第195話 山賊の襲撃
「なぁ、今の味方の銃声か?」
交代で休憩中だった第1分隊の隊員がテントの中で、簡易ベッドの上で防寒寝袋に包まりながら隣で同じように寝転がっている隊員に話しかける。
「味方ぁ……?」
答えたのは第1分隊でクロウの副官、ロバート・へリントン曹長だ。
彼が耳を澄ます、静かな雪の夜の森に響く明らかに戦闘している銃声、北の方から聞こえてくる。
「違う、敵だ」
ガバリと寝袋から起き上がり、素早くブーツを履く。
「皆起きろ!攻撃されてる!敵だ!」
テントの中の全員を起こしながらベルトを身に着けてプレートキャリアを着る、暗視ゴーグルの付いたヘルメットと自分のM4を簡易ベッドの下から引っ張り出し、すぐ近くの本部テントに駆け込んだ。
「戦闘はどこで!?」
「テスラ1-1が北の入り口で交戦中!すぐ増援に向かえ!」
FV105サルタンの車内で寝ずの番に就いていたトラビスが指示すると、ロバートは「了解!」と叫んでテントに戻る。
「北口で交戦中だ!増援に向かう!グズグズするな!行くぞ!」
テントの中で準備をしている隊員に急がせ、ロバートは自分の装備をチェックする。
ホルスターからP226を抜き、スライドを引いて初弾を装填、装填後、薬室を覗く様に少しだけスライドを引いて装填されている事を確認するとスライド後部を軽く叩いて閉鎖、ホルスターに戻す。
M4にもマガジンがしっかり差さっているのを確認したらチャージングハンドルを引いて離すとボルトが勢いよく前進、同じように初弾を装填した後軽くチャージングハンドルを引いて薬室を覗き、初弾装填を確認したら戻し、フォワードアシストノブを軽く叩いて確実に薬室を閉鎖する。
初弾装填を行っている間に他の分隊員の準備が終わったようで、テントから次々と出て来た。
「北口で山賊の襲撃だ!急げよ!」
踝が埋まるくらいに積もった雪の中を走る、足を取られて転ばない様に足を上げながらというのは若干間抜けにも見えるが、この積もった雪の中を普通にダッシュしたら確実に転ぶ。
吸い込む息が鼻の奥に刺さる感覚、大きく息を吸うと肺に冷たい空気が入って来る。走りながらもヘッドセットが拾う環境音には、北口で戦闘中と思しき銃声が混ざる。
銃声が近づき、双方のマズルフラッシュも見える距離に近づいた。
「味方だ!」
「ロバート!」
木の根元に伏せるナターリエの隣にロバートも伏射の姿勢を取りながら状況を確認する。
「状況は!?」
「北から敵!数20以上!クロウが撃たれた!」
「何だと……!?」
「俺なら平気だ、勝手に殺すな……!」
戦列に復帰し、IFVの反対側から射撃していたクロウが戻り、木を盾にしながら敵をサーチする。
「正面に敵!距離120!」
クロウが敵を見つけて叫ぶと同時に、ドココココ、と89式装甲戦闘車の機関砲根元にある7.62㎜同軸機銃を連射する。
雪に銃弾が跳ね、雪煙を上げるが命中した様子は無い。だがこの射撃は“命中させる事”を目的とした射撃じゃない。
連射が終わった途端、場所を変えたり反撃したりしようとした敵が木の切り株から顔を出す。ナターリエはTANGO6のクロスヘアを敵の膝に合わせ、引き金を引く。
膝を貫かれた山賊は悲鳴と共に倒れ、それでもこちらにクロスボウを向けてくる。
この世界に7.62㎜NATO弾を防げるだけの防御力のある防具は存在しない、山賊であるならなおさらだ。
7.62㎜NATO弾は膝を撃たれても戦おうとした勇敢な山賊の胴体を食い破り、白い雪に鮮血の跡を残させる。
「弾切れっ!」
「カバーする!」
しかし、7.62×51㎜弾はマガジンに20発しか入らない。ナターリエが木の陰に隠れて再装填する間、ロバートが援護に入る。
暗闇を塗り替える暗視装置の白い視界の中、LA5レーザーデバイスから放たれる不可視のレーザーが真っ直ぐ飛んで敵と結ばれる。
