第184話 濁流来襲
戦闘じゃないのに緊迫した雰囲気を出すの、非常に難しい……
地下にある中央作戦センター、ここには空軍、陸軍、ありとあらゆるガーディアンの情報が集約される。
航空機、地上部隊、レーダーサイトの情報等、戦術戦略双方の情報がここに来て、ここから発信される重要な場所だ。
全館放送で緊急待機命令を出すエリスの声を聞きながら、COCのドアを開けた。
「今上空に偵察機はいるか、1機でもいい」
扉を開けるなり大きめの声が出てしまった俺に、中にいるオペレータ全員が振り返る。部屋の中は相変わらずで、正面のスクリーンにはこの町の地図が大きく映し出され、レーダー情報が重ねられている。
「今出します、お待ちを……ヴァルチャー1-3が、バイエライドより帰投中です、到着は5分後」
「燃料に余裕は」
「1時間程」
「ラスカ河の様子を見に行かせて欲しい、偵察高度は雲の下、時間はヘリが現着するまでの間だ、映像は基地気象隊と空軍のSOWTに繋げて、河の詳しい状態を報告させてくれ」
俺の要請にセンター内のオペレータ全員がハッと息を飲むのを感じた。
俺が危惧しているのは、この長雨によるラスカ河の氾濫だ。
俺が元居た地球では、特に日本では水害が毎年のように発生していて、多くの人々の命と財産を奪ってきた。
そしてこの世界では、治水があまり進んでいない、あまり水害が起きないのだろうが、今回の長い大雨で起こらないとも限らない。
ガーディアンで初めて、災害出動になるかもしれない。
災害出動となれば、準備する事は色々あるだろう、今まで敵の命を奪う事に偏ってきた組織だ、災害用の装備と言うのはガーディアンには乏しかった。
だが、上手くすれば俺達が自衛の為に蓄えた力を、少しだけ街の人達に分け与えて、人々の命を救う事が出来るかもしれない。
「ヘリ部隊に連絡を、ポーラスター隊は離陸準備が出来次第即時離陸、河の監視をリーパーから引き継いで欲しい。攻撃ヘリ部隊も離陸準備を頼む、ブラックホークとチヌーク全機に救難用ホイストを装備させてくれ、陸路が使えないと空からの救出がメインになる」
最優先すべきなのは街の人々の命を守る事だ。幸いにも、ガーディアンの本部基地はベルム街の南の丘の上に建っている、ここまで水が挙がって来る事は無い。
避難所は本部基地と空軍基地までの間に設定すればよいだろう、後必要なのは救難装備の手配と召喚だ。
幸いにもガーディアンは特殊な軽歩兵の部隊から始まっており、それを支援する為にヘリコプターは充実していた。まずは観測ヘリ部隊は弾着観測の為に高度なセンサーやカメラを装備している、これで川の様子を見に行って貰おうという事だ。ガーディアンではOH-1ニンジャ観測ヘリ4機を保有している。
観測ヘリと同様、高度なセンサーを持つ攻撃ヘリも、要救助者の捜索に使える。AH-64Eアパッチにも、今回は出てもらう。
ブラックホークも出動だ、5機のMH-60Mと4機のUH-60M、彼らは救出の主力になってもらう、氾濫した際、頼みの綱は彼らだ。
チヌークは孤立した場所からの救出を考えている、空軍のオスプレイも同様だ。
陸空軍のヘリは総力を挙げて出動する事になるだろう。
今からだと西部方面隊の増援は望めない、西部方面隊はただでさえヘリの数に余裕がないのだ、それを割いてまでこちらに寄越せ、と言うのは無理がある話だ。
待機に入った隊員達がヘリの格納庫に走る、牽引車でヘリを格納庫から引き出し、フライトジャケットに身を包んだパイロットがヘルメットを被ってOH-1のコックピットに座る。
「MQ-9、現着」
「光学映像来ました」
空軍担当のオペレータが、現場空域が到着した事を伝える。
「メインモニターに出してくれ、気象隊とSOWTにも送って」
「了解」
メインモニターには分厚い雲がかかっている、一面の曇り空で、時折ほんの一瞬、街の景色が見えるだけだ。
「……どうにか見られないか」
「ヴァルチャー1-3、雲の下へ」
『了解、高度を下げる』
空軍基地の中のMQ-9のパイロットとも通信が繋がっている様で、パイロットの通信が聞こえてくる。
10秒ほど後、やっと雲が晴れて来た。さっきチラリと見えた住宅の屋根が大きく映っていることから、高度をかなり下げたのが伺える。
「なるほどな」
河の水は黒く、濁流となって下流へと勢いよく流れていく。河と繋がる街の運河の入り口となる船着き場は、鎖で繋がれた船が波に流され、飲まれながら暴れていた。
