第175話 合同演習
この世界の覇者と言えば?その質問に対し、この世界の人たちは間違いなく翼竜だと答えるだろう。
矢も魔術も届かない空を高速で飛び回り、炎を吐いて地上部隊を焼き尽くす。場合によっては爪や牙、竜騎兵の持つ竜槍で攻撃出来る。
またその鱗は固く、矢でも槍でも貫けず、剣は文字通り刃が立たない。
育成に長い時間と大金はかかるが、それ故に翼竜を保有出来る国やギルドは限られ、それはそのまま資金力の高さを物語っている。
大国が戦争で強いと言われるのも、この翼竜を保有出来る資金力の高さと、翼竜による航空支援能力の高さがあるからだ。
ベルム街の戦闘ギルド“ドラゴンナイツ”の竜騎兵達は、そんな異世界の覇者としてベルム街の南、荒野と森が半径20kmに渡って広がる場所の上空500mを、警戒しながら飛行していた。
「各騎、警戒を怠るなよ!」
「了解!」
先頭を飛ぶのはカナリス・フルブラック、“ドラゴンナイツ”の団長として、隊を率いる男だ。
彼の後ろには8騎の編隊、しかしこれは別動している一部の部隊で、この空域を飛んでいる竜騎兵の数は合計で32騎。“ドラゴンナイツ”のほぼ全戦力が結集している。
「奴らは足が速い、忍び寄るぞ」
カナリスは既に20代後半のベテラン竜騎兵だ、幼い頃から先代団長から竜騎兵としての教えを受け、先代が戦死した後のドラゴンナイツを卓越した空戦センスとカリスマ性で率いている。
彼は既にいくつも戦場の空を飛んだ歴戦であるが、それでも今回の任務は手に汗を握る物だった。
任務内容は、「設定された標的に攻撃を当てる事」
もっと難しい任務を遂行して来た彼にとって、今回の任務が最も難しいと言っても過言では無かった。
いや、難しいのはそのミッション自体では無く、標的を守っている者達を突破する事だった。
耳を澄ますと風切り音に混じって聞こえてくるその咆哮、ぐるりと見渡すが、何も居ない。
その咆哮が聞こえなくなった時、カナリスは正面に目を凝らした。
「……来る!」
相手の姿を捉えた時、既に後続の2騎が墜とされていた。
「やられました!団長!」
「戦線離脱します!」
翼竜の胸元を光らせた2騎が離脱していく、こちらは残り6騎。
「散開!降下しろ!」
編隊を解き、残った竜騎兵達で2騎1組になって散開、高度を落とす。
グワッ!と耳を劈く轟音に、ドラゴンの咆哮の様な音を残し、“それ”とすれ違う。
『12番、13番、キル』
耳元に声が届く、カナリスは事前の打ち合わせで、それが通信機である事を知っていた。
鳴き声が戻って来る、豆粒より小さいが、あっという間に近づいてくる。
「奴らの足の速さはこっち以上だ!広がれ!低く飛ぶんだ!」
「着いて行きます!」
「頼んだぞ!」
僚騎にそう言うと、降下で稼いだ速度を失わない様に低空を飛び続ける。
『15番、16番、キル』
『続いて5番、6番、キル』
『14番、キル』
あっという間に味方竜騎兵の撃墜報告が届く、戦力差を見た時、数の上ではこちらが3倍以上有利だった筈だ、その重いがカナリスの脳裏を駆け抜けた。
「団長!空飛ぶ風車です!」
前方を塞ぐ様に、空飛ぶ風車が姿を現した。待ち伏せか、しかし回避しようと高度を上げれば奴らに補足される。
「……エーリヒ!奴らを突破する!」
「回避は!?」
「避けて飛んだら奴らの思うツボだ!」
回避機動を続けながら、手元で槍の様な物を準備する。先端は平たく切り落とされており、それを空飛ぶ風車に向けて、そのまま押してスイッチを押した。
当たっているか分からない、手応えが無いのだ。あいつらはよくもこんなものを易々と扱ってくれる……そう思いながらそれを、こちらに向いている空飛ぶ風車に、回避機動を取りながら向け続ける。
風車の下を通り過ぎる、それでも槍の様な物を向け続けた。
