第194話 雪の村人
トラビス視点
『防御陣地をこの村を中心に構築する事になった、村の広場に野営地を置かせてもらう』
FV105装甲指揮車に戻ってきた後、シュバルツが無線を通して全体に話す。
神出鬼没で規模も不明な山賊集団の対処に山岳民兵の手が足らず、ガーディアンに依頼する運びとなった様だ。
俺はシュバルツの指示を無線で聞きながら、小隊本部分隊の半分を率いて広場へ装甲車の車列を誘導する。
「はいはい、申し訳ない、危ないから下がって」
通りに出て様子を見に来た親子を、道に出ない様に制止する。珍しいもの見たさで飛び出されて轢かれでもしたら敵わない。
村の広場に車列が入る、広場と言うか、広いだけで何もないのだが、夏場は村人の憩いの場になったり、山岳民兵の稽古場になったりするらしい。
適当な隅の方へと車輌を並べて停め、物資の集積所を作る。FV105サルタンとFV103スパルタンに繋げていた牽引トレーラーもここで切り離した。
分隊毎に防寒用のテントを張って野営地を構築、本部はFV105サルタンの車内に置いて広場を臨時の司令部とする。
「村へ入る道は西と南東、北の3か所に検問を強いた方が良いな……」
シュバルツに野営地構築の報告をしようとサルタンの車内に入ると、既に部隊配置を決めている所だった。
「シュバルツ」
「トラビスか、野営陣地は?」
「構築完了、補給部隊のテントでも飯が食えるようになる。配置は?」
車内のボードには村の地図が張られており、それぞれ村へと入れる林道の入り口にマークがされている。
「この村に入れる道は3か所しかない。砦に繋がる西の道、北の集落に行ける北の道、俺達が入って来たガラニストへ続く道に繋がる南東の道だ。それぞれの道の入り口付近にIFVをハルダウンさせて山賊を迎撃する」
迎撃型の警備配置だ、ポイントが3か所にも散らばっている為、迎撃配置に加えて巡回警備を展開する人的余裕は無いだろう。
「けど道じゃない所から入って来たら?森から来たら防壁の無い村に進入を防ぐ手立てはないぞ」
この村はそう言った城壁や防壁の類は無く、防衛線の無いそこから回り込まれたら防げない。
「そこ以外は鉄条網で防御しようと思う」
「鉄条網か」
「村を囲む分くらいは持ってきてある筈だ、それで村の外縁を囲む。山賊の進入経路を限定できる」
防御用には使い勝手が良い有刺鉄線の鉄条網はこういった時に活躍する、兵員輸送用のFV103スパルタンと手隙の分隊に鉄条網による防御陣地構築の命令を出す。
「そう言えば、空軍の特殊戦チームは?」
「砦に行って貰う、本部と通信するには高所の方が都合が良いし、あの砦はこの辺りの集落の様子が良く見えるそうだ」
例の砦である、そもそも空軍特殊部隊は戦闘に主眼を置いたチームではない為、今回の様な防衛任務には不適だ。
「あとは……警備と休息のローテーション表を各分隊に提出させよう。小隊長として部隊の体調を把握しておかなければ……後は消費した物資のリストを……」
色々と頭を使うシュバルツを見て、思わず微笑みが込み上げる。
「どうした」
「いや、板についてきたな、隊長が」
クァラ・イ・ジャンギー要塞での戦闘では隊長というには少し頼りないように見えたが、今では立派に隊長をしている。
俺は召喚者で、この小隊の先任下士官として、異世界人のシュバルツを監視、及び支援という役割がある。
自警団をまとめた経験しか無かったこいつを、現代兵器を使って軍隊の様に戦う組織で通用する様に鍛えていたのだから、変わったことくらい分かる。
「良い顔になった」
「……そりゃどうも」
今後も経験を積んで、良い隊長になってくれるように願うばかりである。
「俺は補給部隊の様子を見てくる」
「あぁ、そろそろ昼食か。頼む」
野営地を設営してからすぐに調理に入った補給部隊、そろそろ食事が出来る筈だ。
俺は自分のM4A1を持ち、FV105サルタンを後にする。
今回出動命令が下った第2小隊のM4A1は基本的に全員装備の統制がされている。14.5インチの一般的な長さのM4A1、SOPMOD Block1をベースにしている。
