恐怖の終わり
本部からの通信を受け、索敵と攻撃支援の為に7分間、限定的であるが航空支援を得ることが出来た。
集合前に中距離多目的誘導弾の再装填を済ませ、第2分隊の89式装甲戦闘車も車内に乗員を乗せ終えた様で、準備完了の報告を車長席に座ったクロウが受ける。
『テスラ1-1、発進準備完了』
「了解」
幸いにも雪も弱まっている様子で、三頭熊の痕跡はまだ雪に埋まらず消えていない。
これはチャンスだ、猟師4人と大勢の村人を殺した熊への反撃を始めるチャンスなのだ。ここで熊を討伐し、元凶を絶ってこの雪の恐慌に終止符を打つ。
「血の跡を辿る、ランベルト、発進だ」
『了解』
川を渡った89式装甲戦闘車は雪に生々しく残った血痕を辿り、平行して履帯の後を刻みながら森の奥に進んでいく。
この出血量でこの雪の中、まだそう遠くへは行っていないはず。機関砲を確実に当てた手ごたえがあったし、かなりのダメージが入っている筈だ。
「ジュピター、橋から北西10㎞圏内を捜索する様にUAVオペレーターに伝えてくれ」
『了解した』
武装したMQ-9リーパーERが上空に到着するまであと1分、投入されてから援護不可能になるまでの7分間が勝負だ。
「7分間で仕留めるぞ、それが勝負だ」
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くそ、くそ、くそ。
あの餌ども、飛び道具を使ってきやがった。
何だあの光は、凄まじく速く、そしてこの毛皮を容易く貫通する威力。今までどんな魔物の牙も、武器も貫かなかったこの毛皮を!
お陰で“きょうだい”の1人も死んでしまった、右の弟が力無く、血を流して項垂れている。
この落とし前は、必ず奴らの命で着けなければならない。幸いな事に、奴らの匂いはもう覚えた。真っ白な吹雪の中でも、奴らを片付けて見せる。
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白い雪に点々と落ちる血痕も、そろそろ追うのが難しくなって来た。降る雪、風に舞う雪が血痕を覆い隠そうとしているのだ。
この先の森の中に居るとしても、手負いの熊が逆に待ち伏せしている可能性もある。不用意に下車戦闘は出来ないだろう。我々にはサーマルがあるから雪の中でも戦闘が出来るが、サーマルの視界は狭い。その上相手は嗅覚が発達しているとみられ、油断は出来ない。
更にこの熊は狡猾だ、手薄になる時間を狙い、集団で襲う。魔物や動物ではあるが、頭を使うやつだ。俺達が追っている事を予想し、それがブラフだとしたら、警備の薄くなった隙を突いて村を襲撃する可能性が捨てきれない。
村の防御に半個小隊が残っている先の戦闘で充分熊に対抗出来る事が証明されたとは言え、村に入って暴れられれば、どれだけの命が失われるか分からない。時間との勝負だ、捜索と戦闘に時間は掛けられない。
「ヴァルチャー1-6、何か見つけたか?」
クロウは無線を通じ、上空の無人機のオペレータと連絡を取り合いながら熊を捜索する。
TV映像と赤外線映像を切り替えながら上空を旋回するMQ-9リーパーERを操縦するのは、フォート・フラッグ空軍基地の地下にあるコントロールステーション、操縦席に座るオペレータだ。
『ネガティブ、離脱開始まであと45秒』
航空支援中断のタイムリミットが告げられる、強い吹雪が上空を覆い、航空支援が不可能となる時間が来る。
『テスラ1-1、見つけたぞ、前方120m。そちらの進路上の木の陰に隠れている』
車長席に座るクロウが画面表示を熱線映像装置に切り替える、正面遠方の木の根元に熱反応が確認出来た。
やはり狡猾な熊だ、俺達が追って来る事を知ってて待ち伏せていたな。
