第191話 ガラニストへ
基地に帰ってからすぐ、戦力の抽出を始めた。現状第1第2第3の3つの歩兵小隊の内、フル編成で出られる部隊は無い。俺が出たいのは山々だが、そもそも俺は未だに作戦参加資格停止中だ。
第1は第3分隊が隊商護衛に出たばかりだし、第2も揃ってない、第3も訓練と護衛の仕事で出突っ張り、それどころか機関銃分隊や迫撃砲分隊も出かけている。アレクトにああは言った物の、人手が足りな過ぎてどの手駒を動かそうかというレベルである。
「歩兵の頭数が少ないのがネックだな……」
「この間やっと中隊になったばかりだしな、隊商護衛の依頼が多く舞い込んでくるとは言っても、一気に人員を増やすのは避けたい」
運用するには1個大隊程度の歩兵は欲しい所ではある、中隊になったばかりだが、早くも部隊を拡張したくなって来た。
「一応予定では、明日第2小隊の第2分隊が護衛から帰って来るから、第2小隊は明日には揃うな」
エリスが予定表を指差して言う、確かに第2小隊は明日帰って来る分隊と合流させれば、確かに第2小隊は完全編成となる。出撃命令を出せば出られる、出られるのだが……
「うーん……」
「出さないのか?」
「微妙なんだよな……」
俺は顎に手を当てながら考え、作戦地帯になるであろう場所の地図を出す。GPSと衛星から割り出した、この異世界では手に入らない程精密な地図だ。
「王国北部の山脈はこの辺りだ、話を聞くに積雪地帯で山がちな地形……機械化歩兵部隊には不向きな地形だ、それにこの辺りだと……約800㎞の距離がある、装甲部隊を展開するには遠すぎる」
重量のある歩兵戦闘車に搭乗し、戦闘を行う機械化歩兵である第2小隊を展開するには不向きな地形が広がっている。
加えてその戦力をその場所までトランスポーターでのろのろと輸送する訳にもいかないし、雪の深い山岳地帯では確実にスタックしてしまう為、そんな所までトランスポーターは入っていけない。
「それにもう1つ、こっちの問題の方が大きいかもな」
「……あっ!カンサット公領だ!ワーギュランス公領じゃない……!」
エリスも気付いた様だ、大陸北部はワーギュランス公領では無く、別の公爵の領地なのだ。
基本的に冒険者や傭兵はフリーランスで、拠点を置いている領主以外に貴族の要請でも出かけられるし、その辺りの自由度は貴族の私兵や騎士団などよりもずっと高いが、それでも実際に戦力を展開するとなると、「私の領地に勝手に派兵しやがって」「私の領地の傭兵を勝手に動かしやがって」と関係悪化に繋がりかねない。
ガーディアンとしても、貴族同士の間柄を無闇に荒らすのは本意ではない。カンサット公爵に事前に許可を取る必要がある。
カンサット公爵はワーギュランス公爵と古くからに友人らしい、一時は同じ王国騎士団に所属していた武闘派の貴族だと言う。
「……後で許可取りに行くか」
「私も同行しよう」
「頼む」
部隊が戦う舞台を整える、今はそれが俺の仕事だ。
それはそれとして、動かせる部隊が現状第2小隊しかない以上、第2小隊に動いてもらうしかない。
「シュバルツを呼ぼう、第2小隊に出てもらう」
「分かった」
館内放送で第2小隊の小隊長を呼び出す、今日休暇以外の隊員は待機に入っている筈なので、兵科事務室にいる筈だ。
館内放送から5分もしない内に執務室がノックされる、入るように促すと、入って来たのは第2小隊の小隊長、シュバルツ・ラインハルト大尉だった。
「お呼びでしょうか、団長」
「あぁ、そこに座ってくれ、楽にしていい」
シュバルツが応接用のソファに座る、俺も彼の対面のソファに座った。エリスはお茶を淹れてくれるらしい、気が利いているが、それくらいは俺がやるのにと思う。
「部隊の方はどうだ、しっかりまとめているか」
