第186話 孤立した組合
ベルム街上空
日没時刻近く、高度な管制によって未だに多くのヘリが飛び交う中を縫うように、1機のMH-47Gが飛行する。
『まだ回収作業やってるんですね』
隣に座る同僚のエミルが、窓の外を覗き込みながらそう言う。
同じように覗くと、日没前なのに厚い雲のせいで薄暗い空の中、サーチライトを照らして救助活動を続けるブラックホークらしき機影が見て取れた。上空の管制は上手くいっている様で、ヘリの活動域が近づく事はあれど空中接触する事は無い。
『何人拾えるでしょう』
「さぁな、拾えるだけ拾っておきたいが……そろそろこんな時間だ、ヘリの装備によっては撤収命令も出ているところがあるだろう」
俺はOPS-CORE セントリーヘルメットを被り直しながら席に背中を預ける、今乗っているチヌークの横一列のベンチシートの間には、水や食料、毛布、ポーションなどがかなりの量積み込まれている。
今から向かうのはギルド組合の建物だ、俺達はこの救援物資の警備を命じられていて、組合内部の治安の如何によっては組合建物内部の治安維持も命じられている。
スリングで下げているのは支給されているM4、銃身は11.5インチのGeissele SMR Mk.4FEDERALと呼ばれる10インチのハンドガードが取り付けられた執行機関仕様にAimpoint T2ダットサイト、レーザーはDBAL-A2でライトはSurefireのM300C。周りの憲兵隊員にもこのハンドガードでこの銃身でセットアップしている隊員が殆どだ。
だが、このM4はあくまで切り札で、メインが今手に持っているショットガン、ベネリM4だ。低致死性のビーンバッグ弾が装填されている鎮圧用として今回装備している。
俺はベネリM4だが、見渡すとレミントンM870MCSを装備している隊員も多い、比率的には半々くらいか。
任務とは言え、今回は積極的に殺傷するべきではない、治安維持と鎮圧が目的だ。支給されているP226には実弾が装填されているが、プレートキャリアのマグポーチのフロントには専用ホルスターに収められたM26テーザ―銃のグリップが見える。
『各員、目的地上空まで30秒、降下スタンバイ』
タスカー01のロードマスターの声がヘッドセットから聞こえる、COMTAC3は訓練通り、無線の声を伝えてくれる。
『降下する、屋上に着けるぞ』
ヘリの浮遊感がゆっくりと降下している事を告げる、接地の衝撃はいつもより軽い。なんだ……?
『降下開始!』
チヌークのカーゴハッチが全開になり、僅かな灯がギルド組合の建物を照らす。ヘリから降りて気づいた、サスペンションが伸びているのだ。完全に設置しているが、僅かに機体を浮かせて機重を屋上に乗せない様にしている。
組合建物の屋上はヘリの着陸の重量に耐えられないとパイロットは判断したのだろう、流石はナイトストーカーズ、噂に違わぬ化け物じみた操縦技量だ。
「各分隊は補給物資を下ろせ!」
組合建物の屋上には何事かと出て来た数人がおり、神経質そうな眼鏡の華奢な男性が近づいてきた。
「あ、あの、貴方方はもしかして……」
「ガーディアン憲兵隊、ラスティ大尉です、責任者……組合長の方ですか?」
「い、いえ。私は副組合長のワットです。組合長は、は、伯爵の屋敷へ向かわれまして不在です」
組合長不在だが、どうやら彼が実質的な責任者らしい。
しかし、この緊急事態に彼が責任者とは、大丈夫だろうか……。まぁいい、こっちもこっちで仕事を始めるだけだ。
「救援物資を持ってきました、食料、水、毛布、衛生用品、置ける場所はありますか?」
「組合長は、組合長室へ救援物資を集める様に言われていましたが、我々が集めた量は知れています……正直ありがたいのですが……そんなに沢山、大丈夫でしょうか」
彼が気にしているのは我々の備蓄の事だろうか、それとも室内の治安悪化の懸念か。恐らくは後者だろうが、その為に俺達はここに来た。
「支援物資の警備も命じられています、必要な場合は室内の治安維持もと」
「そ、それは助かります……!い、今物資を管理しているのは、“セイバードッグ”から派遣された者達でして……」
セイバードッグ、ドラゴンナイツが無くなった今、この街で2番目のギルドから脱却できずに何かとガーディアンと対立気味のギルドだ。
彼らが荒くれものだとは思わないし、こちらとしても積極的に彼らと対立するつもりは無い。ワット氏は当然ギルド同士の関係も把握しているだろうし、ガーディアンとセイバードッグがこの場で衝突するかもしれないと危惧するのも頷ける。