通常のカメラに戻す、雪がちらつき風で舞い上がる中、熊の体毛の色が上手く保護色となって見つけにくい。
「全車停止。テスラ1-1、確認した」
『了解、ヴァルチャー1-6は悪天候の為一時離脱する。再度支援可能になるのは5分後』
「5分もか、急いでくれ」
上空からMQ-9が撤退する、上からの目が無くなるのはこの視界不良の中では痛い。
離脱を宣言してからすぐ、視界は白に包まれた。吹雪が一帯を覆って視界を奪う、この吹雪こそこの地では敵となるが、条件は熊も同じの筈だ。
「1-2、熊の側面に回り込めるか?」
『こちら1-2、やってみる』
後続に付いているテスラ1-2が左へと転進、十字砲火を浴びせるべく有利な位置へと向かう。
クロウがまた画面をサーマルに切り替えた、相手は嗅覚と聴覚で有利だが、こちらにはサーマルがある。
『1-2、位置に付いた』
「見えるか?」
『見えます、テスラ1-1の方を見ています』
どの頭で?と聞きそうになったが口を閉じる、すぐ同じになるからだ。
「肉片に変えてやる、各車、弾種徹甲」
「了解」
『了解』
砲手のエッブスが35㎜機関砲に給弾される弾種を装弾筒付徹甲弾に切り替える、1000mの距離で90㎜の装甲を貫通する弾なら、120m先の木の幹を貫通するのも容易い。
「3点射、撃て!」
太鼓を叩くような重い砲声に混ざる金属音、テスラ1-2と共に熊に向けて徹甲弾の十字砲火を浴びせる。ファインダーの中で雪が舞い上がり、鈍い音を立てて木の幹が熊の隠れている辺りで砕け散った。
木の幹の後ろで肉片が飛び散るのがサーマルで見えた、命中したようだが致命傷ではない。熊は素早く反転して森の奥へと逃げていく。
「追うぞ、滑落に注意!」
ドライバーのランベルトが89式装甲戦闘車を走らせ、加速させる。熊は森の中でも障害物を避けて素早く走れるが、車体の大きなIFVは熊に着いて行くのが限界だ。
しかし、それでもついていけている。明らかに熊の速度が落ちているのだ。
「あぁ、そういう事か」
「何がです?」
ファインダーを覗くクロウの声にエッブスが反応する。
「さっきの攻撃で右の後ろ脚を失ってるんだ、速度が落ちてる。チャンスだ」
35㎜のAPDSは熊の右後ろ脚を撃ち抜いていた様だ、走り方も不自然になっている。村に来たときの射撃か、先程の射撃かは不明だが、3つある頭の内1つは首元から無くなっており、頭は2つになっていた。
今なら追いつけそうだと思い、後続のテスラ1-2に通信を繋ぐ。
「熊の右に回る、追い立てろ」
『了解』
「ランベルト加速だ、熊の右に出る」
「了解!」
右へ進路を取り89式装甲戦闘車が加速、雪の凹凸を踏んで車体が揺れるが、キャビンは大丈夫だろうか。
『おいクロウ!もう少し優しく走らせろ!』
「今手が離せない、後でな」
キャビンからはロバートの声が聞こえてくる、喋れる内は問題ないだろう。
巨大な熊の右後方、距離は80mまで詰まった。
1-2は熊を追い立てる様に地面を狙い機関砲を放つ、恐らく榴弾だろう炸裂音を聞きながらエッブスに指示を出した。
「左45度!APDS!」
エッブスは砲塔を旋回させ、機関砲を照準する。
引鉄に指を掛けるが、クロウの声に中断された。
「戻せ!」
エッブスは何で、と思う前に身体が動いた、砲塔を若干正面に戻すと、太い木が車体横を通り過ぎて行った。砲手のエッブスは気付かなかったがクロウは車長、広い視野で気付いていたのだ。あのままでは砲身が破損して射撃どころではなかっただろう。
「危ねぇ……!」
「しっかり狙えよ……!」
言われるまでもなく、気を取り直して熊に35㎜機関砲を照準、引鉄に指を掛けた。
「撃て!」