「えぇ、新しい装備も戦い方も、もうすっかり身についています、団長のお陰です。各分隊毎の関係は分隊長に任せていますが、私が見るに、人間関係から孤立していたり、問題を起こすような隊員は見受けられません。皆協調的で、良好な関係を築けています」
第2小隊は元々ドラゴンに襲われて壊滅した村の自警団を中心に組織されたのだが、全員がそうではない。半分ほどの隊員は俺が召喚した人員、“召喚者”であり、それによって戦力の均一化を図っている。
異世界人と召喚者が上手くやれているか心配だったが、無事に馴染めている様で安心した。
エリスがお茶を淹れてテーブルに置く、礼を言ってカップを取ると、紅茶の爽やかな香りが鼻を擽った。
「私は他部隊との調整に行ってくる」
「任せた」
エリスはそう言うと執務室から出る、俺は紅茶を飲んで喉を潤し、話を切り出した。
「今回呼んだのは新しい任務を第2小隊に任せたいからだ」
「我々に、ですか」
「あぁ、今までの隊商護衛の様な任務でもない、第1小隊と合同でもない。難しい仕事になると思うが、第2小隊の任務遂行力がどの程度か、試す時だ」
シュバルツは引き締まった表情を浮かべ、改めて姿勢を正す。今までの大規模な作戦では、殆ど第1小隊が同行していた。だが今回の作戦はそうではない、第2小隊ほぼ単独の任務になる。
「内容を」
「王国の北部の山脈の麓を山賊から護衛しろ、敵は山賊、2週間後から期間は1ヶ月程度を見積もっているが状況次第だ。部隊は第2小隊と少数の支援チーム、天候は予報を作成するが雪と聞いている。現地の非戦闘員を守り、脅威を排除しろ。こんな所だ」
「北部の山脈ですか、かなり距離がありますが」
「そこなんだよな……」
俺はテーブルの上に地図を広げて指差した、ベルム街から約800㎞も北に位置する山脈は未踏の地も多く、機械化歩兵の展開には向かない場所だ。
「……陸路ではまず無理ですね……」
「かと言って空路で部隊を輸送しようにも、向こうには受け入れ可能な滑走路は無い」
本来なら空挺部隊等、フットワークの軽い部隊の方が適した地形である、空挺降下なら滑走路が無くとも、迅速に部隊を展開させる事が___
「___そうか、なるほど」
「どうかしましたか」
「いや、行けるかもしれない。新しい装備は必要になるが、やはり第2小隊に展開してもらう」
「……何があるのかは分かりませんが、団長のご命令とあらばそれを遂行するのが我々です」
「運用訓練幹部と話してくる、それまでは各部隊に戦闘準備を整えて待機を命ずる」
それから、と俺は付け加える。
「今回展開に当たり、試験的に使って貰う装備が複数ある、後で配布するから、派遣までの2週間の内に慣れておいて欲しい」
「了解」
彼等の準備の為に、俺も全力を尽くすとしよう。
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2日後
俺は運用訓練幹部と相談した上で必要な装備を召喚し、第2小隊に訓練の開始を命じた。
次に向かったのは飛行場だ、既にフライトプランは立ててあるが、向かう先はベルム街から600㎞北のカンサット公領、公都ガラニスト。カンサット公爵の領地だ。
ガーディアンは傭兵だ、傭兵は領主の兵ではないから本来ならそんな事をする必要は無いのだが、部隊の展開に当たって許可を取りに行くのが筋であろうと思ったからだ。
フォート・フラッグ空軍基地、ここにはフォート・フラッグの飛行場に収まりきらない航空機が移管されている。本部部隊のオスプレイもその内の1種だ。
元はと言えばMV-22をフォート・フラッグに配備していたが、それをCV-22に統合して空軍に一任することにしたのだ。
フォート・フラッグ空軍基地からガラニストまで600㎞、しかも現地に固定翼機を受け入れられる飛行場は存在しない。
となれば、往復が可能で飛行場でない場所へ着陸出来るオスプレイが最適だ。
「とはいっても、オスプレイでもギリギリの距離になるな……」
