第190話 奴隷館
奴隷、という身分はこの世界には未だに存在する。
人間でありながら所有物とされ、人間としての名誉、権利、自由を与えられず、主人の所有物、「生きた道具」として扱われる身分や人の事を指す。
この世界ではそれが普通であり、人格者とされているレムラス伯爵ですら奴隷を所有している。
奴隷の仕事は主人の命令によるが、一般家庭や貴族に買われて炊事洗濯等の家庭内労働であればまだ良い方で、鉱山ギルドが奴隷を買った場合は鉱山夫として命の危険と隣り合わせの仕事をし、農業ギルドでは農奴として馬などでは代替出来ない畑の手入れや収穫をする。水運ギルドの奴隷は櫂船の漕ぎ手として使役されるなど、基本的にキツい重労働の労働力となる。
女性の奴隷は娼婦、いわゆる性奴隷として娼館で自分の身体を売る事が殆どだ。
そういう制度が、この世界には根付いている。
彼等の名誉の為に言えば、逆にその道で一芸を当てて、奴隷ながら成功を収める者もいる。
鉱山奴隷は魔石の鉱脈を見つけて主人に気に入られ出世をしたり、農奴であればより効率の良い栽培方法を確立したり、櫂船の漕ぎ手の指揮が上手かったり、性奴隷の場合は芸事を極めたり床上手であれば高級娼婦として貴族に愛人として迎え入れられる事がある。
奴隷の身分に堕ちる人は、食い扶持を減らす為に売られたり、人攫いにあって売られたり、奴隷同士の子供であったりと様々だが、そう言った奴隷を扱う人を奴隷商人と言い、どの町にも必ず奴隷館がある。
ベルム街奴隷館、つい先月街は水害に遭い、復興の為に労働力が足りない為、色々な所から送られてくる奴隷が次から次へと売れていく。
華美な装飾が施された店内、この街の中では少し高い所に位置していた為運よく水害の被害は免れていた為、店が壊滅的な被害を受ける事は無かった事に、主はカウンターで紅茶を飲みながら安堵する。
今日も奴隷館に奴隷を買いに来た者が居る、奴隷館の主も良く知る人物で、この街の傭兵男女2人組だ。紺色を基調に黒いラインの入ったスーツの様な制服を身に着け、いつも色々な物が入っているごついベルトを身に着けている。いつも持っている黒いクロスボウの様な武器は持っていない様に見えるが、奴隷館の主の彼から見たらそう見えるだけで、ホルスターにはこの異世界には無い拳銃が収められていた。
「こんにちは、ごきげんようヒロト様」
「ここにまで俺の名前が知られているとは光栄だな、オルコスさん」
奴隷館の主、ギルカ・オルコスは驚いた顔をしている。彼自身、ヒロトと直接の関りは無く、彼は顔を知っているものの、彼はヒロトに知られているとは思わなかったのだ。
「こちらこそ私をご存じとは、光栄に存じます。本日はどのようなご用件でしょうか」
「奴隷を買いに来た、男女問わないが、何人用意出来る?」
ギルカは自分の扱っている奴隷の人数を思い浮かべた、現在彼が扱う“商品”は25人、奴隷は1度に大量に売れる事は無いとは言え、物流ギルドや土木ギルド等、今は買い手が多いので、在庫を無駄に放出するのは避けたい。
「8……いえ、10人程は用意出来ます」
「じゃ、男女問わず10人、適当に見繕ってくれ」
「し、承知しました」
奴隷は大量購入に適した商品ではない事は分かっている筈、それに男女でもほぼはっきりと役割が分かれている。男の奴隷は力仕事、女の奴隷は家政婦や性奴隷にするのが一般的だ。
どちらにせよロクな扱いを受けない奴隷だが、購入にはそれなりに金がかかる。奴隷を持てるのは一般以上の収入がある家庭や貴族が殆どだ。
ガーディアンは今、傭兵業と新型車輪の販売でかなり儲けているギルドだ、かなりの金はあるだろうが、ガーディアンの傭兵は皆志願兵だと聞く。そんな彼らが何故奴隷など……
地下の奴隷牢に奴隷を選びに行きながら、ギルカはそんな事を考える。
「女の奴隷は愛人に出来るような美人に、男は肉体労働が出来る様な奴に、ひょろいのもいるが、まぁ彼の事だ、使ってくれるだろう」
