第180話 ベルム南演習場
戦車
陸戦の王者として第1次世界大戦で初登場した兵器は、その優れた機動力、何物も貫かない装甲、そして敵戦車を破壊する主砲を以って、今日も最強の座に君臨する。
今まで航空機の発達による戦車不要論が現れては消え、攻撃ヘリコプターの登場による戦車不要論が唱えられては消え、対戦車ミサイルや携行対戦車兵器の発展による戦車不要論が叫ばれては消え、対テロ戦での即席爆発装置による脆弱性を指摘する戦車不要論が囁かれては消え、装輪戦車の発展による戦車不要論が掲げられては消え、UAVや自爆ドローンの台頭による戦車不要論が主張されては消えて来た。
攻撃ヘリも対戦車ミサイルも装輪戦車も、走攻守の揃った戦車を置き換える存在にはなり得ない。
それは、この異世界においても同じだった。
いくら戦闘魔術、攻撃魔術が進化して、戦車を撃破し得る攻撃が可能になったとしても、戦車は戦闘において異世界兵への脅威であり続ける。
こと戦闘において“集団戦闘主義”を掲げるガーディアンでもその考えが基本であったが、それでも攻撃魔術ごときに撃破されない様に戦車の車体に細工をし、それを駆使した戦術をさらに磨きをかける様に訓練をしていた。
空軍基地の南に広がる広大な演習場、土煙を上げながら疾駆する2輌の戦車。その砲塔側面には“士魂”の文字が刻まれていた。
「右前方、3の台、敵戦車!」
ガーディアン陸軍戦車部隊、第11戦車中隊の90式戦車だ。
演習場各所に設置されている標的、実際は戦車ではなく、部隊配備の都合上退役させた車輌だが、その車輌に向けて90式戦車の砲塔が指向される。
先頭を走るのは、中隊長の池田末男少佐だ。
「弾種、徹甲!行進射!」
改良された自動装填装置によってJM33翼安定装弾筒付徹甲弾が薬室に装填される。FCSはしっかりと標的を捉えており、改良によって搭載されたネットワーク戦闘システムの表示では、2輌の90式戦車が狙う標的に被りが発生していない事が分かる。
「撃て!」
池田少佐の号令の下、90式戦車の主砲が火を噴いた。
Rh120滑腔砲から滑り出したJM33翼安定装弾筒付徹甲弾は、装弾筒と別れを告げるとマッハ5以上の速度で目標の車両に突き刺さる。
パァン、と装甲を貫通する音、命中したと認識するのには然程かからなかった。
「命中!」
しかし、ガーディアンの90式戦車の本当の改良点はそこではない。
今回の訓練は新型砲弾の発射訓練だ。
「次弾!対榴!目標!前方敵散兵!」
この対戦車榴弾こそ、試験目的の砲弾だ。
「撃て!」
Rh120が再び砲弾を放つ、通常のライフル弾の弾頭の様な形をした砲弾は、人型の標的の手前頭上で炸裂した。
空中で炸裂した砲弾の破片が敵の兵士を模した標的に突き刺さり、一瞬のうちに“制圧”してしまった。
この砲弾はM1147 AMPと呼ばれる新型の砲弾だ。AMPとはAdvanced Multi-Purposeの略で、直訳すれば次世代汎用弾となる。この砲弾の目的は“複数の砲弾の1本化”だ。
従来の米軍戦車にはAPFSDSの他は、HEAT-MPが2種、キャニスター弾、障害物排除用榴弾と計5種の砲弾を搭載していた。その為様々な砲弾を搭載する必要があり、砲弾の数を圧迫。“キャニスター弾はあるがHEAT-MPが無い”、“HEAT-MPはあるが障害物排除用榴弾は無い”と言う状況が発生する事が懸念された。
その為に開発されたのがM1147 AMPだ。
この砲弾のお陰で必要な砲弾がAPFSDSとAMPの2種になり、戦車に搭載する砲弾の種類は少なく、1種類当たりの砲弾の数は多くする事が出来た。
見た目こそ通常の砲弾のような見た目だが、スマート信管とFCSとのリンクによって、着発、遅発、空中炸裂のモードを切り替える事が出来る多目的弾となっている様で、空中炸裂モードの際には爆発と砲弾の速度によって弾殻の破片を前方に頒布させられるようにしている。
