第181話 シナリオなき訓練
実戦は消耗であり、兵は訓練によって育つ。
もちろん実戦で学べるものは多い、実際に命を舞台に乗せた戦闘で気付く点も多々あるだろう。実戦経験からフィードバックされた技術もかなりの数が存在するのは確かだ。
しかし実戦と言うのは基本的に消耗だ、弾薬も水も体力も、時には命すら消耗する。
例えば、多くの場合空挺師団は精鋭である。米軍第82空挺師団に第101空挺師団、ロシア軍空挺軍、自衛隊の第1空挺団、イギリス陸軍落下傘連隊、フランス陸軍第11落下傘旅団に第2外人落下傘連隊、ドイツ軍降下猟兵等、空挺部隊と言うのはどの国でも基本的には精鋭とされる。
しかし、その空挺部隊を引っ切り無しに戦闘が繰り広げられる地域に展開させ、パトロールや掃討作戦と言う立派な“実任務”に就かせたとしよう、彼らはどうなるか。
作戦続き、任務続き、戦闘続きで訓練時間は減り、実戦からフィードバックされた訓練を行う時間も無くなり、本来の任務であるパラシュート降下の作戦遂行すらままならなくなるほど練度は低下する。
しかし戦闘は続くので隊員の体力は消耗し、弾薬は消耗し、水や食料も消耗し、疲労から注意力の低下した隊員の命も消耗していくという負のスパイラルに突入する。
先述した通り実戦から学べるものは多くある、しかし、実際に兵士を育てるのは実戦では無く、訓練なのだ。
夜の暗闇の中を、羽音を残して飛んでいく2機のブラックホーク。暗視装置の白黒の視界の中で、足元を森の木々が通り過ぎていく。左手はエリスと繋がったまま、救出対象である要人が確保されている地点にゆっくりと近づいていくのだけは分かっている。
訓練と言っても、俺達は部隊の大まかな配置しか分からず、相手がどのように反撃してくるかも分からない。脱出した後敵がどのように追撃してくるのかも不明だ。
逆に今から向かう先の防衛側の部隊は、“警備”とした上で、襲撃者の存在や襲撃情報等も一切伝えられていない。
この様に訓練でありながら限りなくリアルな戦場を再現した“シナリオの無い訓練”を繰り返し行い、実戦で出る弱点を洗い出し、消耗を避ける為のシミュレーションが続けられていた。
この訓練の内容は本部部隊と仮想敵部隊の運用訓練幹部しか知らず、俺もシナリオまでは知らない。
言ってみれば今の俺は団長では無く、運用訓練幹部達が行う机上戦闘シミュレータのピース、将棋の駒に過ぎないのだ。
『降下2分間!』
「了解、2分前だ!」
キャビンに向けて声を掛ける、ヘリの進行方向を見ても森と時折切れ目の様に見える原っぱしか見えないが、そんなところへ強襲する作戦ではない。
降下に備えて装備を点検する、分厚い牛革のグローブに暗視装置の視野、ハンドガン
とライフルへの初弾装填が暗闇とヘリの騒音の中で滞りなく行われる。
『降下30秒前!』
降下地点が見えて来た、森の中にぽっかりと木の生えていない原っぱがある。どうやら俺達がヘリから降ろされるのは、あの森の切れ目らしい。
『スーパー61、目的地上空!赤外線スイープ始め!ファストロープに備え、見張りを厳にせよ!』
『デュラハン1-1、降下スタンバイ!』
俺はキャビンのドア付近に腰掛けていて、暗視装置を着けているから見えるが、左舷のガナードアに設置されたM134Dミニガンの上部レールに取り付けてあるレーザーデバイスから、不可視の赤外線レーザーが着陸地点を攻撃可能な茂みや岩陰に真っ直ぐ伸びる。
同時にMH-60Mに搭載されている赤外線前方監視装置で降下地点を索敵、発見すればミニガンの射撃が飛ぶが、敵は見当たらなかったらしい。
『ロープ投下!』
ウォルコットの合図と共に俺と反対側のキャビンに座るグライムズがファストロープ用の太いロープを地上に向けて投げ落とす。
『降下始め!』
「降下!」
ヘリの羽音の中、分厚いグローブ越しの両手でロープを掴む。
キャビンから飛び出してロープに足を絡めてブレーキにし、ぶら下がるようにしてヘリから降下する。
間髪入れずに降下、ロープに隊員が鈴なりになって地面に散開、遮蔽物が少ない為その場に伏せたり、膝撃の姿勢で警戒する。
『スーパー61、分隊降下』
『62、分隊降下、離脱する』