ストックを肩に当てたまま引金を引くと、レーザーをなぞるように5.56㎜弾が山賊の胸を貫く。短い悲鳴が銃声と混ざって雪の森に消えた。
IFVの向こうから軽い短連射の音がこだまする、LMG手が撃っているM249MINIMIの音だろう。5.56×45㎜の弾薬ベルトが吸い込まれていき、形成される弾幕は山賊に死を意識させ、その行動を制限させる。
「復帰!」
L129A1の再装填を終えたナターリエが交戦に復帰、マークスマンの利点を生かし、敵が顔を出した所を正確に射撃していく。
相手は山賊だが、公国との戦闘を見て飛び道具はやはり有利と知ったのか、鹵獲したと思われる銃やクロスボウで攻撃してくる。
「ここ頼むぞ」
ロバートはそう言うとIFVに駆け寄り、車体をよじ登って砲塔に隠れる。砲塔の上は遮蔽が何も無い、撃たれませんようにと祈りながらハッチを開け、砲塔内に身体を滑り込ませた。
ドスン、と勢いよく椅子に座り、怪我等は無いかと素早く確認、幸いどこも撃たれなかった様だ。
「エッブス、敵は見えたか!?」
「サーマルで確認しました!20から30!距離は120m!川の向こうから撃ってきます!」
砲手のエッブスに尋ねながら車長用サイトを覗くと、川向こうの木や切り株の陰から隠れながら撃ってくる。飛び道具は殆どがクロスボウだが、ちらほらと銃が混ざっている。先程からのこの装甲を叩く音も、殆どがクロスボウの矢のものだ。
「渡河されたら拙いですね……」
「それは無いな」
エッブスの呟きにサイトを覗きながらそう返すロバート。
「この気温に雪も降ってる中で渡河なんて出来ん、溺死か凍死まっしぐらだ」
目の前の川は浅いが、飛び越えたり雪で凍結したり埋まったりする程川幅は狭くないし、流れもある。
こちらは89式装甲戦闘車で無理やり渡河できるが、そう言った装備の無い異世界の山賊では、川に入って流されて溺死か、川から上がって凍え死ぬかどちらかだ。相手が渡って来るには目の前の小さな橋を渡るしかない。
「さっさと片付けよう、弾種、榴弾。エアバースト」
「了解」
FCSとヴェトロニクスの改良によって、徹甲弾と焼夷榴弾以外の弾種も使用可能になった89式装甲戦闘車の機関砲に、35㎜多目的榴弾が装填される。
「3点射、目標、前方の山賊部隊、距離105」
エッブスがパネルに諸元を入力、エアバースト弾に炸裂距離を送り、訓練通りに狙いを定めてトリガーに指を掛ける。
「撃て!」
引金が引かれる、電気的な射撃命令は89式装甲戦闘車の火器管制システムを駆け巡り、薬室に装填された35㎜多目的榴弾の雷管を叩いた。
砲身で運動エネルギーを受け取った砲弾は毎秒1385mで飛翔、雪面に命中する事は無く、山賊の目の前で炸裂した。
砲弾は幾つもの断片に分かれ、前方ほぼ180°方向に散弾の様に飛散した。弾殻の破片は木に食い込み、雪に突き刺さり、山賊の身体をいとも容易く貫いていく。
そんな砲弾が続けて2発、3発と発射され、隠れていた山賊ごと無力化していく。
「更に3点射、2回、横薙ぎに撃て!」
エッブスはロバートの命令に従い引金を引く、ドン、ドン、ドン、と間隔の広い3点バーストが夜の森に響く渡り、空中炸裂によって“面”での凄まじい制圧力を生み出す多目的榴弾は、山賊を次々と物言わぬ骸に変えていく。
砲塔を動かし横薙ぎにすれば山賊が隠れていたと思われる場所をほぼ射界に収める事が出来、僅か3回の射撃によって殆どの山賊を撃破した。
「まだ撃ちますか?」
「……いや、その必要は無い。残りの山賊は逃げ出した様だ」
戦闘終了、とロバートは呟くと、PTTスイッチを押して分隊長のクロウと連絡を取った。
「クロウ、何人か率いて相手のボディカウントを取れ、生存者がいたら回収しろ」
『了解だ』
外でロバートからの無線を受けたクロウは、M203A1付きのM4A1を持つフェリックスを指名して橋を渡る。
「生きてんのいると思うか?」
「さぁな……けどあれだけの攻撃を受けてまだかかって来るようなら、そいつは見上げた精神力だな」