光学機器は4倍固定のTrijiconのACOG TA31ECOS、上部RMRダットサイトが乗っているタイプ。ライトはSurefireのM600又はフォアグリップ付きのライトであるM910Aに、ハンドガードの上部にはPEQ LA5レーザーサイトが標準のセットアップだ。
全員の光学機器がACOGに統一されているのは射撃の際の照準の感覚を統一する事、異世界人の部隊でも銃に早く慣れる事が出来る為等の理由があるのだ。
その代わりにストックや、ライトをM600にしている隊員のフォアグリップは自由な物を取り付けている。MAGPULやB5 Systems、LMT。いわゆる“M4純正”のブッシュマスターストックを付けている隊員もいる。
俺のM4はフォアグリップはMAGPUL RVGに、ストックは同じMAGPULのCTRストックを使っている。
補給部隊の方へ歩いていると、後ろからバイクのエンジンの様な音が聞こえて来た。振り返ると全身|マルチカム・アルパイン《白いマルチカム迷彩》のジャケットを着た兵士が2人乗りしたスノーモービルがやって来る。
「やぁトラビス」
「メルヴィン大尉、誘導助かった、感謝するよ」
ガーディアン空軍特殊作戦チーム、戦闘管制官のメルヴィン大尉である。彼らは俺達の様な一般部隊よりも頭一つ抜けた技能を持っている、戦闘能力以外にも、医療や航空管制、気象予報等の非常に高度な専門知識を有する部隊だ。
また装備やライフルのセットアップも俺達一般部隊とは違い、より自由なセットアップが許されている。
例えばメルヴィンのライフルだが、M4A1ではあるものの銃身長が10.3インチと短く、ハンドガードがDaniel DefenseのRIS2、いわゆる“Mk.18 mod.1”と呼ばれるものがベースだ。
ハンドガード上部にはLA5C UHP、ライトはSurefire M300V、光学機器もEOTech EXPS3-0ホロサイト、銃口にはSurefire SOCOM RC2サプレッサーを装着している上にストックはMAGPUL CTRになっている等、特殊部隊らしいセットアップだ。
2人乗りのスノーモービルの後ろに乗っているのは空軍パラレスキューのブラッドフォード、彼のライフルもMk.18 mod.1がベースだが、Aimpoint MicroT2ダットサイトがハイマウントで載せられていたり、彼もAAC M4-2000サプレッサーを装備していたり、セットアップこそ異なるものの、あくまで対称戦に主眼を置く第2小隊よりも自由度が高い。
「砦にフォート・フラッグとの衛星通信を確立した、中継出来るから、通信手に伝えておいてくれないか?」
「本当か?助かる。必要な補給物資をリストアップしたら輸送機で届けてもらう事になる、その時はよろしく頼む」
「任せろ、こちらも何か動きがあったら伝える。それじゃ」
メルヴィンはそう言うと軽く敬礼をして、スノーモービルで砦がある方向の森の中へと消えていく。
空軍の特殊戦チームが居るのは本当に心強い、彼らが居る事で最新の気象情報を受け取る事が出来るし、攻撃機から空爆を誘導する事が出来る。負傷者が発生した場合、その場で手術を施す事も可能だ。
上空にはMQ-9リーパーが来ているし、今回のミッションは楽とは言えないものの、張り詰めすぎないものになりそうだ。
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昼食は温かい具沢山ポトフにパンが出た、この寒い場所で、しかも戦闘地帯で温かい食事が出来るのは非常にありがたい事だった。
偏る栄養はサプリメントで補う事になるので、栄養バランスが極端に偏る事は無いだろう。
「あ、あの……」
食後の満腹感の中、FV105サルタンの車内で有刺鉄線による鉄条網の配置の報告を部下から受けた俺達に話しかけて来たのはこの村の村人たちだった。
若い男、初老の男、年頃の女数人。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……大したことじゃないんです。村を守る為に、ありがとうございます」
どうやらわざわざお礼を言いに来てくれた様だ、律儀だな……
「お陰で民兵が山賊対処に専念出来ます」
「お気遣い頂き感謝します、こちらこそ、余所者である我々を迎え入れて頂き感謝致します」
