長が立ち上がる。
「皆、ベルム街の為に大変ご苦労であった。今日は俺の奢りだ、遠慮せず、飲んで食ってくれ。この街の益々の発展を祈り、そして」
言葉を一度区切り、大きく息をする。
「道半ばで斃れた、勇敢な戦友達に」
「「「戦友たちに」」」
それを合図に乾杯、グラスをぶつける音がそこかしこで響く。
酒は苦手だが、飲めないという訳でも無い。グラスに口を付けると、鼻の奥にアルコール臭がブワッと広がる。かなり強い酒の様だ。
思わず噎せかけるがそれを飲み込んでアルコールを喉に流すと想像通り強い酒だった、喉がカッと焼ける様な感じがする。これは2杯目からはお茶か水だな……
皿に盛られた串焼き肉を取る、冬は流通が滞りがちだが、これだけ良い肉が出せる場所はそう多くない。ベルム街の近郊に畜産農家があって良かった。
一口食べてみると、タレが肉の旨味を引き立てていい感じだ。エールと一緒に喰うのが美味いと“グラディエーター”のグラントは言うが、ビールにもよく合いそうだ。
飽食の時代からやってきた身として、転生前の食事が恋しくなった事は本当に数えきれないほどあるが、こうして食べるとこちらの世界の食事もそう悪くは無いと思っている。
メニューは他にも骨付き肉や腸詰、干し肉、ベーコンと豆のスープ、潰したジャガイモ。テーブルに並ぶ料理の中に洒落たサラダなんか無いあたり、男飯や傭兵飯と言った言葉が似合うテーブルとなった。
芋の居酒屋メニュー……フライドポテトなんか街に広めても良いかもしれない、後は唐揚げとか。
この居酒屋にそう言ったメニューが広がれば、現代風の味付けになれた転生者や召喚者も街の食堂やカフェ、居酒屋を訪れる機会が増え、街もより活気づくだろう。
「にしても若いのによくやったなぁ、ヒロト殿」
そう言いながら俺に話を振ったのは“グラディエーター”のグラント団長だ、彼は片手に骨付き肉、片手に酒を持ち豪快に飲み食いしている。空いたグラスが複数ある事から、既に結構飲んでいる様だ。
「これだけの規模の作戦を成功させるとは、恐れ入った」
「以前も言ったが、傭兵部隊全部の力があっての成功だ。クルセイダーズ、セイバードッグ、グラディエーター、剣士の教え、ラムダ傭兵団、伯爵の私兵隊……どこかの傭兵が欠けていたらこの結末は無かったよ」
謙遜などではない。俺はガーディアンの中に居る為ガーディアンの外の活動に目を向けにくいが、実際のところ風俗街の制圧面積で言えばガーディアンよりも傭兵達の方が広い面積を制圧している。
ガーディアンは現代兵器というこの世界ではチートな装備を持っているが、それを操る人間の頭数が圧倒的に足りない。毎回の作戦で痛感する事だったが、今回は結果にそれが如実に現れている。
俺の隣に座るクルセイダーズのキルア団長も話に入る。
「そうだとしても、ガーディアンの功績は大きい。入り口のバリケードから奥の銃座を潰すまでの圧倒的な武力は見事だった。なぁ?アクス」
ジョッキでエールを飲んでいるアクスが話を振られてこちらを向いた。
肉を食べ終えた串を置きながら大きく息を吐く。
「正直、ガーディアンと共闘するのも称賛するのも癪に障るんだが……」
相変わらず余計な一言が多い男である。
「肉の盾が出て来た時のアレは見事……というより、何だったんだ?肉の盾の隙間を射貫いて盾の後ろの敵を倒す超絶技巧。ガーディアンの兵は皆あんな腕を持ってるのか?」
恐らく、地上部隊の支援に回したランディ達の狙撃チームだろう。そんな事をやれるのはガーディアンでも一握りだが、そういう事にしておこう。
都合の良い誤解は、そのままにしておいた方が良いこともある。
「まぁ、そんなとこだ」
おぉっ、と一同から声が上がる。