M4の銃口を向けたまま死体を軽く蹴って反応を見る、手前の5人は反応なし。後ろから味方が援護しているとは言え、いきなり襲い掛かって来たらと思うと恐怖を感じる。
「なぁ、こいつら……」
「ん?」
奥の死体を確認している最中、フェリックスがクロウに話しかけた。
フェリックスがM4を下し、足で死体を転がして仰向けにする。
胸元に付けていたツールポーチからSurefire 6PX Proフラッシュライトを取り出し、ライトの光量を15ルーメンに落としてから、その死体を照らした。
「こいつら山賊って言うより……農民っぽくないか?」
低い光量で眩しくない程度に照らされた死体が纏う服装は、武器よりも農具を持っている方が似合いそうな服装だった。
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雪を慌てて踏む音が夜の雪に解けて消えていく。
「はッ……!はッ……!」
荒い息と共に5人が雪を大きく踏んで走る、凍り付くような冷たい空気を肺一杯に吸い込み苦しい中、先程まで襲っていた村に背を向けて逃げていたのは5人の山賊だ。
「チックショウ!あんなの相手にするなんて聞いてないぞ!」
「何なんですかアレ!?ホント何なのよ!?」
「俺が知るか!」
ガーディアンは今日到着した部隊、事前情報に無く山岳民兵の戦力が分散した今なら村を襲い、略奪出来ると思ったのだろう。
手薄だと思っていた村から山賊を出迎えて来たのはガーディアン、それも補給部隊ではなく、IFVを伴った機械化歩兵の小隊である。
エアバースト弾の短連射は、彼等を恐れさせるには十分すぎた。
「どうすんだよ!あんなの相手に出来る訳が……!」
「今は引くしかねぇんだよ!ここに居ると今度は“あの化け物”に殺されるぞ!」
迫りくる恐怖に表情を歪め、雪と寒さに足を取られながら必死に進むうち、1人がふと気づく。
「お、おい!イゴ―はどうした!?」
山賊の1人が走りながら振り返ると、5人だった筈がいつの間にか4人になっていた。
「……や、ヤバい……!散れ!逃げろ!」
山賊たちは何かを恐れる様に散り散りになって逃げ始めるが、1人が木の横を通りかかった瞬間、視界に現れたものが鼻っ柱を強打した。
走ってきた勢いを殺せずにその場で倒れた山賊が気を失う前、最後に見たのは蜘蛛の複眼に似た四つ目の怪物の様な白い人影だった。
7分前
「この辺りで待ち伏せるぞ」
2台のスノーモービルから降りたのは白いマルチカム迷彩_____マルチカム・アルパインのジャケットを羽織り、その下にマルチカム迷彩のチェストリグを着た男たち、計4人。
OPS-COREのFASTカーボンヘルメットに掛けられたヘルメットカバーも白いマルチカムで、そのヘルメットに取り付けられている暗視装置ははGPNVG-18に見えるが、実はそうではない。GPNVG-18の次世代モデル、F-PanoGPNVGと呼ばれるものだ。
基本的に増幅管によって小さな光を増幅させるだけだった暗視装置だが、それにサーマルビジョンや拡張現実等の機能が加わった複合型と呼ばれるタイプだ。
GPNVG-18の“4眼”の内、正面の2つの上部にもう1つレンズが存在する為“5眼”となる暗視装置だが、その1つはあまり目立たず増幅管の方が大きい為、従来通りの4眼にも見える。
そんな先進的な暗視装置を備えた空軍特殊作戦チームの4人、PJのルイナスとブラッドフォードが木の陰に隠れ、SOWTのウィリアムとCCTのジェイクが木の陰に伏せて逃げてくる山賊を待ち伏せる。
「なるべく生かせ」
「なるべくな」
木の陰に伏せるジェイクに、隠れて獲物を待つルイナスがそう答える。
彼等は気象予報、医療、航空管制の高度で特殊な専門技能を有する部隊であり、直接戦闘する部隊ではなく、それを支援する部隊と言う立ち位置の特殊部隊だ。
