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202/211

ラスカ河北岸地区

ラスカ河はベルム街の北から流入し、東に折れながらベルム街を南北に分断して南東へ抜けていく。川幅は最大で約160m、ベルム街流域での最大深さ地点は5.6m、流れは緩やかで河川舟運も盛んな大河である。


そんな大河が牙を剥いたのは去年の秋の話だ、大雨による増水と堤防決壊による市街地の浸水、最終集計は死者51人、行方不明者26人、負傷者多数という被害をもたらした河でもある。


河の南側に位置している市街地は殆ど水没、瓦礫の片づけの進捗も現時点で48%程度と復興まで相当の時間を要するだろうという結論は既に出ていた。


「街の機能を北側に?」


「ああ」


伯爵の屋敷の会議室に呼ばれ、資料を貰いながら俺は間の抜けた声を出した。


そこにいたのは俺だけではない、土木ギルドや建築ギルド、鍛冶、ガラス、織機に陶器、街の工作ギルドが揃っていた。


復興計画として土木ギルドの測量の結果、河の南側よりも河の北側の方が土地の高さが高い事で先の水害で河の北側はほぼ完全に被害を免れていた事が判明。河を渡る橋が流されはしたが、浸水被害はほぼ無かった。


街をまた南側に作れば、次の水害の時に再び水没する可能性がある。もちろん堤防等の治水施設は整備する予定だが、街の北側に街の主要機能を移転し、水害に備えようというのは選択肢の1つとして挙がる事は当然だろう。


「しかし、北側は……」


「そうだ、風俗街がある。北側を拡張する案の協力を君達に仰ぎたい」


風俗街はほぼ被害が無かった事もあって通常通り営業が行われている、自警団の権力も実力も強いというのも、ガーディアンで摘発に踏み込んだ時以来変わっていない。


とは言え、街の北側もベルム街だ。


「新たに街を北側に設置する法令を出せば、風俗街も従うしかないのでは」


貴族が統治する街は貴族が決める事だ、貴族が決めた事に賛成なら街はそれに沿って動くし、反対なら反対なりに動くだろう。


「ただ立ち退きを要求するだけでは従わない者もいる、私兵隊だけではあの広い区域全部を制圧するのも難しい」


政治というのは難しい、様々な人間の思惑が複雑に絡み入る中で、必要な事を成さなければならない。

風俗街だからと言って俺達が摘発したような詐欺まがいの店や恫喝してくる店ばかりではない、きちんと届け出をして健全な営業をしている店も多くあるだろう。

そう言った者まで一緒くたにして排斥してしまうと、相当な反発に遭う事は想像に難くない。


「……でしたら、こういったのはどうでしょうか」


俺が思い浮かんだ案を部屋にいる全員に話した。



========================================



準備と内部調整に3週間ほどがかかったが、本格的に稼働する目途が立った。


俺達は部隊を率いて街を大きく迂回し、ベルム街北西部の端に来ていた。

河は北から南に流れ、ここで東に大きく折れる。この辺りはまだ流れが緩やかだ。


俺も装備を整え、いつものヘルメットではなくキャップの上からヘッドセットを付けている。RSOVを運転しながらサイドミラーでチラリと後ろを振り返ると、装甲車の隊列が続いていた。


河原へと下り、申し訳程度の堤を超えると河原のザレ場に出る。邪魔にならない場所にRSOVを停車させると、無線のスイッチを押した。


「始めよう」


俺のすぐ後に続いていたLAV-25A2が車体正面の波切板を展開すると、躊躇い無く河の中へ突っ込んでいく、海兵隊に採用されているLAV-25の利点がこんな所で生かされるとは、正直思ってもみなかった。


2輌のLAV-25A2は偵察隊だ、160mの川幅を渡り終え向こう岸に到達するのを双眼鏡を覗きながら確認した。河原に停車した2輌は後部ハッチから偵察分隊を下車させ、M4を持ったマルチカム迷彩の兵士が周辺に異常等が無いかを調べて報告を行う。