ランディから報告は聞いているが、俺はあの射距離であの高精度の射撃など出来る気がしない。狙撃という戦い方があると教えたのは確かに俺だが、全くとんでもない怪物に育ってくれたものだ。
「あの武器は自分で作ったものなのか?」
ラムダ傭兵団の団長、ウェイドがそう言う。
「俺が……と言うか、俺の仲間が作ったんだ。作り方はよく知らない」
それに実際戦車やヘリ、戦闘機なんて操縦出来ない。この辺りの誤魔化し方もどうにか上手い事しないとな、と肉を水で流し込みながら考える。
「大きな音と共に飛んでくる光の矢、か……」
「俺も最初に見た時は驚いたな、だがクロスボウなんかよりずっと強い」
「そうか、クルセイダーズは以前からガーディアンと一緒に仕事をしているんだったな」
アクスが感心したように頷く横でキルアもそう言う。この街に来てから既に1年以上経つが、初めて組んだ傭兵もいるし、俺達が来た後にこの街に来た傭兵もいる。銃を見たのが初めての者も少なくないだろう。
「今は持ってないのか?」
「今はな、普段街に出る時は持つ決まりになってる」
ノエルの誘拐事件以降、外出する隊員は武器の携帯が隊法で義務付けられている。尤もここはガーディアン外部施設群の避難所村、ガーディアンの憲兵がフル装備でうろついている中で騒ぎを起こす阿呆は流石に居まい。
「ベルム街の為に働いた傭兵という所は認めてやらんでもない」
皿から新しい串肉を取り、視線を合わさずアクスがそう言う。
認めるのも不本意そうな態度だが、これで少なくとも表立って対立したり、何かされる心配は無さそうだ。
その後も食事をしながらお互いに称え合い、また中身の無い雑談で盛り上がりながら時間が過ぎる。
皿の上に盛られた肉も量が減り、そろそろ締めに入るかという所でキルアが口を開いた。
「なぁ、皆はこの後、どうするんだ?」
唐突な問いかけだった、正直俺は何を言っているか分からない。
「何をって、飯食った後は皆それぞれ帰るだろ」
「あぁ、いや違うんだ。今度、組織をどういう風にしていくかって事さ」
ベルム街の再開発に伴い、各々の組織をどう導いていくかという事か。
街の形がすっかり変わってしまう訳だから、自らの進退も考えないとな……そう思っているとキルアの口からとんでもない言葉が飛び出て来た。
「俺は、クルセイダーズをこのままガーディアンに吸収して貰おうと思っている」
「はぁ!?」
俺は驚いて思わず声を上げた、何度か一緒に仕事をして、傭兵としての揺ぎ無い矜持を持っていると思っていたこの男が?
「今の組織、クルセイダーズは居心地がいい、俺の作った組織だしな。それに傭兵の質も高い、仲間の仕事ぶりにも満足している。けど、ドラゴンナイツが吸収された辺りから思ったんだ。武器も戦い方も、時代に合わせて変わっていくって」
恐らくキルアもドラゴンナイツのカナリスの様に、どこかで俺達の戦いを見ていたのだろう。団長という立場である以上、部下の傭兵を生きて帰らせ、飯を食わせなければならない。
ガーディアンが名実共にこの街でトップの傭兵になった__なってしまった__事で、彼らに回る筈だった仕事が俺達ガーディアンに回ってきている。ガーディアンがこの街にもたらした“影”の部分だ。
「ガーディアンに着いて行けなければ傭兵として立ち行かなくなる。だからヒロト団長、俺達をガーディアンに入れて欲しい」
キルア団長はそう言って手を差し出してくる、皆は事の推移を見守っている。不思議な静寂が流れていた。
正直な所、キルア達クルセイダーズが入って来るのは願ってもない申し出だった。キルアはガーディアンに加わり、俺達の武器と戦術を学びながら、傭兵として成長する。ガーディアンは彼らを受け入れ戦力化すれば、現状の歩兵不足の一助になる。