『タロン23、24、キル』
「よし!!」
撃墜出来た事に思わずガッツポーズ、しかしその間にもこちらの竜騎兵も次々落とされていく。2騎撃墜程度では喜んではいられない。
今はエーリヒと2人で飛んでいるが、耳元に逐一入って来る被撃墜騎を計算すると、攻撃目標まで近づく頃には既にこちらの戦力は3分の1にまで減っていた。
「残り10騎……」
『20番騎、21番騎、キル』
「……残り8騎……」
また2騎がやられた様だ、声が届かない位置を飛んでいるので、集合を掛ける事も出来ない。その上視覚で集合合図を出すことも出来ない、そんな事をすれば集まったところを攻撃され一網打尽だ。
鳴き声も野戦では使えない、翼竜の鳴き声は大きく、遠くまで届く。そのため我々も度々鳴き声で集合を掛けていた、それは敵が翼竜に対抗出来る術を持たない、絶対的な優勢を保っている時の様な鳴き声で位置が特定されても構わない時であった。その優勢が崩れ去った今、鳴き声は使えない。
戦力は今この場にいる2騎だけ、これで行くしかない。
「……他の者が目標を目指している事を祈ろう。俺達は俺達で行く」
「着いて行きます!」
エーリヒがそう言いながら旋回、追従してくる。地図を見ると目標まで3km。低空を這うように飛べば見つかりにくい、一直線に飛行する事も相手は織り込み済だろう、旋回を繰り返して不規則な蛇行を織り交ぜる。どうにかして目標に辿り着くまで、数を生き残らせるために最善を尽くす。
「見えた!」
開けた場所に設置された目標、これも手元の装置を向け続けないといけない。
目標の周辺には、大型弩砲の様な物が複数配置されている、恐らく対空兵器だろう。敵の対空兵器は凄まじい、その投槍は投擲されれば外れることは無く、放たれる矢は弾幕を形成し凄まじい精度で狙って来る。
目標を中心に円を描く様に旋回しながら狙いを定める。
「……一旦上昇して降下、目標に攻撃を仕掛ける。エーリヒ、援護してくれ」
「突撃ですか!?」
「突っ込む訳では無い、上空を通過してそのまま離脱する。攻撃範囲に入ったらエーリヒも攻撃を!」
「対地は得意じゃないんですけどね……!着いて行きます!」
「行くぞ!」
丘を影に上昇、稜線の上に顔を出すと一旦高度を稼ぎ、緩降下で目標に突っ込んでいく。
上昇の頂点に達した時、周辺に配備されている敵の弩砲が一斉にこちらを向いた。
3、いや4基か、上等だ。
言葉には出さない、言葉に出せばエーリヒに伝わり、震える声は恐怖を感じさせて仲間を委縮させる。それは悪手だ。
左右に不規則な回避運動を行いつつ、手元の槍の様な装置のスイッチを入れる。前に突き出して狙いを定めるも、弩砲の射撃に妨害されて中々狙いが定まらない。
先に弩砲の始末を考えたが、エーリヒの援護の方が早かった。エーリヒの攻撃は1基の弩砲を沈黙させ、攻撃が一瞬途切れる。
今のうちに高度を速度に変え、一気に目標に接近する。
「当たってくれ……!」
槍の見えない穂先はなかなか掠めない、手ごたえの無い槍の手探りだ。
突然、後ろから前へと通り過ぎる何かを感じる。エーリヒかと思ったが一瞬でその可能性を排除した、翼竜がこんなに速い訳がない。
「団長!」
「このまま行く!」
エーリヒの声にカナリスは振り向かず答える、視線を少し離すと、旋回している敵の姿が見えた。すぐに戻って来る、その前に片を付けなければ相打ちにも持ち込めない。
「行け!」
翼竜を加速させる、相手に追いつかれる前にどうにか当てなければ……カナリスがそう考えた瞬間、敵の機首がこちらを向いた。
「拙い……!」
負けを悟った瞬間、彼と敵との間に影が割り込んだ。
エーリヒだ、僚騎が射線上に割り込み、カナリスを守ったのだ。
「……!クソッ!」