もしかしたらお得意様になってくれるかもしれない大事なお客様に失礼は出来ない、商売で大事なのは信頼だ。彼は呟きながら奴隷を選ぶ。
用途を想像しながら10人の奴隷を連れて店舗へ戻る、奴隷服もなるべく新しい物に着替えさせたギルカは、自分の奴隷を1人1人自慢するかの様に紹介した。
「では、支払いの方を」
「いくらになる?」
奴隷と言えど安い物ではない、奴隷の質によるが、値段のおおよその中央値は1人当たり金貨5枚、この世界では馬車が3台は買える値段だ。
「大量購入ですからね、男と女が5人ずつ計10人それぞれの価値を考えると……金貨52枚ってところでしょうか」
奴隷商も商売だ、多少の利益を得なければならないが、足元を見すぎると商売としての信用を失う。
「分かった、これで足りるだろ」
ヒロトが取り出し、手渡した袋には、金貨が60枚入っていた。
「あ、あの、これは」
「良いんだ、良い奴隷を準備してくれてありがとう。次もまた頼むかもしれないから、その時はよろしく」
ヒロトは友好的とも、裏がありそうともとれる微笑みを浮かべながら、奴隷たちを引き連れて奴隷館から出て行った。
「ありがとうございました、今後とも御贔屓に……」
ギルカの言葉は一時の客に掛ける言葉では無く、常連に対する言葉になっていた。
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ベルム街、フォート・フラッグ
基地に着いた73式大型トラックを下りると、後ろに同乗していた輸送科の隊員が奴隷達を下ろし、憲兵隊へと引き渡す。
「ラスティ、手筈通りに」
「了解」
男の奴隷はラスティ達に、女の奴隷はレイネ達に任せ、彼等は奴隷達を管理棟へと連れて行く。
「面白い事を考えるな」
「買った以上、彼等はこちらの所有物だ、俺がどうしようと誰も文句は言えまい」
「また街の新聞がうるさくなると思うが?」
「言わせておけ、俺達がやってる事があのアホに分かる訳がない」
俺は本部棟に入り応接室の準備をする。寒くなってきたころだ、温かい飲み物の方が良いだろうと思い、エイミーに紅茶を用意して貰う間に俺はお茶菓子を準備、確かクッキーがあったはずだ。
待っている間に、スマホで能力を確認しておこう、アンロックされた項目はあるだろうか……
【レベルが上がりました】
Lv54
A-10A サンダーボルトⅡ
パナヴィア トーネードIDS
JAS-39Cグリペン
ミラージュ2000C/D
ラファールC
MiG-25フォックスバット
Su-24フェンサー
C-17A グローブマスターⅢ
An-124ルスラーン
「航空機系がメインだな……」
A-10がアンロックされたのは大きい、地上部隊に対して強力な近接航空支援を提供する事が出来る。トーネードやグリペン、ミラージュ2000C、ラファール等、第4世代ジェット戦闘機も増えて来たな。
長距離攻撃戦力としてのSu-24や足の速い迎撃戦闘機のMiG-25の性能は確かに魅力的だが、搭載する兵装の整備や弾薬、燃料や電気系統の違いから、兵站に負担をかける可能性が高い。兵器マニアとしては気になる所だが、ここは保留にしておこう。
C-17がアンロックされたのも組織にとって大きなプラスに働く、今まで2機のC-130Hだけに頼っていた輸送も、C-17ならより大量の貨物を高速で輸送する事が出来る。HARO降下の高度も稼げる。
早速C-17とA-10は召喚しておこう、そう思ったと同時に応接室のドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼します、面談の方がお見えです」
エイミーが紅茶のポットを持ってきながらそう言う、もう来たか。
「どうぞ入って」
