地下組織
『ハッ、ハッ、ハッ』
小さな画面の中から荒い息遣いが聞こえる、軍用ラップトップの画面だ。
H4拠点の制圧と捜索後、部隊の一部を残して本部に戻った俺達は、K9ユニットが放ったラプトルの映像を見ていた。
因みにだがH4拠点の捜索で救出した“肉の盾”は14人、押収した武器は多数、指揮所と思われる部屋からは風俗街の自警の為に使っていた旗や、ブラスが着用していた服も見つかっている事から、本当に直近に元締めの拠点になっていた様だ。
恐らくブラスは1人ではなく複数の手下と一緒に逃げているだろう、ラプトルが2頭なのはその為だ。
このトンネルの中に居るのか、既にトンネルから出ているのかは分からないが、もしまだトンネルの中に潜んでいるのなら、拠点に残った部隊がラプトルを追尾、確保。
トンネルから出ているのであれば、ラプトルがトンネルを出た場所を特定し、その場所を中心に空からの追跡で確保する。
「もう遠くへ行っているとか無いか?」
「いや、ラプトルたちはまだ匂いが新しいって言っていた。遅くても4時間以内」
映像を受信しているゴードンが言った。匂いもまだ消えていない、比較的まだ新しい匂いだという。
ラプトルにはラプトル用の軽量ボディーアーマーとカメラとマイク付きのヘッドギア、位置情報を得る発信機が装着されている。それでいてこの狭いトンネルを人間が走るのと同じ位の速度で走っているのだから、生物としての違い、捕食者側であるというのをひしひしと感じる。
「……長いトンネルだな」
隣で映像を見ていたエリスがそう呟く。
「地下にこんなものを掘っていたなんてな」
地下にトンネルを掘って逃げ回る、テロリストの常套手段だ。地下組織とはよく言ったものである。
「後で調査に入るしかないな」
映像を見るに数か所分岐がある様だ、地下道の調査も少し時間がかかるだろう。
トンネルに沿って爆薬を敷設して爆破してしまいたいところだ、まぁ、実際それをやったら問題しかないので心の中で流石に却下する。
「出口だ」
ゴードンの声に一同が画面に集中する、トンネル出口ははしごがかかっていて、天井から僅かに光が差し込んでいる。
ラプトルは足と短い手を懸命に動かし、時にずり落ちながらなんとかはしごを登っていく。辿り着いたのは古びた納屋の様だった。
同時に地下に居たため途切れていた発信器の信号が復活、再受信して地図に重ねて表示される。
「出たぞ、ベルム街北東3㎞、林縁付近の納屋だ」
軍用ラップトップの画面の中では、納屋の外に出たと思われるラプトルが空に向かって鳴き声を上げている。ラプトルが仲間とコミュニケーションを取る際の高い鳴き声だ。
条件が揃えばその声は2㎞先まで届くという、今は残念ながら聞こえないものの、その声はマイクを通じてこちらに届いていた。
「その近くだな。付近を飛んでいるヘリは?」
「ポーラスター1-2が近くに居ます」
ポーラスターのコールサインはOH-1だ、索敵には丁度いい。
「現場に急行、ターゲットの捜索に当たらせろ。K9はすぐに撤収の指示を」
「了解」
俺の指示に現場は動きだす、ゴードンはラップトップの操作をすると、映像の中でパターンのある音を発信した。どうやらラプトル用のヘッドギアのスピーカーから出る音でラプトルとコミュニケーションを取っているらしい。
俺も、最後の仕上げにかかるとするか。
「待機中の第1ロケット砲兵中隊に連絡、射撃準備」
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OH-1B、ガーディアンで採用している観測偵察ヘリである。
大元は勿論「オメガ」や「ニンジャ」とも呼ばれるOH-1だが、ガーディアンで実戦配備するに当たり改造が施してある。
テールローター上部の尾翼先端にリアルタイム映像の送受信等を行うデータリンク用アンテナや、機首下にMQ-9リーパーやMQ-1Cグレイイーグルと同じカメラタレットが追加装備され、またそれに伴ってエンジン出力も若干増強されている。
将来的にはこの機体をベースに中型攻撃ヘリに改造する計画も存在するが、現状はセンサー等を強化して偵察と観測に使われている。
街の外、ラプトルと入れ違いで林縁付近に到着したOH-1Bは高度を少し上げ、後席に座る観測員が森全体を赤外線カメラを使ってスキャンする。
「どこへ行ったんでしょう」