2機のヘリから16人が降下、ヘリは目立たない様に山の陰に隠れて離脱する。
「……全隊、通信チェック」
「チェック」
「チェック」
無線の確認、山岳地帯では無線が通じにくくなる。長距離の行軍となると、隊の連携の重要度は更に増してくる。
「デュラハン1-1よりデュラハンヘッド、感明送れ」
『こちらデュラハンヘッド、感明よし』
本部からの通信も届く、衛星通信のお陰だが、山の中に入ってしまえば分からない。
「ヘッド了解、全隊着陸、スーパー61、62は帰投した。目標周辺に動きはあるか?」
『1-1、目標地点の人の出入りが未だ激しい、部隊の動きが鈍くなる3時から4時までに救出を敢行せよ。空軍機はそれまで待機する』
「了解。……あと6時間か……」
「目標地点まで11㎞……ペースを速めないといけませんね」
デュラハン1-2、ガレントは自分のライフル、AAC MPWを携えてそう言う。
MPWはMCXとハニーバジャーで争ったコンペに負けたAACが、ハニーバジャーの後釜として作ったARクローンのライフルで、もちろん.300BLKを使う。
第2分隊はこのAAC MPWを.300BLKのライフルとして統一装備している。
「あぁ……行くか」
ハンドサインで皆を促し、白管の入っている暗視装置の視界の中歩き始める。
救出を考えると、目標到着までのタイムリミットは5時間だ。
さくりと言う葉を踏み分ける音、パキリという枝を踏み折る音、みしりと土を踏みしめる音。
ヘルメットに取り付けたPELTOR COMTAC3ヘッドセットがマイクで拾って増幅させた、様々な環境音が耳に入る。足音や布擦れの音までよく聞こえるから、ハンドサイン以外でも連携が取りやすい。
時刻は午前2時30分。5分の休憩を2度、20分の休憩を1度入れて、目的地まで残り1㎞の地点で周辺を警戒しつつ最後の休憩を取っていた。
正面から撃ち合う可能性が高い上に、追撃を受けるからプレートキャリアを選択したが、いくら軽量なドラゴン・プレートを軽量で有名なJPCに装備しているからとは言え、ポーチに弾薬と無線機にフラッシュバン、それに作戦に必要な物資がみっちり詰まったバックパックを背負うとそこそこの重量がある。訓練を繰り返してその重さにも慣れたのだが、それなりに体力を奪われる、せめてチェストリグにして来ればよかったと今更ながら思う。
「敵の斥候が活動し始めるな……」
「ブービートラップも多くなってくると思います、狙撃分隊からの監視情報が頼りか……」
狙撃分隊はスーパー61から別地点へ降下、徒歩で別に設定した監視地点に向かっているが、何事も無ければそろそろ到着の連絡が入るだろう。
「そうだな……一度に移動して見つかりやすくなるのは避けたい。俺達は西から南に回り込む、1-2は東からだ。侵入路が確保出来たら一旦待機、狙撃分隊が空軍機を誘導してくれるのを待つ。恐らく部隊は2つに分かれるだろうから、第2小隊に増援が向かったら侵入、侵入したら隊を2分して要人の捜索に移る」
「了解……爆撃の誘導は」
「第2狙撃分隊がやってくれる、空軍機がどれだけ爆撃で戦力を削げるかによるな……」
爆装した空軍機はあと35分で到着する、侵入地点の確保はそれまでに完了しておかなければならない。
「合図は“グリッキン”だ、行くぞ」
「了解、幸運を」
「そっちもな」
隊員同士が分隊毎に分かれて再び歩き始める、ここからはいつもの分隊、親の顔より見た隊員達との行動だ。
木々のざわめきが不気味なくらいの時間、風の音に紛れて森の中を歩き続ける。
「気を付けろよ、相手は熱感暗視装置を持ってるかもしれん」
「あぁ、不用意な通信の発信も避けた方がいいな」
敵と対等に近い存在だと、異世界相手よりも気を遣う事が多くなる。無線の発信1つ取っても、盗聴や逆探知を心配する。盗聴は暗号化した回線を使っているから心配は無いが、電波発信を逆探知されて砲撃されたらひとたまりもない。
最低限の無線の使用に止め、森の中を歩くと見えて来たのは森の中の道だ。
地図を確認すると、主要目標地点から第2小隊の野営地へと繋がる小道だった。恐らく主要目標地点を警備している第3小隊の車両等もここを通るだろう。
