第176話 ギルド統合
その日の仕事が終わる時間、各部門の長、いつもの会議のメンツに緊急招集をかけた。
管理棟の会議室の円卓には基地の管理部門に歩兵、機甲、砲兵、航空、工兵、後方支援の各隊長、空軍参謀総長も同席している。
「仕事が終わる時間に呼び出して済まない、今日中にどうしても伝えておきたい事があってな」
戦闘服から制服に着替え、団長のネームプレートが立てられた席に座る。隣の席には当然の様に副官のエリスが座り、サポートしてくれる。
「今日の仕事は早く終えたいだろうから手短に話そう、今日の演習中にドラゴンナイツの団長、カナリス・フルブラック氏よりギルドの統合、吸収の話を持ち掛けられた。演習が終わり次第ドラゴンナイツを解体、ガーディアンが元ドラゴンナイツとなった団員を吸収、組織の拡大に充てて欲しいそうだ」
一同がざわつく、俄かには信じ難いとは俺もそう思う、最大のギルドの団長とは言っても俺はまだ若干信じていない。
「……カナリス団長は何を考えているんだ?」
「わからん……俺も聞きそびれた、演習期間はまだあるから、聞き出そうとは思うが」
健吾の問いかけの内容は俺も本気で分からない、どうして歴史も古く、ベルム街どころかワーギュランス公領で最強のギルドの団長が突然解散と統合を申し出たのか。
「……仮にそれが本当だとしたら浮かんでくる問題は、ドラゴンナイツの団員はどこに配属になるのか、取り込めるだけの資金はあるのか、組合への対応はどうなるのか、その他ギルドへの広報対応等だな」
順番に行こうと思い、まずはドラゴンナイツの団員がどこに配属になるか、言ってしまえば他の部隊に受け入れる余裕があるかだ。
「歩兵は受け入れ準備は出来るが、その他兵科はどうだ?」
「機甲部隊も同様、しかし受け入れるとしても戦車を増やすとなると各兵科とのバランスが崩れませんか」
「砲兵科も同じく」
戦車を擁する機甲部隊の池田末男少佐と砲兵大隊の小野寺大地中佐が同じ結論を出す、今のガーディアンの戦力バランスを考えると、今最も必要なのは歩兵科になる。
「後方支援部隊も受け入れ準備はすぐに済みそうではあります」
「工兵も同じく」
工兵部隊、輸送・整備・衛生・通信の各部隊が集まる後方支援部隊では歩兵と同じく、部隊拡張の土台となる為に人手が欲しい所だろう。
「情報局の方でも受け入れ準備は出来てるが、現状は特に必要とはしていない」
ナツ率いる情報局では特に人手は必要なさそうだ、まぁ情報局は高い情報収集能力を持つナツと広い人脈と信頼を持つローナが居るからな……
「空軍としては、空中の戦いを熟知している彼らの人材はぜひ欲しい所ではあります、しかし教育プログラム等の整備が出来ていないので、それらを整えてから受け入れたいと思っております」
空軍参謀総長のメイル・E・カーティス少将が発言する、空軍のパイロットを増やすいい機会だろう。空中の戦闘を良く知っている彼らが空軍に入れば、これほど頼もしい事は無い。
しかしここで問題となっているのは空軍にはまだ教育隊が存在しないという事だ。
空軍は現在実戦部隊のみで、教育隊と研究部隊などは後回しになっている。なので空軍で受け入れるとなると、教育隊の整備も必要だ。それらを整備するとなると、また金がかかりそうではあるが、投資だと思えば良いか。
「うん、俺も受け入れるなら空軍がいいと思う。教育隊は空軍内にもあった方がいいだろうな、新兵育成と通常部隊の教練も兼ねて……で、彼らを雇って新しく教育隊を発足させるとなるとかなり金がかかるのは確かなんだが……ジーナ少尉、現状ガーディアンの財政にはどれくらい余裕がある?」
主計科のジーナ少尉は言ってみればガーディアンの財布だ、懐具合にもよるが、王国からの依頼と組合からの依頼にタイヤ販売、かなりの利益を上げているからまだそれなりに余裕があるはずだ。
「ドラゴンナイツの全団員がどれだけいるかは不明ですが、現状ではあと500名の雇用は継続的に確保可能です。ドラゴンナイツを吸収するのであれば彼らの経済基盤も吸収可能なので、もっと増えると思われます」
ドラゴンナイツは現在ワーギュランス公領に領地を持つ複数の伯爵と契約を結んでおり、公領のおよそ半分の空域をカバーする防空任務や監視任務を請け負っている、それを丸ごと取り込めれば、ガーディアンの継続的な雇用資金を確保する事も可能だという。
「まぁ、ワーギュランス公領なら端から端までファントムで飛ばせば10分くらいな物だろう、ガーディアンでも代行出来るな」