電気雷管によって雷管が爆発、発射薬はガスに変わり35㎜の徹甲弾を押し出す。砲身でたっぷりと運動エネルギーを受け取った徹甲弾の3連射は、急激に向きを変えた熊の動きのお陰で空振りに終わる。
「クソ、外した!」
「この先に崖がある、追い詰めて仕留めるぞ」
2輌の89式装甲戦闘車は熊との距離が一定になるように追従、崖の方へと追い上げる。
崖と言ってもこちらは崖の下側だ、高さ15mはありそうな岩壁が目の前に立ちはだかり、熊とIFVの行く手を阻む。
『こちらヴァルチャー1-6、支援再開可能になる、到着まで30秒』
ようやくMQ-9の航空支援が活用可能になるらしい、5分も経った様には感じないが、上空の天候の安定が前倒しにしたのだろう。
それを聞いたクロウはUAVオペレータに通信を繋げた。
「了解急いでくれ、熊が崖を登り始めている」
追い詰めた巨大な熊は、失った後ろ足を庇う様にしつつ器用に崖をよじ登り始めた。
「器用なもんだ……ヴァルチャー1-6、熊が崖を登ったら、ミサイルで崖下に叩き落せ」
『了解1-1、ライフル』
クロウは見えていない、だが音声だけでMQ-9がミサイルを発射した事は分かった。
89式装甲戦闘車は砲の仰角を付けて岩壁に向けて発砲、砲弾が崖に命中し、表面で弾けた石の礫が跳ね返ってパラパラと装甲で音を立てる。
ミサイルが飛んでくるまであと数秒、機関砲の射撃で熊をゆっくりと崖の上へ追い立てた。
クロウはペリスコープで後方の状況を確認しながらドライバーに繋ぐ
「ランベルト、崖から距離を取れ。奴をミサイルの射程に入れる」
『了解』
2輌の89式装甲戦闘車が射撃しつつ徐々に後退、同時に砲手は砲の仰角を下げて射線に熊を捉え続ける。命令を受ければすぐに射撃出来るようにトリガーに指を掛けた状態でだ。
熊が崖の頂点に到達するのと、ミサイルの着弾はほぼ同時だった。
AGM-114Nヘルファイアが熊の付近に命中、雪原での使用に合わせた信管設定で不発になることなく炸裂した弾頭が膨大な圧力を発生させ、巨大な熊を強力な爆圧で弾き飛ばし、崖の下に叩き落した。
鈍い音を立てて雪の上へと落ちてくる、巨大な熊の落下に舞い上がる雪、呻き声が混ざりその息がまだある事を伝えて来る。
クロウが覗くファインダーの向こうには、立ち上がる熊の様子が映し出された。
射撃によって失った右後ろ脚と千切れた頭1つだけでなく、砲弾の破片で身体のところどころに傷がついており、金属サーモバリック弾頭のミサイルの至近弾を受けて頭が1つ死んだのか力無く垂れ下がっている。完全に手負いの状態だ。
「エッブス、ミサイル照準」
砲手のエッブスがファインダーを覗きミサイルを照準、誘導はセミアクティブレーザー。
設定を終えたエッブスが、ミサイルの撃発スイッチに指を掛けた。
「撃て」
エッブスはクロウの号令に応え、砲塔側面のランチャーから1発の中距離多目的誘導弾が躍り出た。ロケットモーターの燃焼によって熊までの距離を詰めるまで小数点以下数秒だ。
熊が傷ついた身体をゆっくりと起こし、威嚇を飛ばしてくるが、既にミサイルは熊の目の前まで迫っていた。
最小射程ギリギリで放たれた中距離多目的誘導弾は威嚇の為に開けた熊の口に飛び込み、戦車を撃破する為のHEAT弾頭が生き残っていた上顎を丸ごと吹き飛ばした。
トドメとばかりに熊に向けて35㎜のAPDSを射撃、サーマルの映像でも機関砲の命中により弾け飛ぶ肉片と血飛沫が上がった。
「射撃止め、射撃止め」
2輌が機関砲の射撃を停止、サーマルの映像の方でも、もう熊がピクリとも動く様子は無い。
「……」
「その口を閉じろエッブス」
「まだ何も言っていません」
「それは禁句だ。テスラ1-2、後方を警戒してくれ。歩兵を展開する」
