獣害
投稿遅くなりました、しばらく最初の方の改稿に引き籠っておりまして。
今回より○○話、という表記を廃止します、理由は改稿や新規挿入の際、話数の整合性を取る事が難しいと判断したためです。
トミナ地区の住民を集めて簡単な多数決の投票を行った結果、トミナ地区の住民はミシベツ村へと避難する事になった。
程なくしてやってきた10式雪上車に最低限の持ち物を持った住民を乗せながら、これじゃまるで強制移住だ……とトラビスは考えた。
「気が引けるなぁ……」
「え?」
住民を荷台に乗せ終え、ハッチを閉めながらふと呟いた声に小隊長のシュバルツが反応する。
「さっき住民がさ、いつ帰れるのかって不安げに聞くんだ。熊の事案を早く片づけたいけど、この山の中で熊を探して討伐ってなると、長引きそうだなってな」
この広い山の中で、目標となる熊は現状1頭だけだ。探すだけでも相当広い範囲を探さなければならないし、待つにしても根競べになること間違いなしだ。
「住民の為だ、すぐ解決して集落に帰すさ」
シュバルツもそう言うが、彼自身もトラビスと同じ思いで居た。
正対したら確実に葬れる火力があるとは言え、相手がどこに出没するか分からない状態となると、かなり時間と根気を要する。特にここは雪深い極寒の地、娯楽も無い所に部下をいつまでも縛り付けておける筈もない。
「ま、しっかり仕事しようぜ、これで俺達は普通の倍近い給料もらってんだ」
「あぁ、そうだな。……出発するぞ!」
小隊本部の他の隊員にも声を掛け、住民の移送が始まった。
まずはトミナ地区を始め、カザ地区、ルルド地区からミシベツ村へと住民を疎開させる。バラバラでいるより、1か所に集まった方が熊の被害から住民を守りやすくなる為である。
猟師や山岳民兵の情報収集により、熊の目撃情報は川から北西に偏在している事が判明した、川は北から南へ向かい、ミシベツ村手前で西に曲がる。
川より東にサルース村とベルセイ村があり、南にはラカタ村がある為、熊をここから北西へ押し留めて置かなければ、そちらにも被害が拡大する。
だが熊もこの季節に凍死しそうなほど冷たい川には入りたくないのだろう、川から東や西への目撃情報は無い。川を渡るには橋を渡らなければならないが、その橋があるのは予想される熊の活動範囲内ではミシベツ村にあるだけ、図らずもミシベツ村が防衛ラインとなる訳だ。
トミナ地区の住人の移送が完了すると、10式雪上車は次にカザ地区、ルルド地区への回収に向かう。もちろん89式装甲戦闘車と歩兵分隊の護衛付きだ。先導するのはこの山を良く知る猟師や山岳民兵たちだ。
幸いにもカザ地区、ルルド地区共に人口は少なく、10式雪上車でも全員の回収が可能であるとして小隊から回収隊を2隊出すことになった。
「第1第3分隊は村の防御、第2、第4分隊でそれぞれ回収に向かえ。分隊長が指揮、スノーモービルに山岳民兵、又は協力してくれる猟師を乗せて先導しろ」
「了解」
「了解」
任務に出ていた分隊と防御に入っていた分隊でローテーションさせ、各分隊の疲労や消耗を分散させる。物資回収後、先程までミシベツ村で陣地防御についていた第2分隊と第4分隊を村人回収の護衛に充て、他をミシベツ村の防御に充てる。
第2分隊、分隊長のサイモン・ヘイリーはカザ地区へ向かう89式装甲戦闘車の車長席に座っていた。
「……フーム……」
「どしたんスか?」
腕を組んだまま唸るサイモンに、砲手席に座る隊員が声を掛けた。
「いや、第2小隊って現状、降車戦闘を主眼に置いているから、車長は副官だろ?」
「まぁ、ハイ、そうっスね。副長、今スノーモービルで先導してますから、分隊長が車長席に座ってるの久しぶりに見るっス」
サイモンが述べたように、ガーディアン歩兵第2小隊は機械化歩兵でありながら、歩兵戦闘車の車長は分隊長ではなくその副官が着く事になっている。
だがそれにより車長が全体を見回し、指揮を執る事を難しくさせている事が部隊を運用してみて分かった点だ。
「基地に戻ったら進言して編成の見直しをしてもらおう」
想定していた運用方法が、実地運用では障害になると言う事は多く、ガーディアンもまだ戦闘を行う組織として未熟な点が現れているところであった。
この世界に本来ではある筈の無いエンジン音を響かせ、雪に履帯の轍を刻みつけながら走る事約15分。カザ地区は人口10人の小さな集落で、村人達は狩猟や農業で生計を立てていた。