基地にスクランブル発進する体制を整えれば防空は出来るし、空中監視任務も監視衛星と無人偵察機で対応出来る。ドラゴンナイツの契約をそのまま引き継いだとしても完全に代行可能だ。
「兵器に金がかからないのが救いだな……広報対応はどうすればいいか意見を頼む」
理系大学教授の様な厭味ったらしい「この分野は素人なのですが」では無く、俺は広報の面に関しては本当に完全な素人だ。渉外科に意見を仰ぐ他にない。渉外課長のリリー少尉が答える。
「対外的には組合の掲示板に広報誌を掲載する方が良いかと思います、後はドラゴンナイツと協力して各契約先の貴族との防空任務契約ですね」
「なるほどな……よし、そっちに関しては渉外科に一任しよう」
「了解」
空軍に彼らが配備されればこの町の防空能力は凄まじい向上を遂げる、レーダーサイトも強化され、戦闘機の数も増えればローテーションを組んでスクランブル発進も可能になるだろう。パイロットになれなかった隊員も、防空設備を増設するのでそちらに配属しようと思う。
「他に考えられる問題はあるか?」
「渉外科から」
先程の質問とは別か、リリー少尉が挙手する。
「統合すれば各ギルドから問い合わせが多数あると思いますが、そういった対応はドラゴンナイツの団長と話を詰めて置いて頂ければと思います」
「了解した、明日辺りカナリス団長をこっちに呼ぼう、その辺の話をしっかり聞きたい」
カーティス少将が「了解しました」と返す、ドラゴンナイツは今は空軍基地の方に滞在している為、本部の方に呼ぶ必要がある。
他にあるか?と声を掛けても手は挙がらず、その日はそれで解散になった。
====================================
翌日、演習終了後。
俺はドラゴンナイツの団長カナリスを、本部基地の執務室に呼んでいた。そろそろ基地にも名前を着けなきゃなと余計な事を考えながら、彼を応接ソファに座らせる。
「今日もお疲れ様、カナリス」
「うむ、何度も刃を交えたがやはりガーディアンの竜騎兵には敵わんな、今日も惨敗だった!彼らは目に見えない距離から攻撃を放ってくる、それに避けようがない攻撃、有視界戦闘でも、未だに攻撃がかすりもしないぞ!」
「狡いと思うかい?」
「それは否だ!彼らの乗っている翼竜、彼らは“コウクウキ”と呼んでいるが、あれも魔術……は流れを感じないから、恐らくは技術と仕組みによって飛んでいるものだろう。それにあの見えない攻撃も、実戦であれば飛んでくる実物を見せて貰ったが、あの“ミサイル”という武器も君達が勝つために、生き残る為に努力した結果生まれた物だろう。勝った者が正義の戦場で勝つための弛まぬ努力があの結果という事であるなら、そこに貴賤は無い!」
「それは安心した、エイミー、彼にお茶を」
「かしこまりました」
この男と数日話して分かった事があるが、こいつは裏表がない、思ったことを口にする、そして優しく、努力家で、正義感が強い。まるで人間の鑑だ。こんな人間だからこそ、沢山の竜騎兵や団員が付いてきたのだろう、こいつにはそう思わせる人間的な魅力がある、誇張なく“善い人間”だ。
こんな人間だから、より一層聞きたい。何故「ドラゴンナイツを解散する」などと言い始めたのか。
メイド服に着替えたエイミーが紅茶を運んでくる、カナリスはエイミーに礼を言うとテーブルに置かれた紅茶を一口飲み、一つ息を漏らす。
「美味いな、腕の良いメイドを持っていて羨ましいぞ」
「彼女も戦闘員だよ、ナイトフォース第1分隊、凄腕だ」
「本当か?名前は?」
驚いてカナリスが振り向く、エイミーはスカートを持ち上げた完璧な挨拶をする。
「エイミー・ハングでございます、階級は曹長。以後お見知りおきを」
「エイミーというのか、良い名だ。今後ともよろしく頼む」
本題に戻る、ここにカナリスを呼んだそもそもの理由だ、聞き方をミスればカナリスは怒ってしまうかもしれないと思うと口が渇く。
紅茶で口を潤して、切り出した。
「本題だけど……ドラゴンナイツを解散してガーディアンに吸収させるのは承知したが、その前に1つ聞きたい事がある」
「うむ、何でも聞いてくれ」
「何故そんな事を思いついたんだ?解散して統合なんて、前例があるとはいえかなりの事だ。それにこちらからしてみれば、統合する相手は歴史もあってワーギュランス公領随一の戦力を持つ戦闘ギルドだ、出来て1年しか経ってない俺達のギルドにはもったいないくらいの大物だぞ」