『了解、こちらも歩兵を展開、後方を警戒する』
89式装甲戦闘車の後部ハッチが開き、乗っていた隊員が出て来る。それぞれがG3A3を持っているが、ナターリエは車内からM107A1を引っ張り出して来たところだ。
「ヴァルチャー1-6、周辺を赤外線で監視してくれ」
『了解、赤外線に切り替える』
上空を飛ぶMQ-9リーパーERのオペレータにそう伝えたクロウは砲塔上部のハッチを開けた、外は雪がちらついているが、風はいくらか収まった様だ。
「エッブス、照準は熊から外すなよ」
頷くエッブスを見るとクロウは自分のG3A3を持ち出し、ハッチから車外に出る。車体へ降り、車体から地面に飛び降りると、脛辺りまで雪に埋まった。
ブーツ越しに足の裏に伝わる感触からして、すぐ下は地面ではない。きっとこの雪も深いのだろうとクロウは思う。
辺りを見回す、クロウの持つ分隊はクロウを含め9人、その内2人は砲手と操縦手としてIFVに乗っているのでこの場に居るのは7人になる。
全員を掌握すると、三頭熊に銃口を向けたままゆっくりと近付く。
山岳地帯を恐怖に陥れた熊の最期は悲惨な物だった。
毛皮に包まれた身体は血塗れで穴だらけ、機関砲の直撃を受けて毛皮ごと肉が弾け飛んでいる。右の後ろ脚を失っている他左前足も、生物としておおよそ曲がってはいけない方向に曲がっていた。
頭の1つは既に機関砲が数発直撃し千切れて失われており、もう1つの頭は中距離多目的誘導弾の直撃を受けて上顎が丸ごと無くなっている。最後の頭の1つは辛うじて原型を留めてはいるものの、航空支援のミサイルの効果か目玉は飛び出て顔面のありとあらゆる穴から血を吹き出していて、まるで生きているとは思えなかった。
耳を澄ますが、身体を動かそうとする音も、熊の呼吸の音も聞こえない。
確実に死んでいるが、念を入れなければならない。
「ナターリエ、管理射撃だ。左側の肋骨の3本目あたり、心臓を撃て」
ナターリエはM107A1のコッキングレバーを引くと熊の左側に移動し、クロウの指示通りに左の肋骨3本目あたりの隙間にピタリと銃口を合わせ、引き金を引く。
2発の重い銃声が雪の森に響き、雪に吸い込まれて消えた。
「……クリア」
クロウ達は深雪の恐怖に、終止符を打ったのだ。
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「雪山の平和に!」
熊を討伐したという情報はこの山岳地域の全ての村落に伝えられた。
89式装甲戦闘車にケーブルで繋がれ、引き摺られて下山した熊は約6m強程あり、牽引して来た89式装甲戦闘車に迫る大きさであった。
村まで引き摺りながら戻ると、熊の死体は猟師に引き渡された。死亡確認がされた後、猟師達による解剖が始まった。
胃の内容物からは未消化の人骨が数人分と毛髪、着物が出て来た、着物の柄がムロイや食べ残しの少女の着物と一致した為、この熊が集落を襲い、また子分の熊に襲わせて村人達を餌にしていた熊だと断定された。
単頭の巨熊の方も解剖が行われ、合計で熊に食われた者は20人以上に上ると見られる。また人骨や毛髪以外にも、村の食糧庫から奪ったとみられる食料も出て来た。
熊に食料を奪われ、食糧難が原因で村人が山賊化していたのはほぼ確実なようだ。
またその過程で熊が人を襲い、人の味を覚えて集落を襲っていたのだろう。
そんな熊を討伐したガーディアン第2小隊は村人から歓喜の声で帰還を迎えられた。
山賊の原因になっていた熊を斃した事で、山岳地帯に平和が戻ったのだ。これで山賊被害もぐんと減るだろうという事が長老や山岳民兵達から感謝と共に伝えられる。
その日の夜、長老の家では宴会が開かれた。山岳地帯の恐怖に打ち勝った勝利の宴だ。