しかし、ガーディアンの憲兵隊は喧嘩をしにここに来た訳では無い、命令通り建物内の治安維持と、こちらの支援物資の警備の仕事をしに来ただけだ。
「支援物資をそちらにまとめる事は可能ですか?」
「あ、は、ハイ、物理的には、可能でしょうが……」
置くスペースがあるという事と、俺達がそのスペースを使えるかはまた別の話、か……
「案内してもらえますか、エミル、ここは任せる、カーター、フランクリン、行くぞ」
「了解」
屋上から施設内に入る、組合長室は3階の北側にあったが、そのドアの前にはセイバードッグの団員とみられる青年が3人程、警備の為か立っていた。
「止まれ、誰だ、あんたら」
「ガーディアン憲兵隊、ラスティ大尉。この部屋が物資保管場所になっていると聞いた、我々も物資を持ってきたが、入れてもらう事は可能か」
青年たちは互いに顔を見合わせる。
「ガーディアンって?」
「ほら、団長が言ってた……」
「あぁ、あのガーディアンか」
あまり好戦的ではない様だが、腰に下げているのはサーベルや短剣など、入り組んだ狭い場所での戦闘に適した武器だ、警備の装備としては最適で、どれも手入れが行き届いている。
「ここの支援物資を警備している、他のギルドは良いが、あんた達が出張って来るから警戒しろって団長に言われててね」
「ちょっと待て」
サーベルのグリップを握る青年の対応に、こちらもベネリM4の銃口を反射的に向けた。
カーターはプレートキャリア正面のホルスターからX26テーザ―ガンを抜き、フランクリンはM4ライフルのセーフティを解除して銃口を向けている。
こちらが引き金を引けば撃った弾はほぼタイムラグ無く命中し、彼らは踏み込んでくれば、こちらに刃が届く距離だ。
「こちらはこの場で戦闘をする意思はない、武器から手を離せ」
「こちらも同じだ、だが団長から命令されている以上、警戒しなければならないんだ」
いくら対立しているからと言って、下手にそれを煽って今ここで流血沙汰になるのは本意ではない、それは向こうも同じようだ。
「君達が強いのは分かってる、戦って勝てない事が分からない程愚かじゃない。けど仕事をしているように見せないと、団長から何を言われるか分かったものじゃない。俺達が死なない為に、武器を下ろしてくれないか」
ゆっくりと、本当にいつでも反撃出来る姿勢に戻れるように、ショットガンの銃口を下ろすと、その動きを見ながら、それに合わせる様にサーベルのグリップから3人は手を離した。
「……すまなかったな、こうするしか無くて。武器を下ろしてくれた事、感謝する」
「いや、事情は分かった。こちらこそ済まない」
「廊下の西の方にスペースがある、そこなら集積場所に使えると思う」
セイバードッグの団員が指差す方を見ると、建物の角、廊下の一角にベンチやテーブルの置かれているスペースがあった、大きな窓で外が見渡せるようになっているが、今は窓を叩く雨と街を沈めてしまった濁流しか見ることが出来ない。
ここを借りるか……部屋じゃない分、警備に人を割かないといけない。
ワット氏にここを貸してもらい、下ろした荷物はここへ積み上げる。チヌークは支援物資を全て下ろすとすぐに帰投していて、あのうるさいメインローターの音は既に無くなっていた。
支援物資は毛布、水、食料がメインだが、どれがどれだけ必要でどれが余りどれが足りないかも分からない。
「避難民の把握が必要だな……小隊集合!」
ここに派遣された憲兵は1個小隊32人、人数が限られている以上、分担が必要だ。
「小隊本部と第3分隊はここに残り物資の警備に当たる!第1、第2分隊は2階にいる避難民の状態把握、治安維持へ向かえ!」
「了解!」
第1分隊長エミル、第2分隊長カーターはそれぞれ自分の分隊を引き連れて、階下へ降りていく。
さて、何もなければ一番いいのだが……
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階下、と言っても2階だが、2階は元々ギルドの登録票などの保管、運用がメインの場所で、ここでは主にギルドや傭兵、冒険者の登録を行うフロアになっている事から、それなりに広い待合スペースを設けている。
そして現在、この待合スペースが避難して来た人達で溢れていた。近所から逃げて来た家族や、元々ここに居た傭兵、冒険者、パーティなどもいる。