敵が攻撃出来そうな対岸の地形を押さえると、次は主力の渡河だ、第3歩兵小隊のピラーニャⅢCが4輌、河に入って渡っていく。

スクリューが装備されているお陰で水上を10㎞/hで航行出来る装甲兵員輸送車(APC)は波を立てながら河を渡り、対岸に辿り着くと偵察隊と合流、後部ハッチを開いて歩兵を展開させると、防御陣地を構築し始めた。


「護岸工事がされてないとこうして上陸するのも楽だな」


続いて進入してきたのは92式浮橋だ、トラックが河にボートを下ろし、別のトラックが荷台を傾斜させて橋節を滑り落とすと、自動で展開した橋節はフロートとして機能する。


「本当は架橋したいところだけどな」


「河川交通を妨げる事になりますしね」


川幅が広く、水深もそれなりにあるラスカ河は河川舟運が盛んだ、水害後もそれは変わらず、見える限り数隻の船が河を行き来している。92式浮橋は橋を架ける事が出来るが、水面に直接フロートを浮かべる為、通常の橋の様に橋の下に船を通すことが出来なくなってしまう。


「フロートを往復させて輸送するしかない」


「力技ですが、その通りですね」


渡河準備が出来た工兵中隊の渡河支援隊が俺達のRSOVを誘導する、誘導に従い俺は車を走らせ、フロートにRSOVを乗せた。


「離岸準備良し」


「了解、離岸」


ボートに押されフロートが離岸、水面の穏やかな揺れを乗り越えて対岸へと車輌を渡らせる。渡っているのは俺達だけじゃない、同時並行で資材を搭載したトラックが複数、フロートに乗せられ渡河している。


対岸に到着し橋端を掛けて上陸、偵察部隊と第3歩兵小隊が確保した場所に車を走らせる。第3歩兵小隊と偵察隊は既にテントの設営まで終えて準備完了、俺を待っている状態だった。


段取りがいいな、そう感心しながらポーチからスマホを取り出す。召喚から施設をタップし、その場で施設を召喚する。


俺達がいる場所の周囲が光に包まれ、現れたのは2段重ねのへスコ防壁。ぐるりと部隊を囲む様に現れ、監視塔が四隅に置かれている。

召喚したのはヘリパッド付きの簡易陣地だった、都市計画でガーディアンが行動を行う際、風俗街から近いここからの方が対応しやすい為だ。


「よし、皆聞け」


準備されていた指揮所テントの中に入り、テーブルに地図を広げる。地図にはベルム街北側に広がる風俗街の全景が書き込まれていた。


「もうすぐ機動戦闘中隊が渡河してくる、第3小隊は機動戦闘中隊の掩護下で分隊に分かれて、西から東へ進行しろ。やる事は分かってるな?」


「もちろん」


ハワード・ジョンストン大尉が頷く、召喚者の士官で、優秀な男だ。


「俺は病院を設営した後、第1小隊と共に援護する。日没までには終わらせよう」


「了解」


既に任務の目的は共有されている、今回実行役の第3小隊と軽く摺り合わせを終えると、へスコ防壁で区切られたヘリパッドの向こうにヘリが着陸する音が聞こえる。レムラス伯爵の配下か、傭兵部隊の増援が到着したのだろう。