高速で通過する敵に槍を向けるも届いた素振りも無い、敵を討つには目標を撃破するしかない。
刻一刻と目まぐるしい速さで変化していく空中戦で感傷に浸っている時間も余裕も無く、『2番騎、キル』という耳元の声を聞き流しながら、目標に向かって突っ込む。
「いけぇぇぇぇぇぇ!!」
槍の穂先が、目標に触れた。
『1番騎、キル。“ドラゴンナイツ”32騎、全滅を確認』
「状況終了、繰り返す、状況終了、全機速やかに帰投し、パイロット、竜騎兵はデブリーフィングに出頭せよ」
ベルム街より南に3.6km、ガーディアン空軍基地。芝生広場に臨時に設営されたテントの中には、ガーディアンの隊員と町で一番どころか、ワーギュランス公領で最大クラスのギルド、ドラゴンナイツの団員が入り混じっている。
今行われているのは両団による合同演習だ、1週間の期間を設け、互いの戦闘技術と技能の向上を目的とする演習をドラゴンナイツ側から持ち掛けられたのは先月の事だ。
メイル・E・カーティス中佐が無線を使い、演習の各部隊に呼びかけているテントから出ると、既に撃墜された翼竜に乗った竜騎兵達が駐機場に降りて来ていた。
翼竜の胸に取り付けられたMILESと呼ばれる装置が黄色く点滅し、撃墜されたことを示していた。
MILESとはMultiple Integrated Laser Engagement systemの略称で、これを評価試験隊と工房が協力して翼竜向けに改造したものを各翼竜に鞍やベストの様にバンドで固定している。
これでこちらの現代兵器と翼竜で戦闘シミュレーションが可能となっている、もちろんこちら側の車両にも同じ物を装備していた。
今回の演習の想定はガーディアン空軍が防御側、ドラゴンナイツが攻撃側を担当し、防御側は“敵を殲滅、又は目標を守り切る事”を、攻撃側は“敵を殲滅、又は目標に攻撃を命中させる事”を勝利条件とした。
先に行ったガーディアン空軍が攻撃側、ドラゴンナイツが防御側の演習では、開幕早々F-4Eから投下されたJDAMによって目標が“破壊”されてしまい、こちらはかすり傷1つなかった。
そして攻守を反転し、ガーディアン空軍を防御側に充てた今回の演習では、AH-64Eガーディアン・アパッチ2機が“撃墜”され、87式自走高射機関砲1輌が“破壊”されるという被害を被り、目標のMILESを搭載した廃車のストライカーMCに肉薄されたものの、守り切ってドラゴンナイツを殲滅した。
演習に参加したドラゴンナイツは32騎という大規模な戦力、対してこちらは4機の2020ターミネーター仕様のF-4EファントムⅡ、4機のAH-64Eガーディアン・アパッチ、そして4輌の87式自走高射機関砲だった。ハンデとしてこちらは視界外射程ミサイルは無し、つまり普段は装備しているAIM-7Pスパローを搭載せず、AIM-9Mのみの“設定”で行った。
「ハンデがあったとはいえ、攻撃ヘリを撃墜するとはねぇ……」
「ヒロトも想定外だったか?」
テントから出て来たエリスが声を掛けて来た。因みに今は俺もエリスもマルチカムのコンバットシャツとコンバットパンツだ。
想定外では無かった、むしろ状況によるがアパッチに撃墜判定を与えた竜騎兵に賛辞を贈りたいと思っている。
「いや、翼竜は前からヘリの脅威だと思ってたからな。それが再確認出来るいい機会だったと思う」
翼竜はブレスや竜槍で攻撃可能で、損害を考えなければ爪で掴みかかって来る事もあるだろう、航空機はそれだけ“脆い”のだ。
その撃破された機体を含め、4機のAH-64Eガーディアン・アパッチが帰投、駐機場のスポットに着陸する。
甲高いエンジン音も聞こえてくる、F-4Eファントムが帰投して来たのだ。
滑走路に進入し、13度の迎え角で着陸するF-4Eの翼下レールランチャーには、空戦機動測定装置と、AIM-9Mのキャプティブ弾だった。