「うひゃぁ……密集してるな……」
「某ウィルス感染症のパンデミックの時だったら集団感染が発生しそうですねぇ」
副官が冗談交じりにそんな事を言う、ここが地球じゃなく、そんな病気が無くて良かったと思う……異世界の病気の可能性は拭えないが。
街の中にこの建物があるのは避難所としてありがたいのだが、今回は特に水害だ、先程1階へ続く階段を見て来たが、濁流が下の踊り場まで押し寄せており、2、3体の水死体が浮いていた。何やら魔術道具的な物を持っていたし、恐らく初期にここへの浸水を食い止めようとした魔術師だろう。後で回収して弔ってやらねばならない。
「何か必要な物はありますか?」
第1分隊の女性隊員、レイネが子供や老人、怪我人を中心に声を掛ける。
「こ、子供だけでも……どうか……!」
子連れ夫婦だ、びしょ濡れな所を見るに恐らくこの雨の中か、浸水が始まってから避難して来たのだろう。子供は小さな女の子で、縮こまって震えている。この季節で雨だ、寒いに決まっている。
「お父さんとお母さんの分も毛布を用意します、少し待っててくださいね」
一通りリストアップした、分隊は交互に物資の集積場所に戻り、毛布や飲み水、怪我人にはポーションを持って行く。
毛布も食料も飲み水も十分にある、全員に配って丁度なくらいだ。
「毛布、持ってきたので使ってください。先にこれで身体を拭いて下さい」
「ありがとうございます……!」
両親と女の子の分と、バスタオルを渡す。
レイネはしゃがんで女の子と視線を合わせて毛布を手渡す、不安を与えない様にニコリと笑った。優しく濡れた身体を拭きながら頭を撫でた。
「寒い中、よく頑張ったね、偉い偉い」
女の子は震えながら毛布を受け取り、蒼褪めた唇を開いた。
「あ、あり、が、と……おね、ちゃ……」
小さな子は寒さで震える声でそう言い、それを見てまたレイネは微笑む。
「そうだ、これ、良かったら食べて?」
そう言ってポケットから取り出したのは、戦闘食の1つに加えられているチョコバーだ。戦闘食はどうしても味が濃くなりがちだが、こう言ったお菓子が兵士の支えになっているのだ。今回の事態で避難所の中で娯楽の少ない避難民にと、それを戦闘食と合わせて結構な数持って来てある。
袋を剥いて渡すと、女の子はそれを掴んでパクリと一口食べた。さっきまで苦痛の感情が占めていた表情を、何割かが喜びで塗り替えた。
「おいしい……!」
「良かった、まだあるから、食べたくなったら私達に言ってね?」
お父さんとお母さんも、そう言ってチョコバーをポケットから出すと両親に手渡す。恐縮する程礼を言われたが、それに水を差す声が横から割り込んだ。
「君らはー、我々に支援物資を分けずにー子供を優先するつもりかね」
レイネに声を掛けたのは中年の細見の男だ、剣を携えていることから傭兵である事が伺える。
「君らが来るまでここは我々が取り仕切っていたんだが、セイバードッグの連中もそうだったが、君らは我々の便宜を図るべきではないのかね?」
「これが欲しいんですか?我々の物資保管場所は上階にありますので、必要な物品と個数を申し出て頂ければ渡すことが出来ます」
「そんな事しなくても、君達は我々に物資を分け与えるか、管轄を我々に移譲るべきだと思うが?」
後ろには数人、この傭兵の仲間であろう傭兵が居る。こういった略奪まがいの事をする傭兵もまだいたのか……と呆れる。放っておけばよかったのだが、女の子のチョコバーにその傭兵が手を伸ばした瞬間、そういう訳にも行かなくなった。
「これはこの子の物です、先程も申し上げましたが、欲しければ正式に我々に要求しては?」
女の子のチョコバーを奪おうとした傭兵の手を掴む、実力行使に出るならこちらもそうするしかない。
「子供に差し出すくらいなら、我々にと言っている。その食べ物をこっちに寄越すんだ」
「配給の要請では無くこの様に実力で奪おうとするなら、仕方ありません、私達の仕事はこの場の治安維持もあります」
レイネはそれだけ言い残すと、左手で傭兵の腕を捻って関節を極める、うぐ、と唸る傭兵が痛みを避けようと腕を掴まれたまま背中を見せると、膝の裏を蹴って屈ませ、起き上がれない様に背中に膝を乗せる。
「あぐッ!?」
「き、貴様ッ!ボスに何を……!」
もう1人が剣を抜いた、という事は、こちらも対応しても良い、という事だ。
空いている右手でプレートキャリア正面のホルスターからM26テーザーガンを抜き、剣を抜いた傭兵に向け引き金を引いた。