配置に着く前に、俺も俺の仕事をしなければならない。


へスコ防壁の東側にまたも施設を、こちらも簡易的な物ではあるが病院と、勤務する医師と衛生隊員を召喚した。


「これでいい」


さて、風俗街浄化作戦開始だ。



========================================



午前10時過ぎ、雲量1の晴れ。


風俗街、遊郭、娼館街、呼び方は色々あるだろうが、ベルム街のラスカ河北岸というのはそう言った街だ。

飲み屋や性風俗の店が立ち並び、街の人間の需要を吸って成立している。もちろん治安は悪い。


夜になれば明るく喧騒と怒号に包まれ、昼間は静かな影の中。そんな夜の街だが、今日は朝から騒々しい。


ま、騒々しさの原因も俺達なんだが……


俺はそう思いながら風俗街上空を低空で飛び回るMH-6Mのベンチシートに腰掛けながら、眼下の街を監視していた。

思えばこの高さに生身で座ってるのももう慣れてしまったな……そんな事を考えながら双眼鏡を覗き込んだ。


街角には第3小隊や憲兵隊の隊員が目を光らせ、16式機動戦闘車やピラーニャⅢC装甲兵員輸送車が歩兵の援護位置にいる。そんな中で、ベルム街のギルド組合によって集められた傭兵やレムラス伯爵の配下の者が羊皮紙を配っていた。


レムラス伯爵は先日、新たな法律を設けた。


・60日以内に全てのスタッフの健康診断受診

・店舗の支出帳簿、名簿の提出

・45日以内に店舗責任者のレムラス伯爵との面談

・60日以内の防火・防犯監査の受け入れ

・以上の条件を満たす店舗は、新法と組合の下で保護される。

・条件が満たされない限り、ラスカ河北岸から退去を命ずる。


ベルム街のラスカ河北岸地区再開発の為、今までほとんど手つかずであった風俗街の取り締まりに正式に着手したのである。


今下の街で彼らが配っているのも、その新法の勧告文だ。


目的は3つ、「風俗街の安全化」「町全体の縮小」「経営の健全化」だ。


1つ目の街の安全化は様々な意味を内包している。

ここは自警団勢力が強く、以前しょっ引いたインキュバス店以外にも、ヒトよりも力が強いインキュバスを“繁殖”させている店があり、そのインキュバス達を自警団にしている様で、取り締まりがなかなか進んでいなかった。


ベルム街再開発に伴い街に防壁を作る事が決定し、その壁の内側に風俗街を入れる事が決まった事もあり、そう言った反社会的自警団を残してはおけない。


またこの街の性病の調査についても未確認の部分が多く、ベルム街全体の環境を脅かしていた。

ガーディアンではベルム街の人達との関りを特に制限していなかったが、性病の影響を懸念して、唯一河の北岸の風俗街へ出入りする事は固く禁じていた。


そう言った意味も含めて“安全化”である。



2つ目、風俗街は様々な店やスラムが入り乱れており、余所から入り込んだ店や人を巻き込んで大きくなった経緯を持つ。取り締まりが進まないのを良い事に街は拡大、いや肥大化の一途を辿り今に至る。

そんな街をベルム街は丸ごと抱えられない、後述の通りに取り締まりを行い、問題なかった店だけを残して残りは排除する事で、風俗街を小さくする。再開発の為には風俗街の縮小化は必要なのだ。



3つ目、風俗街は経営に問題を抱えている店が多数存在する。

飲み屋であれば詐欺まがいのボッタクリや違法な魔術薬を出す店、性風俗であれば店に出す女を攫ってきて調達やインキュバスの繁殖に使ったり、店に入った男を殺して金品を奪って利益を上げる等だ。

そう言った問題のある店を排除し、問題のない店だけを残す。これが経営の健全化だ。



正直に言う、今回の一斉取り締まりで風俗街の殆どの店は残らず、残る店はほんの極僅かだろう。


組合に所属しているギルドの中には“盗賊ギルド”という、いかにも反社会的なギルドがある。暗殺ギルドの様に社会の暗部に対する必要悪の様な彼らに依頼して風俗街を調査して貰ったが、上がってきた報告は以前の調査通り酷い物だった。