遅発ではコンクリートのバンカーなどのコンクリート壁に穴を空けたり、着発ではそれこそ従来のHEATの様にも使える。
この砲弾を、90式戦車で使えるように試験と調整を繰り返し、今回実戦に投入可能かどうかをテストする機会を得られたのだ。
「次弾同じ!目標正面、敵戦車!信管着発!」
例によって戦車では無く、廃車にしたM1129ストライカーMCであるが、しっかりと照準は出来ている。FCSを通じて信管の設定を変更、砲弾のスマート信管の設定が切り替えられる。
「左へ!」
砲塔を敵へ指向させたまま左へ旋回、狙いはブレず、定まったままだ。
「右へ!続いて撃て!」
50tを超える車体が走行中に右へ旋回、180度向きを変えている最中に、ドン!と内臓に響く音。
毎秒1150mで発射された砲弾は真っ直ぐに装甲車に命中すると設定通りに起動、モンロー/ノイマン効果によって生み出された砲弾初速の数倍以上のメタルジェットがセラミックスの装甲パネルごと高硬度鋼板を貫通した。
燃え上がる装甲車を見送ると、次の目標を探し始めた。
「命中!次弾同じ!目標、左前方、敵掩体!信管遅発!」
砲手が砲塔を左に指向、砲口の先には、コンクリートのバンカーから砲身らしきものが突き出ていた。
「撃て!」
先程と全く同じ砲弾が同じ初速で撃ち出され、2輌の90式戦車が発射した1発ずつのM1147 AMP弾がバンカーを突き抜け、バンカー内部で炸裂した砲弾はバンカーを内側から破裂させるように破壊した。
池田少佐がペリスコープ越しに見たのは、バンカーに仕込まれていた88㎜高射砲が拉げ、コンクリートの塊が宙を舞う光景だった。
進化した砲弾に適合した90式戦車は、今後も歩兵を守る盾となり、歩兵の為の矛となり、異世界においても歩兵に寄り添い続ける存在になるだろう。
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そして現在、ガーディアンは長期間の訓練演習中でもあった。
歩兵、砲兵、戦車、航空、工兵など、新装備の実験、新部隊の訓練など、期間中の日程は詰まっており、それは特殊作戦を得意とする第1小隊も例外では無かった。
昼過ぎに起床した俺達は、秋の入りの夕暮れが空を染め始める時間に準備を開始する。
「状況を説明する」
小隊長の健吾が作戦の説明を行う、スクリーンに地図が移し出される。
「任務は要人の救出がメインだが、空軍基地からヘリに乗る前に、空軍基地の警備を制圧しろ。空軍には連絡済みで、基地警備隊に見つかったら要人を確保している部隊に連絡が行く事になっている」
どうやら予定していたよりも先にある事が出来たらしい、空軍基地の警備を制圧してヘリに乗り込むなど、俺も聞いていない。
「敵は空軍基地警備隊、それを突破した後に第2と第3の小隊だ。警備の状況は両方とも巡回型と迎撃型の複合で、現地は主に第3小隊が警備している。第2小隊はそれから少し離れた地点に拠点を構えていて、4輌のIFVが確認出来るが、移動を企図する動きがあるから気を付けろ」
敵の編成はかなり重装備だ、第2小隊はもとより機械化歩兵部隊だから89式装甲戦闘車を装備しており、分隊単位での火力が間違いなくガーディアンでトップだ。
第3小隊は新設の部隊ではあるが、こちらは軽歩兵の小隊となっており、こちらが持っていけない汎用機関銃や迫撃砲、重機関銃等も装備している。
この2つの小隊、100人近い人数の相手をしなければならない、それも、基地警備隊を相手して、降下後目標まで徒歩で向かう消耗した部隊で、だ。
「目標は森林地帯だ、第3小隊は森林の中の砦に要人を監禁しており、第2小隊はそこから3㎞の地点に拠点を構えている。第2に報告されるとIFVより先に砲弾が飛んでくるぞ」