「ぐああぁぁぁあぁ!!」
パパパパパパッ、とスタンガンの様な軽い音、ケーブルに繋がった2つの電極が鎧で防護されていない場所に突き刺さり、5秒間高電圧を流し続ける。5秒と言うと短い様に思えるが、その5秒でも今剣を抜いた屈強な男を制圧するには十分すぎる時間だった。
「く、そぉ……!死ね__ガッ!?」
両手がボスとテーザーで塞がっているレイネに襲いかかろうとしたもう1人は、横からの数回の銃声に倒される。銃声が鳴った瞬間群衆から悲鳴が上がったが、その悲鳴に傭兵が倒れる音は掻き消された。
「治安維持を命じられてるって言ったろうが」
エミルがベネリM4からビーンバック弾を発射して制圧したのだった、鉛の粒が入ったお手玉の様なこの弾は飛翔中に広がって、相手に殴られたような衝撃を与える。
射程距離は6m程だが、この場では十分だった。
「実弾じゃなくて良かったな」
「分隊長、逮捕した3人はどうしますか」
「とりあえず、大尉の指示を仰ごう」
ラスティ大尉の元へ連行すると、その3人はセイバードッグの警備担当に引き渡させることになった。ワット氏は胃が痛そうな仕草をしていたが……
騒ぎはその場の全員が見ており、同じような目に合うと悟ったその場の傭兵たちは同じような事をしようとはせず、むしろ治安維持に協力的な姿勢を見せた。
雨が止み、増水が収まり始めたのはそれから2時間後だった。
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翌日
日が昇ってすぐ、ヘリでの捜索活動が再開された。既に雨が上がった空は少し灰色の雲がかかってはいるものの、風は止み穏やかな天候を取り戻しつつある。
捜索活動はヘリだけでは無く、増水と市街地の水の流れが収まった為、ボートでの捜索も開始された。MP5A5で武装した第2、第3小隊がボートでの住民の回収を行っている、武装は火事場泥棒や強盗から身を守る為の措置としてだ。
ボートでの捜索活動も加わり、回収出来る住民の数は格段に増えた。避難所では連絡が取れなかった家族や友人との再会を喜ぶ声がちらほらと聞こえ始めている。
午後からはギルド組合に孤立した住民やギルドの回収も開始され、同時に手が空いた機甲科、砲兵科は、工兵科の支援を受けて街からの排水が開始された。
ポンプを使い、浸水地区に伸ばしたパイプからラスカ河へと排水、街から水を抜いていくが、浸水した地区はかなり広範囲に渡る。少なくとも完全に排水が完了するまで1週間はかかると予測されている。
また、橋が流されて孤立していた風俗街地区への物資支援も始まった。工兵隊の手が不足している為、最初はヘリでの物資輸送になるが、状況が落ち着き次第、工兵隊によって架橋が開始される手筈になっている
「本当に感謝している、ヒロト殿」
「此度はこの様な未曾有の災害に見舞われました事、被災された方々にお見舞い申し上げると共に、亡くなった方のご冥福をお祈りいたします」
俺は伯爵の屋敷に来ている、最近足を運ぶことが多くなったが、この様な形でこんなに速く来る事になるとは思ってもいなかった。
「ありがとう……彼らの魂の眠りが、安らかな物であらんことを……。しかし、本当にひどい被害だ。復興にどれだけかかる事か……」
結局、現時点では死者13名行方不明者25名と言う報告が上がって来てはいるが、恐らく捜索を続ければこれからもっと増えるはずだ。災害と言うのはこうも無慈悲に、無機質に人の命を易々と奪っていく。
「我々も団を上げて復興を手伝わせて頂きます、復興も都市計画も」
「都市計画か……」
レムラス伯爵は遠い目をしながら窓の外を眺める、丘の上に建つ伯爵の屋敷の窓からは、今が茶色く濁った水に沈む街が見えた。
「振出しに戻るどころか、更に低い所からの始まりになってしまうな」
家を失った人、店を失った人、商材を失った人、技術を失った人、設備を失った人。人々の生活基盤は覆され、日常に戻るまでスタートは切れない。
感傷的になってしまうのも仕方ないが、現実を見なければ何も始められない。むしろこの水害で、この街は異世界で最も水害に強い街になるチャンスを得た、治水も本格的に始められる。都市計画も、更に良い物に出来る可能性がある。
頭の中で想像は膨らむが、それは伯爵との相談次第だ。
俺達は、希望を持って未来へ向かって歩き続けなければならないのだから。