「下の納屋から出たって話だ、森の中に逃げたんだろう」
森の中に逃げ込めば木々が視界を遮り、上空からの目も誤魔化し隠してくれる。この世界にも翼竜が存在している為、航空機に対する隠蔽術というのはどこも同じ、狙いは悪くないと観測員は思った。
「ただ」
「何です?」
「奴らは2つの事を見落としてる」
今は12月、木々に生い茂る葉が落ちて森が痩せる季節である事。
もう1つ、可視光は誤魔化せても、赤外線からは逃れられないという事だ。
「……居たぞ」
赤外線カメラの映像には、森の中で身を屈める白い影が5つ。
ヘリの存在を知っているのだろう、木々の陰で息を潜め、上空を気にしている素振りを見せていた。
「山菜取りの市民や冒険者の装備じゃないし、青い腕章も無い。間違いなくブラスだ」
観測員はデータリンクで映像を転送、作戦本部のスクリーンにリアルタイムで赤外線映像が投影される。
「ターゲットを補足しました」
『了解、第1ロケット砲兵中隊に座標を転送する。射撃に備え、退避せよ』
「了解」
OH-1Bは更に高度を上げてその空域を離れる。カメラの倍率を調整し、多目的ディスプレイに写るその姿は変わらないままだ。
データの転送先は、新設された部隊。
ベルム街北岸地区から南に20㎞、フォート・フラッグも空軍基地も超え、その更に南にあるガーディアンの軍事演習場、長距離砲の射撃場。
「観測ヘリからの座標入力」
データリンクを通じてOH-1Bから送られてきた諸元入力、各車からの射撃準備完了が指揮車に報告される。
20㎞という距離は十分に榴弾砲の射程内だが、この兵器にとっては射程の半分以下だ。
モーターの音と共に発射機がせり上がり、6本の筒を束ねた様なコンテナが並んで姿を現す。
M270 MLRSが4輌、射場に並んでいた。
「目標、敵集団。射撃用意よし」
「撃ち方始め!」
中隊長の号令と共に、まず2輌のM270が白煙に包まれる。
80度ほどの仰角が付けられた発射機から、地上に轟音を残してロケット弾は高く高く上昇していき、4.5秒で次弾が追いかける様に撃ち上がる。
遅れる事20秒と少々、今度は30度ほどの浅い仰角が付けられた2輌の発射機からロケット弾が撃ち出された。
異なる弾道の砲弾を時間差で撃ち出す多砲弾同時弾着の様だが、今回の狙いは同時弾着による奇襲効果の発揮ではない。
1分程の時間をかけて絶え間なく計32発のロケット弾を発射、射撃を終えたMLRSはランチャーを収納し、撤収作業に入った。
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「……行ったか」
森の中で息を潜め、ヘリの音が遠ざかるのを聞いたブラスは、木の陰からゆっくりと顔を覗かせた。
「クソッ、空飛ぶ風車にラプトルか」
ブラスがそう吐き捨てる、今まで築き上げて来た地位と誇りが、根底から崩れ落ちた事に悔しさを滲ませる。
「残してきた者は無事でしょうか……」
「無理だろうな、坑道からラプトルが出て来たのを見たろ、坑道入り口は制圧されたんだ、屋敷を守っていた奴は全滅。もしかしたら投降した奴が捕虜くらいにはなってるかもしれんが」
彼自身、ガーディアンの戦いを見た事があった。彼らは投降した者を無闇に処刑したりはしないというのを分かっている。
「それに今の空飛ぶ風車にも見つからなかった様だ、見られてたらとっくに殺されてる」
ヘリに見つかっていない、そう思ったブラスは森の中を北へ向かってゆっくりと歩き始める。
「クソ、バロスめ、俺達を売りやがったな」
あの屋敷をしばらく根城にし、防御拠点として守りを固めろとバロスに指示したのは彼だ。拠点を移動しながら遊撃戦を仕掛ける計画が台無しだと歯噛みした。
「生きて戻ったら、アイツをバラバラにしてやる」
「戻れるでしょうか」
ブラスは部下の言葉に顔を歪める。
「戻るんだ、絶対に。その為に金を持ち出し、インキュバスも持ち出した」
そう言って視線を向ける方向には、金貨の入った袋を持つインキュバスが居る。
「報酬を受け取り、金でインキュバスの軍隊を養い、俺はまたこの街に戻る、絶対にな。そして今度は惨めな地下組織などではなく、この街の王になるのだ」
彼は幼い日の記憶を思い出す。
彼は盗賊の間に生まれた、盗みと殺しを幼い頃から両親に仕込まれ、生きる為にそれを繰り返して来た。