恐らく今回のお触れにも従わない、従っても虚偽の報告をして難を逃れようとする店や者は多いと思われる。

従わない彼らを排除するのは気の毒だとは思うが、俺は権力側の人間だ。多少強引でも、なすべき事はなさねばならない。


双眼鏡の向こうでレムラス伯爵の配下に暴力を振るい、傭兵に取り押さえられる場面が見て取れる。

さっきも勧告書を配っていた傭兵が矢が向けられ、第3小隊の隊員が発砲して制圧する事態があった。


「強制執行、かなり激しい抵抗になりそうだな……」


俺の呟きはヘリのローター音に掻き消された。


もしそうなるとしても、俺はこの街の為にやらなければならないのだ。



========================================



勧告書の配布から2ヶ月半、北から吹く風は冷たく相変わらず乾いているが、少しづつ春の息吹を感じる物へとなり始めていた。

そんな今日は事前勧告していた、伯爵から許可された以外の店の立ち退き期限だ。


山岳部隊の報告では、雪が少しずつ薄くなりつつあるという。山岳部での公国軍の攻勢が近いかもしれないが、こちらもこちらでやるべき事がある。


こう言った時に、歩兵の頭数というのは本当に重要だと改めて思う。本部部隊の全戦力を風俗街対処に向けるのは不安がありすぎるし、山岳部隊も山岳部隊で公国に対して戦術と兵器でカバーしなければならない。

安易に兵力を増やすのも、予算の都合で難しい……


「考え事か?」


「……まぁな、ボスは考え事が多くて大変だな」


「しっかりしろ、久しぶりの作戦だろ?」


エリスにそう言われ、思考を頭から切り離す。


「悪い、皆は?」


「集まってる」


これからブリーフィングだ、ラスカ河を渡る唯一の橋の麓に設置された作戦本部のテントに入る、参加するガーディアンの各部隊の隊長だけでなく、組合が集めた傭兵や伯爵の私兵の隊長が集結していた。


その中にはもちろん、商隊の護衛で一緒に任務を行った“クルセイダーズ”の団長、キルアもいる。


「久しぶりだな、キルア団長」


「西の砂漠での活躍は聞いた、それにドラゴンナイツの合併吸収、凄いじゃないか」


久し振りに会った彼は相変わらず剣士らしく、腰に剣を下げていた。


「どんどん強くなって今じゃ名実共にこの町一番の傭兵だ、すっかり雲の上の人だな」


「上昇が速くて頭が痛いよ、色々と忙しい」


テントに集まった皆はもう始められるらしい、そしてその中には俺を目の仇にしている“セイバードッグ”の団長もいる。

凄く睨まれているが、作戦指揮が俺なのが相当気に喰わないらしい。


「始めるぞ、任務の主目的は風俗街の中で未だに伯爵に従わない勢力、期限を過ぎても居座る店の強制排除だ」


任務を再確認し、全員の目的を一致させる。

特に今回は難しい治安戦になると予想される為、何の為の任務なのかは共有しておきたい。


「敵……ってのもなんだが、60人以上のインキュバスを始めとする自警団で守られている、武装は剣と棍棒、飛び道具にクロスボウを確認した」


銃がこの街まで浸透していなくて良かった、情報局で調べているが、どうやら銃はまだ公国で使われる特有の武器の様だ。


「作戦地域の南と西は河に阻まれている、橋は今から渡る1本しかない、今日は水運ギルドも全て引き上げさせ、泳いで南岸に逃れる者に対する警備として参加してもらう」


水運ギルドのマスターの方を見ると、いかにも職人気質な日焼けした男が満足そうに頷いた。


「天候は晴れ、雲量1、風は北からの微風。作戦地域に雨の予報は無い……それから参加部隊についてだが……」


俺は手の中にあるリストを読み上げる、リストにはこの街に本拠地を置く傭兵が名を連ねていた。


「クルセイダーズ、セイバードッグ、グラディエーター、ラムダ傭兵団、剣士の教え。それからベルム私兵隊(伯爵の私兵)から1個中隊。ガーディアンからは……3個中隊程度が前線に展開可能だ」