「まるで水龍だ……」
呟いたのは、いつの間にか来ていたエリスだった。
「部隊の配置は」
「各歩兵部隊は待機に入った、他の部隊も待機中で即応出来る」
「よし……HMMWVに大音量スピーカーを積ませてくれ、避難を呼びかける。スーパー63にもだ、機内から街全体に避難を呼びかけて欲しい」
「分かった」
足はヘリの方が早いだろう、音響機材を搭載するのも、いつも作戦で指揮統制ヘリ、C2として飛行しているスーパー63なら他のヘリよりもやりやすい筈だ。
まずは町の住人に避難を呼びかける、避難と言ってもこちらに来させるよりも、建物の上階へ避難させる、いわゆる“垂直避難”や、同じく地形的に水が上がって来にくい伯爵屋敷への避難がまずは現実的だろう。
「ポーラスター各機、離陸準備完了、離陸します」
「了解した、河の水位と堤防の状態に最大限注意を払う様伝えてくれ」
「了解、OH-1、全機離陸」
「続いてスーパー63、機材搭載完了、離陸準備に入ります」
飛行隊の準備が次々整っていく、戦闘ではない、しかし緊迫した空気が作戦センターに漂う。
俺も自分のやることを果たさなければ、作戦センターから出て地上へ、車両格納庫ではHMMWVに大出力スピーカーを搭載し、機器のチェックを行っているところだった。
元々は敵に投降を呼びかける為の装備だったが、初めてこの装備が役に立つ時が今来ようとはな……
「ウォーレン!」
格納庫で作業をする隊員達に声を掛けると、名前を呼んだ隊員が返事をしてこちらに来る。
ウォーレン・ノールズ大尉、偵察小隊隊長。元々LAV-25小隊の車長だったが、部隊再編に伴い偵察部隊に改組し、その隊長となった人物だ。
「出られるまであとどのくらいだ」
「5分もあれば我々は出られます」
「準備を進めてくれ、俺も出る」
「ヒロト!」
ただ作戦センターで眺めているよりもずっといい、そう思ったが、エリスに制止される。
「お前の命令で全部の部隊が動く!お前が指示を出さないで誰が出すんだ?」
「ナツや孝道もいる、指揮はアイツらの方が得意だ」
「馬鹿者!お前は団長だ!何でも自分でやろうとするな!」
エリスの言葉に、頬を打たれた様な感覚が走る。
「偶には仲間を信じて、任せてやれ、彼等はその為に居る」
彼らを信用しての言葉か、俺の身を案じての言葉か、両方なのかもしれない。戦闘とは違う緊張感で、死ぬかも知れない場所に仲間を送り出すのはキツい、だがそれも団長の役目だろう。俺も決断する立場の人間、それを受け入れる時が来たのだ。
知らなかったわけではないが、忘れていたのかもしれない。
「大丈夫です、団長。俺達にお任せ下さい、全員無事に戻ってきますから」
ウォーレン大尉の言葉を噛み締める。本当は俺も飛び出して行きたい。苦渋の決断、と言うのは、本当にこの事を言うのだろう。
「…………分かった、偵察小隊から選抜して6名、避難勧告にベルム街へ向かえ!ウォーレン大尉はレムラス伯爵の屋敷へ、避難場所として住民の受け入れ準備の承諾を取り付けて欲しい、伯爵なら了承してくれる!」
「了解!ニコル!避難勧告は頼んだ!エグ、デューク、一緒に来い!」
俺の命令で、偵察部隊が一斉に動き出す。
俺が手を離しても、俺を信じて仕事をしてくれる仲間がこんなにいるなら、俺も彼らに背中を安心して預けられる。
「……ありがとう、エリス」
「リーダー歴なら、お前より私の方が長いからな。それにお前、作戦参加資格剥奪中だってこと忘れてるだろう」
「それもそうだな……すまん、助かった」
「当たり前だ、お前を助けるのが私の役目だからな」
さて、もう一仕事、本部基地と空軍基地の中間あたりに避難所を設けなければならない。
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体育館のような避難所を召喚して設置し、後方支援隊に避難民の受け入れ準備を整える様に指示。必要な物資を召喚して作戦センターに戻ると、ナツと孝道が既に居た。
「状況は聞いたぞ、洪水になったら街に被害が出るな……」
「今避難を呼びかける為に偵察部隊を街に送った、詳細な情報はまた彼らにも収集させる」
偵察部隊の働きに期待する、俺の立場は必要な局面に出ていく事であり、それは今ではない事は明らかになった。
「レイザー隊、暖機開始」