入るようにエイミーが促すと、先程購入した短髪の女奴隷が応接室に入って来た。服装は先程の奴隷服では無く、マルチカムの作業服だ。憲兵隊の監視の下、先程までシャワーを浴びさせていたので、栗色の短髪が少し濡れているように見える。俺の対面のソファに座るとエイミーが紅茶を淹れ、俺と奴隷の前に置く。
「初めまして、俺はベルム街の戦闘ギルド、ガーディアン団長の高岡ヒロトだ。どうぞ召し上がって」
女奴隷は名乗る事も無く、じっとこちらを見ている、いや、睨みつけているのか、俺から目を離さない。
俺はエイミーの淹れてくれた紅茶を飲み、クッキーを摘まんで口へと運ぶ。優しい甘さが紅茶と非常にマッチするこのクッキーも、エイミーの手作りのものだ。
「毒は入ってないぞ、紅茶は温かいので良かったか?」
俺が紅茶を飲んだのを見て独の心配は無いと判断したのか、紅茶のカップに口をつける。
カップを置くタイミングを見て再び話しかけた。
「喋れない、という訳では無いだろう」
「くたばれ」
「よし、悪くない出だしだ」
1発目から罵倒が来る、まぁこれも予想していなかったものではない。とにかく、喋れないという訳ではなさそうだ。
「高岡ヒロト、姓は高岡、名はヒロトだ。君は?」
「……メリル」
メリル、と名乗った女奴隷は、嫌々と言った風に口を開く。
「俺は君を買った、君は俺の奴隷だ。だから、俺の命令に従う義務が発生する。ここまでは大丈夫か?」
「……」
目の前の女奴隷は相変わらず俺を睨みつけたままだが、分かったと仮定して進める。
「君には今から俺が示す2択を選んで貰う」
「貴様の様な成金貴族が何を命令するかなど、言わなくても分かる」
俺はメリルの威勢のいい言葉に思わず言葉が止まってしまう、数秒おいて堪え切れない笑いが込み上げて来た。
メリルは極めて不機嫌そうに睨みつけながら口を開いた。
「……何がおかしい」
「いや、すまん。君を笑ったわけじゃない、俺が貴族だって?」
「身綺麗な恰好に自分の土地を有して、兵士を従えていて愛人に奴隷を買うような趣味をしている。貴族以外の何なんだ」
そうか、この世界では俺は貴族に見えるのか。
「いや、そんなつもりは無かったんだが……エイミー、俺が貴族に見えるか?」
「いえ、その様には。ただ、貴族に近い身分には見えます」
「制服の装飾も出来るだけ減らしてたんだが……」
徽章の類も勲章も、今俺は制服に付けてはいない。俺自身がそう言うのが好まないのもあるが、階級章と各種徽章以外は付けていても今はあまり意味があるように思えないからだ。
「貴族なら爵位を持ってたり卿呼びされたりするもんだが、生憎まだ無いんだ」
「……」
「話が逸れたな、すまん。君には選択肢が2つある、1つはここにある金貨15枚を受け取って自分を買い戻して自由の身になる」
俺は彼女の前に布袋に入った金貨を置く、奴隷であればほぼ手の届かない様な金額だ。
「今であれば君は君自身を買い戻し、余った金で故郷に帰るなり新しい人生を歩むなり、好きに出来る金額だ」
奴隷の中でも奴隷に対して扱いの良い主人は、少ないながら奴隷に賃金を支払うらしい。そうしてその金を貯めて「自分自身を買う」という事が出来るそうだ。
「もう1つは?」
「条件付きでここで働く」
俺は彼女の問いに即答する、既に決まっている条件を提示しようとすると、彼女は俺を遮った。
「どうせ身体だろう、奴隷を買うやつはこれだから悪趣味だ……」
「いや?労働力を買う、って点では間違いは無いが、そうじゃないぞ」
傍らに立つエイミーに目配せをすると、エイミーは完璧な所作で彼女の前に差し出したのは、雇用条件書だ。
「1日の労働時間は7時間、9時から18時までの間に10分の休憩が2回、1時間の休憩が1回あります。仕事に関しては後方支援業務が主な物になります、戦闘任務や危険な任務等、貴方が想像しているような仕事はありません。こちらが用意するのは衣食住、そして給料になります。制服はこちらが支給します、食事は朝昼晩の3食、食堂を開放しますのでそちらで摂って頂くか、自費で売店で購入する事になります。住居についてですが、基地の外になりますが、こちらで用意いたしますので、そちらに住んで頂く事になります。給料は1ヶ月に1度、小金貨12枚分です」