ガーディアンが村を守っている間、この村の山岳民兵が他の村の防備を固める事が出来る。やるべき事に対して、出来る事が少なかった山岳民兵の山賊対処に、俺達は現代兵器と技術で少し手を貸しているだけだ。
……団長に作戦参加許可とか下りてたら、山岳民兵と一緒に山賊狩りに行くんだろうな……とぼんやり考える。
あの人はほら、対テロ部隊みたいなことする部署だから。
「あの、それでなのですが……我々も貴方方に協力出来る事があるかと考えたんです」
若い男がそう切り出す。
「この村の外れに、小さいけれど温泉があるんです。そこを皆さんに開放しようって、長老が」
……驚いた、こんなにも好意的に扱われるとは……
この村に温泉があるとは空軍特殊戦チームの報告で小耳に挟んだ程度だが聞いていた、入りはしなかった様だが、
「ち、ちょっと待ってください。申し出はありがたいのですが、我々にどうしてそこまで……」
そう、あくまで俺達ガーディアンは部外者でしかない、民兵と協力して対処に当たるとは言え、地の利は民兵の側にあるし、足手纏いになる事も無いとも言い切れないだろう。
空軍特殊戦チームが人心獲得の為に先んじてこの村にやって来て、話を付けていたというのは分かるが、それだけでこんなにも協力的になれるものなのだろうか。
「そうですね……」
「とりあえずお入りください、狭いですが」
とはいっても、車内は本当に狭い。FV105サルタンの乗員は6人だが、操縦手、無線手、車長席を覗くと3人しか座れない。
後部に壁付テントを取り付けて屋根を延長し、石油ストーブを出してそこを簡易テントにする事にした。
パイプ椅子に彼等を座らせ、とりあえずは暖を取りながら話せるスペースが出来た。
「さて、どこから話しましょうか……」
紙コップだが温かい紅茶を振舞い、とりあえず落ち着いて話してもらう事にする。
「そうですね……この辺りは昔から山岳民兵の村でした。山の戦士を自負し、この地を守る事を誇りとする民兵で、いつしかそれが王都にまで名を響かせ、公爵閣下からこの地の守りを一任されるまでになりました」
その辺りは召喚者の俺もブリーフィングで聞いている、この付近の山岳民兵は勇敢で精強、山を守る戦士で、自警団の練度とは比べ物にならず、どちらかと言えば騎士団に匹敵する強さの民兵だと。
しかし、その状況を一変させたのが公国の侵攻、険しい山に囲まれ、精鋭が守っているこの地にまで、公国は手を伸ばして来たのだ。
「弓矢や槍、剣で武装した我々に対し、彼等は見た事無い武器を持っていました」
その言葉だけでピンときた、来ない方がおかしいだろう。
「銃、ですね」
「えぇ」
公国が銃を実戦投入した戦線は西方砂漠だけではない様だ、遠距離から攻撃可能な武器というのは、相手との距離が開きがちな山岳戦では優位に立てる。それが剣や弓矢、魔術が主力の異世界ならなおさらだ。
「装備も数も公国が上でした、それでも山岳民兵は負けないつもりでした」
結果は、なんとか国境の向こうへ公国軍を押し留めたものの、被害は甚大。山岳民兵は戦死するか公国の捕虜になるかで戦力の3分の2を喪失したのだと言う。
「それでも、貴方方は戦って生き延びた」
「えぇ、辛勝でしたが……カンサット公爵の兵が増援に来てくれなければ、きっとあの山の砦は公国軍の拠点になっていたでしょう」
戦力の大部分を失っても勝てたのは、やはり山岳戦の経験だろう。地の利と経験で、装備も数も上の正規軍を退けた事は、誇るべきことだと思う。
「疲弊した山岳民兵では、今まで通り山賊や公国軍に対処するのは難しいでしょう。そんな時にアレクトが連れて来た貴方方は、我々にとっても山岳民兵にとっても希望の光なのです」
彼と直接会ったのは今回のミッションが初めてだが、団長が収容所解放作戦の時に救出した1人だ。直接の面識は無かったが、団長からの命令と、現地民のお願いと来たら仕方がない。
「我々も、貴方方が戦いやすいよう、お手伝いいたします。いえ、させて下さい」
中年の男、それに青年までもが頭を下げる。
この辺りでは誠意を表す時、頭を下げるのか……と思いながらシュバルツを見る。顎に手を当てて何だか悩んでいる様だ。