実際には歩兵3個小隊、憲兵1個小隊、機甲中隊、偵察隊、機動戦闘中隊、砲兵大隊、工兵大隊が参加するが、恐らくそれを彼らに伝えても伝わらないだろう。この世界と俺達では戦闘単位も兵器も戦術も違うのだ。


「それから医療ギルドのクスリヘビ団とガーディアンの衛生隊が負傷者の治療に入る。隊員が負傷した場合、遠慮なく使ってくれ」


今回は俺達の根拠地での作戦になる為、高度なバックアップの下で作戦を展開出来る。


「次に時間だ、風俗街は広い。俺も以前街で戦ったが、今回もすぐには終わらないだろう。戦闘開始から終了まで96時間、4日間を見込んでいる。更に戦闘終了後の事後処理に72時間、全7日間でこの任務を終え、北岸全域を伯爵へ引き渡す。」


広大な市街地を全て掌握、掃討しなければならないのだ。本来はもっと時間を掛けたいところだがそうも言っていられない。きちんと許可を得て営業している優良店の妨げになる戦闘を、いつまでも繰り広げている訳にも行かない。


ガーディアン的にも山岳部隊と公国軍の衝突がカウントダウンに入りつつある、現状のまま二方面で作戦展開するのは避けたいところだ。


「最後に民間考慮事項だが、これが大変だぞ。どれが敵でどれが味方か分からない、優良店の従業員は全員退避させたが、抵抗勢力が人質を取っていたり、味方のフリや死んだフリをしている可能性も考慮しろ」


「敵と味方が分からないって……そんなのどうやって見分けるんだ?」


キルア団長が首を傾げながら言う、傭兵も服装が統一されていない、それぞれの傭兵で相打ちに、何て事態にもなりかねない。


「それについても考えてある、幅広の青い腕章を渡すから、作戦中はそれを付けていてくれ。腕章をつけている者が味方、そうでない者は敵だ」


何だかサバゲ―の様だが、今回に限れば有効な手段だろう。一目でわかるし、意味も通じやすい。


「状況はそんなところだ、皆呑み込めたか?」


皆が頷く、セイバードッグの団長も不機嫌ではあるが、話を聞いていなかった訳では無い様だ。


「次に戦術面の説明だ」


指揮所テントのテーブルには風俗街の全景地図があり、その上から透明フィルムを被せてある。フィルムの上から細ペンで町に線を引いた。


「街全体を効率的に制圧する為に街を分割する、北側と西側はガーディアン各隊が抑える。南側は西から順にクルセイダーズと剣士の教え、ラムダ傭兵団、グラディエーター、ベルム私兵隊が掃討を行う。先鋒としてセイバードッグとガーディアンの偵察隊が情報収集に出る」