ここを渡らなければ南側へは行けない、道の反対側は同じく森で、道の警備状況は不明だが、ここを渡り急ぎ南側へ向かわないと空軍機の空爆がやって来る、そうすれば敵も動き始めるだろう。
「渡るぞ、2人1組になれ」
「了解」
「了解」
俺はエリスを引き連れて道沿いの木の陰へ、第2小隊の野営地方面を警戒しながらライフルを向ける。
白黒の暗視装置越しの視界に敵の斥候部隊やセンサーが無いか確認するが、こちら側は何も見えない。
「こっちはクリアだ……そっち見えるか」
「何も見えない、クリア」
「よし、1組目、GO」
「了解」
1組目、ヒューバートとエイミーがM249paraを構えながら道を横断。数秒で渡り切ってしまうが、その数秒で見つかるかもしれないと思うと肝が冷える。
ヒューバートとエイミーは道の反対側の森を警戒する、後に続く2組目はクレイとブラックバーンだ。
「次だ、行け」
「了解」
グライムズとアイリーンのペアが横断する、後は俺達だけとなった時、エンジン音が迫り、道の向こうに明かりが見えた。
「ヘッドライトだ、伏せろ」
「バレたか?」
ゆっくりと茂みの根元に伏せる、道の向こう側のチームも敵から見つからない様に伏せた。
やってきたのはピラーニャⅢ、第3小隊の主力の装甲兵員輸送車だ。
普段は頼もしい味方なのだが、今回、この状況に限っては強力な敵だ。あの上部に乗せられたM2重機関銃で射撃などされたら、俺らは纏めて戦死判定だ。
見つからない事を祈りながら息を潜めていると、ブレーキをかけることなくピラーニャⅢは過ぎ去っていった。完全に装甲車の姿が見えなくなり、エンジン音も森に消えると、安堵の溜息が出てしまう。
「もう行った、行こう」
「あぁ……危なかった」
エリスと共に身体を起こし、道を渡って再び森の中を歩き始める。暗視装置で夜の視界を得ようとすると、今度は有線のトラップを見落としやすくなる。先程進んでいたら危うくクレイモアのワイヤーに引っ掛かりそうになり、喉が干上がった。
主要目標地点に到着したのは、空軍機到着の5分前だった。
ここは小さな集落の様になっている、もちろん元々ここにあったものでは無く、演習場を設定した後に建設した訓練用の建物だ。
7軒程の小屋が森の中から良く見える、1-2もそろそろ到着している筈だ。
「……1-1、グリッキンスタンバイ」
胸元のPTTスイッチを押し、それだけ発信する。すると、受信が1度だけあった。
『1-2、グリッキンスタンバイ』
どうやら向こうのチームもスタンバイはOKの様だ。
そしてこの通信を聞いているのは、俺達だけでは無かった。
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「見える見える……意外と近いのね」
山の尾根の近く、岩陰に伏せているのは4人。内2人はMCX SBRにサプレッサーを着けている、マガジンの中の弾薬はもちろん.300BLKだ。
「敵影無し……」
「こっちも無いよ」
「不用意に動かないでね、尾根の近くは目立つから見つかりやすい」
「分かってるって」
第2狙撃分隊、ローレルとシェリーだ。
女子隊員4人で構成されたこの分隊の今回の役割は、爆撃を行う航空機の誘導だった。
彼女らが、麓に居る救出部隊の命を握っていると言ってもいい。
「アンナ、そろそろ来るわ、準備して」
「うん」
岩陰に伏せてレミントンMSRを構えていたアンナが、背負ってきたバックパックからある物を取り出す。
それはグロック17に似た形で、それよりも1回り大きい。上部レールにはELCAN SPECTER倍率切替スコープが載せられており、下部レールにはMAGPULのバイポッドが取り付けられている。
銃口に当たる部分には大きなレンズが付いており、拳銃にしては異様な雰囲気を感じる代物だ。
アンナが取り出したのはLA-16u/PEQ Handheld Laser Markerと呼ばれる拳銃型レーザー目標指示装置だった。その姿から“世界最強の拳銃”とも呼ばれ、米空軍特殊部隊の隊員が「もっとも強力な武器は?」と聞かれた時、笑いながら迷いなくこれを選んだという話もある。