ガーディアンが集落に辿り着き、村人たちに説明して荷物を纏めてもらう事になるのだが、村人たちは意外にもすんなり応じてくれた。
「ここもやられたからだよ」
不思議に思い村人に声を掛けると、苛立ち混じりの声でそう言った。だがその感情の矛先はサイモン達ではなく、別の物に向けている様だった。
村人の視線の先にはそれなりの大きさの倉庫がある、この村の食糧倉庫だ。
だがそのドアは大きく破壊されており、壁にも引っ掻いた様な爪痕がいくつもあるのが分かる。
「3日ほど前さ、ここも熊に目を付けられてから、おちおち外出も出来ない。熊が餌をあさる音がしたら、皆息を潜めて熊がどっか行くのを待つしかないんだ」
「ここの住人の被害は?」
そう聞くと、村人は腕を組んで考え出す。
「……雪が降り始めてから熊に襲われたのは居ない、だが、行方不明者が出てる。15歳の女の子だ」
思い出したように話し出す村人、以前この村が山賊に襲われ、助けを求めにミシベツ村に行くと言って出てから行方が分からないと言う。
それもガーディアンがここに来る1ヶ月ほど前、丁度山賊対処の依頼を受ける前あたりだ。
「……了解、引き留めて悪かった。荷物の搬入が終了次第、すぐに出発する」
「分かった、助かるよ」
村人は自分の作業に戻っていく、どこから出て来るか分からないとは言え、今はこちらは銃で武装しているし、89式装甲戦闘車も警備に当たっている。静かに雪の降る中で、砲塔が旋回するモーター音が僅かに聞こえた。
住人は丁度10式雪上車に乗れるだけの人数だった、荷物の搬入を終えると、カザ地区から速やかに離脱する。
雪の森を抜けてミシベツ村キャンプに戻ると、住人の集計と登録を行う。まだ第4分隊は戻っていない様で姿はない。
「カザ地区もやられていたらしい、倉庫に熊の爪痕もあった」
サイモンは小隊長のシュバルツにそう報告する、周辺の熊被害の情報をそれぞれの村から聞き込みや痕跡を調べて収集する必要がある。
「熊の行動パターンが分かればな……周辺を調査して行動範囲を……」
地図に出没する予想範囲を書き込みながら作戦を立てていると、俄かに外が騒がしくなり始めた。
何だ、と指揮テントを出ると、丁度第4分隊が戻って来るところで、隊員や同行した山岳民兵が何かを抱えている。
「どうしたんだ」
シュバルツが帰投した第4分隊に歩み寄ると、手にしていたのは雪と乾いた血の付いた人間の片足と片腕だった。
「それどうしたんだ」
「木の根元に埋まってたんです、村の住人を回収した帰りに見つけて……」
シュバルツに問いかけられた第4分隊の隊員がそう言うと、現地で拾ったと思われる外套らしい物で包んだ遺骸に包んで見せた。
細い、恐らくは若い女性___少女の物だろう腕は、刃物のような物で切られた様な綺麗な断面では無く、皮膚も汚れが激しい。
襲撃して来た山賊の被害者という訳ではなさそうだ。
「他の、……パーツは?」
遺骸にパーツ、という表現を使う事に抵抗があったのか、言葉が少し詰まるシュバルツ。埋められていたのが一部だけというと熊だけでなく、猟奇的な山賊も可能性が捨てきれない。
「相談しに行こう、それを持ってきてくれ。他の隊員は陣地防御の増援に向かえ」
「了解」
シュバルツ自身、熊の生態に詳しい訳ではない。餅は餅屋、という事で、この村の猟師に相談しに向かう。相手は先程住人の回収に同行したムロイだ。
長老の家に猟師達と集まっていた彼に相談すると、彼は青褪めた表情で答えた。
「それは熊の食べ残しだ……熊は食べ残しを埋めて保存しておく習性がある、だとしたらマズいぞ」
シュバルツは隊員と顔を見合わせる。
「どういうことだ?」
「熊は一度興味を持った物に執着するんだ」
ムロイがそう続ける、暖炉の日がパチパチと燃える中、彼は腕を組んで唸った。
「自分の物を奪われたと思った熊はそれを探しに来るだろう」
「元の場所に戻して来た方がいいのか」
「もちろんだが、犠牲者の亡骸を置いてこい、とは言えんな……」
雪の中、轍を辿って第4分隊がこれを拾った場所まで向かうのは難しいだろう、途中で熊に遭遇する可能性も十分あり得る。
「……弔ってやろう、見つかった以上、弔ってやる他ない」
「そうだな……」
村の端には集団墓地があり、そこに埋葬する事に決めた。
長老の家を出ると、先程第3分隊が回収して来たカザ地区の住人の数人が、雪の中駆け寄って来る。
「ほら、やっぱりだ!」
「はぁ……っ……」
初老の男性、中年の女性、青年が、遺骸を抱いた隊員に駆け寄って来る。
「どうかしましたか?」