だが、彼等は特殊作戦に従事し、他の特殊部隊と行動を共にする部隊でもある。
ジェイクは伏せたまま暗視装置を跳ね上げ、14.5インチのバレルに12.25インチのRIS2ハンドガードを取り付けたM4A1 SOPMOD Block2のCTRストックを肩に当て、セレクターをセミオートに。叫びながら走ってきた山賊の集団の最後尾に狙いを定める、月明かりで暗く、雪が降る中だがVortex Razor HD Gen2の日本製レンズのクリアな視界には逃げる山賊の姿をしっかりと捉えていた。
女の山賊だ、珍しいな。そう思いながら引金にそっと触れる。
「ふー……」
絞る様に引き金を引く、サプレッサーのお陰でバシンと鈍く抑えられた銃声。クロスヘアに重ねた山賊の頭が弾け飛ぶ。
「1人やった」
「こっちに来る、俺がやる」
PJのルイナスが暗視装置を下ろしたまま、Mk.18 mod.1を手に山賊の前方に回り込む様に木の陰に移動する。
走って来る山賊の顔面に向けてハンドガードを振り抜き打ち付ける、ガスン!と鈍い音と共に山賊は鼻血を出して雪の中に仰向けに倒れ込んだ。
「1人捕獲」
「こっちもだ」
ブラッドフォードもストックを顔面に叩きつけて山賊を昏倒させ、ASP Tri-Foldハンドカフで拘束したところだ。
「残りは処分でもいい」
「了解」
暗視装置の白く、輪郭のくっきりと見える世界にレーザーが舞う、バシンと鈍く雪の森に溶け込むような銃声は死神の鞭の様にも聞こえる。
ウィリアムとジェイクが放ったセミオートの1発ずつで、残りの山賊も雪に顔を付ける結果となった。
特殊部隊に随行する彼等もまた特殊部隊員であり、行動を共に出来るだけの戦闘力を持っているのだ。
「おい、こいつ生きてるぞ」
ブラッドフォードが撃たれた山賊が低く呻き声を上げているのを聞きつけ、自分の背負っていたバックパックを下ろす。
「待て待て、暴れんなよ」
グローブを外し、ポーチの中から小さくたたまれたメディカルグローブを取って手にはめると、NARPのトラウマシザーで素早く山賊の衣服を切り裂いていくと、わき腹に空いた銃創が露になった。
「な、にを……」
「黙ってろ、抵抗すんな」
ルイナスが山賊の頭に銃口を向けたまま、ブラッドフォードが治療を進める。
「腹部貫通銃創だ、ポーションを」
「これのお陰で治療もずいぶん楽になったな」
ブラッドフォードが取り出したのはスパルトパウチに滅菌封入されたブルー・ポーションだ。衛生兵のバックパックの中身は気道確保用エアウェイやチェスト・シール、点滴キットなどが入っているのだが、こういった負傷に対しては通常の対処を行うより魔術的なアプローチで治療を行った方が治癒も速いし、早く治る。
もちろんブラッドフォード自身は魔術師でも無ければ精霊使いでもない只に召喚者の人間なのだが、魔術道具に関しては魔術を扱う事の出来ない者でも使う事が出来るのだ。
漏れない様に銃創部にパックの口元を突っ込む、痛みで山賊が悲鳴を上げるが、我慢してもらう他無い。
そうしたら今度はブラッドフォードが取り出したのは滅菌ガーゼにポーションの中身を沁み込ませた物だ。これを銃創部に貼り付け、メディカルバンテージで巻きつけておく。
通常ならもっと大変な治療が、魔術道具を使えば時間の短縮にもなるし、負傷者の傷跡は綺麗に治る、そして従来よりも負傷者に掛かる負担が少ない言う事で、今やガーディアンの衛生兵のメディックバックパックの内半分ほどがこういった魔術道具に置き換わっている。
「治療は終わりだ、立て」
治療を終えるとそのままハンドカフで拘束し、スノーモービルへ連れて行く。
「このまま村まで連れて行こう」
「あぁ、そうしよう。シュバルツ大尉に連絡を取ってくれ」
スノーモービルに若干無理やりだが、拘束した山賊を乗せ、ブラッドフォードとジェイクが運転、ルイナスとウィリアムはベルトのフックからランヤードを伸ばしてスノーモービルと接続し、ショートスキーを履いて牽引されながら着いて行く事にした。