「謙遜する事は無い、ガーディアンだって、貴族の兵士や戦闘ギルド、国軍でさえ不可能だったことを成し遂げている。ギルドの強さは歴史や兵士の数だけで決まるものではない。それに今君達はランクAのギルドだ、俺達と同じ、だから俺達は対等だ」
ドラゴンナイツもランクAだが、公領政府と契約している為、特例のランクA+となっている。もし統合したら、この契約もガーディアンが引き継ぐ事になる。
「心配する必要は無い、最初の戦いの道具が自らの拳であり、それが今は剣やクロスボウ、槍などを使っている様に、時代と共に武器は殺しの効率化を求めて進化していく。君達が持つ見慣れない武器を見て、進化する時が来たんだと思っただけだ。進化についていけない者は廃っていく、俺達も進化する時が来たんだ」
「そうは言ってもドラゴンナイツは数少ない翼竜を運用するギルドだろう?」
「君達が持っている“コウクウキ”とやら、あれが恐らく翼竜に取って代わる。そしてそうなると世界の空の覇者は翼竜からコウクウキになり、我々の地位を奪う事だろう。そうなる前に、必要とされる場所へ行きたいのだ、我々は」
カナリスの目は真剣だ、そして彼の言っている事はほぼ間違いない。
ガーディアンが航空機を運用している以上、空中戦において戦闘機に対する翼竜の戦術的な優位性は殆どない。飛行音が静かで離着陸出来る場所を選ばないと言えばそうだが、戦闘機は音より早く飛行出来、着陸出来る場所を選ばないというのであれば回転翼機を使えば良い。
それに翼竜は火炎放射を吐く為の器官を体内に持つ為、赤外線探知にも引っかかり、ミサイルもロック出来るし、体内から漏れる魔力や鱗に反応してレーダーにも映る。
そしていくら歩兵の携行火器に対抗できる硬さの鱗があるとは言え、そんな翼竜にこちらが指向する火力は12.7㎜重機関銃どころではなく、20㎜や35㎜などの大口径機関砲、それにミサイルだ。
どちらに優位性があるなど、一目瞭然だ。
「翼竜はどうするんだ?」
彼らにとって翼竜は乗り物以上、戦友、相棒とも呼べる存在だろう。ガーディアンに入れば優位性が無くなる翼竜から降り、航空機に乗り換える事にもなる。
「名残惜しいが、彼らともお別れだ。必要としてくれるギルドや王国に寄付する事になるだろうな、竜人族の調教師が居るといいが……」
「……益々分からないな、どうしてそこまでしてガーディアンに入りたがる?」
「……」
カナリスは黙り込んでしまう。
「……あぁ、誤解しないで欲しいんだカナリス、決して君達を拒んでいるのではない、ただ、分からないから、訳を知りたいだけだ」
今居る40騎の翼竜を手放してまで、ガーディアンに入りたいと思う理由だ。
「……そうだな、こんな理由を君に伝えるのは正直恥ずかしいくらい浅はかな理由だが……どうか聞いて欲しい」
頷くと、カナリスはポツリポツリと語り出す。
「そうだな……西の、バスティーユ収容所での戦いがあっただろう、あの戦いを俺達も見ていたんだ。ガーディアンが作戦を始めると聞いてな、勝手で申し訳ないが、見させてもらっていた」
あの救出作戦の事だろう、俺の作戦参加資格が停止している理由になっている作戦だ。
王女には詳細ではないが話していたので、王国とのパイプを持つ彼はどこからか聞いたのだろう。
「あの作戦で重要な役割を担ったのは、あの“コウクウキ”だろう。見ていたぞ、バスティーユの夜空を切り裂く流星の様な光が公国の翼竜を次々撃ち落とし、何かを落として竜騎兵隊の屯営地を粉々に粉砕していたのを」
あのバスティーユ市に彼らもいたのか、同士討ちにならくて良かったが、見ていたのは驚きだった。
「あの圧倒的な速さ、そして力に、俺は心を打たれた。俺だけでなく他の団員も。気付けば全員が夜空を見上げていた。そして思ったんだ、あんな強力な“コウクウキ”の戦力の一員となり、君達と共に同じ空を飛び、翼を並べて戦いたいとね」
カナリスのその目は真剣そのものだった、嘘を吐いている様子は無く、本当に純粋に空に対する憧れの様だった。
「翼竜より速く、より遠くへ、雷鳴を響かせて飛び、見つかれば閃光が蛇の様に追いかけ、地上には雷が落とされる……ってね」
「何だそりゃ」
「知らないのか、あの戦闘を見た者はそう言うんだ」
追いかける閃光はミサイル、落とされる雷は爆弾の事だろう。流石は竜騎兵と言うか、目がいい。
「……どうだろうか」
「ふむ……」
「難しいか?」
「……何人だ?」
「団員か?」
俺は頷く、500人までなら雇用可能とジーナ少尉は言っていたが、実際にドラゴンナイツの団員はどれだけが吸収を受け入れ、何人がガーディアンに来るのだろう。