V-22オスプレイは3590㎞の航続距離を持つと言われているが、これはペイロード無し、自己展開で高高度を飛行した場合のみだ。実際に物資や人員を搭載し、着陸は垂直離着陸、その条件で無補給で行って帰って来られる距離……戦闘行動半径というが、約650㎞にまで短くなる。往復できるとは言えギリギリだ、もう少し余裕が欲しい。
そこで、俺とエリスが公爵と交渉中、CV-22は一旦離陸、周辺で待機していたKC-130Jから空中給油で燃料を貰い、帰りに俺達を拾いに来ると言う算段になったのだ。
一応護衛は付く、見慣れた第1分隊の面々に、狙撃分隊の合計12名だ。分隊のライフルはM4だが10.3インチのCQB-Rで、いつもはM249を持っているヒューバートとエイミーもそれを持っている。狙撃分隊はレミントンMSRを持つランディにSR-25を持つクリスタ、M203付きのM4A1を持つマーカスとCQB-Rのカイリーの4人だ。
「俺が動くと、いつもこのメンバーだな」
「もちろん、ヒロトさん1人で動かす訳にも行きませんから」
駐機場で隣を歩くグライムズがそう言って笑う、彼のライフルもまた、EOTech EXPS3ホロサイトが載っているM4A1 CQB-Rであった。
「おいおい、エリスとのデートにまで付いて来てるんじゃないだろうな?」
「っはは」
笑って誤魔化すグライムズ、おい今の笑いは何だ、笑うな。
まさか本気で付いて来てる訳じゃないよな……後ろを歩くエリスを振り向くと苦笑していた。
「お前の監視も含めてだ、お前に護衛を着けないと勝手に戦われるからな。作戦参加資格剥奪中なのにそんな事になったら今度は1年伸ばしてやる」
「1年か、それはきつい」
オスプレイは縦長の向かい合わせシートだ、そのまま発進機の中に入ると隣を歩いていたグライムズは俺の向かいに、エリスは隣に座った。
シートベルトを締めて備え付けのヘッドセットを付け、通信チェックをするとキャビンの責任者であるロードマスターにサインを送る。
ロードマスターがサムズアップで返すとオスプレイはハッチを閉じ、ゆっくりと離陸した。
『アンクル1-4、フォートフラッグAFB離陸1022、団長以下12名を乗せてガラニストへ向かう』
さて、飛行中に少しカンサット公爵とガラニストに着いての情報を頭に入れておこう。俺は鞄から持って来た資料を取り出して読み込んでいく。
ヘルマン・アルト・カンサット公爵、元王国騎士団で一隊を率いて戦っていた経歴を持つ武闘派の貴族だ。13人の騎士の1人に選ばれるかどうかというところで父親から爵位を引き継ぎ、カンサット公領を治めているという。
ワーギュランス公爵とも古くから交流があり、同じ王国騎士団で務めていた時にはワーギュランス公爵によく稽古をつけていたと聞いている。2人を知る人物は「ワーギュランス公爵は参謀向きだが、カンサット公爵は前線指揮官に向いている」と言っていた。同時に「彼は騎士ではなく傭兵に向いている」とも口を滑らせていたが……
「13人に騎士の候補に挙がるくらい頭が良く、優秀な人物だそうだな」
隣から資料を覗き込むながらエリスが言う、もちろんヘッドセット越しだが、その中でも良く聞こえた。
「敵対しに行く訳じゃ無いが、敵に着いて欲しくはないな」
そんなカンサット公爵の本拠地、ガラニストの衛星写真がファイルの中に入っていた。衛星写真から分かった事がまずある。
「城郭都市……要塞だな」
「流石前線指揮官向きの人物と言うか……なるほどな」
ガラニストは高い壁に囲まれたほぼ円形の城郭都市であった、直径約3㎞の街の外側は二重の外壁の間には堀が穿たれ水で満たされており、堀に架かる橋は4つ、しかも広い橋は南側の1つだけで残りは門のある跳ね橋だ。
更には分厚い城壁の上には飛来する敵の翼竜に対応する為か、対空対地両用らしい大型弩砲が多数配置されている。
辺境の貴族は国土防衛の為に王室から信頼の厚い武闘派が置かれると聞いたが、まさかここまでとは……。