バイポッドを立ててブレない様に岩陰に固定、ELCAN SPECTERの倍率をレバーで4倍にし、スコープを覗きこんで引き金を引いた。
暗視装置越しに見るレーザーは目標へと真っ直ぐ伸び、第2小隊の野営地に停車している89式装甲戦闘車に命中していた。
「……あ、ピラーニャ確認、第3小隊かな」
「ちょうどいいからまとめて始末してもらお」
「そうね……」
観測用スコープを覗いていたエルが、傍らに置かれたPRC-152無線機のスイッチを入れる。
「グレゴリー2よりヴァルチャー1、目標マーク、周辺のIFVを破壊せよ」
『こちらヴァルチャー、了解。ライフル、ライフル』
「レイピア3、4、マークしている周辺の敵歩兵を爆撃せよ」
『レイピア3、了解』
『4、到着まで30秒』
「デュラハン各隊、着弾まで30秒、スタンバイ」
エルが通信を終える、アンナはそのままHLMの引き金を引き続ける、見えない糸に導かれた見えないミサイルは、次々に89式装甲戦闘車に“命中”、MILESが次々と黄色く点灯して“撃破”させる。
ミサイル攻撃を受けた部隊の動きが慌ただしくなり、天幕から次々に兵士達が出て来るのがスコープの向こう側で、アンナにしっかり見られていた。
もう1つの山の向こうに、ゴーと言うジェット機の轟音が聞こえてくる、それと同時に暗視装置越しの視界、山の上の方に2機のF-4Eファントムが小さく見えて来た。
『レイピア3、Bombs away』
コールした直後、ファントムは高度を上げて離脱、エンジンの轟音だけを残して旋回し、山の向こうへと消えていく。
『4、Bombs away』
先程の爆撃に重ねる様に2番機、レイピア4が爆撃する。実戦であればあの一帯は爆風と炎と煙に包まれ、拉げた車体と土砂に混ざった死体が見えていただろう。
しかし、ここは実戦の場では無く、実戦を限りなくリアルに再現した訓練の場だ。統制管の判定によりMILESが点灯し、戦死者、負傷者、健在者と分けられていくが、健在者は数える程しかおらず、7割が戦死、残りが殆ど負傷、それも重症判定を受けていた。
爆撃を終えたレイピア4が、第2狙撃分隊の頭上を通過する。
『統制管の判定により、第2小隊、爆撃により壊滅、迫撃砲陣地完全破壊、89式装甲戦闘車4輌、ピラーニャAPC1輌、撃破』
「……エルー、戦闘機のパイロットに感謝を伝えて置いて」
「了解、ほら行くよ」
4人の女子隊員は自分たちの仕事が1つ終わると、次の仕事場へと向かい始めた。
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ジェット音が過ぎ去り、第3小隊側もにわかに慌ただしくなる。今動いたら混乱に乗じて撹乱できるが、確実に銃撃戦になる、消耗前提の作戦はやりたくない。
しかし、すぐき動けるかと言ったらNOだ、あまり時間が無いのですぐに動きたいのが本音だ。
「さて……どう動くか……」
「部隊に動きが無かったら?」
「警戒態勢が厳しくなるだろうが、ゆっくりと侵入するしかないだろうな……」
どうしたものか……考え始めた瞬間、動きがあった。
小隊長が小隊を招集し始めたのだ、何か動くかもしれない。収音装置があれば会話内容まで聞こえるのだが、今回は生憎持ってきていない。
そしてその中の部隊の内、3個分隊が装備を着てM4を持ち、ピラーニャに乗り込み始めた。これは運がいい。
「よし、あの2輌が出たら合図を出す。相手の戦力をかなり削げそうだ」
「分かった」
「了解」
木の陰や茂みの陰に隠れ、じっと動かず、そのときを待つ。戦闘能力と同時に、忍耐力も求められるのだ、この部隊は。
ピラーニャのエンジンがかかり、車長が銃座についてM2重機関銃のコッキングハンドルを引く。あれがこちらに向いて火を噴いたら溜まったものではない、俺達全員肉塊だ……演習なのでブランクアダプターを取り付け、発射されるのは空砲だが、それでもあの火力は恐ろしい。
特殊部隊なんて言うのはスーパーマンでもヒーローでもなく、人間以上の速さもパワーも火力も持たず、大型の魔物の様な銃弾に対する防御も無い、只の軽歩兵でしか無いのだから。