「今のところドラゴンナイツは竜騎兵40人、地上警備員40人、兵站要員40人、調教師が10人だな」
「全部で130人か……それで全員か?」
「あぁ、支所にいる派遣要員も合わせての数だ。そしてその全員が、ガーディアンへの統合に賛成している、反対者は居ないから安心していい」
130人なら何とか抱えこめる、ドラゴンナイツの経済基盤を取り込む事ができれば、更に増強も可能だ。
「……分かった、カナリス・フルブラック以下130名、ガーディアンは君達を歓迎する。ようこそ新たな戦場へ、ドラゴンナイツ」
「本当か!?感謝する!ミスターヒロト!」
「あぁ、だがこれから大変になるぞ、ギルド組合には明日早速説明と統合申請をしに行こう。早い方がいいだろうしな」
俺もカナリスもギルドの届け出をしているギルド組合には、統合は話しておかなければならない。恐らくカナリスは他にも契約を抱えていて、組合を経由した依頼もあるはずだ。それをガーディアンに引き継ぐ為にも申請をしておく必要はあるだろう。
「それから部下の説得だな、今演習に来ていない団員たちへの説明も必要だ」
「あぁ、もちろんだとも」
「ただ無理強いはしないで欲しい、彼らも彼らなりの考えはある、竜騎兵のまま残りたいという団員もいるだろうし、そう言う者にはそれなりの配慮をするつもりだ」
「助かる、只もう既に説明はある程度済ませてあるし、さっきも言ったように反対する者は居ない。自分の気持ちに素直になっていいと言っても、首を横に振る者は居なかった。本当に良い部下を持ったな」
「人望だよ、君の」
ドラゴンナイツ130名が加わる事がほぼ確定した今、俺は必要な手続きと訓練に向けた部隊拡張に思考を巡らせ始める。
「……言い訳……と言うか、外部への説明はどうする?」
「我らの竜騎兵の絶対的優位が崩れた今、この町と領土、空を守る為にガーディアンと一体になり、更なる防衛力の強化を図る、と言うのはどうだろう」
「良いな、それで行こう」
カナリス・フルブラック。腹の内が読めるどころか、透き通った人間が加わって、心強さを感じていた。
==================================
翌日、ギルド組合、応接室。
「統合ですか?」
組合の支局長の元へ面談を申し込んだ俺とカナリスだったが、理由を言ったらあっさりと認可された。
「よくありますよ、大きなギルド同士、小さなギルド同士。あの“セイバードッグ”も数回の統合を繰り返して大きくなったギルドですしね。組合を通してあった依頼はガーディアンの方に振り分ける様にしておきますのでご安心を」
セイバードッグ、あの青髪の男の顔を思い出す。結局名乗らなかった彼の名前は未だに分からない。
「しかしドラゴンナイツで直接受けた以来の方は我々が介入できません」
「それについては問題ありません、カナリス団長と自分で相談し、既に我々の交渉チームが動いております」
「それなら安心です、それと、今回の統合でガーディアンのギルドランクがA +に上がりますので、その様に」
「かしこまりました」
ランクA+、ギルド組合から独立しても差し支えない能力を持ったギルドに送られる。A+の上はSしかなく、世界中のギルドの中でもランクSは7つしかない為、A+は実質的にはこの町の、いや、ワーギュランス公領の中でも最高クラスのギルドだ。
人数も莫大になる、収めている税金が多い分、組合からは補助金が多めに出る。部隊拡張と事業拡大を考えていた為これはありがたい。
統合申請と色々な手続きはその日呆気なく終わり、ドラゴンナイツが解散しガーディアンに統合されるのは確実になった。
「これで君達と同じ空で戦える、感謝する。ミスターヒロト」
「喜ぶのはまだ早いぞ、俺達の戦闘についてくるにはかなり厳しい訓練が要る、最短でも実戦に出られるのは1年後だ」
俺が伝授システムを使って兵器の使い方を教えてしまうのは簡単だ、それに伝授システムで得た知識と技術は経験と共に自分の物になっていき、それは肉体に宿る。もしスマホの召喚のエラーなどで伝授したデータが消えても、彼らが突然航空機を操縦するスキルが無くなる事は無い。
しかしいくら知識と技術が瞬時に身についたとしても、体力と慣れが必要だ。音速で飛行する戦闘機には最大9GものGがかかる、それに耐える訓練や、上空の低気圧環境下を実際に体感し、慣れる為の減圧訓練等だ。
その段階でまずは篩に掛けさせてもらう。___彼らが戦闘機パイロットになる為の道は、ここから始まるのだ。