「……貴方方のお気持ち、大変感謝しております。この地を守る為の手助けの為に、我々ガーディアンも全力を尽くしましょう」
暫くの沈黙の後、シュバルツはそう村人たちに話始める。
「本当で___」
「ですが」
彼等の歓喜の声を遮ったシュバルツは、難しい顔をしていた。
「貴方方からの好意を、我々が受けると、それを“徴用”や“略奪”と見る者もいます。大々的には受けにくい、というのが。こちらの感想です」
「それは……そんな事……」
反論しようとした女性が、途中で言葉を詰まらせる。突き放すようだが、少し想像を働かせればそれは理解できるだろう。ガーディアンはその武力を以て排除する事の出来ない敵も多い、そう言った者が悪意を持って表現をすれば、ガーディアンの立場を危うくしかねない。
「貴方方からのご厚意、とても嬉しく思います。ありがたいのは本当です。……少し、待っていてもらえませんか」
シュバルツが席を立ち、すれ違いざまに俺にそう言った。
「作戦本部とに報告して相談する」
答えを求めた言葉ではないのは分かった、彼も考えているのだ。
正直、この部隊の指揮を一任されたのだから“任せる”と言われるのがオチだろう。
考えるんだ、隊長。
15分ほどしても戻って来ないシュバルツの様子を見に行くと、車内に戻った時と同じ表情を浮かべたまま無線機のマイクを手の中で弄んでいた。
「“そっちに任せる”だってさ……予想はしていたが……」
マイクを置きながら、深い溜息と共にそう言うシュバルツ。
彼の中で葛藤しているだろう、村からの支援を受ければ、部下の隊員達も戦いやすくなり、士気も上がる。だが安易に受けてしまえば、後から「徴用」だとか「略奪」だとか言われる可能性もある。それに軽々しくそれを受けてしまって良いものなのだろうかとも思うだろう。俺も思った事だ。
「シュバルツ、今は一緒に戦う仲間の事を考えるべきだと思う。彼等もずっと張り詰めたままではいつか崩壊する」
言っては悪いが、この山奥は本部の様に息抜き出来る場所が極端に少ない。そんな場所の隊員を張り詰めた状態にしておくほうが良くない。
ガーディアンの隊員は座学において高い倫理教育を行い、仲間との連携を重視する様に訓練されている。
だがそれもいずれ限界が来る、隊員を息抜きさせることが出来るならそれに越した事は無いし、可能ならそうすべきだ。
「……」
シュバルツは答えない、難しそうな表情を浮かべたままだ。
ヘルメットを脱ぎ、深く深呼吸をすると軽く頷き、「そうだな……」と独り言のように呟いて席を立ち、車外のテントへと出て村人たちに話始める。
「遅くなって申し訳ない、貴方方の申し出、お受けいたします。温泉で英気を養ったガーディアンは、必ずこの村をお守りする事を約束しましょう」
シュバルツの言葉に、村人たちはみるみる内に表情を明るくさせた。
「あ……ありがとうございます!協力出来て嬉しいです!」
「わ、私、ガーディアンの皆さんに声を掛けてきます!」
「俺も!」
若い衆はそう言いながらテントを出て行き、中年の男は何度も礼をしながらテントを後にした。
「正直、まだ受けて良かったのか迷ってる」
見送るシュバルツの横に立つと、独り言の様に話し始める。俺はそれを黙って聞いていた。
「けど、やっぱり俺の仲間達には戦いに向けて万全を期して欲しい」
俺達の部隊だ、これから先の戦いで起こる事も、この村の先も俺達に掛かっているなら、それに備える為に、使える事は使っておいた方が良いだろう。
「……そうだな」
俺はシュバルツの背中をポンと叩き、車内に入る。
彼はこれからも、こんな場面で決断を迫られる事が多くなるだろう。経験を積むための一歩だ。
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3日後
21:40
北へ延びる道からの入り口の警備を任されたのは第1分隊、クロウが分隊長の分隊だ。
「温泉、入ったか?」
ACOGの乗ったM4A1を持ったクロウがコーヒーを飲みながら、SIG TANGO6を乗せたL129A1を持ったマークスマンのナターリエに話しかける。
「いや、まだだ。私のところにも呼びに来たが、交代が来たら入るつもりだ」