中年の女性は何かを言おうとしたが声を詰まらせ、雪に膝を着いてすすり泣き始めてしまった。
「彼女の娘……なんです。山賊の襲撃を知らせる為にその外套を着て、ここに来る途中で行方不明に……」
その背中を摩りながら、初老の男性がそう話す。シュバルツは隊員に遺骸を渡す様に目配せし、女性は遺骸を受け取って外套を捲り確認すると、それを抱きしめて涙を流した。
シュバルツがカザ地区の行方不明少女の話を聞いたのはその後だった、恐らく山賊に襲われた際にミシベツ村に増援を呼びに行き、その途中で熊に襲われ喰われたのだろう。
この地域全体が、熊によって何らかの被害を受けている。これ以上被害を出さない為にも、早急にこの熊を討伐する必要がある。
シュバルツは冷たい空気を吸い込んで、作戦を練り始めた。
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「よし、出発だ!」
翌日の早朝、ミシベツ村には89式装甲戦闘車のエンジン音が響いていた。
まずは情報収集の為、第1分隊と6人の猟師が89式装甲戦闘車と10式雪上車に分乗、木の爪痕や足跡から熊の行動範囲を割り出す。
その範囲を徐々に狭め、熊の寝床を特定、89式装甲戦闘車の機関砲又は対戦車ミサイルで仕留めるという算段だ。
猟師達が同行するのは生物の生態に詳しく、案内と助言の為だが、自衛の為に全員が公国軍からの鹵獲や山賊からの戦利品である銃を携行している。
もちろん、遭遇したらその場で熊を撃破するつもりで、そうなれば任務も完了だ。
クロウは89式装甲戦闘車の車長席に座り、レーザー測距装置付きのサイトを覗きながら周辺を見回す。
「トミナを襲った熊が通るならこの辺りか……ドライバー、止めろ。一旦この付近を偵察する。エッブスは襲撃に備え警戒待機」
停止を命じ、89式装甲戦闘車が減速、停止する。それに合わせて後ろを付いて来ていた10式雪上車も停止、雪上車の荷台から猟師と第1分隊が展開する。
「ここから10mの範囲を5分間捜索、痕跡を見つけたら連絡しろ」
『了解』
クロウはハッチを開けて身を乗り出し、M4を持って周囲を観察する。
森の中に積もった雪、射線は取れても150m程度。もし熊が先にこちらを見つけて襲ってきたら、かなりギリギリの勝負になる。
『痕跡を発見しました、木の幹に熊の爪痕。かなり大きいです』
「了解、体毛等の付着は?」
『付着物ありません』
「了解……写真を撮って位置情報と紐づけを」
隊員が撮影した写真は戦術端末に保存され、位置情報と紐づけする事で熊の出没位置を絞り込むことが出来る。
それを続ける事1時間程、車両を下りて調査をしていた猟師と隊員達もそろそろ帰投する時間を知らされる頃合いだった。
「手がかり有れど遭遇無し……か」
ロバートがM4を携えながら雪上車に戻る猟師達を案内する、その隣をL129A1をスリングで肩から下げたナターリエが歩いていた。
「遭遇したらしたで、今度はこの戦力だけで撃退しなきゃならないんだぞ」
「それはそうだけどな……こっちには銃があるし」
この世界には無い銃火器の火力なら、と言いかけたロバートの言葉を遮ったのは、猟師のムロイの声だった。
「おい、あれ見ろ」
ムロイが指差す左手の林、その奥の方だ。
明らかに林の木々とは違う、何か黒い塊のような物が蠢いているように見える。距離はおよそ50m。
遠目から見てもかなり大きいと分かる熊___目標だ。
「熊か……!」
チャージングハンドルを引くロバートに、L129A1を構えるナターリエ。しかしそれを制したのはムロイだった。
「隊長さんにも伝えてくれ、山の主だ、俺達が狩る」
そう言っている間にも、熊はこちらに気付いたのか、のそのそとゆっくりだがこちらに向かって歩いてくる。
猟師達が合図すると、横一列に並んで銃を構える。夏からの公国の侵攻の際、撃退した公国軍から鹵獲したと思われるニルトン・シャッフリル銃だ。
どうする、と視線で問いかけるナターリエに、「すぐ援護できるようにしておけ」とロバートは答える。
「クロウ、こちらロバート。目標を発見、猟師が射撃する、援護の準備を」
『こちらカタフラクト1-1、了解』
89式装甲戦闘車の方でも目標を発見していた様で、砲塔がゆっくりと熊の方に向いていく。
ヂャキ、とボルトハンドルを一斉に動かす音。構えを取った猟師達は呼吸を整え、照門と照星で狙いを定め、引鉄そっと触れる。
「撃て――――!!」
ダァン!