青い髪の長身イケメン、セイバードッグの団長がピクリと反応する。以前目は逸らしたままだ。


「先鋒の情報を元に、後続の部隊が制圧を開始。偵察終了後、セイバードッグとガーディアンの偵察隊は予備部隊として機能。増援の要請があれば駆け付ける」


「フン」


セイバードッグの団長が鼻を鳴らす、まだ名前も知らない彼がここまで反抗的になるのも少々理解出来る。


気に入らないのだ、新参者が伯爵御用達の傭兵ギルドになるなど。


この街の傭兵の中では現状、セイバードッグが最も歴史が古い。王族が来る際の護衛を任されたこともあり、信頼と実績のある傭兵団だ。

だがベルム街に来て1年の傭兵団に規模や実績でも先を越され、名実ともにこの街の最強の傭兵団となったのがガーディアンだ。気に喰わないのも当然だろう。


ま、仕事をしてさえくれればどうでもいい。


「作戦指揮はエバンス組合長、他に質問は?」


「もし困難な状況に陥った時、救援はどうやって呼べばいい?」


声を上げたのはラムダ傭兵団の団長だ。赤い髪に魔石を柄に仕込んだ槍が彼の得物なのだろう、セイバードッグに劣るものの、彼らも規模や練度では上位の傭兵だ。


「この作戦本部に伝令を送ってくれ、伝令の情報を元に俺達の空の目が追跡して特定する。後は……信号弾も渡しておくよ、空に1発撃ったら本部から救援を送る」


空の目というのが異世界人的には翼竜(ワイバーン)と解釈されるのだろう、実際はMQ-9なのだが、そう変わりはない。翼竜(ワイバーン)に乗った竜騎兵は目で見た情報を信号旗や煙で伝えるのに対し、MQ-9や偵察機はセンサー類で観測した情報をデータとしてやり取りする。


「掃討部隊は南から北に向かって侵攻、北から南に向かう部隊と挟み撃ちにするんだ。そのまま東に抵抗勢力を追い立てながら家屋を制圧、従わない者は逮捕。交戦規定に則り、攻撃されるまでの攻撃は禁ずる」


これが96時間で果たして終わるだろうかという不安はあるが、レムラス伯爵の命令だ。出来るかではない、終わらせるのだ。


「質問はあるか?」


「俺達が予備隊ってのは何なんだ?」


声を上げたのはセイバードッグの団長だ、彼は普段から持っている不満をぶつける様に俺を睨んでいた。


「俺達は偵察隊以外に役目は無いってか?俺達は今、この中で最古参の傭兵だぞ。何故街の為に、街の為の作戦なのに、前面に出られないんだ?」


違う、彼の言葉に乗っているのは、不満だけじゃない。

確かに今のセイバードッグはこの街の最古参の傭兵だ、傭兵の序列はそれだけで決まる訳では無いが、何にせよ現役の傭兵の中ではベルム街で最も歴史のある傭兵団としての誇りは彼らの中にもある筈だ。


「何でこの街の為に戦う俺が、俺達が、最前線に出られない?俺達は偵察だけして引っ込んでいろと?」


先代、もっと前からこの街を伯爵の私兵隊と共に守ってきたのに、前線に回されず偵察と予備隊、新参者は最前線、彼らからしたら悔しいだろう。


だが、俺も考えた上で部隊配置を決めたのだ。その上で言い訳の様にではなく、彼を納得させなければならない。


「……セイバードッグ、モットーは“突撃こそ戦場の華”。騎兵突撃によって前線を食い破って突破口を開くのが得意な傭兵団、だからこそこの配置だ」


「……よく調べている様だな、そんな俺達が何故前線配備ではなく偵察なんだ?」


「君達は偵察能力が高いからだ」


セイバードッグは確かに突撃が得意だが、無計画な突撃一辺倒ではない。

戦場の華と彼らが言うのは、戦場の中で最も派手で戦果を挙げやすいが、相応に犠牲を多く払う事も多々ある。()を咲かせ、()を散らすのも突撃だからだ。


その突撃を成功させる為には、偵察を行って情報を収集し、敵戦線の防御の弱い所を探し出す。セイバードッグは突撃だけでなく、突撃を成功に導く為の能力も高いのだ。


「君達の偵察で得た情報の上で、作戦は展開される。歴史ある傭兵の君達なら最も重要な役割を任せられると思った。それに君達の突撃が持つ突破力は今回の様な掃討戦の時、予備戦力で運用してこそ輝くだろう」


全体としては動きの少ない掃討戦、突撃の持つ衝撃と突破力を生かすには予備戦力とし、要請に応じて突撃を掛けた方がその力を生かせる。


「君達を信じてこの配置にした、不満か?」


「……」


セイバードッグの団長は答えない、納得してくれたのか、それとも不満が渦巻いているのかは分からない。


「他に質問は?」


意外な事に、他の傭兵達からは質問が挙がらない。

若干の不安はあるが好都合だ、このまま進められる。


「それでは……状況開始」


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