「はぁ!?」
メリルが驚くのも無理はない、普通であれば奴隷にそんな金額を支払う等この世界ではありえない事だ。
この異世界での奴隷制を勉強した時、基本的に主人が奴隷に払う給料は低賃金、又はそもそも払われない事が多い。金貨どころか、小金貨でも奴隷が手にする事はほぼ不可能な貨幣だ。
「な、何でそんな……ど、奴隷にそんな金を」
「ウチは奴隷だとしても従業員として扱う、それだけの事だ」
賃金に関しては正規隊員の方が高く、各種手当も付く上、何なら非正規後方支援業務群の方が少し高い。
奴隷だとしても、俺達の仲間。それがこの異世界でオーバースペックな兵器を扱う俺達の責任、敵を作らない方法だ。
「条件に関しては以上だ、何か質問は?」
彼女は驚いた表情のまま固まっている、余程俺達が提示した条件がこの異世界では余程非常識な物だったらしい。
「無ければ、君がどちらかを選んで欲しい。ここで働くか、金貨を持って解放されるか」
「……お前は……何のために……」
「敵を作らない為だ」
奴隷に不満を持たせると反乱を起こすという例は幾つも見てきている、奴隷の待遇を手厚くし、その上で不満を持たせない。これが奴隷に敵を作らない方法だと思う。
何かを飲み込むような沈黙の時間、メリルは覚悟を決めたように顔を上げた。
「…………分かった、決めた。お前達のところで……いや、ご主人様の下で今日から、働かせてください」
「ご主人様じゃなくて“団長”と呼んでくれ、ようこそがーディアンへ、歓迎しよう、メリル」
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全員の面談が終わり、ガーディアンへの就職が決まった奴隷は10人中9人、内1人は人攫いに遭った奴隷で、故郷の家族が心配で故郷に帰りたいと言う。もちろん俺はそれを支持し、故郷を聞いてその方面まで帰ることが出来る程度の路銀と方法の支援をする約束をした。
「奴隷に賃金を払うとは……お前もまた変な事を考えるな」
執務室に戻ってきた時、エリスにまずそう言われた。
「俺の元居た世界は奴隷は居なくてな、非人道的だとかそういう理由で奴隷的労働は禁止されてる」
弾圧した民族を奴隷扱いしてるアホな国もあるが……と付け加える、基本的に転生前に世界では奴隷は違法だ。だがこの異世界では奴隷は社会システムに組み込まれた歯車の1つだ。
「俺はこの世界のやり方を否定するつもりは無い、この世界には奴隷が存在して、奴隷が当たり前の世界が回ってるなら、俺は別にそれを無理やり変えてやろうって気は無え」
「奴隷が居ない世界……ねぇ……」
エリスが不思議そうな表情で考える、エリスは奴隷が当たり前の異世界でずっと生きて来たのだ、それを想像するのも難しいだろう。
「……ヒロトの世界の兵器を見ると、奴隷が要らない部分も多くありそうだが、農奴とか鉱山夫とかはどうしてるんだ……?」
「しっかり賃金のやり取りがあるよ、それに奴隷も人間だ、低賃金できつい仕事は不満を抱え込むだろ」
ざっとこの異世界の歴史を調べた時もあったが、奴隷を酷使しすぎて寝首を搔かれたり、奴隷達が反乱を起こしたりという例をいくつか見たし、地球でもそういった例は歴史上何度も起こっている。
「奴隷に不満を持たせず、良い待遇で接する。奴隷との信頼関係を大事にするのが、奴隷と上手く付き合っていくコツだと思う」
「なるほどな……ガーディアンには信頼出来る人間が欲しい、そこで奴隷を良く扱い、恩を売って反感を持たれにくくすると……そういう事だな?」
「そうだ」