この模擬弾は弾頭と推進剤のロケットモーター、エンジンは搭載されていないものの、シーカーは生きており、訓練用に使われる。
キャプティブ弾のミサイルがレーダー上で“発射”され、命中と判定されるとMILESが点滅し、ドラゴンナイツの竜騎兵に配布しているヘッドセットに管制官からの通信が入る、という訳だ。
因みに彼らからの攻撃はレーザー照射装置によりものだ、竜騎兵にはヘッドセットの他に懐中電灯の様なレーザー照射装置を渡しており、これから放たれるレーダーを2秒間当て続ければ撃破判定が下される。
「クソ―!もう少しだったのに!」
悔しそうな声を上げる金髪をオールバックにした大男はカナリス・フルブラック、ドラゴンナイツの団長で、彼自身も竜騎兵だ。
「ミスターヒロト!物凄く惜しかった!悔しいぞ!」
「モニターで見てたよカナリス、凄いじゃないか、ヘリを墜とすなんて」
「あぁ、エーリヒの援護があってこそだ、彼が援護してくれたから倒せたし、あそこまで近づく事も出来たんだ」
カナリスの隣で彼に肩をバンバン叩かれている銀髪の青年がエーリヒだろう、若くして彼の僚騎を務めているらしい。
「しかし君らは凄いなぁ、我々よりも高く早く俊敏に飛べる鉄の翼竜、あれに取って代わられる時代が来たのか……」
「それはどうかな、さ、デブリーフィングだ、テントの中へ」
テント前でレーザー照射装置を回収し、テントの中に用意されていたパイプ椅子に竜騎兵達が座っていく。ヘリと戦闘機のパイロット達も合流し、デブリーフィングが開始された。
デブリーフィングはACMIと各翼竜に取り付けられた記録装置をモニターに3次元的に表示され、それを統制管と呼ばれる審判役が解説を行う。反省会の様な物だ。
「陽動の為に部隊を3つに分けたのは良かったです、部隊の規模を同程度にするのも目くらましとしては高度な物でしょう。どれが攻撃を企図した部隊か攪乱するとしてはかなり上等でしょう」
統制管が空戦の区域を移したレーダー画面上で、ドラゴンナイツが組んでいた編隊のグループを指し棒で指しながら説明を始める。
「しかし陽動チームへの指示が甘かった事がここでは問題となります、つまり何かというと、貴方方の敵であるF-4隊は、貴方方から危機感を感じなかった。ただ漫然と飛び、F-4隊を引き付ける事に専念してしまい、F-4隊は陽動チームから離れて行ってしまったという事です」
攻撃する気迫が足りなかった、という事だろう。陽動部隊は陽動に徹しすぎたのだという事を統制管は指摘した。
陽動組から“この部隊は陽動です”という動きが感じ取れたのだろう、F-4はその時点で撤退を決め、攻撃本隊の迎撃を開始した。
「陽動チームにより一層具体的に、かつ敵が更に引き付けられる様な陽動の仕方を考えるといいと思います。例えば陽動チームを攻撃チームと同じフォーメーションで飛行させたり、攻撃態勢に入る飛び方をしたりです」
ドラゴンナイツの団員はそれを聞いてメモを取る、文字を書ける隊員もいるのだろう。特にカナリスは熱心に聞いていた、団長として全員の命を預かる立場でもあるからだろう。
「次にガーディアン側の戦術についてです、ガーディアン側は攻撃ヘリ2機、対空砲1基を失いました。攻撃本隊を待ち伏せは良い判断でした、しかし攻撃があまりにも雑過ぎます、前に飛び出て機関砲を射撃中も回避機動を行いませんでした、戦闘機より遅く、こちらへの対抗手段も少ないとは言え、翼竜を舐め過ぎです」
統制管の厳しい言葉が飛ぶ、ジンギングと呼ばれるランダムな回避運動を取る事も無く、その場にホバリングしながらただ機関砲を射撃していた。これでは的になっても仕方がない。
アパッチのパイロット、特に撃墜された機に乗っていた4人は苦い笑みを浮かべながら頷く。