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村では戦闘後の後処理が行われていた、消費した弾薬の補充や本部隊員による戦闘員や村人たちのケアが中心となる。
小隊長のシュバルツはFV105サルタンの車内で、CCTの構築した中継地を介して作戦本部に戦闘報告を行っていた。
作戦本部には24時間体制で待機しているスタッフがおり、現場の報告はそこに集約される。
「以上、消費分の弾薬は5.56×45㎜弾1800発、7.62×51㎜弾600発、35㎜エアバースト弾9発」
『了解、明日の便に弾薬の補給分を追加します。お疲れ様でした。こちらからは以上です』
「了解、通信終了」
シュバルツはそう言って無線機のマイクを置く、襲撃があった時に飛び起きて、状況を整理してから報告を上げて今に至る。
「ふぅ……」
眠気で頭が霞む、車外のテントスペースに出て、外の冷たい空気を吸い込んで軽い目覚ましにするが、それも長くは続かないだろう。
「お疲れさん」
「あぁ、トラビスか。部隊の方はどうだ?」
声を掛けて来たのは副官のトラビスだ、寝ずの番で襲撃の第1報を本部で受け取った彼は、シュバルツの命令により部隊の配置転換を行っていた。
「もう通常警備体制の戻ってる、第1分隊にも交代で休憩を取らせて第4分隊が第1の代わりに入っている」
予備部隊として待機に入っていた第4分隊と先程まで戦闘を行っていた第1分隊を後退させた、予備兵力ほこういった時に重要だ。
マークスマンのナターリエは温泉に入るのを楽しみにしていた様だし、今頃は温泉を満喫している頃だろう。
「第2小隊単独任務での初戦闘だな、緊張したか?」
「俺が戦った訳じゃ無いが、俺の部隊だからな」
シュバルツの表情はまだ少し緊張が混ざっている、今回の部隊展開においてシュバルツは小隊長、最高責任者だ。彼の命令で部隊が動き、その命令の是非は結果に反映される。
「ところで、空軍の特殊部隊が来てるぞ、さっきの山賊捕まえたんだと」
「……それを早く言え」
シュバルツは自分のM4を手にすると、FV105のテントから出る。外にはスノーモービルが2台と、Mk.18 mod.1やM4A1 SOPMOD Block2を手にした白い迷彩の覆面が待っていた。
「シュバルツ大尉だ、そちらは」
「ルイナス中尉、PJだ。さっきの戦闘で逃走した山賊3名を捕獲したのでそちらに引き渡す」
結束バンドの様なハンドカフで両手を後ろに回したまま拘束されている山賊が3人、うち2人は意識が無い様で、スノーモービルに雑に積まれている。
「支援に感謝する、助かった」
「退路を待ち伏せしただけだ、大したことは無い」
しかし、これで捕虜から情報を取ることが出来る、そうすれば付近で山賊が頻発する原因も何か分かるかもしれない。
「取り調べをするが、立ち会って貰えると助かる」
「了解。……ジェイク、OPに連絡を、取り調べ立ち合いの為、帰るのが遅れると伝えてくれ」
CCTのジェイクが砦に設営した監視所に連絡を入れている間に、捕虜にした山賊を指揮車の後部のテントに入れて、パイプ椅子に座らせる。気を失っていた山賊も、水をかけて目を覚まさせた。
「さて、何から聞こうか……ガーディアン第2小隊、シュバルツ・ラインハルト大尉だ。君達の名前は?」
山賊は答えようとしない、悔しそうな表情で顔を伏せている。
手薄だと思っていた村を襲撃したら、この世界に存在しない現代兵器で反撃を受けた上、壊走中に捕まった、奪う側からしてみればこれほど不名誉な事は無いだろう。
どうして襲撃なんてしたんだ、などという事は訊かない。話の中から襲撃の理由を引き出すには……シュバルツがそう考えていると、テントの外が慌ただしくなり始めた。
「山賊を捕まえたって!?」