恩を売る、と言うと良く聞こえないかも知れないが、そうして奴隷を好待遇する事で反乱を起こされにくくする方法を取り、不足気味の後方支援の要員を確保しようという算段だ。
そんな安っぽい正義感と優しさで、と思うかもしれないが、この世界の奴隷制にNOを突き付けず、俺が取れる最小公倍数のやり方だと思う。
「敵を作らない……確かに安易に敵対して戦うよりも、自分達や仲間を守るのに最も効果があるかもしれんな」
「ま、それも俺達の軍事力があってこその説得力でもあるだろうがな」
説得力の原点にもなる軍事力を維持する為にも、訓練しないといけない。例えそれがどんなに寒くても。
射撃場に向かおうと席から腰を上げた時、机の上の内線電話が鳴った。
「執務室、ヒロト団長」
「正門守衛所、リック・カルストン曹長です。団長にギルド組合の組合長がお見えです」
「分かった、すぐに行く。待たせてくれ」
受話器を置くとエリスが伺う様な表情で見つめて来る、俺も首を傾げて答えた。
「ギルド組合の組合長だと、何の用かな」
「新しい依頼かもな、私も行く」
正門の守衛所には、アポイントの取っていない来客者を一時的に待たせる為の小屋がある。ギルド組合の組合長はそこで待って貰っているらしい。
「リック」
「団長、お客様です」
リックはそれだけ言うと、待たせている小屋へと案内してくれた。小屋の中はテーブルとベンチよりは上等な椅子があるだけだが、そこに居たのは、刈り上げた白髪で頬に縦の傷の入っている歴戦の傭兵の様な佇まいの男。
「エバンス組合長、お久しぶりです」
「久しいな、ヒロト君」
エバンス、ギルド組合の組合長で、この人も元々冒険者だったらしい。俺がこの街に来た時から面識があり、この間も復興兼都市計画で土木ギルドとの仲介をしてもらったばかりだ。
「本日はどのようなご用件で、大分突発的でお急ぎの様ですが……」
「組合に来たのが君へのお客さんでね、急いで欲しいと言われたから呼びに来たのだ。……忙しかったかね?」
「いえ、予定は無かったのでこれから訓練をと思ったのですが」
「そうか……」
話し方、目線の配り方、凄腕の冒険者であった片鱗が垣間見えるエバンスには、得も言われぬ凄みが含まれている。
「そこのお嬢さん、彼との時間は大丈夫なのかい?」
「大丈夫です、終わった後、いくらでも時間は取れますから」
その言い方だとまるで他の事をする様に聞こえるのだが、訓練の時のエリスは本当に容赦が無い。お陰で筋力も肺活量も瞬発力も大分鍛えられた。
「組合ですね、行きましょう。車を回して来るので、待っててください」
「クルマ……あぁ、君らの自走荷台の事か。確か馬車より速いんだったな、待っているよ」
俺とエリスは踵を返し、基地の中に戻っていく。戦闘任務では無いので武装は無い車両の方がいいと思い、車両格納庫の鍵を取る。
「SOVにするか?」
「いや……寒いだろうし、HMMWVの方がいいだろ。エアコンも効く」
寒い中、偵察任務でもないのにオープントップの車両は酷だろう、風もしのげた方が良い。
ガーディアンではポピュラーな車輌になっている幌張り荷台のM998HMMWVにエリスと共に乗り込んでエンジンをかけ、正門へと走らせる。リックが正門を開けると、そこにエバンスが待っていた。
「どうぞ、後ろの席へ」
「自走する荷台……改めて見ると、凄いな……」
HMMWVを眺めるエバンスを後部席のドアを開けて乗せ、俺は運転席に戻って、ギルド組合の方へゆっくりと車を走らせた。
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HMMWVはいつも、組合の裏の馬車置き場に置かせてもらう、こうしてみるとガーディアンで販売している馬車も大分増えてきており、俺達がこの街に来たときよりも馬車が大分大型化したように思える。
組合の応接室に案内されると、そこには見覚えのあるエルフが座っていた。