戦闘が始まった事は悟られてはならない、第2小隊の陣地にはM252 80㎜迫撃砲も確認されており、制圧中に迫撃砲でこちらがやられてしまう可能性が高いのだ。
「現地の天候は雲量7、風はほぼ無風、月齢23.7だ。雨予報は無いが、足元には注意していけ」
夜間襲撃には持って来いだ、月明かりはあるが雲が多く、若干遮られて視界が利かない状態が長く続く。現地は森の中で見通しが利かないのも潜入を助けていた。
「こちらの戦力は4個分隊と狙撃小隊の46人、全員が先頭に出るわけではもちろん無い。本部はここに残って情報整理、第3、第4分隊は空軍基地の警備の制圧、降下部隊をヘリまで誘導しろ。援護のヘリに乗り込んで撤収地点の制圧、回収の援護に入れ。第2と第1は救出本隊だ、分担はヒロト、お前が決めろ」
「俺か」
奪還部隊は2個分隊と2個狙撃分隊の24人、少し多い気がしないでもないが、対等に近い相手であれば、これくらいは欲しい所だ。
「時間は夜明けまでとする、日の出は今5:30だから、残りは13〜4時間だ。それ以降、確保の連絡が無い場合は統制管の判断により、失敗か翌日に延期かを判断する。今回統制管の同行は無いが、上空の無人機から監視しているのでそのつもりで」
この様な訓練には多くの場合、統制部隊から負傷の度合いや戦死、撃破、破壊等を判定する“統制管”が随行するのが通例であり、ガーディアンの仮想敵部隊の中から派遣される事になっているが、今回こちら側は隠密行動を主とした特殊作戦である為、同行する統制管は居ない。
その代わり上空から統制用にMQ-9 が常時監視している上、参加部隊は全員MILEsを装着している為、負傷や戦死の改竄は不可能だ。
「最後に民事考慮事項だが、付近に民間人は居ない、遠慮はいらん」
もちろん演習場内に民間人はいる筈もないが、このブリーフィングも訓練の一環だ。
今回METT-TCと呼ばれる状況判断の手法だ。
METT-TCとは、任務、敵情、地形と気象、部隊、時間、そして民事考慮事項の頭文字を並べた物で、状況を分析する上で着目すべき要素であり、この要素を網羅する上で適切な状況判断が可能になる、という物だ。
今回から初めて導入し、この演習は導入実験的な側面もあるのだ。
「質問はあるか?」
「要人の状態を、歩行可能か、負傷の有無などは」
作戦に参加する部隊から声が上がる、今のは第2分隊のガレントだ。
要人の状態でこちらの運ぶ手段、脱出の手口などは変わって来る。それを決める為にも必要な情報だ。
「人質の状態は不明だが、戦闘で負傷している事を想定すると、歩けなくなっている状態でもおかしくはない、歩行不能な状況に備えて準備しろ」
「脱出の手筈は決まっているのでしょうか」
次の質問は第1狙撃分隊からだ、第1狙撃分隊は撤収地点の確保であり、奪還部隊の脱出経路確保の為に別働する。
「相手が対空火器を持っている事を考えるとヘリの投入は避けたいところだが、付近に河川も無いからボートでの回収は無理だ、安全が確保出来る脱出地点までは徒歩で移動し、ヘリで離脱する。MH-47Gを回収に向かわせる、コールサインはタスカー02。タスカー01は囮として敵を引き付けるから、間違わない様に注意しろ」
どうやら、囮のヘリが数機同行するらしい、しかし、犠牲が出る事を前提とした作戦は指揮官として頂けない。
今度は第1分隊、俺の副官のエリスから手が挙がる。
「使える支援は?」
「乗っていくMH-60Mが2機、AC-130ガンシップが2機、AH-64Eアパッチが2機、空軍のF-4が2機、それから上空の統制用MQ-9の航空支援権限はこちら側にある。だが相手も航空支援用にAH-64Eを2機呼べるから気を付けろ」