しかもこの城郭都市の東の外壁のすぐ近くには川が流れており、東側から入るには敵ならば船を使うしかない。水門を通して街に水が引かれている上、町の外れには耕作地もあるようで、水と食料があれば長期の籠城戦にも対応出来るという、本気でこの地を防衛しようと言う気概がこの街の衛星写真からもひしひしと伝わる。
「……」
ところで俺はミリタリーオタク、こう言った要塞の地図を見ると自動的にどこから侵入し、どこを制圧すればいいか考えてしまう。
剣と弓矢が主力兵装のこの異世界では、分厚い壁を持つ要塞というのは非常に強固な防御陣地だ。突破しようとなると師団や軍団規模の兵力が必要となる。
この地にそんな城塞都市があるのも、ここに王国防衛の為に重要度の高い防衛ラインだからだろう。
北に広がる山岳地帯を大部隊は越えられない、よしんば越境してきたとしても山岳地帯を超えて消耗した部隊がこの要塞を攻略するのは非常に骨が折れそうだ。
「ふーむ……」
「どうかしたか?」
エリスが首を傾げて俺を窺う。
「いや、大したことでは無いんだけど、こういう性分だから気になってな、エリスならこの要塞をどう攻める」
エリスにガラニストの写真を向けると、エリスも腕を組んで考え始めた。もしかしたら俺と少し考えが似ているのかもしれない。
「お前が聞きたいのは”騎士団”としての答えか?それとも“ガーディアン”としての答えか?」
「俺はこういう兵器しか知らんからな……ガーディアンの方で頼む」
エリスももう1年以上現代兵器に触れている、運用も理解しているだろう。
「……まず、そうだな……要塞の守りは厳重だから、地上戦力を投入しても苦戦するだろう、榴弾砲でもこの壁を簡単に破れるとは思えない。……だけど、こっちには航空戦力がある、本丸に直接ヘリボーン降下して制圧、同時に強固な陣地は戦闘機と攻撃ヘリで爆撃して排除、門はヘリボーンで制圧した後に堀を架橋して戦車部隊を投入する……ってところかな」
「内側と外から同時に揺さぶりをかけるのか、なるほどな……」
要塞は強固な防衛陣地だが、それは兵隊が地面に這いつくばっていた時代の話だ。
現代では航空機が発達している為、要塞を容易に突破、迂回出来てしまうのが現実であり、要塞という最前線の恒久的な防御陣地の有用性が薄れた一因として航空機の発達が挙げられる。
尤も異世界には翼竜が存在するので要塞が意味をなさないと思うかもしれないが、翼竜の育成には莫大な金がかる上、輸送機の様に大量輸送は出来ないのが現状だ、まだまだこの世界では要塞の軍事的優位性は健在である。
「なんだ、作戦に不満か?」
「いや、俺も同じ事考えてた。航空機があるとこういう要塞の攻略も大分楽になるな」
地図と資料を鞄に仕舞い、腕時計を確認する。ガラニスト到着まで残り20分、俺は雑談を交えながら到着を待った。
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「あれだな」
CV-22が高度を下げる、窓から見える景色は段々と雪深い地上に近づいていくが、ガラニストはすぐに分かった。
衛星写真と同じほぼ円形の二重壁、壁と壁の間は堀が巡らされ、水で満たされている。衛星写真で見た物の、想像よりもずっと巨大な都市だ。雪がこれだけ積もっていながら、ここまではっきりと見えるとは……
『人の出入りが激しい南門は避けて、北門の付近に着陸します。雪が深いので十分に気を付けて下さい』
「了解した」
窓から見える主翼の先端のエンジンナセルの角度は先程まで水平だったが、今は垂直に近い角度になっている。地面に近づくCV-22はランディングギアを出し、速度と高度をどんどん落としていく。
『アンクル1-4、北門前へタッチダウン』
ズシ、と普段とは違った着陸の感触、雪の上だからだろうか、いつもよりソフトランディングに思える。