ガーディアンの隊員には温かい料理と酒が振舞われ、隊員達が労われた。
「よくやってくれた、山岳民兵を代表して感謝を述べさせてもらう」
「自分は部下に指示をしただけです、直接の功労者は彼らですよ。
宴の席で長老や民兵の纏め役のハイドから感謝を伝えられたシュバルツはそう言い、クロウとサイモンを紹介する。
実際のところ熊を仕留めたのはクロウとサイモンの分隊だ、シュバルツはUAVのリアルタイム映像を通して確認しながら、本部で村の警備指揮を執っていた。
「どうも、しかし猟師達から犠牲者を出してしまいました。それが自分は悔やまれます」
「そうか……だが君達が来てくれなければ、犠牲はもっと増えていただろう。山賊相手でも、熊相手でも。そうなれば冬を超えた後に公国軍の相手をするのは難しかったはずだ」
ハイドの言葉に、鍋料理を取り分けながらアレクトが頷く、山岳民兵の本来の敵は公国軍であり、山賊や魔物、今回の様な野生動物相手に損耗して良い人材ではないのだ。
クロウやシュバルツ、サイモンに取り分けた料理の器を差し出し、彼等はそれを受け取ると礼を言って食べ始めた。野菜と腸詰、燻製肉の鍋だが、くったりと煮込まれた野菜と肉の味の染みたスープが身体に染み渡る。
寒い環境で温かい食事というのは何よりのごちそうだ、それを村全体でガーディアンに振舞う意味はとても大きい。
屋敷の外、ガーディアンが臨時野営地として間借りしている広場でもところどころで火が焚かれ、村人達が休憩中や歩哨の隊員達に温かい料理を振舞う光景が見て取れた。
「しかしながら、無闇な消耗を避けられたとは言え、来春から始まる兆候のある公国の攻勢を食い止めるには民兵だけでは全く力が足りない」
「ですね……」
長老の言葉にハイドが頷く、既に山岳民兵の数は200人を割っており、春の攻勢までにその数を増やせる見込みもなく、公都ガラニストより前線までの方が近い分、援軍が間に合うかすらも怪しい。
ハイドとアレクト、長老は顔を見合わせると頷き、シュバルツに向き直った。
「……山賊対処……いや、その根本の問題解決まで押し付けた上で言うのは非常に厚かましいというのは重々承知している。だがもう一働きを、お願いしたい」
彼らの表情___いや、彼らに限らず、長老宅のこの部屋にいる山岳民兵や猟師達の表情は、真剣そのものだった。
「春までここに残り、我々と共に公国軍と戦って欲しい」
真剣な表情で頭を下げる彼らに、シュバルツは驚いたのだ。
彼らからしてみれば辺境防衛は、彼らの誇りを以て遂行しなければならない任務だ。そんな彼らからすればガーディアンは余所者、邪魔者に過ぎない。
しかし、その余所者に対し頭を下げなければならない程、山岳民兵だけで国境を防衛するのは絶望的な状況、という訳だ。
「頭を上げて下さい」
シュバルツはこの部隊の最高責任者だ、彼の意向次第で団長から預かった部隊は自在に動かすことが出来る。
だが、それはあくまで山岳地域の防衛という任務に1ヶ月の期限付きの契約があり、その範疇で、という事だ。契約延長となれば話が変わって来る。
「我々に与えられた当初の命令は山賊対処の為、山岳地帯の集落を防衛せよという物です。気持ちはわかりますが……それは今回の命令から大きく逸脱する行動です。……自分の一存では決められません」
断りのような返事に、部屋が落胆の空気に包まれる。仕方のない事だ、シュバルツは全体の行動を決める権限を持たないのだから。
彼に出来る事といえば、次の定時報告の時にその事を団長に話す事くらいだ。
「確約は出来ませんが、上と掛け合ってみます」
少しでも望みがあればいいが……と思いながら、シュバルツは長老と山岳民兵達にそう言った。