相手は地上戦力で優っている分、こちらの航空支援は潤沢だ。バランスを取っているのか、不測の事態があるのか……
「俺からいいか?」
「どうぞ」
俺の挙手に健吾が発言を許可する。
「要望なんだが、囮のタスカー01にはAC-130 を1機とアパッチを1機、それから俺達を下ろしたブラックホークを張り付けてくれ。囮といえども消耗前提では拙い」
なるべく部隊を消耗させないためだ、相手はスティンガー等を持っている可能性を排除できない以上、タスカー01の生存性は確保するべきである。
「分かった、手配する」
「それからもう1つ、空軍のF-4には爆装を頼みたい。最初の1撃でIFV小隊を叩いて、こちら側の消耗を押さえる。上空のMQ-9の武装は?」
人的にも装備的にも不利なこちらは、使える航空支援を最大限活用するべきであるからだ、特殊部隊はスーパーマンでもヒーローでもなく、ただの軽装備の動きやすい歩兵に過ぎない。相手より人数や火力に劣ればあっという間に殲滅させられてしまうし、そんな相手にわざわざ戦いを挑みに行く必要は無い。
その不利をひっくり返す為の航空支援なのだ。
「1000ポンドレーザー誘導爆弾が2発、ヘルファイア対戦車ミサイルが4発だな」
「こちらで誘導するから、ファントムと合わせてIFV小隊を陣地ごと爆撃してくれ」
「分かった、伝える」
進入と攻撃の手筈は整った、後は脱出地点の確保だ。
「襲撃地点を中心に脱出地点を4か所設定した、南に2㎞がA、東に3㎞がB、この2つは森の中の開けた場所だ。Cは12㎞南に行った崖になる、尾根を越えなければならないが、山の向こうからは見えず、恐らく音も聞こえにくいだろう。DはCから1㎞西に行った開けた地点だが、ここは平坦地で、峠を迂回すれば車輌で到達出来てしまう。追いかけっこになるぞ」
状況に応じて回収地点を要請しろ、か。健吾の言葉には出さない空気を読むとそうなる、少なくともヘリでも回収を要請するしかない以上、回収地点も臨機応変に設定、対応するしかない。この辺りはヘリ部隊も織り込み済みで、融通は利くだろう。
他に質問は、と健吾が訪ねた時、挙がる手は無かった。
「森の中で迷子にだけはならない様にな、幸運を祈る」
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現在時刻は20時丁度、本部基地の東門に到着した50人の1個小隊。
全員がFAST“ドラゴン”ヘルメットを被り、マウントを介してPVS-31A双眼型暗視装置を取り付けている。
PVS-31Aは、PVS-15双眼型暗視装置よりも軽量な暗視装置で、通常のPVS-31と違い増幅管に白管が使われている。
「では行きます」
先行するのは第3分隊のストルッカだ、第3分隊と第4分隊は先行して空軍基地の警備を片付ける為、セカンドラインにはプレートキャリアを選んでいる。
更に違うのはライフルだ。
基本的にガーディアンではM4A1が主力アサルトライフルとして採用されており、個人の使いやすさや好みに合わせて好きにアクセサリーを取り付けたり、カスタマイズが可能だ。
それは特殊戦を得意とする第1小隊では特に顕著な傾向にあるが、第3分隊が装備しているのはSIG MCXだった。
分隊毎にライフルに特徴がある事に定評がある第1小隊だが、.300BLK用のライフルは特に分隊毎に異なり、第3分隊はSIG MCX SBRが使われている。車輌戦闘を得意とする第3分隊は、折り畳みストックが都合がいいのだとか。
全員が9インチ.300BLK用バレル、8インチのハンドガードだが、ストルッカはMCXにEOTech EXPS3-0ホロサイトを乗せ、SurefireM300Cライト、レーザーはLA5Cを乗せている。
そして装填している弾は.300BLK弾なのだが、MCXに付けられた7.62㎜用サプレッサーは青い塗装がされている。