だが同時に、安易にこの手を取っていいものなのだろうかと躊躇いもある。
こちらの世界に彼らを引き込めば、彼らは一生こちらの世界で生きる事になってしまう。転生者という事も明かさねばならないし、異世界の現地人である彼らをこちらの世界の水準に縛りつける事になってしまわないだろうか。
散々現地人を取り込んでおいて今更ではあるが、最近それをずっと考えていた。
「実は、俺もなんだ」
「グラントまで?」
「傭兵の世界なんて、強い傭兵が他の傭兵を取り込んで大きくなるってのはよくある事。俺達がより強いガーディアンに取り込まれるときが来た、それだけの事だ」
グラディエーターのグラント団長もそう言う。
強い傭兵が他の傭兵団を吸収して大きくなる、グラントの言う通りこの世界では確かによくある事で、それは歴史の中で繰り返されてきた自然な事だ。
「君の下で、君達の戦い方を学ばせて欲しい」
グラントもそう言って手を差し出してくる。
俺はしばらく同じような考えを巡らせたが、どう自分に言い訳してもこの世界の住人に俺の世界の戦い方をばら撒いて来たのなんて今更な事だった。
「…………分かった、クルセイダーズ、グラディエーター、君達を歓迎しよう」
キルアとグラントの手を握ると、おお、と他の傭兵達の声が上がる。俺も正直、彼らの加入に対して打算的な所があった、ガーディアンに彼らが加わり、訓練を経て歩兵として活躍してくれれば、召喚者を歩兵以外の役職に振り分けられる。
「後で正式な手続の書類を渡しに向かおう」
「楽しみにしているよ、団長」
「君達はどうだ?ガーディアンに加わらないか?」
グラントは早速他の傭兵を勧誘し始めた、陽気なのはいいが気が早すぎるだろうこの男。
「俺達もそれは考えたが、元々治安維持よりも隊商の護衛に特化した傭兵だからな……すまないが、遠慮させてもらう」
ラムダ傭兵団のウェイドはそう言って誘いを断った。
「ラムダ傭兵団はしばらくしたら、ベルム街を出て行くよ。またどこかで護衛の仕事を一緒に出来たら、その時はよろしく頼む」
「あぁ、もちろんだ」
ラムダ傭兵団は俺達よりも後にベルム街に来た傭兵だ、言った通り隊商の護衛に特化しており、そのフットワークの軽さが特徴の傭兵団だった。
実力も確かなものを持っていたが、団長がそう言うなら仕方ない。
「俺達もベルム街を出る、新米剣士が少なくなるなら、この街に俺達の仕事はもう無いな」
そう言ったのは傭兵“剣士の教え”の団長だ、名前は__ジンと言っていた。
彼らは新米剣士に剣術を教え、育てる事に特化した傭兵団だ。先日の戦闘でもその見事な剣裁きを見せていた。
「お前は?」
グラントがアクスに話を振る、アクスは面倒そうに応えた。
「俺はベルム街に残る、ガーディアンとは別の需要が必ずあるだろうしな。それに……」
アクスは俺を睨みつける様に言葉を投げる。
「ガーディアンが優秀な傭兵である事は認めよう、だが俺はお前達の事が嫌いだ、それは変わらない。頼まれたって軍門になんて下ってやるもんか」
そう言い捨てられてしまった、だが、今はそれでいい。
不思議と彼から感じる敵意も無い、いい奴ではないが、害を与えてくる事は無い。そう言い切れる関係になった事が正直嬉しく思う。
「分かった、これからもよろしくな」
「ハッ、その薄ら寒い良い奴感出すのやめろ」
余計な事を言う嫌な奴だが、信用は出来る。俺はアクスとセイバードッグの評価をそう改めた。
「では、クルセイダーズとグラディエーターのガーディアン加入を祝して―――」
乾杯!!
改めて乾杯した俺達の宴会は日が変わるまで続けられ、飲んで食って大いに盛り上がった。