ある日、盗賊として襲った村の守りについていたのは、レムラス伯爵の私兵隊だった。
ブラスは辛うじて逃げ出したが、両親は殺されてしまった。
生き延びて辿り着いたのが、両親の仇である伯爵の統治するベルム街。
そう、ブラスは殺された両親の復讐の為、風俗街の元締めとなり、金と権力を得、インキュバスを育てて軍隊に仕立て上げていたのだ。
「国境まで行けば帝国から協力も得られる。爆弾の評価の見返りに、強力な武器を__」
ブラスの言葉はそこで途切れる、ブラスだけではない、全員が足を止めた。
澄ました耳に入って来るのは、風が木々を撫でる音。そして、ほんの僅かな風切り音。
森の上で何かが爆ぜた、彼らがそう認識する間もなく、爆風が集団を襲う。
20㎞以上南から発射されたロケット弾、GMLRSでもあるM30A1が地表から数mで炸裂、200lb級の弾頭が生み出す爆風は地面を揺るがし、弾殻は18万2000もの破片となって降り注いだ。
破片は木々の表皮を剥ぎ取り、ロケット弾の破片だけでなく飛び散った木片が彼らを襲う。
湾岸戦争の際、イラク兵達はこのMLRSの砲撃を“鋼鉄の雨”と呼んで恐れたそうな。
今回は森に打ち込む事もあり不発弾発生の可能性が高いクラスター弾頭ではない為、そう呼ばれたものと全く同じではないが、そう呼ばれても遜色ない火力のロケット弾が森へと撃ち込まれる
「クソ!何だ!」
爆風に煽られて地面に倒れた彼が顔を上げると、先程まで前を歩いていたインキュバスが地面に倒れているのが見える。
起こそうと手を伸ばしたが、その手は途中で止まる。
インキュバスの身体は穴あきチーズの様になって、木の根元に縫い付けられるように血塗れで寝ている。腕や首はおおよそ曲がってはいけない方向へと曲がっていた。
「走れ!逃げ__」
言い終わる前に次弾が頭上で炸裂、再び18万のタングステンの散弾が生い茂る木々を貫き、ブラスの肉体を削ぎ、意識を現世から消し飛ばす。
高い角度で撃ち上げられたロケット弾は落下時の運動エネルギーを散弾に与え、ほぼ真上からの攻撃に隠れても散弾からは逃れられない。
GPSによって正確に撃ち込まれた32発のロケット弾、その最終弾が弾着するまで“鋼鉄の雨”は森に降り注ぎ続けた。
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『風俗街へ展開中の全部隊へ通達、状況終了、繰り返す、状況終了。傭兵は作戦本部へ、土木ギルドは伯爵の屋敷へ集合せよ』
残敵の掃討が終わり、HMMWVに乗せられたスピーカーがラスカ河北岸風俗街制圧作戦の終了時間が来た事を告げる放送を繰り返している。
ここから更に72時間をかけて建物を解体、街を更地にして伯爵へと引き渡す。傭兵部隊の仕事は建物の解体を行う土木ギルドの警備に割り振られ、主役は解体の土木、次は街を作る建築ギルドへと移る。
土木ギルドの団長たちは、ここからは俺達の仕事だとぶち上げつつ、都市計画に合わせた工事の受領の為に伯爵の屋敷へと向かっていく。
傭兵達は警備計画を精査した後、作戦本部のテントで傭兵達による終了式が行われた。
皆の前に出たギルド組合のエバンス組合長が口を開く。
「まずは皆、ご苦労であった」
レムラス伯爵の私兵隊長、クルセイダーズのキルア団長、セイバードッグのアクス団長、グラディエーターのグラント団長、ラムダ傭兵団の団長、剣士の教え団長、バックアップに回ってくれたクスリヘビ団の団長もその場にいた。
「伯爵の私兵、そして我々だけでは成し得なかった成功だ。まだ全てが終わったわけでは無いが、我々が主役を務める番は終わりだ。この場にいる全員、その仲間の全てに感謝を。そして___」
エバンス組合長は一呼吸置き、改めて言葉を発する。
「この戦いで、ベルム街の為に命を落とした全ての勇敢な戦士に、最大限の敬意と、哀悼の意を表する」
今回の作戦で戦死が確認された傭兵は合計17人、行方不明は無く、全員身元が分かる状態だったというのが唯一の幸運だ。
「現時刻を以って、全ての戦闘行為の終了を宣言する。……皆ご苦労だった、ありがとう」
エバンス組合長の言葉を聞いた傭兵達が各々の行動で最敬礼をする。
キルアとアクスは跪いて一礼し、グラントは剣を地面に置いて胸に手を当てる。俺は着帽の敬礼を。
ここに、ベルム街全体を巻き込んだ市街地浄化作戦は終了したのだ。