「F-4隊は奇襲にこの時点で気付いた事もあるでしょう、引き返して目標の防御に向かったのは良い判断でした。戦闘機は翼竜より速度があるのでそれを生かすべきです。では次に高射部隊ですが……」
統制管の指摘はデブリーフィングの中心となり、厳しい言葉、戦術面の指摘と称賛がテントの中で続いていた。
エンジンの轟音が響くこの場に存在しているのは戦闘機だけではない、駐機場を見渡せばミリオタが喜びそうな飛行機がたくさん並んでいる。
例えば先程訓練から帰ってきたF-4E以外にも、入れ替わりに訓練に離陸するC-130H輸送機に、離陸待機の為に誘導路で待機しているAC-130Uスプーキーガンシップ。先日魔術文字の研究者を回収するという実任務について翼を休めているCV-22Bオスプレイと補給を受けているMQ-9リーパー無人機、ヘリコプターなども含めればもっと多いだろう。
まだ増えるだろうが、以前滑走路にガーディアンの保有機全機が並んだエレファント・ウォークを見た時は壮観だったな……20機だけだったが。
「ちなみにだけど西の砂漠の方には後8機居る」
「あんな速いのがあと8機!?……ガーディアンは資金力もあるのだな……依頼も引っ切り無しに来ているのを組合で見かけるぞ」
「商隊護衛は魔物駆除同じくウチの主力商品だからな……今も依頼に出かけている隊員が居るぞ」
休憩に入ったカナリスと一緒に駐機場を歩きながら話す、今は第2小隊の各分隊がそれぞれ違う隊商を護衛していて、第3小隊は訓練中である。
我々第1小隊はというと、今日は休暇となっている。各小隊ごと遂行可能な任務は異なるが、概ね任務・訓練・休暇のローテーションが各小隊に割り当てられる。
「それに金がある訳でも無いんだ、貴族からの継続的なクエスト契約が無いからな。ドラゴンナイツは公領の防空戦力として契約してるんだろう?」
「あぁ、今この場に居ない竜騎兵が数人いるが、彼らは別の屯営地に常駐してる」
24時間の防空任務体制についているのだろう、いわゆる“スクランブル”ってやつだ。
「ドラゴンナイツの竜騎兵は全体で40騎だからな、それでも大半の部隊はここに居る」
「すごいな……翼竜が40騎も」
「金がかかるが各領地からの契約金が出てるから、財務管理部によれば毎年少しづつだが黒字だそうだ」
この規模と装備のギルドが黒字とは……それに彼らも竜騎兵だけのギルドでは無いだろうに、その辺の経営手腕も彼の才能と努力の賜物だろう。
「しかしこの分だと防空任務はガーディアンに譲りそうだなという意見が団内からもかなり出ていてな、どうするかってなっていた所だ」
今回の演習もその殻を破れるかもしれないと思って持ち掛けたんだが……とカナリスは零す。
「……よし、決めた」
唐突に思い立ったかの様にこちらを向くカナリス、ガタイが良くて俺よりも背が高いので正直ちょっとビビる。
そして、カナリスが放った言葉に、俺は驚きのあまり硬直した。
「この演習期間が終了し次第、我々ドラゴンナイツは解体する」
言葉がとっさに出なかった。
「え……?な、はぁ?何言ってるんだ?本気か?」
「団員の中にもそんな空気が流れていた、まぁ皆納得するだろう」
「そんなこと言ったって……どうするんだよ?」
まともな言葉が出てから、これをドラゴンナイツの団員が聞いているとまずいと思い周囲を見回した、気付けば格納庫区画の端の方まで来ていた様で、幸い誰も聞いていなかったようで安心した。
「その後についてだが、ガーディアンの団長であるミスターヒロトに相談がある」
「お、おぅ……」
「ドラゴンナイツの団員を、ガーディアン側で雇ってはくれないだろうか?」
今日の驚きその2だ、ガーディアンで、元ドラゴンナイツを雇う……?