これは演習用のブランクアダプターで、銃口に当たる部分にはレーザーが搭載されている。引き金を引くと空砲の発砲と同時に不可視のレーザーが一瞬出て、敵役のMILEsを反応させる代物だ。
空砲はそれ単体では銃は完全に機能せず、銃口から弾が出るまでの銃身内のガスがガスポートに入り、ガスチューブやガスピストンを経てボルトを作動させる。その為ブランクアダプターでガス圧を調整してやる必要があるのだ。
MILEsのこうした装備のお陰で、限りなくリアルな戦場を再現した訓練を行う事が出来るようになった。
……とは言っても、訓練に使うハンドガンは未だにCO2ガスを使ったガスガンなのだが。これに至っては仕方ない部分はあるだろうと思う。そもそも拳銃の命中が期待できる距離など10m以下だ、それより長い距離の拳銃射撃は訓練すれば出来るだろうが、基本的に拳銃をそれ以上の距離で抜くことは殆ど無いのが今までの戦訓から分かっている。
空軍基地まで1.6㎞、バックパックに追加装備をした俺達は道ではない場所を歩き続ける。
救出部隊はいつも通りプレートキャリア、JPC2.0だが、背面のバックパネルを外して開いた背中に思い思いのバックパックを背負っている。俺はWARRIOR ASSAULT SYSTEMSのHCP-L、ヘルメットも入る容量の大きめタイプだ。
中には予備の弾薬と水、ポーションなどの初期治療用品、予備の靴下、爆薬、レーザー目標指示装置やスモークグレネードなど、作戦に必要な物資は一通り入っている。
空軍基地から150mのところまで迫ると、分隊毎に集合し周辺を警戒。夜の闇の中、静かに分隊長が集合し作戦会議を始める。
「正門から侵入するか、壁を破るか……」
暗視装置の白黒の視界の中、少し遠い所に空軍基地の正門警衛詰所が見える。緑色の増幅管よりも輪郭がはっきりと見えるが、それでも人間の肉眼で150m先は若干遠い。
「警備の状況が知りたいですね……」
「そうだな……スティール、チームと第3狙撃分隊を連れて偵察に行け」
「了解」
第4分隊のスティールは、KAC SR-30を携えて静かに偵察に赴く。第4分隊のライフルはSR-30で統一されていた。
トレッキングシューズのビブラムソールが草を踏みしめる音が消え、偵察に出てから20分、出発した時と同じ足跡で偵察が戻ってきた。あまり時間は豊富に無い中で、第4分隊と第3狙撃分隊の持ち帰って来た情報を整理する。
「正門には警備が4人、巡回警備は4人1組が15分毎に回って来る。正門も回るみたいです。ご存じの通りフェンスには対人警戒システムが付いてますから、乗り越えたり切断したりすれば警備が飛んでくるでしょうね……」
「広いが警備は薄くしてないな、流石だ……」
警備は基地警備隊に任せてあるが、かなり厳重になっている、と言うか、俺がそうした。
「正門を突破するしかなさそうだな……」
「ですね……行きましょう」
先導は第3分隊、第4分隊がそれに続き、俺達は側面と背後を警戒しながら正門へと歩みを進める。
基地警備隊の隊員が着ているプレートキャリアの肩部にもMILEsが装着されており、演習中でも警備しながら訓練本当に頭が下がる思いだ。
だが、それも今は敵、スティールが発砲すると同時に第4分隊がSR-30をセミオートで射撃。パシッと空砲ながら抑えられた銃声と共に警備隊員のMILEsが点灯する、命中した合図だ。
ナイスショット、第1小隊は普段からもよく鍛えている事が伺える。正門に近づくと、第4分隊がクリアリングし、正門を確保しているところだった。そこを第3分隊が追い抜く様に通り、更に先の安全を確保する。
「……俺達、戦死ですね」
「ああ、悪いな。業務の邪魔して」
「いえいえ、ご武運を、団長」