焦れる重いでピラーニャの発進を待ち、装甲に包まれた8輪の車体がゆっくりと進み始める。
ピラーニャは第2小隊の野営地へと続く道を走り始め、銃座を左右に振りながら警戒して走り去る。エンジン音が森の向こうへ消え、シンとした静寂が野営地を包む。
残されたのは2個分隊16人、随伴する狙撃小隊は見当たらない。
「……グリッキン」
「グリッキン了解」
『グリッキン』
装甲車が戻って来る前にさっさと救出対象を攫って撤収地点まで向かわなければ、今までは慎重だったが、ここからはスピードが要求される。
「グレゴリー1、敵狙撃チームを確認したら、優先して排除しろ」
『了解』
ランディの声が頼もしい、アイツは目が良いからすぐに見つけてくれるだろう。
俺達は俺達の仕事だ、野営地の南の森から、見える範囲の敵をまずは狙う。
2人だ、M4を構え、ハンドガード上部のデュアルリモートスイッチのレーザー側のスイッチを押す。
暗視装置の白黒の視界の中、LA5Cから変更したDBAL-A2から真っ直ぐに伸びる不可視のレーザーが“敵”と銃を結ぶ。
引き金を絞るように引く、バスッとかなり抑えられた銃声が俺の他に無同時に複数。訓練用のサプレッサーによって空砲が発射された瞬間、銃口からレーザーが一瞬飛ぶ。
MILESは命中を検知し、見える地点の敵は2人が“戦死”判定を受ける。
「……行くぞ、エリスは北側へ向かって建物を調べろ、俺達は南側一帯を捜索する」
「分かった」
足音に気を遣いながら集落に入る、南側には平屋の建物が2軒、エリスと分かれた俺達はその2軒の捜索だ。
壁にぴったり寄る事は少ない、壁際は跳弾によって被弾する危険があるので、壁からは少し離れる。俺が先頭、続くヒューバートが俺の後ろで、ブラックバーン、グライムズと続く。
今遮蔽にしているこの建物も捜索対象だ。入り口をカッティングパイで中を確認する、これだけで部屋の中の80%を視界に入れられるが、今のところ敵の姿はない。
ヒューバートに合図、クロスする様に突入して、残りの20%を制圧する。この部屋は空だった、同じ要領で隣の部屋も突入するが、隣の部屋も同じように空。隠し地下室の入り口も無い、この建物はハズレだ。
静かに建物を出ようとした瞬間、通信が入る。
『1-1建物の外に敵が2名、排除する』
グレゴリー1、第1狙撃分隊からの通信だ、しっかりと見張ってくれているようで安心出来る。
『排除した』
「助かる、カミングアウト」
合図をして建物の外へ、全方向を警戒しながら次の建物へと足音を殺して走る。
入口に取り付いた瞬間、建物の中に人の気配を感じた。右手で合図、「フラッシュバン用意」
ヒューバートが俺の背中のポーチからフラッシュバンを取る、Mk.13 9-Bangと呼ばれるフラッシュバンだ。
投げれば感づかれる、増援も戻って来るだろう。だが、何より俺達には“任務”がある。
PVS-31A暗視装置を跳ね上げ、M4に付いているM300VのバルブをIRからWHに切り替えた。
ヒューバートはピンを抜いて俺にフラッシュバンを見せる、俺は頷くと、彼はそれを部屋の中に投げ入れた。
1.5秒の静寂の後、1発、2発と、建物の中で閃光が走り、音が反響する。ここからは静粛性は意味をなさない、部屋に突入、入り口を横断しつつ、射撃しながら壁沿いに中へ押し入る。
「おわっ!」
デュアルリモートスイッチのライト側を押しながら射撃、目くらましで相手の視界を潰すと、建物の中の敵役の隊員が悲鳴を上げ顔を片腕で覆う。
バスバスッ、と押さえられた銃声、実戦だったら減音器から.300BLKが飛び出して壁に血の染みを作っていただろう。
部屋の中には3人、フラッシュバンが9回鳴り終える前に制圧を完了する。俺が撃った隊員以外は、軽々とM249paraを振り回すヒューバートと俺と同じ.300BLKのM4を持つグライムズが片付けた。
「クリア」
ブラックバーンが最後に入り、真っ先に次の部屋へと流れる様に突入、俺達も後に続く。俺が3番目に部屋に入った時、部屋の“掃除”はもう終わっていた。部屋の中に3人、内2人は肩のMILESが赤く点灯している。
残りの1人は____