引かれた引鉄、ニルトン・シャッフリル銃は6挺、だが銃声は1発だけだった。
ムロイの銃だけが弾丸を発射したが、熊の手前に命中し雪煙を立てただけだった。
「おい、どうした!?」
「いや……動かなくて……」
銃は公国軍から奪った物、使い方は理解していたものの整備の方法を猟師達は知らなかった様だ。
満足に動く銃は3挺のみ、その内の2挺もマガジンの中の魔力が空になったままだった。
ブオォォォ!!
ムロイがボルトハンドルを前後させ次弾を装填する間、熊は怒ったのか雄叫びを上げて突進してくる。
「に、逃げろッ!」
猟師達が散り散りに逃げ出そうとするが、数人が逃げた先は10式雪上車とは別方向だ。
「そっちはダメだ!荷台に入れ!!」
ロバートは牽制で数発をセミオートで撃ち込みながら猟師に向かって叫ぶ、散りかけた猟師が10式雪上車の方に戻って来ると同時に、89式装甲戦闘車のエンジンが唸りを上げた。
『カタフラクト1-1、こっちで引き受ける、その間に猟師を回収しろ!』
全速力で前進、勢い良く車体が熊にぶつかり、熊を5m程跳ね飛ばした。
絵面は完全に交通事故だが、雪まみれになりながら転がる熊が起き上がり、IFVに向かって吼える。流石はヒグマの中でも大きな個体だけあって、装軌式装甲車に撥ねられて起き上がれるタフさがある様だ。
完全に89式装甲戦闘車を“敵”として認識した様だが、相手は生物に対して、こちらは無機物。
「エッブス、弾種榴弾!別命あるまで同じ。信管着発!6発!撃て!」
エッブスは命令を受けて弾種を選択し、信管を設定。引鉄に手を添えると、躊躇うことなく発射した。
エリコン90口径35㎜機関砲KDEが火を噴き、熊の咆哮よりも重い音を雪の森に響かせながら35㎜HEDPが命中、榴弾はその運動エネルギーを以って熊の分厚い毛皮を引き裂いて潜り込み、炸薬が体内で炸裂し皮膚を弾けさせる。
熊が苦悶の声を上げるより前に続けて2発、3発と命中。
命中する度に榴弾が熊の命を物理的に削り、6発全弾が吸い込まれる様に命中した後、雪の上に残ったのは毛皮が裂けて皮膚が吹き飛び、真っ白な雪に血をぶちまけた。
前足を失い、首元から雪の上に血だまりを作って湯気を上げる程の怪我でも、この熊は倒れない。
「命中!続けて撃て!」
35㎜の機関砲は、世界のIFVの主砲を見ても大口径に部類されるだろう。KDEは軽量化の為発射速度を落とされているが、それでも十分だ。
多目的榴弾が熊に命中、肉の下で爆発する度に赤黒い血が噴き出し、大きく姿勢を崩して雪の上に横たわる。
射撃が終わり、砲塔内では空薬莢がガランと薬莢受けに転がる残響と共に砲手のエッブスが照準サイトを覗いた。
見えていたのは、毛皮を引き裂かれて自らの血だまりに沈む、巨大な熊の死体だった。
「よし!目標撃破!」
同じく照準器を覗いていたクロウは安堵の溜息を吐く、村を脅かしていた巨大熊を自らの手で仕留めたのだ。
「エッブス、管理射撃だ。弾種APDS。3点射、目標頭部」
「了解」
確実に殺す為に死体に数発撃ち込む管理射撃だ、相手が動かなくなったとは言えこの図体の熊に、5.56㎜が通用するとは思えない。
エッブスが主砲の照準を熊の頭部に合わせ、微調整する。
腹に響く
砲声と共に発射されたAPDSは、熊の硬い頭蓋骨を貫通、雪に新たな血痕を刻みつけて確実に息の根を止めた。
「ふぅ……よくやったエッブス。テスラチーム、熊を仕留めた。繰り返す、熊をやったぞ」
クロウの通信を聞いたのか、10式雪上車に乗り込み避難していた猟師達もロバートとナターリエの付き添いで様子を見に下りてくる。
「やった……のか?」
「あぁ!やったぞ!」
猟師達が歓喜の声を上げる、散々この巨大熊に苦しめられたのだろう、仲間と抱き合って喜ぶ者もいれば、この熊にやられたであろう者に思いを馳せる者もいる。
討伐した事に安心したのか、ナターリエの表情もいくらか和らいでいた。
そんな空気は、獣の吐息で霧散した。
弛緩した空気が一気に緊張する。
その場に居た全員が、信じられない物を見る目で振り返った。
だって、巨大熊は、今さっき
振り返った先、40m程向こうに居たのは、ケルベロスの様に3つ頭を持つ、先程葬ったものよりもずっと巨大な熊だった。