「ライフルは下ろして普通に出るんだ、行くぞ」
シートベルトを外すと同時に、ロードマスターがハッチを開く。雪が舞う中、12人がガラニストの北門前へと降り立った。
最後の1人が下りるとロードマスターがハッチを閉じ、CV-22が再度上昇していく。航続距離がギリギリの為、帰還の為の空中給油を受けに行くのだ。とは言えこちらは恐らく4時間ほど後になると思うが……
エンジン音が遠ざかる、それを見送ると俺達もガラニストの北門へと歩き出す。
「ヒロトさん、やっぱりもう少し離れたところに降りるべきだったのでは?門の衛兵、驚いてますよ」
ブラックバーンの言う通り、高い城壁の上の衛兵はこちらに向けてクロスボウを向けており、門の麓の衛兵は抜刀している。あんなものが下りて来たのだから、警戒するのも無理はないか……
「けどこんな雪の中を歩くのも嫌だろ、これから公爵に会うってのに、行軍後の姿で会いたいか?」
曇天の中、現在雪が降っている訳では無いものの、既に完全に踝が埋まる程雪が積もっている上に、履き慣れたシューズの靴底から伝わる感覚も地面ではなく雪の様だ。出来れば俺も目立ちたくはないが、行軍後の姿で公爵に合うのは気が引ける。着替えを持って来るにしても荷物になるし、何より今回は時間が無い。信書を送るのにわざわざ翼竜便を飛ばして貰ったくらいだ。
通常であればベルム街からガラニストまで手紙を出すと2週間ほどかかるが、それがたった半日で届くと言う、ギルド組合が行っている急ぎの際の速達郵便サービス。今回の作戦は部隊を動かすのに2週間しかない為、出来るだけ急ぐ必要があったのだ。
さて……
「何者か!?」
俺達の目の前には、警戒心も殺意も剥き出しにしたガラニストの衛兵が叫ぶ、俺とエリスは武装しているが拳銃のみ、他の隊員はライフルを持っているが、敵意が無い事を示すために両手を軽く広げた。
「ワーギュランス公領、ベルム街から来た戦闘ギルド、ガーディアンだ!昨日送った翼竜便は届いている筈だ!カンサット公爵にお目にかかる為に来た!」
衛兵に連絡が行っていない、という事は無いだろう。軍事に精通したと言われるカンサット公爵がそんなミスを犯すとは思えない。
だがもし城門の上の兵が矢を射る様な事があったなら……出来れば胴体を狙ってほしい。俺はコートの下に来た薄いプレートキャリアの感触に集中する、他の場所を狙うなら胴体を当てに行くまでだ。
「……確認する、少し待て」
衛兵が城門の上のクロスボウを構えた兵に合図すると、1人が中に戻っていく。俺達と睨み合いになった衛兵も剣を下ろしはしたが、鞘には戻していない。警戒は解かないという事か。
ま、それもそうだよな。明らかに武器持ってるし、銃、これで警戒解いたら衛兵の職務怠慢まである。
「雪が降ってないのだけは幸いだな……」
「確かに、曇ってるけど」
隣でそう零したエリスに頷く、これで雪が降ってたりしたら今頃俺達は頭の上に雪が積もっているだろう。
「なぁ、衛兵さん。門の中で待てないか?」
「……そこのガゼボで待てる、入って待っていろ」
まだ県を収めていない衛兵にダメ元で聞いてみたら、どうも門の外にある東屋のような場所で待てるらしい。案内してもらい、そこで待つことにした。ベンチが円状に配置され、中央では焚火が起こされていてありがたい。
「それにしても寒いな……」
「ベルム街よりかなり北だし、雪もかなり積もるな……こっちの人は大変そうだ」
ここに来るまでにも山地を幾つか超えて来たが、商人が雪山を幾つも越えてここまでくるのは相当厳しいだろう。それ故に冬は街道は雪に閉ざされ物流は止まり、人々は蓄えを切り崩しながら雪融けを待ちわびる。
軍事的にも、冬はこちらも相手も軍事行動が極端に制限される、雪が積もっている間は、この地は天然の要塞にもなるのだ。
「王国防衛の要衝……ピリピリしてんのはそのせいなのかね……」