「クリア」
「目標確保、グライムズ、ヒューバート、警戒につけ」
「了解」
「了解」
目標確保の通信を入れる、これでグレゴリー1と2にも伝わったはずだ。
グライムズはスリングで下げてウェポンキャッチで固定していたGL-06グレネードランチャーの初弾を確認しながらヒューバートと共に部屋から出る、部屋に残ったブラックバーンと俺はまだやることがあった。
確保した目標、救出対象だ。
「名前は」
「プレイン」
「出身地」
「ニューオリンズ」
事前に取り決めていた合言葉だ、もし救出した彼が諜報員だった場合、本人確認の為に秘密の合言葉がある。
出身地が“ニューオリンズ”とこの異世界に無い地名を答えたのは、彼が召喚者だからだ。
「時間が無い、歩けるか」
俺の問いかけに、彼は含み笑いをしたまま首を横に振る。想定してはいたが、使う事になるとは……
「ブラックバーン、担架を」
「了解」
外から銃声が聞こえてくる中、掛け声を合わせて救出対象を折り畳み担架に乗せる。揺れると思うがしばらく我慢してくれ。
実戦であれば壁の外から容赦なく弾丸が貫いてくるだろうが、この建物は石の切り出しレンガで作られている為、銃弾は貫通しない。その上、今担架の上にいる救出対象も統制管だ、何が状況上OKで何がアウトなのかくらいは分かっている筈だ。
部屋の外からはサプレッサーの無い5.56㎜の銃声が聞こえ続けている、恐らくは第3小隊のM4だろう。指切りバーストとセミオートの音が同時に聞こえるから、対抗部隊の中にはM249の射手も混ざっているのかもしれない。
迎え撃つこちらはグライムズが.300BLKのM4、そしてサプレッサーを付けた速い連射音はヒューバートのM249paraだ。敵と交戦中だが、敵の銃声はすぐに収まった。
敵を撃った銃声は聞こえない、味方だ。
『1-1B、そっちに行く、撃つな』
敵の後ろに回り込んだエリス達が制圧し、3人が“戦死”。さっきまで敵が射撃していた角からエリス達1-1Bが出て来て合流した。
「無事だったか」
「もちろん」
エリス達のMILESは点灯していない、ずっと訓練して来たし、彼女達の強さも知っている。召喚者と対等に戦える強さをエリス達異世界人も手にしている証拠だ。
「救出対象か?」
エリスの問いに頷くが、こう呑気にしていられない。何せ壊滅したとはいえ2㎞先に敵が3個分隊、それにここの敵もまだ全員片付けたとは限らない。どこから撃たれるか分からない焦燥感からか、早口になってしまう。
「敵はあとどのくらいだ?」
「今の3人だけだ」
「俺達で5人、あと最初の2人と、グレゴリー1が2人やった」
「あと4人……1-2か」
「1-2、1-1だ。何人やった」
PTTスイッチを押して1-2に繋ぐ、すぐに答えたのはもちろんガレントだ。
『1-2です、こっちは4人』
これで全員だ、狙撃分隊の位置は不明だが、歩兵分隊は全員やったはずだ。
『1-1、1-2です、北の入り口近くへ来てください、脱出できるかもしれません』
今度はガレントからの呼び掛けだ、救出対象の担架を持ったまま1-2のところへ向かう。
集落入口近くには、壊滅した分隊が乗っていたであろうピラーニャが2台、放置してあった。
「こいつで脱出しましょう、さっき調べましたが、運転手とガンナーは始末しました。幸いキーは付いたままです」
「助かるぞ、狙撃分隊を拾ったら囮のLZで放置、俺達は本命のLZに徒歩で向かう」
「了解、ユーレク、運転しろ」
脱出の手筈は整った、ハッチを空けて救出対象をキャビンに乗せる
「ブラック、運転を」
「お任せを」
俺とブラックバーンは車体によじ登り、俺はM2重機関銃が備え付けられている車長席のハッチに身を収める。ブラックバーンは運転席に座るとキーを回し、エンジンを始動させる。
「全員乗ったか?」
「いつでも行ける」
「1-2、そっちは」
『全員乗りました、先導任せます』
「了解、出発する」
ブラックバーンがアクセルを踏むと、タイヤがゆっくりと地面を踏みしめ、ピラーニャの車体が進み始めた。
第3小隊の車両の為、無線からは分隊の安否を確認する無線が入っていたが、喧しいのでスイッチを切った。