基地の駐機場ではUH-60M汎用ヘリがエンジンを回して待機中、コールサインは“レイザー”。
「スーパー隊、離陸準備開始」
特殊作戦用のMH-60Mも発進準備が整った様だ、コールサインはお馴染み“スーパー”。
氾濫した際の空中からの救助に最初から全部隊を投入したら、恐らく管制が追いつかず、空中接触等の二次被害が懸念される。ローテーションで救助に向かわせるように指示した。
「スター全機、離陸準備完了」
MH-6Mリトルバードを保有するスター隊、数は今までより増えて6機のMH-6M全機の離陸準備が整った様だ。流石リトルバード、素早い対応だ。
「ポーラスター隊、現着。映像来ます」
「モニターに、MQ-9から偵察を引き継がせろ」
MQ-9リーパーからOH-1ニンジャに偵察を引き継がせる、4機のヘリが送って来る映像がそれぞれ映し出される。
河の様子は先程から変わらず、と言うか、悪化しているようにも見える。
「孤立した集落を探して欲しい、上流の様子と、堤防の様子も気になる、手分けして情報を送ってくれ」
「了解、ポーラスター2、堤防の様子を監視せよ」
「ポーラスター3、上流に偵察に向かえ」
「ポーラスター4、周辺の集落を偵察せよ」
口腔担当のオペレータが次々と指示を出す中、俺は孝道たちに振り向く。
「会議室01が空いてる、臨時災害対策本部を設けて、気象情報と救援の情報を集約させよう」
「分かった」
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臨時災害対策本部は管理棟2階の会議室01に設けられた、気象隊と偵察隊、航空隊の収取した情報が作戦センターでは無くこちらに集まって来る。
「今後6時間の天気の動きです、上空に寒気が流れ込んできている為、大気の状態が不安定です。発達した雨雲は前線で停滞していますから、この雨はしばらく続くでしょう」
基地気象隊の予報官の報告に一同が閉口する、この雨が止んで天候が回復しない事には、事態は一向に良くならない。
「北からの強い寒気の影響です、天候が崩れやすい条件が揃っています」
「……分かった、ありがとう。偵察隊からは何かあるか」
「はい、避難を呼び掛けてはいますが、あまり進んではいません。レムラス伯爵の屋敷を避難所として提供する件に関しては既に取り付けました」
偵察隊のマイキー・ロッジ准尉がそう報告する、街で避難を呼びかけているのも彼らだ、氾濫したら彼らも危険だ、任務とは言え心配になるが、信じて任せるしかない。
「助かる……輸送隊に伯爵の屋敷へ救援物資を送るように命令を」
「了解」
偵察に出したヘリからの情報によれば、上流域では未だに雨が降っており、小規模だが複数の崖崩れを確認したという。
孤立している集落は周囲には無く、付近に人影は見当たらないらしいが、ラスカ河の北岸、風俗街などがある方面は橋が目に見えて歪んでおり、孤立の危険がある様だ。
またラスカ河の曲がった辺りは、ここ数日の大雨の影響で堤防が侵食されており、決壊の危険があるとの事だ。
街の中に入り込む貧弱な運河でも、道と同じ高さまで水嵩が上がっていると偵察隊から報告が入る。
「マズいな……」
自然と言うのはいつも理不尽に人の命を奪っていく、俺が転生する前の現代日本もそうだったが、こちらの世界ではそれが更に顕著だ。
異世界は自然災害が少ないのか。ラスカ河の歪んだ橋を渡ろうとしている人がいるくらいだ、防災意識があまり高くない事が偵察隊の情報からもよく分かる。
『こちらはガーディアンです!ラスカ河氾濫の危険があります!運河や河など、水辺から離れ、建物の高い所や高台に避難してください!』
『建物の2階かそれ以上の上階へ避難をしてください!』
『建物の地下には入らないで!上階か、可能なら屋根の上へ避難をお願いします!』
『レムラス伯爵の屋敷、ガーディアン本部基地が避難所になっています!避難可能な方はそちらへ!』
偵察隊の無線に時折混ざる、避難を呼びかける声。避難にあまり時間の余裕はない、出来る限り手ぶらで避難して貰いたいが……
そんな時だった。
『こちらポーラスター3、上流に鉄砲水確認!』
「マジか……!?」
鉄砲水、豪雨災害時に見られる急激な出水である。
ポーラスター3の中継映像では、ラスカ河の流れを上から覆うように大きな濁流が大量の流木や土砂を巻き込んで流れてきている。
「偵察隊に撤収命令を!住民に避難を呼び掛けつつ、堤防の決壊に備えろ!」