古い歴史もあり、ベルム街では文句無しでNo.1のギルドであるドラゴンナイツを、ガーディアンが丸ごと吸収する、という事だ。
「我が団を纏めて吸収する事になり、そちらとしての負担は増えるだろうが、どうか頼めないか?」
俺より大きな男が、真剣な目で頼み込むのは、後にも先にも見られないだろう。だが、ここですぐに決めるわけではない。
「あーー……うーーーん……」
「難しいか?」
「いや……待ってくれ、一旦持ち帰らせてくれないか?色々整理する時間が欲しい」
「うむ、返事を期待している」
そう言うとカナリスは踵を返し、駐機場のテントの方へ向かっていく。その背中を視線で追いながら、腕を組んで考えた。
ガーディアンがドラゴンナイツが吸収する……周囲はどう反応するだろう、マスコミに他のギルドはどう騒ぐか……ドラゴンナイツ内部の反応も気になる、カナリスの口ぶりから、解散するか否かは迷っていた様だが、嗅覚の敏感なドラゴンナイツの団員は気づいているだろう、しかし他の団員には説明しているのだろうか。もし抱えることになっても、内部からの反発で分裂、裏切りが出るのは避けたい。
そもそもドラゴンナイツをガーディアンで抱え込むとしたら、兵科はどこになるんだろうか、そもそも資金は平気なのか?
「うーーーーーーーーーーーーん」
「何を唸ってるんだ?」
あまりに突然で考えが纏まらず、大量の疑問に唸っていた時、エリスが顔を覗き込んできた。その瞬間、彼女は「うわっ」と声を上げる。
「眉間に寄ってる皺の寄り方がすごいぞ。……そろそろ基地に戻ろう」
「ん、あ、もうそんな時間か」
空軍基地から本部に戻るトラックに乗って戻るつもりであるのをすっかり忘れていた。
2人で格納庫の仮に持つ置き場に置いていたM4を持って基地の営門へ向かう。
「ドラゴンナイツの団長に何か言われたか?」
門へ向かう道すがらエリスが訊いてきた、何かを察したらしい」
「いや、ドラゴンナイツの団長がさ、解散するから団を吸収してくれって」
「……」
エリスも驚きのあまり声を失っている、それもそうだろう。この町で最も歴史があり、戦力もトップなギルドが「吸収してくれ」と言ってきたなど、俄かには信じがたい事だ。俺も今でも信じられない。
「……本当だとしたら、凄い事だぞ」
「だろうな……」
「ギルドがギルドに吸収されるってことはあまりないが、吸収する側はそれだけ力があり、財力もある事の証明だからな」
ギルド同士が合併する事はあっても、吸収される事はあまりない。しかし全く無い訳では無く、いくらか事例はある。
吸収する側は吸収される側より当然強く、財力も無ければ吸収できない。カナリス団長はそれを自ら認め、吸収してくれと頼んできたのだ。
「これ……吸収してもいいのか?」
「私は受けてもいいと思う、規模が大きくなるのは喜ばしい事だし、彼らの穴に私たちが入れば報酬も補助金も増える」
「吸収しても良いものなのか」
「少なくとも、感情以外のデメリットが無い、ただ……」
「内部の反発が心配だよな……」
「あぁ……ドラゴンナイツ側もガーディアン側も、どういう反応が出るのか……」
「今のところお互いの団に大きな蟠りは無いとは思うが……」
そんな事を話している内に営門に着く、輸送トラックはまだ来ていないのか、営門の警備兵に声を掛ける。
「トラックはもう来たか?」
「え?団長、あれに乗るつもりだったんですか?3分前に出発しましたよ」
「「えっ」」
警備兵の言葉に驚きの声がエリスと一緒に出る、どうやら話し込んでいる内にトラックは行ってしまったらしい。
「呼び戻しますか?」
警備室の無線を取りに行こうとするが、俺は手で制した。エリスの方を向くと、苦笑しながら肩を竦める。ライフルもある事だし、丁度いい。
「……いや、走って行くよ。丁度いいしな」
「あぁ、走り込みをしないと鈍る。開けてくれ」
警備兵にそう告げると、IDカードを確認し、警備兵が門を開ける。空軍基地から本部基地までは1.6km、ランニングには短いくらいの距離だ。
「じゃ、行くか」
「あぁ!」
俺とエリスは本部基地を目指し、M4を抱えて走り出した。
カナリス・フルブラック団長のイメージが、某炎柱になってしまった