アレクトの声だ、と思った途端、テントを開けてご本人登場ときた。戦闘音を聞きつけて起きて来たか、格好も冒険者の様な服装ではなくラフな格好だった。
彼の表情は興奮と怒りが見え、捕虜への暴行を避ける為に山賊とアレクトの間にシュバルツが割って入る。
「落ち着いてくれアレクト、俺が取り調べをしてから……」
「どいつが山賊だ、俺達の村を……えっ?」
山賊の顔を見たアレクトは素っ頓狂な声を上げ、毒気を抜かれ表情から怒りと興奮がすっかり消え失せる。
山賊は顔を逸らしたが、アレクトはその山賊を指さして声を上げた。
「レグじゃん、お前。何してんだ……?」
レグ、と呼ばれた山賊はアレクトの方を見ないままだ。
「知り合いか?」
「あぁ……ルルド地区の……山賊って、まさかお前……」
山賊が知り合いだった事に衝撃を隠せないアレクトは、先程静まったと思った怒りが再燃したのか拳をわなわなと震わせ、レグと呼ばれた山賊に殴りかかろうとしたが、シュバルツが押さえつける様に制止する。
「てめぇ!ふざけやがって!!どういうつもりだ!おい!」
「よせ!落ち着けアレクト!」
捕虜への暴行はガーディアンの交戦規定で禁止されている、また捕虜の扱いの上で、捕虜を群衆の暴力から守る義務が発生する。シュバルツの行動は交戦規定に則った正当な行動だ。
「退いてくれよシュバルツ!こいつ!山岳民兵の名誉を……!」
「捕虜への暴行は禁止されてる!捕虜を殴ってお前も山岳民兵の名誉を汚したいのか!?」
アレクトの視界を遮るように制止し、アレクトは興奮で息が荒くなってはいたが、シュバルツの言葉に渋々と言ったように黙り込んだ。
「少し頭を冷やせ、俺が色々と……」
「……仕方なかったんだ」
山賊のレグが唐突に口を開く、シュバルツは驚いて振り向き、トラビスとルイナスは黙って聞いていた。
「何がだよ、山岳民兵の仲間を襲ってそれか」
煽る様に聞き返したアレクトの言葉に、俯いたままのレグは言葉を続けた。
「……アレが来るんだ……あの化け物が村を襲って、食糧庫がダメになった」
その声は震えていた、泣いてはいないが、言葉の端々が記憶を辿る度に来る震えを抑えられない様だった。
「食糧庫に食料を詰めておけば、あの化け物は満足する……けど、そうなると俺達が食っていけない……それに、あの化け物は食糧庫が空になると村人を食い始めるんだ……」
声を震わせていたのは、レグが感じた恐怖の記憶だ。
「……化け物って、何だ?教えてくれ」
トラビスの質問に、レグは初めて顔を上げた、端正な顔立ちと言えるが、その目の焦点は定まっていなかった。
「熊だよ、とてつもなくでかい」
「ジェイク、ウィリアムとブラッドフォードを集めろ、行くぞ」
傍らで聞いていた空軍特殊作戦チームのPJ、ルイナスが突然そう言ってテントから出ようとする。
「おいちょっと待て、どこ行くんだ」
「さっき待ち伏せした山賊のところだ、もし本当なら死体に誘き寄せられているかもしれない。餌与えるよりはマシだろ」
素早くヘルメットを被ると、他の3人と共にスノーモービルに跨りエンジンをかけ、そのまま夜の森に走り出した。
警備を敷いている北口を超えて橋を渡り、雪の上を横転しない様に飛ばす。
さっきまで走っていた轍とGPS情報を頼りに、空軍特殊作戦チームの4人が待ち伏せしていたポイントに辿り着いた。
「ここだな……」
自分達の足跡と共に、山賊の死体が雪の上にまだ倒れているのが見えた。
射殺した山賊は2人、1つの死体は有った。
「おい、もう1つは」
「そんなに遠くには無いだろ」
ジェイクは自分が撃った射線から、死体の凡その見当をつける。
だが、そこにある筈の死体は見当たらなかった。
「無いぞ」
「……おい、嘘だろ」
ウィリアムが手持ちのライトを照らした先は雪の地面。
そこには、20㎝を超えているように見える、巨大な熊の足跡があり、何かを引きずった痕跡と共に森の奥、北の方へと消えていた。