警備詰所を通り過ぎる間際にそう言って敬礼をされる、答礼を返すと彼らも業務に戻り、ナイトフォース50人は1人も欠ける事無く空軍基地に侵入した。
こちらの空軍基地での勝利条件は、ヘリに乗り込む事。巡回警備が正門の警備隊員の戦死を確認する前にヘリに乗り込まなければならない為、ヘリまでの時間は巡回警備が次に回って来る15分だ。飛行場までは徒歩で15分、どう考えても時間が足らない。
「時間稼ぎが欲しいな……狙撃小隊本部、正門について巡回警備を始末し続けろ」
「了解」
狙撃小隊本部を率いるカーンズが、5人連れて正門に付く、巡回警備が正門に到着し次第警備を順に倒していく手筈だ。
基地の中はそれなりの照明があるので、暗視装置を跳ね上げても問題は無い。それでも陰になる見つかりにくい所を歩いて、駐機場地区を目指す。
纏まっていると見つかりやすくなる為2個分隊16人ずつにそれぞれ狙撃分隊が付く、第3狙撃分隊は監視の為に外階段を使って建物の屋上に上った。
広場や照明の多い所は避け、人通りの少ない建物の裏を伝い少しづつ|エプロン地区に近づいていく。なるべく足音を立てない様に、慎重に踵からコンクリートの道へと足を下ろす。
『デュラハン1-1、次の通りを左折してください』
「了解、誘導感謝する」
狙撃分隊からの誘導だ、建物の上から見張ってくれる彼らが無線で指示を送って来る、おかげで夜とはいえまだ人が活動するこの時間に、人通りの少ない通りを最短距離で抜けていく事が出来た。
駐機場地区に着くまで、俺達のチームは1度も発砲せずに済んだのは運が良かったのだろう。
「着いたぞ、あれだ」
駐機場に駐機してある2機のMH-60Mブラックホーク、スーパー61は前回の作戦で爆破して喪失したヘリを新たに召喚したのもあり、コックピットに座るウォルコットの表情はどこか嬉しそうにも見える。
隊を2分した片割れとも合流し、空軍基地での侵入作戦は勝利を収めた。
「どうだった」
「警備に1度見つかりましたが、相手が撃つ前に仕留めました」
ストルッカはそう報告する、救出対象を確保している部隊に連絡されたら待ち伏せに遭い、迎撃されてしまう、そうならなくて本当に良かった。
「ここからが本番だ……1-2、第2狙撃分隊を連れて62に乗れ、1-1と第1狙撃分隊は俺と共に61だ、行くぞ」
そう、作戦はまだ始まってすらいない、ここから更にヘリで山の中に降り、徒歩で救出に向かい、離脱しなければならないのだ。
空軍基地の警備をすり抜けるのは序章に過ぎない、本章はその作戦は今から始まる。
ヘリのエンジンが鳴き声を上げ始める、MH-60に乗り込むと、見送るストルッカやスティール達が手を振った。
「お気をつけて、ご武運を!」
「あぁ、行ってくる!」
エンジンの回転がメインローターに接続されると、ゆっくり回り始めたメインローターが風を切り始める。
「ご搭乗の皆様、私はウォルコット・クリストフ、本日機長を務めさせて頂きます」
「副機長、エイル・コロイドでございます、間もなく離陸致します、大きく揺れる恐れがありますので、どなた様も手近な物にお掴まりを」
ライフルから手を離し右手で手すりに掴まった時、左手を誰かに掴まれた。振り返ると、俺の手を握っていたのはエリスだった。
「……手近な物に掴まれって言うから……」
「確かにな」
ふふ、とエリスが笑った時、再度機内放送が入った。
「それでは皆様お待たせいたしました、新品のヘリで楽しむ快適な空の旅、短い間ですがどうぞお楽しみください」
ウォルコットの心底楽しそうな声と共に、管制塔から離陸許可を得たブラックホークが浮かび上がる。暗視装置の白管には、見送る第3と第4の分隊と格納庫がはっきりと見えている。
衝突防止灯すら消した2機の真っ黒なヘリは、爆装準備中のF-4ファントムの頭上を通過し、夜の闇へと羽音を残して消えて行った。