「了解!偵察隊、鉄砲水現出!堤防の決壊の恐れあり!避難を呼び掛けつつ、全力即時退避!」
『了解!』
「ポーラスター3、鉄砲水が到達するまでの予想時間は!?」
『概ね10分!』
10分、更なる避難には到底間に合わない。
「マイキー、戻って来る偵察隊に垂直避難の呼び掛けをさせてくれ。場合によっては住人を拾って避難所まで届ける事も許可すると」
「了解」
録画の映像を見ていた気象隊の見解では、恐らく上流の支流で起こっていた土砂崩れによってせき止められていた天然ダムが、一気に決壊してラスカ河に流れ込んだ結果だろうと結論が出た。
「流木が多いです、ラスカ河に架かる橋も、崩壊の危険があります」
濁流に含まれる流木が橋脚に当たれば、その衝撃で弱くなった橋脚ならば倒れ、橋が落ちる危険がある。そうすればベルム街の北の街は陸路での輸送路を失い孤立してしまうだろう。
ベルム街に面したラスカ河の堤防は、現代基準からすれば貧弱と言わざるを得ない。今から俺が現場に行き、堤防を召喚する事は出来ない、小規模の掩体ならまだしも、地形を変えるレベルの施設召喚は事前に入念な調査と調整が必要だ。
俺は言葉を失った。
堤防の決壊と、市街地への浸水は免れない。
人間は有史以来、災害とずっと戦って来た。だが天気と言うのは文字通り“天の気分”だ、人間の行動では、雨を降り止ませる事は出来ない。
俺の知っている詩の中に、こんな詩がある。
“人間はいかに文明を進化させても、台風を止める事が出来た試しは1度もない、これまでも、これからも”
自然に対する人間の無力さを、今俺は噛み締めている。
「……クソッ」
地球、現代日本では携帯電話の普及率や、ラジオの発達により、災害情報をより早く一般市民に届ける事が出来ていた。しかし、ここは異世界。そんな便利な物があるはずもなく、こちらから避難を呼びかけようにもその手段が限られる、と言う事態に陥っていた。
「……仕方ない、航空隊全機出動、住人を可能な限り拾え!」
「スター隊各機、離陸を許可する、住人を拾え」
オペレータが航空隊にそう伝えると、外から軽いメインローターの音がする、リトルバードはブラックホークやチヌーク、オスプレイよりも小型で軽量だ。適当な空き地や広めの道なら着陸して直接住人を拾う事が出来るだろう。
拾える人数は少ないだろうが、それでも行けないよりははるかにマシだ。
鉄砲水が来るまであと10分以内、氾濫までのタイムリミットがほぼ同等と考えると時間が無さすぎる。
刻一刻と時間だけが過ぎていく、航空隊からの報告を待つしかないと言うのは、何とももどかしい。
「レイザー、離陸します」
「分かった、こうなってしまっては仕方ない、空中からの救助を始めろ!優先はまだ路上にいる民間人達だ、ヘリ同士の空中接触に注意しつつ、なるべく急がせろ」
屋上や上階に居る人たちはまだ余裕がある、建物自体の強度は確かに心配だが、何をしても最優先救助対象なのはまだ路上にいる人達だ。
頼む頼む……!1人でも多くの人を……!
祈りながらも、時間は平等で、残酷だと言う事を思い知らされる。
『こちらポーラスター2、鉄砲水確認、到達まで3分』
『ポーラスター1、同じく鉄砲水確認』
街の上空に居るOH-1の内2機がラスカ河に押し寄せる鉄砲水を確認した、祈る事しか出来ないまま、タイムリミットを迎えようとしている。
「ポーラスター1、街中の要救助者の捜索に移行してくれ、救出のヘリ部隊が出ている、彼等に救助を待つ人達の正確な位置を伝えて欲しい」
『了解』
鳩尾の辺りがスッと冷えるような感覚、これから沢山の人命が失われていくのを、ただ見ている事しか出来ない無力さに、思わず拳を強く握りしめる。
これはあれだ、ノエルを__初めて仲間を喪った時にも、こんな感じがした気がする。
流木を含んだ黒い水は速度を落とす事無く、ラスカ河の曲がった外側へと突っ込む。
災害の少なかった異世界人が作った貧弱な堤防など、濁流はそれを嘲笑うかの様に軽々と乗り越える。
14時37分、ラスカ河堤防決壊。ベルム街南市街地への浸水が始まった。
「全部隊へ、市街地への浸水開始、退避を優先せよ……災害出動の用意、出来ているな?」
「はい」
「全隊災害出動、災害情報は全て、災害対策本部に集めろ」
文章が変になっているかもしれません、読みづらかったら申し訳ありません。
ミリヲタ1~5話、修正作業中の為、更新遅れます。