「その要衝にこの世界には無い航空機で降りて来たんだから、無理もないさ」
エリスが火に当たりながらそう言う、それもそうか、自分達が知らない兵器ともつかない乗り物で、明らかに武器に見える物を持った人影が下りてくれば、そりゃ警戒もする。
暫く待つと、衛兵が俺達を呼びに来た。伝令が帰ってきたらしく、態度もいくらか柔らかい。
「待たせて申し訳ない、カンサット公爵から宮殿に来るようにとお呼びが掛かっている。馬車を待たせてあるから、それに乗って宮殿に向かってほしい」
「分かった、驚かせてすまない。取り次いで貰えて感謝する。皆行くぞ」
衛兵に礼を言うと、俺達は門の中に入る、門の作りもより戦闘向きで、上の方を見ると封鎖後の門の上から矢を降らせる為の小窓が空いている。ここを突破するのは容易では無いだろうなと思いながら、俺達は用意された2台の馬車に分乗した。
全員乗った事を確認すると、馬の嘶きと共に馬車は進み出した。ここでもガーディアン製の馬車軸を使っているのか、ガラガラという大きな音もなく、路面の揺れは然程ない。資金になればと始めた事業だったが、嬉しい限りだ。
「寒冷地向けのタイヤも作るべきだな」
「何か違うのか?」
「滑りにくくなったり、排水性が良かったりな、色々違うぞ」
今度はそっちの方にも手を出してもいいなと思いながら、馬車の窓の外を眺める。ガラニストは物流が止まっていてもさびれているとは言えない程度に街には人が歩いており、商店に並ぶ品物の種類や数は確かに少ないものの、その分魔石や薪を売ったりしている店も多い。
「人出は多いな……良かった」
「寒いと外へ出る元気も無くなるからな……人々の活気があって良い街だ」
エリスも窓の外を眺めながらそう言う、元貴族であるが故に、人がどういった表情をしているのかというのは気にしているみたいだ。
それにしても……魔石を売っている店が多い様に感じる。ベルム街よりもずっと多い、商店の内大体3軒に1軒は魔石を売っている。
何故だろう……そんな疑問を抱きながら馬車に揺られる事20分程度で、カンサット伯爵の宮殿に到着した。馬車から降りた俺は、ガラニストが何のためにある都市か改めて思い知らされる。
「宮殿というより……」
「砦、だな……」
エリスも同じ事を思っていた様だ、石造りのほぼ正方形の建物で、装飾は殆ど無い。窓も小さく、宮殿や屋敷というよりも砦の様な印象を受ける。
「この街はどこも戦闘向きの作りをしているな……」
呟く様に言うエリスに俺も同意だ、本当に町全体が要塞の様に、戦闘の為に作られている。道行く人々の表情が豊かな事が、この街が持つ外敵への殺意と戦闘力を隠している様だ。
宮殿の周囲を囲む様に廻らされている堀に架かる橋を越え、門をくぐると宮殿のロータリー的な場所へと出る。衛兵に従って着いて行き、エントランスへ通された。
「ここで待て、今公爵が……」
「その必要は無い」
衛兵の指示を遮るように、太く、良く通る声がエントランスホールに響く。そこへ繋がる廊下に、俺を案内して来た衛兵よりも体格のいい男が姿を現した。身長は180以上あるように見え、貴族の服を着ているが、それでも鍛えている事がよく分かる。グレーの髪を短く刈った、武人らしい男だ。
「ようこそガラニストへ、本当は入り口で出迎えたかったのだが、遅れてすまない」
その男がにこやかに口を開く、丁寧さと陽気さを感じる口調だ。
「こちらこそ、忙しい中お時間頂き感謝します、公爵閣下。お初にお目にかかります、ワーギュランス公領ベルム街より参りました戦闘ギルド、ガーディアン団長、高岡ヒロトと申します」
俺は背筋を伸ばして挨拶をした、右手を軽く開いて胸に当て、45°のお辞儀をする。お互いに情報の上ではお互いを知っているだろう。
「楽にしてくれ、堅苦しいのは苦手だ。……初めましてヒロト殿、ヘルマン・アルト・カンサット公爵だ」