暗視装置の乗ったECHヘルメットを軽く上げる、このECHもドラゴンの鱗を加工して作られた物であり、ECHのそれよりも軽く、尚且つ防護性能は上がっている。
暗視装置はPVS-15、増幅管も“白管”と呼ばれるタイプだ。第1小隊がPVS-31Aに切り替えとなり、余剰となった装備が回ってきた形になる。
「夜でも見える仕掛けか……向こうの世界では、こんなものを普通に使って戦ってるなんてな……」
クロウはコーヒーを飲み、PVS-15を下ろしながら呟く様に言う。増幅管は村から漏れる僅かな光や星明りを大きく増幅し、暗闇を白い視界に変えてくっきりとした輪郭で映し出す。
深い雪の中、聞こえてくるのは雪を運んでくる風の音と目の前の小川を流れる水の音だけ。顔に痛い程刺さる冷たさに自然と口数が少なくなる。
だからこそ、違和感に気付けたのかもしれない。
風と水の音にほんの僅かに雪を踏む音が混ざる、それと89式装甲戦闘車に乗る分隊員が搭載されている熱線映像装置の監視結果を報告してくるのは同次だった。
『テスラ1-1、こちら1号車、北より接近してくる人影を確認』
雪の地面を掘って車体をダグインさせた89式装甲戦闘車からの報告に北に視線を振る、村の北側を西から東に流れる小川には小さな橋が架かっているが、ナイトビジョン越しにその橋の上に人影が見えた。
「北地区の村人か?」
ナターリエも確認した様で、暗視装置を覗きながら首を傾げている。時間はそろそろ22時になるところだ、こんな時間に何の用だろうかとクロウも首を傾げる。
事前に確認した手順では、武装をしている場合は先ずは警告、その後に射撃が許可される。武器を持っていない場合は誰何するのだが、見たところ武器の様な物を持っている様には見えない。
「おーい、こんな時間に何か用か?山賊が出るって話は聞いて__」
クロウの声は、破裂音と胸部への衝撃で掻き消された。
後ろによろめくように倒れるクロウ、ナターリエが大声で叫んだ。
「敵だ!!敵襲!!」
その場に飛び込む様に伏せ、L129A1のハンドガード上部に装着されたLA5レーザーサイトのスイッチを入れる。
白い視界に直線のレーザーが宙を舞う、懐から短剣を抜き、橋を駆け抜けて襲い掛かろうとしてくる人影の胸にレーザーをピタリと当てる。
引いた引金はL129A1に殺傷能力のある弾丸を放たせ、7.62㎜NATO弾は短剣を持つ“敵”の胸を貫いた。
「敵か!クロウは!?」
89式装甲戦闘車の中で待機していた別の分隊員、フェリックスが飛び出してくる。
「クロウを回収しろ!援護する!」
フェリックスがクロウの元へ駆け寄り、プレートキャリアのドラッグハンドルで雪の上を引きずって近くの木の陰へ回収する。
89式装甲戦闘車の砲塔に跳弾する音が聞こえる、相手は山賊だが、恐らく公国から鹵獲したであろう銃を使っている。それに視界に移る人影から、かなりの人数が要る様だ。
川の向こう、距離は100m程度。マズルフラッシュを頼りに相手位置を割り出す______見つけた。
絞るように引き金を引く、重い銃声が2発、3発。同時に肩を蹴られるような反動を受け止め、山賊相手に応射する。
1発目が木に命中し、驚いて姿勢が崩れたところに追い打ちをかける様に射撃、パワーのある弾が敵の腹を食い破って森に悲鳴を響かせた。
「クロウ!無事か!?」
「あぁ……っ、クソッ、大丈夫だ」
「プレキャリに当たった!弾は貫通してない!」
命中こそしたものの、防弾装備のお陰で大した事は無かったようだ。
それにしても、暗闇の中を良く当てたもんだ。腕がいいかまぐれか……とナターリエは考える。
先程から雪やIFVの砲塔に弾が跳弾するものの、相手の銃声の数も少ない。
『カタフラクト1より全部隊、北の入り口で攻撃を受けている。相手は山賊、20人程度、全員ではないが銃を所持している。これより応戦する』
89式装甲戦闘車の車長が通信で全部隊にそう呼び掛ける、暗視装置でもそれなりの数が見えていたものの、熱線映像装置ではもっと多くの敵が見えている様だ。
「左を見張る!ナターリエ右を頼む!」
ライフルマンのゲルハルトがIFVの右に回り込む、ナターリエは右側に移動すると、IFVの射線はクリアになった。
深雪の夜の戦闘は、銃声で突然に幕を開けた。