「ヒロト団長!」
「君は確か……そう、アレクト」
アレクト、ソヴィボル収容所から脱走する際に協力者だった1人だ。脱走後は王国の北の故郷へと帰ると言っていたが、何故だかここに居る。
「お……覚えててくれたのか……!」
「忘れる訳ないだろ、収容所で一緒に戦ったんだからな」
彼も銃を握って一緒に戦った仲間だから覚えてる、記憶の中の彼よりも顔色が良い様に見えるのは、少なくとも食生活と睡眠時間が人間らしいものに戻ったからだろうか。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「団長しか頼れる先が居なかったんだ……!急な来訪を許して欲しい……」
「落ち着いて、深呼吸するんだ」
とりあえずソファに座らせ、飲み物を出してもらって落ち着かせる。冷静にならないと話しも出来ない状況じゃ、説明されても俺も分からない。
「落ち着いたか?」
「はい、申し訳ない……」
「よし、順序立てて説明してくれ」
結論から話さなくてもいい、まずは落ち着いて話を聞きたい。
「故郷に帰ったのが2か月前だ、その頃にはもう雪が降っていてな……あぁ、雪に閉ざされている間は何もかも雪に閉ざされて静かになる地域なんだ。その間はは本当に平和なんだ、寒いんだが……」
北に広がる山脈の麓の村、山からの雪が厚く積もり、冬は人々との交流は雪に絶たれる一帯だ。“この国で最も早く冬が来る”とも言われるのがあの辺りになる。
「けど、先月あたりから妙に山賊が多くなって来たんだ、山賊自体は珍しくもないが、回数も数も多い。山岳民兵もどんどん数を減らしてる……このままだと、山岳地帯の村は全滅だ……頼れるのは団長、あんたしかいないんだ……!村を助けてくれないか……?」
アレクトが跪いて自分の胸に手を当てた、言葉は尽くしたのだろう。山賊をどうにかして欲しいという彼の気持ちは大きい。
雪山で物資に困った冒険者が山賊化し略奪を行う、それ自体はさして珍しい事ではないらしい。彼が妙だと言っているのは山賊の数と襲撃回数だろう。
そして山岳民兵も、それを見越して鍛えているから精強である事は間違い無いのだろうが、度重なる襲撃で疲弊しているのが訊いた限りでは伝わって来る。
“実戦は成長では無く消耗である”、俺が思っている事が、今彼の故郷の村では起こっている訳だ。
「それでギルドを通じて依頼……という訳だな?」
「そう、そうだ。頼めるか?」
アレクトの声色には不安と焦りが見える、今こうしている間にも故郷が焼かれている、そう考えると彼の気持ちも分かる。
だが山岳民兵を助けるメリットは、今のガーディアンには___ない。
「今、山岳民兵の為に俺達が動く理由が無い」
俺がそういった時、アレクトの表情が絶望に変わる、開こうとした口からどんな言葉が出て来るのか、懇願か罵倒か想像して、彼の言葉が出る前にそれを制する。
「だが……一緒に戦った君の頼みだ、行かない訳にも行くまい」
アレクトを知らない仲じゃないし、そんな彼が俺しか頼れないとこうして直接来てくれた。それなら誠意をもって、敬意を表し、自分達を守る為の力を少し分け与える。それがガーディアンだ。
「……ぁ……あ、あ……!ありがとう……!ありがとう……!」
俺の手を取って感謝の言葉を述べるアレクトの目には、涙が滲んでいる様だった。
「良いよな?エリス」
「あぁ、ヒロトの部隊だ、ヒロトが命令した通りに動くだろう」
「あぁ……そうだアレクト、俺は今色々立て込んでいて直接出られないから、別の部隊に行って貰うことになる。それでいいか?」
「あぁ……あんたの部隊、めちゃくちゃ強いのは知ってるからな、構わない。ありがとう、嬉しいよ……!」
彼の故郷を救う為に、ギルド組合を通してこの依頼を受ける事にした。同時に今俺が出られない状況で部隊を展開するか、早くも頭の中で考え始めていた。